Spiral Fiction Note’s diary

ライター&Webサイト編集スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「BOOKSTAND」で「月刊予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

Spiral Fiction Note’s 日記(2021年10月24日〜11月23日)

水道橋博士のメルマ旬報』連載「碇のむきだし」


ずっと日記は上記の連載としてアップしていましたが、2021年5月からはこちらのブログで続けることにしました。

「碇のむきだし」2021年11月掲載 『藝人春秋Diary』書評
アップできしだいこちらにURL入れます

先月の日記(09月24日から10月23日分)

 

10月24日
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昼過ぎに「期日前投票」に行ってきた。日曜の昼時だったこともあってか、わりと人がいて少しだけ並んでから投票した。31日が決戦ではあるが、それよりも前に誰に、どこに入れるか決まっているなら期日前で入れてしまったほうがいい。もし、なにかあって投票できないという可能性がゼロではないから。

10時前に一度家を出て、書肆侃侃房から出ている「ことばと」vol.4を池袋のジュンク堂書店が入荷しているとツイートしていたので、渋谷店にもあるだろうと散歩がてら家を出て歩いていった。なかった。編集長の佐々木敦さんの小説『半睡』は入荷していたのだが。そちらは『新潮』掲載時に読んでいたので購入はしなかった。渋谷モディにある「HMVBOOKS」を覗いてもなく、ついでに久しぶりに青山ブックセンター本店に足を伸ばしたがまだ入荷していなかった。歩いて家まで帰ろうかと思ったが、そういう気も起こらなかったのでヒューマントラスト渋谷近くで地下鉄入り口に入って最寄りの三軒茶屋駅まで帰った。そのあとせっかくだからと家に戻ってから西友で食材を買うついでに期日前投票をしたのだった。

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伊坂幸太郎著『ペッパーズ・ゴースト』を読み終わる。
未来の予告編が飛沫感染によって見ることができる中学教師の壇を主人公にした作品だが、『魔王』『モダンタイムス』『火星に住むつもりかい?』の系統にある社会派というか社会のシステムや世間の風評などによって苦しい立場や環境に置かれた人たちを書いているものだった。

中学の国語教師・檀は、猫を愛する奇妙な二人組「ネコジゴハンター」が暴れる小説原稿を、生徒から渡される。さらに檀先生は他人の未来が少し観える不思議な力を持つことから、サークルと呼ばれるグループに関わり始め……。最新刊『逆ソクラテス』より1年半ぶり、最新長編『クジラアタマの王様』より2年3ヶ月ぶりとなる、著者最新刊。作家生活20周年超の集大成となるような、一大エンターテインメント長編です。この伊坂作品を待っていた!

今作ではあるサークルに集う人たちはある事件の被害者遺族や関係者であり、彼らの復讐が物語を大きく動かすことになり、主人公の壇はその能力もあって巻き込まれてしまう。
伊坂作品では東北楽天ゴールデンイーグルスが度々登場するが、今回もメイン場面は球場にでの試合になっている。また、「ネコジゴハンター」には『グラスホッパー』『マリアビートル』『AX』に出てくる裏社会の人物と通じるものもある。だが、彼らは小説の中で書かれていた小説の登場人物だったのだが。そう、映画や舞台における「第四の壁」を越えてくるような展開として、「ネコジゴハンター」のふたりは途中でこれは「小説」であり、俺達はその登場人物ではないかという話をしていたりする。メタフィクションっぽい要素もいれつつ物語は進んでいく。やはり圧倒的に読みやすくてテンポがよい。もっと長くなりそうな雰囲気やいくつかの謎も残しているが、THE伊坂幸太郎感があるものだった。
「ネコジゴハンター」のふたりをメインにした作品や作中で小説を書いている中学生が新しく書き始めた作品がいつか伊坂さんによって書かれるかもしれない。村上春樹さんの『回転木馬のデッド・ヒート』に収録された『野球場』に出てくる人物が書いたとされていた作品『蟹』がのちに村上さんによって書かれたように、ちょっと期待したい。

 

10月25日
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日付が変わってから読みかけだったレイモンド・チャンドラー著(村上春樹訳)『ロング・グッド・バイ』を読み終わった。長かった。事件の犯人とその犯行理由がかつてのある人物と繋がっていた。そこに結びつけるためにかなりの長尺になったんだろうけど、これも他の作品同様にいくつかの短篇をもとにしたのだろうか。最後の訳者のコメント部分は寝ないといけないので読んでいない。
主人公のフィリップ・マーロウと妻を殺してメキシコに逃げて殺された金持ちと結婚した男との友情に似たなにかを描いているが、ハードボイルドというかドライではないか、関係性がフィリップ・マーロウ節みたいな感じがした。やはりこの作品がこのシリーズでは一番人気があるのはわかる気がする。レイモンド・チャンドラーもかなり筆が乗ってるだろうし、書きたいことを書けるような卓越したものを見に付けていた時期なんだろうか。シリーズはあと一冊だ。

朝晩とリモートワーク。朝の仕事の方でトラブったので夕方まで落ち着けなかった。まあ、自分のミスなのだが、後手後手になるよりかと思って動いたら、ちょっとタイミングが悪かったりして微妙な感じになってしまったりした。最終的には収まった感じなのでおそらくは今日以降には尾を引かないと思うのだが。

 

10月26日
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今日は「monokaki」のリモートワークは14時からだったので、そろそろ出たかなと思って『ことばと』vol.4を買いに渋谷まで歩いていって、ジュンク堂書店にあったので購入。今回の「ことばと新人賞」は最終に残っていなかった。一次も通過したのかは掲載されていないのでわからないが、せめて最終には残っておきたかった。
今回で三回(発売前のプレを入れると実際は四回)だが、次回の第四回から新人賞はリニューアルするそうだ。一応年末に〆切があるんじゃないかなと思っているけど、半年に一度の応募も変わる可能性もありそう。
今回は古川日出男さんの『太陽』という作品が掲載されているので、自分が受賞していようがいなかろうが買うという判断しかなかったわけだが、今回の短篇はオリンピックと障害物競走の選手、そして「TOKIO」の物語だった。終わり方が古川さんの作品にしては珍しいような気がした。

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帰ってからリモートワークを始めたら郵便ポストが郵便物を入れられた音がしたので、取りに行ったら講談社の『メフィスト』が届いていた。今年になってから『メフィスト』はリニューアルをしていて、新人賞の応募もウェブのみに変わった。また、紙でなくなって電子書籍になっていたが、新しく会員制で新スタートしている。無料会員で登録だけをしていたのだが、それで今回お試しというか最初の1号が送られてきたようだ。『メフィスト』はミステリーを主戦場にしているので、ジャンルとしてもある種囲ってファンビジネス化していくことで収益を出していこうという感じみたいだ。

 

10月27日
水道橋博士のメルマ旬報』連載「碇のむきだし」2021年10月26日号が配信されました。今回はSyrup16gの好きな曲のタイトルから取った短編小説『(I'm not)by you』です。前に書いた長編のプロローグ部分に手を加えたものですが、数年前の渋谷の風景を残したものになってます。


「BOOKSTAND映画部!」のレビューコーナー「月刊予告編妄想かわら版」11月号が公開になりました。11月は『ボクたちはみんな大人になれなかった』『皮膚を売った男』『COME & GO カム・アンド・ゴー』『幕が下りたら会いましょう』を取り上げています。

 

f:id:likeaswimmingangel:20211106184401j:plainニコラで「豚バラ肉塩漬けと、栗、柿のスパゲティ」とモンブランという白ワインをば。塩漬けの豚バラ肉も美味しいけど、栗と柿を食べれてよかった。秋は来ずにすでに冬という気候だけど、ひとりぐらしでほとんど自炊できない人間としては、食で旬のものを食べる機会はありがたいし、うれしい。
ヤクルトが昨日リーグ優勝したので、曽根さんとユカさんに「おめでとうございます!」と言ったらウエルカムドリンクみたいな感じで、ビールか泡どちらかを選んだものをお祝いであげると言われたので泡を最初にいただいた。

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先日買っていた三原和人著『ワールドイズダンシング』2巻を読了。
世阿弥を主人公とした物語で幼少期から始まっており、今回は彼の父である観阿弥世阿弥によって大成した猿楽、そして世阿弥を寵愛してバックアップしたとされる足利義満が登場した。義満は将軍である時と普段はワイルドだが感じのいいあんちゃんという具合に公私を分けている感じになっている。いよいよ世阿弥、この時点では鬼夜叉の舞と飛躍が始まろうとしている。

 

10月28日
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日付が変わった頃に『日本ハードボイルド全集2 大藪春彦』に収録されている『野獣死すべし』を読み終わった。
松田優作主演映画のイメージがあったが、原作である小説は戦後すぐの時代が舞台であり、主人公の伊達邦彦は大陸から引き上げてきたという過去がある青年だった。作中でも三島由紀夫の話が出てくるし、アプレゲールの生き残りであるというのは三島の『青の時代』もそういう部分があったというのを何かで読んだような気がするが、その『青の時代』は未読のままなのでわからない。作中にはレイモンド・チャンドラーの名前も出てくるし、ハードボイルド小説として、当時の大藪春彦が読んでいたのだろう。ちょうど、フィリップ・マーロウシリーズを読んでいるので親近感が出てきた。
内容といえば、伊達がアメリカ留学するための資金を稼ぐために完全犯罪を計画し、どんどん自らの射撃の技術や運動能力を使いながら殺人と強盗をして逃げ切るというものだった。 悪人でしかないのだが、伊達に対しての嫌悪感などは特に沸かずにハードボイルド小説ってこういうものだよなと思いながら読んだ。原稿用紙で160枚ぐらいだと思うのが、その枚数には感じられないぐらい濃厚で濃密さだった。

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魚豊著『チ。-地球の運動について-』第5集を読了。
C教における異端者たちを取り締まる人間たちの中にも信仰とはなにか、異端者たちが言っていることは、という揺れがある。今回は地動説について研究していたオクジ−とバデーニが異端審問官に捕まって拷問され、最後には死んでしまう。だが、彼らが残した、可能性として賭けたわずかな希望が最後に驚くような形で託されることになる。自分が死んでも残すこと、その可能性を信じること、読んでいると心がざわめく。

「monokaki」で執筆した記事「あなたの「原動力」を再認識させてくれる本|スティーヴン・キング著『書くことについて』」がアップされました。
この本は読み応えあるのでかなりオススメです。

