Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

Spiral Fiction Note’s 日記(2024年3月16日〜2024年3月31日)

3月上旬の日記(2024年3月1日から3月15日分)


3月16日
日付が変わってから上旬の日記をアップして一時前には寝る。目が覚めたので時計を見たら二時過ぎだった。全然眠れてなかった。TVerで『不適切にもほどがある!』第8話を見始めた。
一話を見た時にラスボス的に出てくるかもと思っていた小泉今日子さんが本人役でラストに出てきた。彦麿さんも同様にサプライズゲストだった。どんどん弾を打ってくる、攻めている感じがとてもいい。radikoで『JUNK バナナマンバナナムーンGOLD』を聴きながら寝落ちした。

6時過ぎに起きてすぎに家を出る準備。薬疹による体にできた赤い発疹みたいなものは小さくならずに広がっているが、さほどかゆみはなかった。渋谷駅まで歩いて副都心線池袋駅まで、そこからグランドシネマサンシャイン池袋へ。
移動中は『三四郎オールナイトニッポン0』を聴いていたが、先週は休みだったのもあってか小宮さんのテンションが高くて、いいぞ、この感じ大好きだという放送だった。
草月ホールでの単独ライブの告知も出たので、この間オードリーの東京ドームイベントに声をかけてくれた友人Hに行きませんかとDMを送った。OKだったので昼前にファンクラブ先行を申し込んだ。去年はそれで取れなくてぴあ先行で取れたので、正直不安。


日本最大級のIMAXレーザーによるドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『デューン 砂の惑星 PART2』を鑑賞。
8時からの回だが、スクリーンから手前三分の二以降の席はほぼ埋まっていた。今作と『オッペンハイマー』は共にフローレンス・ピューが重要キャラで出演している。彼女が出ている大作映画は当たり率高いのかもしれない。観ながら村重杏奈に似てんなあと思っていた。
グランドシネマサンシャイン池袋の最大級IMAXで観た感じとしては映像アトラクションとして次なる領域に突入したのが『デューン2』だけど、『オッペンハイマー』は物語の構造で魅せるし、派手な場面は少ない(わりとの冒頭にミクロからマクロへみたいな深層心理を表現しているような、爆発のような、シナプスとかそういうもの動きのようなものが映像で出てくる)けど、それが後半に効いてくる作品だなと思った。観ていて作品成果にどっぷり浸かれるし三時間も退屈はしなかった。
前作『DUNE』を映画館で観てから見返していなかったので、もろもろわかっていない部分も多かったのはもったいなかったのかもしれない。ただ、戦闘シーンとか一対一の決闘とかでもまったく血が出ない。あえてなんだろうけど、戦いの中で血が飛び散ったりしないせいでどこか登場人物たちが人形みたいにも思えてしまう。これは人それぞれの好き嫌いだろうけど、僕は体内に閉じ込められていた血が吹き出てしまう、解放されてしまって死ぬというほうが好きではある。
主人公のポールの妹であるアリアはまだ母の胎内の中にいる存在だけども、母が教母になったことで胎児ながら母と会話ができる設定になっており、成長したアリアの姿も途中出てくる(それを演じた俳優は検索すれば出てくるが今のところシークレット的な扱い)。
同じくドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ブレードランナー2049』で主人公のKがデッカードの子供で救世主になる可能性みたいなものを匂わせつつ、実際はデッカードの子供は女児で作中に出てくるある人物で、Kは救世主ではなかった。主人公ではなかった感みたいなものがあって、個人的にはすごくハマる設定だった。
それとちょっとアリアの存在がちょっとダブって見えた。観終わってからそのことを思い出して、『ブレードランナー2049』が好きなのも改めて思ったけど、なんかアリアを救世主にしそうな気がする。

終わってから一目散で帰ってきて、14時から予約していた皮膚科に行く。前の先生とは違うが、話をしたらかゆみ止めが僕の体重のわりには少ないということで倍になって、赤くなっているところへの塗り薬が出た。さすがにこれで引いてくれないとほんとうに困る。
今日診てもらった先生には、「家の外出たらかゆみとか感じないんです」と言ったら、「それは外だといろんなものに意識が言っているからじゃないかな」と言われた。なるほど。家にいたら自分の体への意識が行きやすいからかゆみに敏感になってしまう、ということは確かにありそう。
かゆみ止めも帰ってからすぐに二錠飲んで赤くなったところに塗り薬を塗った。かゆみ止めは昨日までは1日二錠だったけど、今日から朝二錠、昼と夕方に一錠ずつになった。夕方過ぎたら首にできていた赤みはだいぶ落ち着いたし、かゆみも基本的にはなくなった。
いやあ、マジで量の問題だったんじゃねえかっていう。これで助かった。自分でも回復しているのがわかるぐらい効いている。夕方から作業も開始、遅れるけど、これならなんとかなりそう。

ayutthaya "GUM" MV 


TwitterことXのタイムラインに流れてきた曲、バンド名も知らなかったし六年前の曲みたいだけど、これは好きなやつだ。

 