 

10月29日
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映画館でどのくらいか前からか忘れたけど、乙一さんが脚本で参加したアニメ映画が公開されるという予告を見るようになって、タイトルが『サマーゴースト』だったので、デビュー作『夏と花火と私の死体』みたいだなと予告編を見る度に思っていた。
映画のノベライズという形なんだと思うのが、乙一名義で『サマーゴースト』が単行本で出たの購入して読み始めたら一気に読み終えてしまった。
かなり内容はライトだと言っていい。自殺志願者の違う高校の男女三人が提示版でやりとりをしていて、元飛行場後に「サマーゴースト」と呼ばれる女性の霊が夏の期間だけ、線香花火をしていると出てくるという噂を確かめにいく。三人は死んだあとのことを彼女に聞いてみたかったのだ。そして、三人と「サマーゴースト」は出会ってしまう。母親から過度な期待をされて、描きたい絵もやめて大学への受験勉強をこなしている主人公は塾をさぼってひとりで彼女に会いにいくのだが。なぜ「サマーゴースト」と呼ばれる彼女は死んでしまったのか、その理由を明かして彼女を成仏させるという話と簡単に言えばそうなる。不思議と乙一さん的な青春の香りと仄かな死の気配が感じられる作品だった。映画で見ると物語の中で出てきたある要素はどんな風に描かれるのかちょっと気になる。

 

10月30日
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立川談慶著『不器用なまま、踊りきれ。超訳 立川談志』もちょっと気になったので買って読んでみた。装丁の文字だけでドーンみたいな感じは、古川さんの『南無ロックンロール二十一部経』や『大きな森』などを手掛けている装丁家の水戸部功さんのイメージが強いし、実際にかなり多く作られているがこちらは違う人だった。
サンマーク出版から刊行されているのもあってか、自己啓発っぽい感じの作りにはなっている。大きな文字でそのパートの大事なこと大きく書いていて、中身はかなりシンプルでわかりやすい文章で書かれている。
立川談志というネームバリューと信頼度みたいなものがあるので、立川談志師匠が言われていたことた起こしていた行動を弟子である談慶師匠がまさに「超訳」し、シンプルながらわかりやすい言葉にして書かれている。
キリスト教は聖書があり、その聖書はキリストの弟子たちが書いたものであり、書き残されるということは書いた人間の思いや思想はどんなに入れないようにしても入る。琵琶法師たちが語り継いできた『平家物語』だってたったひとりの語り手の言葉ではなく、幾人の声やバージョンが入り混じりながら現在の形になっている。
誰かの言葉をそのままではなく、編集して残せば書き手の思想や希望がどうしても入るはずだ。だから、この本も談慶師匠が弟子としてそばにいたときに見知った談志師匠の言葉をご本人にとって理解できる形に訳したものである。翻訳すれば、元の意味からなにかはズレていく。本質さえ失わなければ問題はないのが、たぶんそれが一番むずかしい。

夕方からリモートワークだったので、昼間の休憩で『不器用なまま、踊りきれ。超訳 立川談志』を読んだ以外は新人賞応募の原稿の推敲を朝からやった。明日の午前中にはセブンイレブンでプリントアウトして応募できれば問題ない。

 

10月31日
2時に起きて原稿を見直す。このままで応募していいのか悩む。しかし、レターパックはすでに購入して宛先を書いている。8時にはプリントアウトして世田谷郵便局のポストに入れる。次は12月10日〆切の太宰治賞だが、11月中に書き終わらせて余裕を持ちたい。

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12時10分から上映されるアレクサンダー・ロックウェル監督『スウィート・シング』を観に歩いてヒューマントラストシネマ渋谷に行く。
なにか映画が観たいと思って、まったくのノーチェックだったし、USインディー映画で有名だというアレクサンダー・ロックウェル監督のことも知らなかったが、なんとなくよさそうだという理由だけで前情報なしで観た。
アレクサンダー・ロックウェル監督作品は日本では25年ぶりの上映らしい。そりゃあ、知らないわな。僕が上京するよりも6年前ぐらいだったら、地方のレンタルとかになければさすがに知らないし、僕はそこまでUSインディー映画にハマってたことはないから。

15歳の少女ビリーと11歳の弟ニコ。一緒に暮らす父アダムは普段は優しいが酒のトラブルが尽きず、ある日ついに強制入院させられることに。他に身寄りのない姉弟は、家を出ていった母イヴの元を目指すが...。

「イン・ザ・スープ」「フォー・ルームス」などで知られるアレクサンダー・ロックウェル監督が、頼る大人をなくした姉弟の悲しくも希望に満ちた旅路を、16ミリフィルム撮影による美しいモノクロ&パートカラー映像で描いたファンタジー。監督の実子ラナ・ロックウェルとニコ・ロックウェルが主人公の姉弟を演じ、監督のパートナーであるカリン・パーソンズが母イヴ役、「ミナリ」のウィル・パットンが父アダム役を務めた。

主役のビリーとニコは監督の実子みたいだが、ビリ−を演じたラナ・ロックウェルはほとんど高橋メアリージュンみたいな整ったキレイな顔で、途中からメアリージュンにしか見えなくなってしまった。基本的にはモノクロであり、いくつかの象徴的なシーンのみがカラーになっている。姉弟(少年少女)の冒険譚のようなものになっていて、最後の方はわりとご都合主義的な展開というか終わり方をするのだが、ファンタジーとしてみれば、そういう結末が妥当なのかもと思えた。
姉弟の親父はアル中だし、離婚して出ていってる母親はなんかアメリカ野郎みたいな彼氏にべったりでそいつが子供に横暴なことをしても彼との関係を壊さないようにいう最低な女だし、と両親ともボロボロで今の、というかアメリカの貧困家庭のリアルなのだろう。だからこそ、そこから逃げ出すこと、逃亡する先の話がどこかファンタジー的な要素をはらんでいるのだろうか。
そういう意味ではiPhoneだけで撮影したという『フロリダ・プロジェクト』に通じている部分もあると思う。『スウィート・シング』はわりと救いや希望を残していたのは父親が子供を役者として起用して撮影しているというのが影響しているのかもしれない。
映像がただただいい。フィルムってあんなにいい味わいなんだって思うし、インディー映画らしいインディー映画っていうのはこういうものなんだろう。

 

11月1日
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17時にリモートを早上がりして渋谷まで歩いて、そこから半蔵門線永田町駅有楽町線に乗り換えて新木場駅まで乗車する。新木場駅から歩いて5分ほどのSTUDIO COASTに。サポートベースの人がコロナに感染して延期になっていたcero「TRAFFIC 2021 MU BANCHI」のライブにやってきた。STUDIO COASTが2022年1月に閉館ということでおそらく僕にとっては最後のSTUDIO COASTになる。
今年2回目のスタジオコースト、1回目はDC/PRGのラストライブ、このceroのライブとどちらも小田朋美さんが演者なのが共通していた。ceroが出したデジタルシングル2枚はとてもよすぎるので早くアルバムを出してほしい。あまりにも今の気分を音にのせてくれている。その二曲をライブで聴いてみたいという思いがかなり強かった。
STUDIO COASTが閉館することを思うと、SHIBUYA-AXをはじめちょうどいいサイズのキャパがどんどんなくなっていくのを観客としてこの20年で見てきた。ブレイクしかけたミュージシャンや一度大きくなったミュージシャンがほどよいキャパでできる箱はなくなっていった。
格差や諸々、中間がどんどん消えていく、フリーランス自民党公明党や、補完勢力でしかない維新に入れた奴ら、投票すらしなかった奴ら、インボイスで俺らやられるよ。結局、集まって合同会社とかにするしかなくなって、働き方も全然多様性を失う。それで誰かが儲けることになる。
地獄への道は善意で舗装されている、という。まだまだ絶望には早すぎるが、きちんと国まるごと地獄には滑り落ちていってるのを感じながら、無力感が深くなっていく。
ほんとうにメディアミックスはヤバいんだって、たかだか芥川賞を取っただけの石原慎太郎の人生が体現してるじゃん、大阪で維新が圧勝なのはメディアの有効な使い方と洗脳じゃん。悪夢の東京五輪、これからやってくる悪夢の大阪万博、それでも踊り続けるしかないのか。言葉より先に踊りが存在してたはずだから、踊るしかないらしい。さあ、ダンス・ダンス・ダンス

一曲目『マイ・ロスト・シティー』からの始まりがとてもよく、コロナにおけるそれまでの日常が失われて、あるいは奪われて、数年前の曲だけどとてもリアルタイムな感じがあった。そこからアンコールの『大停電の夜に』までの音のゆらぎが心地よくて自然とからだがゆれていた。デジタルシングルで出ている最新の二曲『Fdf』『Nemesis』もライブで聴けてよかったし、やっぱりこの二曲はかなりいい。Ceroの今までの音からの進化でもあるだろうし、電子音とバンドサウンドがしっかりハマっている。来年ぐらいにこの流れのアルバム出して野音でライブしてほしいな。

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ライブ終わってニコラでナガノプルーンとマスカルポーネのタルトと極深のアルヴァ−コーヒーを飲んで、話をして帰った。

 

11月2日
「PLANETS」連載中『ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春』の『クロスゲーム』一回目が公開になりました。
「逆『タッチ』」×「あだち充劇場」の集大成としての『クロスゲーム』。あだち作品における「喪失」を今回は取り上げました。


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新宿眼科画廊にて明日まで開催のパン生地くんこと高畑桑名さんの個展「1991年の若者たちがタックアウトしたTシャツを2021年の君たちは」に彼同様に園組に以前参加していて、今は映像関係などでキャスティングをやっている杉山麻衣さんをお誘いして行ってきた。
その前に下北沢で集合して「marusan & wacca」というお店の「秋刀魚と梅肉のスパイシーカレー」を食べた。下北沢カレーフェスティバルが開催されていて、それに参加しているお店だった。杉山さんがカレー好きなのでお昼はカレーということになった。ひとりではほとんど外食に行かないのでこういう時にはじめて知ったりするのでうれしい。
スパイスが効いているのもあるが、秋刀魚と梅肉がとてもよく合って今まで食べたことないカレーだったけど、ほんとうに美味しかった。
その後、下北沢カレーフェスティバルにはスイーツもあるようで、「CurrtSpiceGelateria KALPASI」という所のスパイスジェラートを食べに行った。山椒味のを一口もらったが、めちゃくちゃ山椒だった。それから下北沢駅から新宿へ移動。

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前にパン生地くんと会った時に選挙後の展示はほとんど在廊していると言っていたのだが、着いたら誰もおらず。パン生地君と杉山さんも数年会っていないとのことだったので連絡したら、新しくTシャツにプリントするために板橋区に行っていてちょうど戻ろうとしている時だった。30分ぐらいで戻るということなので待っていた。数名ほかのお客さんもいらしたが、彼がいないので早めに帰っていった人もいた。

そういえば、ネツゲンにいる園さんの懐刀だった船木さんは『本当に君は総理大臣になれないのか』の続編『香川一区』の撮影のために大島監督と一緒に香川にいたりしたのだろうか、ということ杉山さんと話をした。
小川淳也さん当選したし、立憲の代表選に名乗りをあげそうだし、『香川一区』はこれからますます注目度が上がりそう。

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「1991年の若者たちがタックアウトしたTシャツを2021年の君たちは」はTシャツのすそを若者はいつからズボンにいれなくなったのか、そしていれるようになったのか、というパン生地君の考察を元にした展示。
ファッション誌や漫画などのページをあえてTシャツにプリントして見せるというコンセプトはおもしろいし、多層な構造ができていてユーモアもあってアイロニーにも感じる。

f:id:likeaswimmingangel:20211106191636j:plain菅田将暉的スタイルのとこにポパイあって、あえてやってるんだろうねって話をしていた。その後、帰ってきた本人に聞いたら、本人も来た人に言われて気づいたらしい。無意識ってこわい。

僕は思春期以降はずっとTシャツのすそを出しているけど、ある時期から若い世代のオシャレな感じの子はすそを入れだしたよなって思ったことがあった。時代はしっかりと巡っているみたい。
あと僕もだが太ってる人間はすそいれるとお腹のまるみがより目立つからしないというのもあるだろうし、タックインファッションって基本的には細身でタイトなシルエットの人がやるのだろうな。
展示は写真を撮っても大丈夫だったけど、なぜか展示されている写真とかを撮ったのがことごとくピントが合っていなかった。不思議。あとしっかりTシャツを撮るのを忘れた。
渋谷系のファッションはタックインしていて、その後のヒップホップ系のファッションの流れもあってすそは出ていった気もする。30年ぐらい経ったから一周りしたのもあるだろうし、ネオシティポップの流れもあったので、小綺麗なファッションも一緒に復活したり、結びついたっていうのはあるのかな。そういう話を個展ですればよかった。

 

11月3日
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買って一章のみを読んでいたジェニー・オデル著『何もしない』の続き、二章「逃げ切り不可能」を読んだ。ここでは「逃げ切り」という現代社会での逃避(デジタルデトックスを含む)の可能性や過去における社会からの「逃避」したコミュニティの話が書かれていた。

 私が逃げ出したくなるものとは、こういうことだ。近年のソーシャルメディアの活用法のなかでも、私がいちばんやっかいだと感じるのは、ニュースメディアとユーザーの双方が、ヒステリーと恐れが混然一体となった波紋を拡散している状況だ。つねに心がかき乱される状況に追い込まれると、人びとはニュースのサイクルをつくりだして、そこに身を委ねるようになる。そして不安だ不安だと文句を垂れながらも、これまでになく熱心に情報をさかのぼってチェックするようになる。メディア体験は広告とクリックの論理によって支配されており、その仕組みは故意に搾取的になるよう設定されている。たがいに出遅れまいと競い合うメディア企業は、私たちの注意につけこみ、考える時間を根こそぎ奪う刺激の「軍拡競争」に余念がない。その結果、群が拘置者にたいしてとる常套手段になっているという、睡眠時間の剥奪作戦もどきが展開され、より大規模に行われるということだ。二〇一七年から二〇一八年にかけて、多くの人が、「毎日新しいことだらけだ」とぼやいているのを私は耳にした。

 必要とされているのは、混成的な反応だ。観想と参与、離脱と求められている場所への帰還、どちらもできるようにならないといけない。マートンは『香道の世界における観想』で、心のなかであれば、それらの営みが両立できると教えてくれる。その教えに従って、私は隠遁や亡命にまつわる用語に代わるものを提案しよう。それは、私が「距離を取る」と呼ぶ、シンプルな分離だ。

「距離を取る」とは、離脱することなしに、自分だったらどうしていたかをつねに意識して、部外者の視点で考える行為だ。それは、敵前逃亡ではなく、むしろ敵を知るということであって、その敵とはつまり世界そのもの――まさに「コンテンプトゥス・ムンディ」――ではなく、それを通してあなたが日々世界と向き合っている媒体なのだ。さらに、そういう態度を取れば、メディアの情報サイクルや話題に埋もれていては不可能な、大切な休養をとることができ、この世界に身を置いたまま別の世界を信じられるようになる。


Radiohead - Follow Me Around (Official Video)

↑のMVを見てもうすぐradioheadの『Kid A』 『Amnesia』発売21周年記念の未発表音源を追加した三枚組『Kid A Mnesia』が出るんだな、と思うとワクワクする。限定のレッド・ヴァイナルは「BEATNKでウェブ注文しているが、家にはレコードプレイヤーはないので届いても聴けない。発売日の5日には久しぶりにタワレコに行こうかなと思う。

 

11月4日
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18時までリモートで仕事してから19時から下北沢のB&Bで開催されるイベント「水道橋博士×岡本俊浩×原カントくん「2021年ノンフィクション本大賞 発表直前! 水道橋博士と語るノンフィクションの過去・現在・未来」の観覧のために歩いていく。
去年の夏と晩秋に取材に同行した古川日出男著『ゼロエフ』がノンフィクション本大賞にノミネートされていて、どういう話になるのかなと思ったのと「水道博士のメルマ旬報」の編集である原カントくんさんにもしばらくご無沙汰だったのもあり、お店で観覧してトークを聞こうと思った。
「ノンフィクション本大賞」を導入部分にしたノンフィクションに関するトークイベントなので、ヤフー編集部の岡本さんがノミネート作品全部を少しずつ紹介するぐらいで、作品にはほとんど深入りすることはなかった。まあ、わかってはいたけど残念。
博士さんも原さんもどうせ『ゼロエフ』読んでないしなあ、この日記も元々「メルマ旬報」でやってた時にも『ゼロエフ』についてのことは書いてきたし、TwitterなどのSNSでもできるだけ多くの人に読んでもらたくて書いていたけど、そもそも知り合いすら反応薄かった。まあ、そんなもんなんだろうな。博士さんには単行本の発売の前日に見つけて、手紙を書いて3月11日までに届くように一緒に送ったけどなんの反応もなかったし、このイベントでもほぼノーリアクションだった。
『ゼロエフ』における友人知人知り合いの反応の無さにSNSやる気が完全に削がれたというのはある。そういう人のお知らせとかなにかを普通に「いいな」と思ってRTとかしていて、自分のは反応ないのはそれまでもよくあったけど。
宣伝したから宣伝してよ、はたぶん違うんだろうけど、あんだけ読んで欲しいと思っていた『ゼロエフ』がノーリアクションでスルーされてたら、やる気はなくなる。結局、SNSは宣伝ツールにしかなっていない現状もあるし、牧歌的な時代はとうの昔に過ぎ去ったのもデカい。SNSは右翼には力を与えても左翼というかリベラルは自分の首を絞めるだけな気はする。
記録として残すのはほとんど人が読まないブログぐらいがちょうどいい。自分で検索できるし、ただ、これだとはてなブログ自体が閉じたら見れなくなるっていう問題はあって、デジタルの問題はプラットフォームが死んだらそこに書き込んだりしたデータも一緒に埋葬されてしまって、検索しようがなくなるってことはありえる。

 

11月6日
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リモートの作業の休憩中に渋谷に出てタワレコでアルバム『Kid A Mnesia』を買おうかなと思っていたのだが、代官山蔦屋のTwitterで入荷したというツイートを見かけたので、いつもの代官山蔦屋まで歩いていって購入。購入特典がB2サイズのポスターで半分にすると『Kid A』『Amnesia』のそれぞれのジャケデザインでタイトルが『Kid A Mnesiaになっているものをもらった。B2サイズの額縁を買うべきか悩む。
その後、お昼すぎに頼んでいた限定版の赤いヴァイナル版も届いた。ずっとこの三枚組(そのうちの二枚『Kid A』『Amnesia』はずっと聴き続けているものだが)をずっと聴きながら作業をしていた。

 

11月5日
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松尾スズキさんの新刊『矢印』を購入して一気読み。
家で酒を飲み続ける女、その女の夫である元放送作家の主人公。彼の師匠である放送作家が自殺した際に、彼の腕にあった矢印の入れ墨。それが彼の中でなにかを動かしていき、たまたま入った映画館で知り合った女と酒を飲みに行って、その日に結婚してしまう。それが今の 酔いどれの妻であるのだが、出会ったその日に女は離婚したばかりだった。酒も飲めなかった。しかし、主人公が誘ったことで今まで飲まなかった酒を飲み始め、アル中のようにひたすら飲む人間になっていく。なにもかもが酔いどれというよりは二人ともども落ちていく生活、朽ち果てていく途中のアルコールで酩酊している脳みそで展開していく、けだるさダメさすべてが人間の暗部のようだがなぜだが笑えてくる。なんだか落語のようでもある。出てくるエピソードが人間の愚かさでありながらも、なんだかありそうなことだし、ふいに吹き出してしまうおかしみがある。やっぱり松尾スズキ作品には人間の業が描かれている。

ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ ROAD MOVIES/夢の涯てまでも』

昨日の5日から公開が始まったヴィム・ヴェンダースの回顧展上映。名前は知っているけど、きちんと観ていない監督なので(『パリ、テキサス』ぐらい)この機会に全部観てみようと思ってスケジュールを見て、どの日に何を見るか決めた。12月の上旬までに10作品はすべて観るつもり。

 

11月7日
f:id:likeaswimmingangel:20211107192121j:plainf:id:likeaswimmingangel:20211107192124j:plainル・シネマで『ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ ROAD MOVIES/夢の涯てまでも』が開催。全10作品観るつもりなのだが、最初に一作目は『アメリカの友人 4Kレストア版』にした。続けて『パリ、テキサス』を観たかったが夕方からリモートワークなので諦めた。
初めて観た『アメリカの友人』はデニス・ホッパーが出演していて、ショーケン萩原健一)みたいじゃんって思って、二人あの頃似てたのか、気のせいか、色気があるし顔の系統は近いように思えた。