3月17日
起きて朝食代わりのトマトジュースを飲んでから、処方してもらったかゆみ止めと胃の保護の薬を飲む。かゆみ自体はほとんど感じないし、胸や太ももの内側と足の付け根の赤くなっている部分はまだ残っているが前日よりも落ち着いた色合いになっていた。めっちゃかゆみ止めと塗り薬効いている。この調子ならこれ以上は広がらないで薬疹も治るかもしれない。
かゆみ止めは朝の分は二錠だったけど、あれ微妙に眠い気がする。無理せずにもう一時間仮眠を取ることにした。すぐに寝落ちした。『さらば青春の光がTaダ、Baカ、Saワギ』のタイムフリーを目覚ましがてら聴いて、とりあえず起きた。
かゆみが引いたことがかなり助かる。薬のせいでなったのに薬でマシになっている。なんだかなあと思わなくもないが、通常モードに戻りつつあると感じてそれはうれしい。

少し作業をして昼ごはんを食べてから、歩いてヒューマントラスト渋谷へ。『オードリーのオールナイトニッポン』を聴いていたら、春日さんが先週休んでロサンゼルスに行っていた話も出てきた。今日の二人の雰囲気はすごくよかった。なんだろうな、お互いに新しいことや知らなかったことについて話をしていたからだろうか。
TBSドキュメンタリー映画祭2024」の佐井大紀監督『方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~』(上映後トークゲスト:小川哲)を鑑賞。
イエスの方舟と彼女たちの生活や現在から過去のことを知るのも非常におもしろく、同時に取材者であり監督の佐井さん自身が浮かび上がってくる感じがよかった。佐井さんは取材対象者との関係性によって、相手が沁み込んできて距離感や問いが変化して行く感じがして、それがとても本来の意味での純文学的なものに近いんじゃないかなって。
他者が入り込んでくるやっかいさやそれによってそれまでの自分とは変化してしまう感じが作品に出ているなと、小川さんとのトークを聞きながら感じた。

劇場には渋谷に行くとよく会う作家の燃え殻さんもいらしていて、帰りがけに燃え殻さんと一緒に佐井さんにちょっとだけ挨拶して、途中まで歩きながら話をさせてもらった。
いつもみたいに僕がかなり話をしてしまった感じもあって、毎回申し訳ないなと思っていたりもするんだけど、久しぶりに人と話すタイミングだったからよりそうなってしまったかなって。一週間ぐらいは病院関係の人と話すことが多かったから。


夕方からライティング作業を始めたらCOTOGOTOBOOKSから町田康歌集『くるぶし』が届いた。

 

3月18日
寒くて目が覚めた。朝の5時過ぎだった。トイレに行ってから薬疹の赤い痕を確認する。胸の部分と太ももの内側と足の付け根の部分以外はほとんど目立たないぐらいになってきた。かゆみはほとんどない。
トマトジュースを飲んでから塗り薬を塗った。そのあとにかゆみ止めと胃を保護する薬を飲んで朝活的にライティング作業を開始した。ようやくちゃんと作業ができる状態になってきた。
同時に先週できなかった分が押し寄せてきているから水曜日ぐらいまでに〆切から遅くなっているものを終わらしたい。自分が悪いのはわかってる。でも、作業ができる感じではなかった。
リモートワークが始まるまではライティング作業をして、終わってから日付が変わる前まで続きをしてなんとか提出まではいけた。
もう一つ遅れているものは明日中に提出できればなんとかなる。遅れますとは伝えているけど、遅れた分はクオリティをあげたい。そのことについて考えているけど、これってものがまだ浮かばない。明日考えて浮かんできたらいいんだけど、そうならない場合はいくつかのパターンを書くことで絞り出していくしかない。量より質か、質よりも量か。
今日は風が強くて洗濯物を朝干したら昼過ぎには乾いていた。これは春一番なのか、また寒くなるということなのだろうか。

 

3月19日
目が覚めて第三火曜日だったのでペットボトルの回収を出しにいく。肌寒かったが、ただ気温が低いだけで天気は悪くはなさそうだった。
リモート開始前に朝活がてらライティング作業の資料を少し読んでから仕事を開始。昼休みを前倒しして皮膚科へ。また違う先生だが、薬疹も引いてきているので今回の処方箋からはステロイドの量を減らしていき、次回検診の時に問題がなければもう飲まなくてもいいかもしれない、ということになった。
自分でも肌の色が普段にほぼ近付いてきているのはわかる。胸の辺りはいつもの90%ぐらい、太ももの内側と付け根は80%ぐらいか、後者の方は肌が柔らかいこともあるのか薬疹が出て広がるスピードも早かったし、治りも胸と比べても遅くは感じる。でも、このぐらいなら今月中には元通りかなと思える。

作業中にネットで頼んでいたano Feat. 幾田りら『絶絶絶絶対聖域』のCDが届いた。
来月は幾田りら Feat. ano『青春謳歌』が出て二枚で一つの絵になる。二人の所属レコード会社が違うのでanoの方はトイズファクトリー、幾田りらの方はソニーミュージックが発売という風に分かれているみたい。