アメリカの友人 4Kレストア版』
1977年/西ドイツ・フランス/カラー/ヨーロピアン・ビスタ/126分
原題:DER AMERIKANISCHE FREUND
出演:デニス・ホッパーブルーノ・ガンツ、リザ・クロイツァー、ジェラール・ブラン
原作:パトリシア・ハイスミス
贋作をさばくアメリカ人画商のリプリーは、オークション会場で額縁職人ヨナタンと出会う。彼が病で余命いくばくもないことを知ったリプリーは殺人の仕事を紹介し、妻子のために金を残したいヨナタンは依頼を引き受ける。贋作画家を演じるニコラス・レイをはじめ、サミュエル・フラージャン・ユスターシュダニエル・シュミットなど、ヴェンダースが敬愛する映画監督陣が脇を固める。

フィルムでの色合い、赤い色が作中でビビットで映えるのは舞台の町がどこか灰色がかっているせいなのだろうか。『ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ ROAD MOVIES/夢の涯てまでも』のメインポスターにはこの映画のクライマックスシーンが使われているが、炎と爆発、そしてビートルだろうかヨナタンと妻が乗ってきた車の色、リプリー上着と一気に鮮やかな赤になって終わる。
ああ、この映画めっちゃ好きなタイプの物語だわと思えた。リプリーの色気もあるし、ヨナタンが犯罪を染めていく流れ、日常から逸脱してしまうヨナタン、妻にはそのことを隠していくせいで家族が徐々に崩れ落ちかける。贋作を売りさばいているアメリカ人のリプリーの存在が非日常を生活にしている側なのに、ヨナタンに肩入れする。そこにある友情に似たもの、そして、最後の後始末のあとの終焉。好きな物語展開だった。
今書いている作品もロードムービー的な要素があるので、この作品のイメージが入ってくるかもしれない。このフォルムの質感のようなものが少しでも反映されたらすごくいいのだけど。あと9作品。

 

11月8日

 帝劇で行われた「高島忠夫寿美花代ファミリーコンサート」は3部制で、4時間のコンサートだった。全てが終わると、高島さんは、奥様(寿美花代さん)に、小声と目線で「先帰って、政宏と政伸に風呂沸かせ。オレは皆さんをアレするから」と言って、タクシーを3台呼んで、僕らを銀座の高級クラブに通された。ジャズメンの接待を、自分でしようというのだな。と僕は感動した。

菊地成孔の日記 2021年11月8日午前5時記す>より

菊地さんの日記が会員になっているので、不定期でメールで送られてくる(ニコニコのウェブやアプリでも読める)ので読んでみたら亡くなった高島忠夫さんにかつて息子のバックバンドを務めた際にすごく気を使ってもらった話が書かれていた。昔のスターだった人の振る舞いというよりは、敏腕マネージャーのように気が利いているというか、ご自分やご家族のことをある種客観的に見れていたのだなと思った。
引用部分はごくわずかだか、実際はかなり長いものだが、こういう話を読めるのはとても贅沢だなと感じる。

夕方にニコラに行ってコーヒーを飲もうと思ったら、ずっと前から知り合いであるもののお店で会ったらたまに話したり、町で偶然会ったりしたら挨拶する人がすでにいて、少しお話をした。
この一、二年ぐらいか少しずつ話すようになったのだが、最初に会った四、五年前ぐらいは僕の顔というか気配みたいなものにひねくれたものがあったと言われた。最近はそういうのがなくなって顔つきが変わったと言われて、そういうものなのかなって思った。
ある一定の年齢を越えてから、考え方も変わったし、自分の立ち位置とかそういうものを自覚したことで世の中の見かたとか自分への過剰な期待や自己顕示欲みたいなものが変化したのが顔に出ているのかもしれない。いい方に変わっているようなのでうれしい。

寝る前に『佐藤泰志作品集』の続きを読む。少し前に『海炭市叙景』を読み終えたので、続いて収録されている『移動動物園』を読んだ。文庫でこの作品はずっと前に読んでいたが、改めて読むと動物の温度や毛並み、小さな鼓動、そして主人公の達夫が大きくなりすぎた兎などを袋に入れて地面に叩き潰すようにして殺すシーンの生々しさ、濃厚な血の匂いと砕ける骨や敗れる皮膚の音がしっかりと聞こえてくる。
たしか新潮新人賞は受賞しなかったが、優秀作かなにかになって『新潮』に掲載された作品だったはずだ。濃厚な血の匂い、その感じがとても佐藤泰志の作品の核なのかもしれない。
佐藤泰志は自ら命を経った小説家だ。最後になったのが最初に収録されている『海炭市叙景』だったのだが、その中の最後の短篇となる「しずかな若者」を読むと来年には主人公である青年が別荘地には来なくなるであろうという気持ちが描かれていて、それが未来を信じられなくなった佐藤泰志の気持ちをどこか感じさせるものがあった。

 

11月9日
f:id:likeaswimmingangel:20211109234058j:plainMCU最新作『エターナルズ』をTOHOシネマズ渋谷にて鑑賞(シネマイレージデイ)。

アベンジャーズ」シリーズをはじめとしたマーベル・シネマティック・ユニバースMCU)で知られるマーベル・スタジオが送り出すヒーローアクション大作。太古から人類を見守ってきた「エターナルズ」と呼ばれる者たちの活躍を、「ノマドランド」でアカデミー賞を受賞したクロエ・ジャオ監督が描く。「アベンジャーズ エンドゲーム」後の世界を舞台に、これまで人知れず人類を守ってきたエターナルズが姿を現し、未曽有の危機に立ち向かう。遙かな昔から地球に存在し、7000年もの間、陰から人類を見守ってきたエターナルズ。最凶最悪の敵サノスによって半分が消滅させられた全宇宙の生命は、アベンジャーズの戦いによって復活したが、その時の強大なエネルギーによって新たな脅威が誕生し、地球に迫っていた。その脅威に立ち向かうべく、これまで身を潜めていたエターナルズが再び集結する。10年ぶりのアクション作品への出演となるアンジェリーナ・ジョリーをはじめ、「クレイジー・リッチ!」のジェンマ・チェン、「ゲーム・オブ・スローンズ」のリチャード・マッデンキット・ハリントン、これがハリウッドデビューとなる「新感染 ファイナル・エクスプレス」のマ・ドンソクらが出演。(映画.comより

新ヒーローとして登場することになった「エターナルズ」のメンバー。元々リーダー的なポジションでありみんなの信頼を得ていたエイジャック(サルマ・ハエック)、彼女からリーダーとしての役目を引き受けることになるのが主役であるセルシ(ジェンマ・チャン)。
男性がリーダーではなく、女性から女性に引き渡されるのも現代性が出ているように思えるし、チームの中で最強という攻撃力を持つイカリス(リチャード・マッデン)がなぜリーダには成れなかったのか、指名されないのかがこの作品に出てくる新たなる脅威とその存在に関わるものであることが明かされる。すげえ優秀なんだけど、トップの言うことを絶対に遵守するせいでみんなが巻き込まれて仲違いしちゃうっていう感じで、わりと悲しい存在。
最強の戦士、戦いの女神セナ(アンジェリーナ・ジョリー)は長い時間(7,000年かな)の間で心が壊れそうになっていて、積み重なる記憶によって、突如バーサーカーのように敵味方見境なく攻撃するようになってしまう。そんな彼女の面倒を見ると決めたのがメンバー1の怪力である心優しきギルガメッシュ(マ・ドンソク)であり、セルシとイカリスというかつての恋人の二人と対になるのがセナとギルガメッシュの二人という形になっていた。
誰よりも速く動ける能力を持つマッカリ(クメイル・ナンジアニ)が一番最強なんじゃないかなって観ながら思ってたんだけど、彼女とカップルみたいな感じであるのがドルイグ(バリー・コーガン)であり、彼は人を操れる能力を持っていた。彼からすれば、その力を使えば人類は愚かな戦争や殺戮をしなくても済んだのに、それは人類に介入してしまうため使うことを許されなかった。戦争によって人類は新しい発明をして進化してきたから、つまり大殺戮と引き換えに人類は進歩するものを手に入れて、最終的には人口が増えていくからというものだった。バリー・コーガンは『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』とかでも不気味で存在感のある役をしていたけど、ヒーローに抜擢されるというのはけっこう驚きだった。
ひとりだけ幼く成長しないボーイシュな髪型の少女・スプライト(リア・マクヒュー)。『ピーターパン』のティン・カーベルに存在を重ねられる彼女は「アトムの命題」そのものだった。成長できない肉体、しかし内部の心は成長を求める。天馬博士の亡き子供とそっくりに作られたアトム。一度は成長しないと博士に捨てられたりもするが、アトムはのちに宇宙人から成長する体を与えられた。『エターナルズ』も続編などシリーズに組み込まれている以上、彼女が出演し続ければどうしても成長してしまう。それは作中で解決されていた。そうするしかないよなとは思ったけど。
アトランタ』のペーパーボーイことアルフレッド・マイルズ(ブライアン・タイリー・ヘンリー)は『ジョーカー』をはじめ話題作には出ているが今作ではエターナルズのメンバーであるファストすにまでなった。今作ではひとりだけ黒人であり、同時に同性のパートナーがいるというアメリカにおけるマイノリティの体現者のような設定になっていた。しかし、すごいなあ、どんどんブレイクして大きな役をやっている。ドラマファンとしてはコロナで撮影が休止していた『アトランタ』シーズン3,4を見たい。
1945年広島の原爆投下についてあの描き方をしたアメリカのエンターテインメント映画は今まであったのだろうか。そこだけでもかなり大きな視野だと思うし、クロエ・ジャオ監督の意向が入っているのかもしれない。

f:id:likeaswimmingangel:20211109234102j:plain『エターナルズ』終わってすぐに劇場を出て、東急百貨店に向かって歩いて、ヴィム・ヴェンダース監督『都会のアリス』をル・シネマで鑑賞。

都会のアリス 2Kレストア版』
1974/西ドイツ/モノクロ/ヨーロピアン・ビスタ/112分
出演:リュディガー・フォグラー、イェラ・ロットレンダー、リザ・クロイツァー
音楽:CAN
アメリカでの仕事がうまくいかずドイツに帰国しようとした青年フィリップは、空港で足止めをくらい、そこで同じくドイツへ帰国しようとしていた母娘と出会う。母親リザは、一方的に娘アリスを彼に託して姿を消してしまい、途方にくれた二人は、アリスの記憶を頼りに彼女の祖母を訪ねる旅へと出発する。道中の二人の何気ない仕草やユーモラスな会話も本作の魅力となっている。

ヴィンセント・ギャロ主演監督作品『バッファロー'66』はここからオマージュしてんのかな、と感じる点がいくつかあった。フィリップとアリスが証明写真に入って一緒に写真を撮るところはもろそうだろうし、フィリップはポロライドのカメラは持っているが、当時は写ルンですのような簡易なカメラはない。この作品がロードムービーでたまたまというか母親がいなくなったアリスをフィリップが彼女祖母の元に届けるために旅に出発するという巻き込まれ型ではる。
この作品はヴィム・ヴェンダースロードムービー三部作の最初のひとつになっているが、ここから後世に与えた影響は大きいだろうと思える。インディー映画の系譜には間違いなくこの血は流れている。観たことないけど、なんか観たことある風景のように感じるのは、これがオリジナルやオマージュ元だからだったからだろうヴィム・ヴェンダースレトロスペクティブはあと8作品。

f:id:likeaswimmingangel:20211109234106j:plainf:id:likeaswimmingangel:20211109234110j:plain吉祥寺駅で一緒に舞台を観に行く約束をしていた友人と一緒にまめ蔵に寄って腹ごしらえ。平日限定のきのこカレーを食す。スパイスが効いていて、本当に美味しかった。

f:id:likeaswimmingangel:20211109234114j:plain十数年ぶりに阿佐ヶ谷スパイダースの舞台を吉祥寺シアターで鑑賞。クロエ・ジャオ監督『エターナルズ』からのヴィム・ヴェンダース監督『都会のアリス』からの阿佐ヶ谷スパイダース『老いと建築』。しっかり頭がコンフューズ。

高齢ゆえにバリアフリー化を余儀なくされる家。独り住む老婆は美意識を損なう老いを受け入れることが出来ない。娘や息子はさらにその先の改装・改築を考える。老婆は彼らにこの家を渡したくはない。同居の甘言を囁く子供達孫達と、歳を重ねるごとに性格が激しく歪む老婆との応酬。さらにこの家を設計した建築家、既に先立った夫の幻影と思い出が現在と入り混じり、ますます老婆の言動は乱れゆく・・・

現在の老婆と娘や息子や孫たちの関わり、そして家を建てた当時の夫も元気で子どもたちも幼かった頃、娘が結婚したもののその夫とうまくいかなくなった時期、いろんな家族の記憶や、家に刻まれた時が交差していき、老婆の見ている夢なのか思い出した思いでなのか、はたまたそれは実際にあったことなのか、そんな風にいくつかの時間軸が交差して溶け合っていく。演劇だからこそ、観客との共犯関係だからこそできる多空間や多時間が舞台の上で重なる表現だった。そのせいで頭が混乱するっていうのもあった。

 

11月10日f:id:likeaswimmingangel:20211110223948j:plain
17時までリモートで仕事をしてから歩いて渋谷へ。Bunkamuraのル・シネマでヴィム・ヴェンダース監督『さすらい』を鑑賞。

『さすらい 4Kレストア版』
1976/西ドイツ/モノクロ/ヨーロピアン・ビスタ/175分/R15+
出演:リュディガー・フォグラー、ハンス・ツィッシュラー、リザ・クロイツァー
第29回カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞受賞
大型ワゴンに乗り、フィルム運びや映写技師の仕事をしているブルーノは、ある朝、“カミカゼ”のように猛スピードの車で河に突っ込んだ男ローベルトと出会う。意気投合した二人は旅をともにし、男の友情と出会いの物語が紡がれる。ロードムービー三部作の完結編となる本作は、スタッフが実際に旅をしながら撮影する即興演出を採用し、ヴェンダースが国際的に注目を浴びるきっかけとなった。

約3時間か、油断してた。席を中央にしてしまっていた。思いの外お客さんがけっこう入ってる感じだった。劇場で観れる機会があんまりないからだろうか。レトロスペクティブ三作目。ロードムービー三部作の完結編のようだが、前日観た『都会のアリス』の青年フィリップを演じたリュディガー・フォグラーが今作でも主人公の映写技師のブルーノを演じている。二作目『まわり道』も彼が主役みたい。また、『都会のアリス』でアリスの母親役だったリザ・クロイツァーも今回出演していた。
映写技師であるブルーノは行く先々の映画館で自身の仕事をしながら、たまに使えない映写技師の代わりにフィルムを回したりする。映画館のスタッフである娘(リュディガー・フォグラー)に自分が編集したフィルムを観せたりするシーンがある。映写技師はフィルムを編集することができる。あるいは意図的にコマの間に作品と関係ないコマを紛れさすこともできる。ブルーノを見ていて、デヴィッド・フィンチャー監督『ファイト・クラブ』のタイラー・ダーデンブラッド・ピット)も映写技師として映画館でポルノ映画のコマを関係ない作品に紛れ込ませていた。それを思い出した。
作品としては、ひょんなことから出会った男の二人のロードムービー、実際に旅しながらの即興演出を取り入れているせいか、シナリオを書く際にこういうことはストーリーに入れないだろうというエピソードなんかがたくさんあったり、映し出されていたのもあって、ザ・ロードムービーという感じだった。ただ、3時間近くは長すぎると思えるのは、大きな展開があまりないのもあって眠気を誘う。しかし、車だけではなくバイクなどの疾走シーン、最後の別れのバスと列車が交差していくシーンなどすごくいいものがたくさんあった。

 

11月11日
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ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン・天使の詩』をル・シネマで。2日連続で来てしまった。かつてハリウッドリメイクされたニコラス・ケイジ×メグ・ライアン主演『シティ・オブ・エンジェル』は高校の時に劇場で観ているが、たぶんオリジナルを最初から最後まで観たことはないと思う。レトロスペクティブ4作品目。
レトロスペクティブは一部と二部にわかれていて、開催の最初の一週間は二部の作品(『ベルリン・天使の詩』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』など)も観れるスケジュールになっている。ちなみに『パリ、テキサス』は一部なので、月末から始まる二部では上映されない。『パリ、テキサス』は日曜日に観に行くつもり。

ベルリン・天使の詩 4Kレストア版』
1987/西ドイツ・フランス/パートカラー/ヨーロピアン・ビスタ/128分
出演:ブルーノ・ガンツ、ソルヴェーグ・ドマルタン、オットー・ザンダー、クルト・ボウワ 、ピーター・フォーク
第40回カンヌ国際映画祭 監督賞受賞
天使ダミエルは、人々の心の声を聞き、彼らの苦悩に寄り添っている。ある日、孤独を抱えたサーカスの舞姫マリオンに出会い、彼女に恋をしたダミエルは、天界から人間の世界に降りることを決意する……。壁崩壊以前のベルリンを舞台に、天使の世界をモノクロ、人間の世界をカラーで表現した映像美と、後にノーベル賞作家となるペーター・ハントケによる詩的な脚本で紡がれる壮大な映像詩。

刑事コロンボ』は世界各国で人気を博し、特にドイツでは視聴率が50パーセントを超えるほどだったという。ドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースの代表作『ベルリン・天使の詩』(1987年)では本人役として出演。ピーターがベルリンの街を歩くと、「コロンボだ、コロンボだ」と大人から子供まで道行く人から声をかけられるシーンがある。

モノクロとカラーが天使側と人間側でそれぞれ展開される。映像美という言葉がぴったりの素晴らしい映像に加え、ペーター・ハントケによる詩的なモノローグのようなセリフがより作品の世界観を際立てていた。うっとりする、というのがいちばんしっくりくる言い方かもしれない。『刑事コロンボ』で知られるピーター・フォークが本人役で出演しているが、彼も元天使という役どころであり、物語におけるキーマンとなっていた。
サーカスの舞姫であるマリオンに恋した天使のダミエルは天使であることをやめ、天界から地上へ、人間になる決意をして、地上に舞い降りる。天使である以上は人間に触れることも関わることもできない(子供には彼らの姿は見えているようだが)。
ベルリンの壁が崩壊する前の東西ドイツに分かれている時期の撮影であるが、同時に第二次世界大戦直後のような映像が随所に差し込まれている。戦争によって亡くなった人たちも映し出されていた。
モノクロのシーンは美しいが、どうじに眠気も誘う。映像詩であるからこそ、観る側の気持ちを浮遊させるリズムや風景があり、それが天使たちの内面のようにも思えてくる。マリオン役のソルヴェーグ・ドマルタンは美人ではあるのだが、その面替えがとてもいい。ダミエルが恋をして天使をやめるのも納得できる気がした(個人的には)。

映画を観終わってからBunkamuraの一階のラウンジみたいなカフェで仕事で上京してきていた山本くんと久しぶりに会って4時間近くお茶をしていた。落ち着いて長居できる場所でよかった。彼から誘われてスモーキングルームに行って久しぶりにタバコを吸った。

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兼近大樹著『むき出し』読了。PRIDEの怪人と呼ばれた百瀬博教が獄中で読書生活を過ごしたように、死刑囚だった永山則夫が獄中で創作活動を続けたように、と連想させる未成年時の逮捕における際に運命を変えることになった本(又吉直樹『第2図書係補佐』)との出会い、そこに至るまでの家族との関係性と貧しかった幼少期と仲間と傷つけてきた人たちのこと、暴力における加害性への気づきと純粋さ、の話。
週刊文春の取材で未成年時の罪が公になったが、兼近の運命を変えた又吉直樹の『火花』を出版したその版元である文藝春秋から単行本が出版となっている。この流れをデザインしたというか展開はお見事な気もするし、なんか幻冬舎的なもの(『パピルス』的なもの)を文藝春秋がある時期から飲み込んだことの延長線な気もするんだよなあ、それが成功している感じがしている。

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加賀翔著『おおあんごう』読了。岡山県出身者ぐらいにしかタイトルの意味がわからないのは岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてい』以来かな。昔、野球漫画で『GO ANd GO』(ゴーアンゴー)というものがあったが、そちらも岡山出身の主人公だった。
だいたい、親に怒られる時には「このあんごうが」、かなり怒られる時は「おおあんごう」と言われ頭をげんこつされた。「あんごう」は「バカ」の意味である。「おおあんごう」とは「大馬鹿者」になる。
今作では主人公の少年である草野の父親がよく口にする言葉であり、最終的にはその父親の姿をさすことになる。少年はやがて大人になり、東京でコンビニで働きながら芸人を目指す。そして、久しぶりに横暴だった父親と再会することになる。

兼近大樹著『むき出し』同様に幼少期がメインとなり、家庭の問題がある。どちらもある時期から生活保護を受けるべきだが、世間体などを気にしてそれを受けない。どちらも「平成」に入ってから生まれた子どもたち(著者が経験したであろう事柄が反映されている)が描かれているが、「平成」という時代に日本がどんどん貧しくなっていった証左のように、背景がどこか似通っている。共に芸人を目指すために東京に出てくることもあり、続けて読むと90年代生まれの彼らの双児的な小説にも見えなくもない。
兼近のほうはある意味では家父長制(父からの暴力)から解放されている、加賀は家父長制(父からの暴力)に呪縛されている、兼近の幼少期から捕まるまでの十代はどこか草野少年の父のようにも思える。故に兼近作品の主人公が仲間とやっていた組織が肥大化していき、彼は利用もされながらも、居場所のない女の子などが集まる場所になっていった感じもした。
『おおあんごう』は父殺し的な側面を持つ(父に怯えていた少年がやがて青年となり父に感じていた本心や気持ちを伝えることになる、それがタイトルと呼応する)。『むき出し』は知らずと父的な側面を持ってしまった主人公が北海道での縁を切り(象徴的な死(あるいは自死))、東京で芸人として再生する話である。加藤シゲアキ著『ピンクとグレー』も構造的には『むき出し』と同じく象徴的な死という通過儀礼を描いていた。
水道橋博士さんがいうところの「芸能界」とは「彼岸」あの世であり、そちら側に行くというのは象徴的な死をむかえているとも言えるからから、芸能人が自分について書いた小説には「象徴的な死」が書かれることが多い。また、物語の王道である英雄神話構造では英雄になるものは一度「鯨の胎内」に入る(象徴的な死)シークエンスがあるので、それもあるのかもしれない。主人公の対になる人物や身近な人物が主人公の代わりに死ぬことが多いのだけど。上杉和也が死んだ理由もそういうことである。

 

11月12日f:id:likeaswimmingangel:20211112194910j:plainf:id:likeaswimmingangel:20211112194929j:plain
オフィスが渋谷ヒカリエから渋谷スクランブルスクエアに変わってから初めてスクランブルスクエアのオフィスに来た。40階からはスカイツリーと東京タワーが見えた。もろもろ面談などをしたが、シェアオフィスってなんだか落ち着かない。

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『ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日』の装丁がおもしろく、裏面に書かれている内容説明がおもしろかったので購入した。以下引用。

ダリア・ミッチェル博士によって発見された謎のパルスコードは、高度な知性を持つ銀河系外の生命体が送信したものだった。それは地球人のDNAをハッキングするコードであり、その結果、世界から数十億人が消失した。パルスコードとは、いったいなんだったのか。そして消えたひとびとはどこへ行ったのか。
パルスコードの発見から5年。ジャーナリストのキース・トーマスが世界を変えた出来事の意味を明らかにする。ミッチェル博士の私的な記録とアメリカ前大統領へのインタビューをはじめ、世界を変える現象に立ち向かった対策チームの機密記録、関係者へのインタビューをまとめた一冊が遂に刊行。
ファーストコンタクトをノンフィクション風に綴った、異色のモキュメンタリーSF。

モキュメンタリーというのも興味深いが、パラパラとめくってページの最後の方に参考文献が載っていたが、刊行されたのが2025年とかの日付になっている。帯にも「2023年に世界で起きた大異変の謎に迫る」とあるようなモキュメンタリーだから、そこまでやるのかと思うのだが、読むのがたのしみ。

 

11月13日
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長嶋有著『ルーティーンズ』読了。
藤井隆さんの帯文が的確すぎた。読み始めたら1ページあたりの文字数、本の厚さでどのくらいかで読み終えてしまうのかがわかるわけだが、惜しいんだよ、これわりと早く読み終わってしまう!ということがわかるから。
微細な、というか心のひだとひだの隙間にハマるような、ふんわりと撫でられるような描写と登場人物が感じていることがちょうどいい温度感でわかる。この辺りが抜群にうまいというかセンスなんだろうな、たぶん。長嶋有さんの小説は色気というか情緒がユーモアとともにあるんだと思う。
コロナが蔓延し始めた中での作家と漫画家夫婦とその幼い一人娘の生活を描いている作品だが、結婚もしてないし子供もいない僕にもその生活の温度がちゃんと伝わってくる。
誰かと一緒にいるのもいいのかなとか、結婚したり家族になるのはいいのかも、と長嶋有作品読むとそんなことを思う。他の作家さんだとそう思わない不思議。読んでるときだけ思うんだけど。
長嶋有作品をまだ読んだことない人には『愛のようだ』『パラレル』『夕子ちゃんの近道』がオススメ。

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起きてから歩いて渋谷に、今週何回来たんだ、と思うル・シネマでヴィム・ヴェンダース監督『まわり道』を鑑賞。7割くらい埋まっていた感じ、平日ではなく土曜日だからかな。

『まわりみち 4Kレストア版』
1975/西ドイツ/カラー/ヨーロピアン・ビスタ/103分
出演:リュディガ-・フォグラ-、ハンナ・シグラナスターシャ・キンスキー、ペータ ー・ケルン
脚本:ペーター・ハントケ
母親と二人で暮している作家志望の青年ヴィルヘルム。何も書くことができないでいた彼は、母親の勧めで作家としての才能を見出すため旅に出る。道中、芸人ラエルテスと少女のミニョン、女優のテレーゼ、放浪詩人ベルンハルトたちと出会いゆきずりの旅をともにする。何ら共通点のない彼らが様々な事を語り合い旅を続けるなかで、意外な過去が明らかになり、思いもよらない事態へと展開していく……。

ヴィム・ヴェンダースロードムービー三部作の二部作目。一、三作品目は観たのでこれで三部作全部観たことになる。三作通して主役はリュディガ-・フォグラ-。西ドイツ、まだ、ベルリンの壁が存在していた時代。日本が東西に分断された世界を描いたのは矢作俊彦さんの『あ・じゃ・ぱん』だった。フィリップ・K・ディック『高い城の男』がアマプラで映像化してるからできそうな気もするが。
レトロスペクティブは折り返しの5作目。

ロードムービーと言っても今作はあまり車での移動シーンは印象的ではなく、電車であったり歩いているシーンのほうが残る。主人公のヴィルヘルムは終始変わらない感じで、成長であったり旅で出会った人たちとの触れ合いで大きな人生の岐路に立ったという感じもしない。作家には孤独と憂鬱が必要だと母に言われて、旅立つがそのせいか実業家の男性が首吊り自殺をしたあとはパーティは自然消滅的に解散というかバラバラになっていく。

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少女ミニョンを演じたナスターシャ・キンスキーは今作がデビュー。明日チケットを取っている『パリ、テキサス』にも出ているのを帰ってWikiで見て知った。ああ、あの人なのか!と。今回のレトロスペクティブのメインポスターのふたつのうちのひとつが彼女の姿だった。ミニョンは全然しゃべらない役なんだけど、コケティッシュな雰囲気の美少女、彼女について読むといろいろ思うことはあるのだが。
三部作の中で唯一カラー作品なのに、すべてで主人公を演じているリュディガ-・フォグラ-がかなり陰気な役で全体的にも他の二作品よりダークサイドな雰囲気をまとっている。けっこう眠くなった。

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ジェニー・オデル著『何もしない』の「第五章 ストレンジャーの生態学」読んでいたら、前に読んだ小川公代著『ケアの倫理とエンパワメント』に通じる話だなあ、と思った。翻訳者のあとがきで『ケアの倫理とエンパワメント』に触れていた。世界のモードというか、広がっていくだろうな。
ケアで考えたらマーベル『エターナルズ』の二組のカップルは対比的で、一方の男は使命を守ることを優先し(故に話があんなことになる)、もう一方はバーサーカーみたいになる可能性のパートナーをケアすることを選んでいた。
『エターナルズ』は個人的に好きなバリー・コーガンタケちゃんマン時代のビートたけしさんに見える)、ブライアン・タイリー・ヘンリーが出ているのでうれしいから続編も観ると思うけど、いつやるんだろう。

 

11月14日f:id:likeaswimmingangel:20211114150800j:plain
前日に引き続きBunkamuraのル・シネマでまで歩いた。ヴィム・ヴェンダース監督『パリ、テキサス』を鑑賞。さすがにヴィム・ヴェンダースの代表作のひとつであり、土曜日の午前中にしたらほぼ満席になりますわな。年齢層もわりとバラけていたし、男女の率もあまり偏っていなかった感じだった。
昨日観た『まわり道』でスクリーンデビューしたコケティッシュな美少女ナスターシャ・キンスキーヴィム・ヴェンダース作品再び。そういう感じで観れるスケジュールにしてくれてんのかな。今回のレトロスペクティブポスターのひとつになってる。
レトロスペクティブ6作品目、残りは月末からの第二部の『東京画』『都市とモードのビデオノート』『夢の涯てまでも』『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の4作品。

パリ、テキサス 2Kレストア版』
1984/西ドイツ・フランス/カラー/ヨーロピアン・ビスタ/148分
出演:ハリー・ディーン・スタントンナスターシャ・キンスキー、ハンター・カーソン 、ディーン・ストックウェル
音楽:ライ・クーダー
第37回カンヌ国際映画祭 パルム・ドール受賞
荒野をさまよっていた男がガソリンスタンドで気絶する。記憶を失った男の持ち物を手がかりに連絡を受けたウォルトだが、男は4年前に失踪した兄トラヴィスだった。彼はテキサス州パリの荒野に所有しているという土地に向かおうとしていた。少しずつ記憶を取り戻したトラヴィスは、息子とともに妻を捜す旅に出るが……。雄大な風景とライ・クーダーによるスライドギターの音色が哀愁を誘う。

おそらく二十年前ぐらいの映画の専門学校時代に一度観たはずだが、最初にトラヴィスがテキサスの荒野を歩いていた感じしか憶えておらず、弟のウェルトがロサンゼルスに連れ戻してからは一切記憶がなかった。もしかしたら、観てないのか、途中から爆睡したのか。そのおかげもあってすごく新鮮に観ることができた。
弟夫婦に預けられていた息子と疾走して記憶を失っていた父であるトラヴィスが少しずつ近づいていく。そのことでずっと甥っ子を育ていた弟夫婦にも大きな感情の揺れが起き始める。弟の妻からトラヴィスの妻の現在の居場所のヒントを聞かされた彼は息子を連れて妻を探しにヒューストンに旅立つ。
冒頭では弟の運転する車と歩いているトラヴィスと荒野だったものが、ヒューストンに旅立つまではロサンゼルスの標高の高そうなウェルトの家から見えるロサンゼルスの市街、そしてヒューストンで見つけた妻の現在の仕事場所での再会とトラヴィスの行動と共に舞台が変わっていく。
ヒューストンでは客としてのトラヴィスからは妻の姿は見えるが、彼女からは夫の姿は見えずに電話とスピーカーでの音声でのやりとりになる。一度目はほとんど会話にならなかったものの、二度目でトラヴィスは親友の話ということで妻との日々について話す。自分の中にできてしまった孤独を埋めることができず、うまく家族を維持し愛することができないということを思い出してしまった彼は息子を妻に託して、またテキサスの荒野に買ってあるかつて自分たちの両親が兄弟を作った場所を目指して歩きだしていく。弟夫妻、妻と息子とみんなを裏切ったような終わり方ではある。
『まわり道』の主人公同様に主人公は最後はひとりになり、孤独とある種の憂鬱から逃れることはできず、それ故に家族やコミュニティから自ら離れていくという辺りがヴィム・ヴェンダース的なロードムービー的な哀愁であり、成長も変化もないが流れていく景色が彼らの作品における心理描写になっている。それもあってか、ひどいやつだなと思うのだが、わからなくもないという気持ちもあり、問いのない答えを考えさせられるそんな気持ちで劇場を出ることになった。

『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO) リスナー大感謝祭2021~freedom fanfare~』の動画配信を昨日の夜に観ながら(聴きながら)作業をした際に内容については公言できないのだが、夕方映画を観て帰ってからradikoの深夜に放送した『オードリーのオールナイトニッポン』をタイムフリーで聞いていたら共通する話が出てきており、ある人物の影響というのはものすごいのだなと改めて感じた。

 

11月15日
朝晩とリモートワークで作業。FODで配信されているアニメ『平家物語』7話と8話を視聴。源義経も登場し、平家はますます滅亡に近づいていく。主人公のびわは母と再会するが、そちらでは大きく物語が動くわけではなく、彼女は「平家」の終わりを見届ける役目、そして語り継ぐ琵琶法師として存在しているので、都落ちした「平家」とまた時を一緒にするのだろう。

菅田将暉さんと小松菜奈さんが結婚したというニュースを見た。ふたりが共演した映画『ディストラクション・ベイビーズ』『溺れるナイフ』『糸』3作品全部映画館で観ていた。小松さんは何度かお見かけしたことがあるが、帽子や眼鏡などまったくしておらず、なんかすごいスタイルいい美人な人だと思ったら小松菜奈だ!となったことが数回ある。寝る前に『菅田将暉オールナイトニッポン』を寝落ちしながら聴いた。この回はリアタイした人が多かっただろうな。前の星野源さんの時同様に。

 

11月16日
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鳴かず飛ばずティーン向け小説家(松たか子)は困っていた。つい雰囲気に流されて、書き方も分からない「本格ミステリーを書く!」と宣言してしまったのだ。
担当編集者(神木隆之介)は呆れながらも構想を尋ねると、どれも見事にアガサ・クリスティーの超有名なミステリーのパクリや犯人が一瞬で分かる設定。あれこれ修正すると作家は逆ギレする始末。
仕方なく編集者は構想を手伝うことにする。作家は壮大なイメージだけは描いており、世間はクリスマスシーズンという思い付きから「クリスマス・キャロル」の世界を舞台にし、そこに登場する極悪非道の貸金業者スクルージ小日向文世)が殺されるというミステリーを考え始める。 やっと書き終えたと安心して寝ようとした瞬間、「彼は犯人じゃない!!!」と気づいてしまう。書き直しをしようと慌てて編集者に連絡を取ろうとしたその時、現実でも事件が起きる――。

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演出・松尾スズキ×作・藤本有紀×主演・松たか子パ・ラパパンパン』をシアターコクーンにて。歌って踊る松たか子観れた〜。松さんを舞台で観たのは『逆鱗』以来だったけど、今回も堪能させてもらいました。小説家と編集者の現在(現実)のやりとりから、小説家が思いついた「クリスマス・キャロル殺人事件」の世界が同時に展開していく。最初の時点(第一部)では小説家がパソコンに原稿を書いていく(舞台の端など)様子と「クリスマス・キャロル殺人事件」の登場人物たちがリンクしていく。

小説家(創作者)がある意味では物語≒作品にとっては「神」的な存在であるものの、登場人物たちが饒舌に話し出して、思いも寄らない動きをし始めていく。しかし、スクルージを毒殺しようとした犯人が誰なのかを描いたあとに、書いた作者である自分が思い違いをしていたことに気づく。彼が犯人であるはずがなかった。しかし、原稿は編集者に送り、それがさらに編集長にも送られていた。編集長からクリスマスプレゼントして送られて、編集者が持ってきたワインを原稿を仕上げたお祝いであけた小説家は飲み始めると急に倒れてしまう。それはスクルージが倒れた時とほぼ同じ状況だった。
そして、休憩を挟んだ「第二部」では小説家が緑のドレスを着た状態で「クリスマス・キャロル殺人事件」の物語の世界に入り込んでいた。ミステリー作家として小説家は自ら真犯人を探そうとする。現実世界では毒物を飲んだため病院に緊急搬送されている小説家がうわ言のように物語の続きを語り始めており、病室にいた編集者がスマホの録音機能でそれを録音しているという形で物語が書き続けられているという構造になっていく。
真犯人≒スクイーズに毒をもった人物は誰なのかが判明するが、それは小説家がスクイーズの妹のファンにそっくりであり、緑色のドレスがキーとなって、物語世界のキャラクターたちの過去の出来事と呼応しているのがわかる展開となっていった。そこでも編集長は物語における負の側面に捉えられたダークサイドの部分を見せて物語に大きく関わっていくる。
小説家にとっての物語と〆切、創作する時に自らが作った世界や登場人物に対する願いや責任というものを作品内作品という形でドタバタコメディ風に見せながらも芯を突いてくる構成となっていた。松尾スズキ×藤本有紀の組み合わせはほんとうに相性がいいのだとわかる舞台だった。あれだけ笑って物語もしっかりとわかる、尚且メッセージというか作品の軸にあるものを観客に届けていくことができるのは圧倒的な才能だと思った。

 

11月17日

古川 そうですね。お酒はやめました。お酒を飲むと肝臓がアルコールの代謝を優先して、27パーセントという基礎代謝の能力を失うのでもったいない。
 その上で、確実な医学的裏付けがあるわけではないのですが、自分の判断でヘパリーゼを飲むようになりました。二日酔いの薬だと思われている方が多いかもしれませんが、肝臓を元気にする薬で、飲酒されない方でも肉体疲労時の栄養補給に摂ることを勧められている医薬品なんです。

古川 16時間ファスティングが効果的ですね。1日のうち8時間以内で食事を済ませ、残りの16時間は食べない。僕は10時30分に朝食、14時くらいに昼食、18時30分に夕食と、8時間のなかに3回の食事を取り入れた。もちろん、摂取カロリーは消費カロリーを上回ったらダメです。
 寝る時間もふくめて残りの16時間で食べ物を摂取しないことで、タンパク質、細胞が新しく生まれ変わるオートファジーが起きます。簡単にいうと、痩せやすい体になるんです。もし、8時間外に食べてしまった日があっても、気を取り直して翌日からまたやり直す事が大事。1日の例外で心が折れて、ダイエット自体をストップしてしまうのが一番もったいない失敗パターンです。

クイズ王の古川さんのだいぶ前の記事を読んで、「なるほど、ヘパリーゼを飲むダイエットはいいかもしれない」と思い、錠剤を買ってきた。とりあえず、3月末ぐらいまで続けてみようと思う。あとは16時間ファスティングは臓器を休めて尚且痩せやすい体にできそうなので一緒に合わせたら効果がでそう。
整骨院で股関節などの硬さを徐々に直してもらっているので、今はランニングするよりはウォーキングを続けておいたほうがいい気もしているので、体内のケアから始めてみようと思う。

 

11月18日
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古川洋平さん著書『-48kgでもリバウンドなし。別人に生まれ変わる クイズ王式ダイエット』を購入して読んでみたが、「〇〇だけダイエットは基本存在しない」というのが古川さんの主張だった。
まず、運動よりも「基礎代謝」を上げること、肝臓を元気にすれば代謝が上がり痩せやすくなること、ダイエットの失敗を防ぐためには「いい睡眠」を取ることである。ヘパリーゼだけ飲んで痩せるわけではないが、16時間ファスティングなどを合わせて、しっか睡眠を取れば代謝が上がり痩せる可能性はある。まずは「代謝」を上げれるように意識してみよう。

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柴那典著『平成のヒット曲』を読み始めたら一気に読み終えてしまった。第一部「ミリオンセラーの時代」(1989年〜1998年)、第二部「スタンダードソングの時代」(1999年〜2008年)、第三部「ソーシャルの時代」(2009年〜2019年)と分けられていて、第三部辺りの曲はなんとなく知っているというものもあるが、基本的にはほとんど知っている。だけど、思い入れのある曲がほぼない。
確実に上京して一人ぐらいするようになってから世間的なヒットソングとかを聴かなくなってるし、アナログ放送終了と共にテレビを捨ててからよりわからなくなった。この数年においては毎年絶対にライブに行くのがZAZEN BOYSぐらいっていう時点でかなり偏ってる。
紹介されている中で思い入れがあるとしたらhideさんぐらいだ。彼がソロになってからのシングルは高校時代に全部買ってたし(なぜか怪人カードが何回か当たりが出たのでhide好きな友人にあげた)、未だに好きだし聴ける。
ピンクスパイダー』の歌詞はたしかにインターネット的な内容で、彼の興味とかあの頃では早すぎたものが孕まれていて、今のほうがしっくりくる。それにhideは亡くなってから3DCGホログラムでX JAPANのライブなどで死んだのも関わらず復活させられていて、未だに死ぬことを許されてないようにも見える(あるいは利用され続ける)ことも極めてネット的な存在になってしまった気もする。

 

11月19日
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大盛堂書店で予約取り置きしていた澤田大樹著『ラジオ報道の現場から 声を上げる、声を届ける』(亜紀書房)を購入。ノンフィクションコーナーに棚ができていた。
ツタヤ渋谷店でCDレンタルしてシネクイント行こうとしたらたまたま書店員の山本さんに会った流れで。発売はもう少しさきっぽいけど大盛堂書店では先行発売だったっぽい。

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細野晴臣ライブドキュメンタリー映画『SAYONARA AMERICA』をシネクイントにて。2019年のアメリカのNYとLAでのライブと2021年現在の映像を追加した、コロナ以前のライブドキュメンタリー。シネクイントの音もかなりよかったし、たのしめた。
細野さんは1947年生まれだから、うちの親父と同じ年かな。第二次世界大戦敗戦後に生まれたアメリカの文化を悩むこともなく(その上の世代は敵国だと言われて制限されたり禁止され、戦後に急にそれが手の腹返しになるから、下の彼ら世代とは違う愛憎が入り交じる。戦中のプロパガンダや戦意高揚のためのメディアミックスは戦後、資本主義を煽るための広告屋が引き継ぎ、現政権や維新はその劣化版を巧みにとは言えないが使っていて、残念ながらそれは機能してしまっている。)享受して飲み込んでいった世代と言えるのだろう。
古き良きアメリカの音楽を、ブキウギをステージでプレイする細野さん、観客として来ていた人たちにライブ前や後にインタビューしてるいるが、老若男女と幅が広い。ユーチューブで聴いて知ったという十代らしき女の子もいた。
細野さんを「音楽の父」と言ってる星野源さんの『オールナイトニッポン』でのふたりのやりとりは微笑ましいものだったし、憧れる関係性だ。現在、メジャーシーンで「クレイジーキャッツ」の影響を公言しているし、菊地成孔曰く「ひとりクレイジーキャッツ」な星野源は戦後の日本の音楽や芸能の継承者でもある。星野さんが最後の継承者になるか、彼がいま蒔いている種が次世代に咲いて、その先に続くのか、なんてことも思う。

 

11月20日f:id:likeaswimmingangel:20211120194530j:plainf:id:likeaswimmingangel:20211120194527j:plain

リム・カーワイ監督『COME & GO カム・アンド・ゴー』のリム監督&渡辺真起子さん&千原せいじさん&兎丸愛美さん舞台挨拶付き上映をヒューマントラストシネマ渋谷で鑑賞。
AV嬢と偽って接待に駆り出される韓国女性、夢ばかり大きいネパール青年、帰国を許されないベトナム青年、借金を抱えた沖縄出身の映画監督。大阪でサバイブするアジア人たちの実像を描く未曾有のノンストップ群像劇。 (東京国際映画祭2020より)

大阪を舞台に万博に向けて進む土地開発、そんな中ある老婆が白骨死体で見つかるのだが、それを捜索する刑事(千原せいじ)、その妻で日本語学校の教師(渡辺真起子)、徳島からやってきたまゆみ(兎丸愛美)と多国籍な出演者たちの日常がリンクしていく群像劇、コロナ前の大阪を場所として時間として描き出している。
僕が好きな群像劇&都市や場所を描くスタイル、佐藤泰志海炭市叙景』や『ワインズバーグ・オハイオ』みたいなそれぞれの登場人物たちの生活や日常が重なり合い、その土地が立体化する感じだった。
ベトナム技能実習生問題も出てくるし、山師や詐欺師に見えなくもない彼らにも守るべき家族があり、中国と台湾から来た観光客は言葉が通じるけど、中国に対する気持ちも考え方も違う。出演者のひとりはミャンマーの人でコロナの爆発的な流行、そして国内のクーデターで国から現状出国ができない。
多様な言語が飛び交い、浮かび上がる都市と空間、そして労働的な、性的な「搾取」の問題も浮かび上がる。ただ、リアルな問題として。

『あちこちオードリー』で弟のジュニアさんに自分たち(ジュニアと若林)は「机上芸人」だが、せいじさんと春日は「空上芸人」と言われていた。世界を飛び回って言語を越えて現地の人達とコミュニケーションできるせいじさんはやはり人としてすごいな、と思ったし、渡辺真起子さんは『愛のむきだし』のエキストラ行ったときに再婚する父母と子供たちの会食シーンだったけど、豪快なカッコいい人だなあと思って、舞台挨拶でもそう見えた。兎丸さんが映画について話してると夫婦役のふたりがその会話から話を繋げたりしていってすごくアットホームに見えた。監督はあまり離さなかったけど、映画が素晴らしかったし、せいじさんと渡辺さんが盛り上げてくれてたから任せれたんだろう。

【monogatary.com×羊文学×講談社】第一回羊文学賞がついに電子書籍化&受賞作が人気小説誌へと掲載される「第二回羊文学賞」も開催!

前に書いた長編のいち部分が歌詞に合っていると思ったので修正して短くしたもの投稿してみた。ニックネームの「汐崎宿波(しおざきしゅくは)」は去年ぐらいから書いている小説のサーガの中心人物であるキャラクターの名前、あえて使ってみた。
この短編及びこれを含んでいた長編は自分でもわりと好きなものだし、映像で見たかったりはする。画でわりと映える感じの内容でもあるから。

 

11月21日f:id:likeaswimmingangel:20211120232918j:plain
月末に観に行く予定の野田地図番外編『The Bee』の原作となった『毟りあい』が収録されている筒井康隆著『傾いた世界』を購入して読む。

『THE BEE』は、2003年に野田秀樹が英国で現地の俳優たちと始めたワークショップから誕生した。奇しくも2003年は、9.11同時多発テロ事件への報復としてイラク戦争が勃発した年でもあり、野田はワークショップの題材に筒井康隆の短編小説『むしりあい』を選んだ。以降、日本と英国を何度も行き来し、時間をかけてワークショップを積み重ねていく。同時に野田は戯曲を最初からすべて英語で執筆をしようと試み、シチュエーションやセリフのニュアンスがどのようにしたら伝わるのか、西洋の文化的な解釈の細かな検証を、キャサリン・ハンターら英国人俳優達や、作家コリン・ティーバン(共同脚本)と作業を重ねながら創作していった。かくして誕生した『THE BEE』は2006年にロンドンのソーホーシアターで初演、絶賛される。当時、日本国内ではすでに演劇人として高い評価を獲得していた野田が英国でゼロから作品を立ち上げ、戯曲を英語で書き、ロンドンで初演した。この挑戦は観客のみならず、後に続く日本の多くの演劇人に強く衝撃を与えたのだった。

『毟りあい』を読んだイメージだとかなり悲惨な話であり、被害者が加害者に意図的になる、そしてマスコミという世間のメタファにも感じられるものに、警察という公権力に牙を向くという展開だった。実際の舞台『The Bee』は演者が四人(阿部サダを、長澤まさみ、河内大和、川平慈英)であり、この限られたメンツが一人何役もこなすことで禍々しさと笑いが観客に共有されるのだろう。そして、過去に何作か野田地図公演を観て、嗚咽したり(『逆鱗』)してきた僕としてはこの『毟りあい』を元にした舞台は単純にヤバすぎる、すごいことになる予感しかない。

白石和彌監督によって『仮面ライダーBLACK』(1987〜1988年放送)がリブートされ、『仮面ライダーBLACK SUN』として来年配信されるというのは少し前に発表されていた。今回主人公の「仮面ライダーBLACK SUN / 南光太郎」を西島秀俊さん、そのライバルの「仮面ライダーSHADOWMOON / 秋月信彦」を中村倫也さんが演じると発表された。
1982年生まれの僕が幼少期に唯一リアルタイムで見た「仮面ライダー」は『仮面ライダーBLACK』とその続編というか流れを組んだ『仮面ライダーBLACK RX』のみだった。当時はふつうに見ていたと思うし、やはりライバルキャラのシャドームーンという存在が敵キャラながらカッコいいと感じていた。それもあってか、ライバルキャラが映える作品は好きだし、ちょっとシャドームーンを思い出しがちである。配信されたらたぶん見ちゃうと思う。

 

11月22日f:id:likeaswimmingangel:20211122141837j:plain
Netflixで配信されたドラマ版『カウボーイビバップ』を流しながらリモートワーク。音声を日本語にしたら本家アニメの山寺さんとかが吹き替えをしているので、アニメ見ていると内容がわかるので音声だけでもいけたけど、それはそれでいいのだろうか、とも思ったり。アニメはだいぶ昔だしなんだか懐かしい気持ちになって、新しさは感じなかったりするし、やるなら同じく渡辺信一郎さんが監督した『サムライチャンプルー』のほうが世界ウケしそうな。サムライ(チャンバラ)とヒッピホップだし。

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12月4日から31日まで長野県安曇野市にある「BELL WOOD COFFEE LAB」で開催される「兎丸愛美 塩原洋 写真展」のDMが届いた。
去年中止になってしまった神保町画廊での写真展は今年見に行けてよかった。今回のは塩原さんの地元なのかな、おそらく。長野に行けそうにはないけど、もし長野に用事なんかかあったらぜひ見に行ってほしい。フッ軽で行けるようでいたいのだけど。

 

11月23日
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パン生地くんにオススメされて短歌を始めてみようと思って書籍を買ったのだが、彼のアドバイスで読む前にわからないままでいくつか書いてみたら、作る方の本を読んでから作るのとは違うものができるよ、と。知ってしまうと知る前には戻れないというのはすべてに言える。
今月からメルマ旬報で短歌を始めようと考えていたけど、『藝人春秋Diary』について書くから来月からにしようと決めたので、買ったままでひとつも読めてない。
佐藤泰志海炭市叙景』みたいな群像劇で町や空間を描くのをやりたくて、月に短歌を五首を作ってみて、それをもとに短編を書くのを毎月して、連作にしていけば今までとは違うやりかたができるかな、と思ってる。

というわけで今日は一日中メルマ旬報の原稿を。

今月はこの曲でおわかれです。
Yaeji & OHHYUK - 29 (Official Video)



細野晴臣『Sayonara America, Sayonara Nippon』