リモート中radikoでいつも通りラジオ。『フワちゃんのオールナイトニッポン0』ではフワちゃんが4月から海外移住すると発表したのでどうなるか思ったけど、ラジオは継続らしい。『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』で春日さんが若林さんに二人が通っていた中華料理店のポークライスを作って食べてもらっていたが、星野源さんもその店に通っていたことが発覚。イベント後に春日さんのお家に呼んで星野さんにポークライスを食べてもらうという話が出ていた。
春日家と仲の良いフワちゃんも同席したが、星野さんが帰る時に妻の新垣結衣さんが車で迎えにきて、みんなテンション上がってパニクって、はじめてのガッキーにフワちゃんや春日夫妻が緊張していたというすごい引きのある話をしていた。朝から新TwitterことXのトレンドにガッキーが入っていたのはこれが理由だったらしい。

「オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム ウェルカムムービー おともだち」 



ニコニコ動画で登録している『ビュロー菊地チャンネル』のフェイクラジオ「大恐慌のラジオデイズ」が昨日更新されていて、ペペ・トルトメント・アスカラールのニューアルバムレコーディングの話から最終盤ではないけど、曲が聴けたのでよかった。本歌はまだ入れてないということだったけど、5月の東京芸術劇場プレイハウスでのコンサートまでには出そうにないかな。

映画「ドライブ・マイ・カー」の制作で濱口と意気投合した石橋は、彼にライブパフォーマンス用の映像制作を依頼。そこから試行錯誤を重ねた濱口は「従来の制作手法でまずは1つの映画を完成させ、そこから依頼されたライブパフォーマンス用映像を生み出す」ことを決断し、プロジェクト「GIFT」のためのサイレント映像を完成させた。上演会では石橋の音楽と濱口の映像によるライブ公演に加えて、2人のトークショーが行われる。

なおこの映像制作の過程で完成したのが、4月26日公開予定の映画「悪は存在しない」。本作は第80回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞した。

いつもより一時間早めに上がらせてもらってPARCO渋谷にあるパルコ劇場で「GIFT Eiko Ishibashi × Ryusuke Hamaguchi」を鑑賞。
『悪は存在しない』は4月公開されてから観るので内容はわからないが、今回の『GIFT』ではその映像が使われており、なんとなくストーリーは追えるものの、石橋さんの映像に合わせたその場でのライブパフォーマンスが素晴らしかったし気持ち良すぎた。あれはウトウトしてしまう。序盤はとくにそうなりやすかった。
70分ほどの演奏だったが、映画の素材は使っているがサイレント(字幕で説明やちょっとしたセリフが出る)なので、映画ではないし物語としても不完全で何が起きているかは正確にはわからない、それでも鳴らされている音によって受け手である観客の中で動き出すものがあったり、膨らみ出すものがあるものになっていた。

 

3月20日
春分の日でお休み。リモートワークは代わりに昨日やって出勤になったので本日はなし。目覚ましがてらradikoで『アルコ&ピース D.C.GARAGE』を聴いた。昨日はSpotifyで『アルコ&ピースのしくじり学園放送室P』で鈴木涼美さんゲスト回を聴いたばかりだったのでアルピー祭りっぽくなった。それから〆切から遅れてしまっているライティング作業を開始。BGMがてら流していたのは『星野源オールナイトニッポン』と『あののオールナイトニッポン0』だった。
星野源ANN」は昨日の「フワちゃんANN0」での春日家でのポークライス会食について補足するような内容だった。「あのANN0」は録音放送だったけど、今日ライブだからそりゃそうかと思ったけど、二年目突入するのもちゃんと発表になったのでめでたい。

14時過ぎまでライティング作業をしたが、もう少しのところでタイムアップ。雨は降っていなかったけど曇り空の中渋谷まで歩いて、副都心線新宿三丁目駅へ。
改札から地下通路でそのまま紀伊国屋書店本店へ、今日は何かを買うつもりではなかったけど時間潰しでブラブラとしていた。恩田陸さんの新刊がちょっと気になった。あと先日発売されたばかりの町屋良平著『生きる演技』は読みたいと思ってるけど、トワイライライトで買うことにした。

ano 1st Album Release TOUR 追加公演 「猫吐極楽温泉~ぷかぷか&ほかほかいい湯だなぁ~」@ Zepp Shinjuku
ここは2回目だけど、整理番号が700番台だったのでおそらくキャパからすれば半分ぐらいのところ、待っているとちょっとずつ雨が降り出した。それでも16時開場で20分ぐらいには中に入れた気がする。
会場は半分ぐらいに分かれていて、前の部分とそこから段差があって少し高くなっている後方部分がある。一段目と二段目のところの境目の真ん中には撮影用のカメラがあったので、その左の部分の段差のできる前に自分の立ち位置を取った。
並んでいる時から客層を見ていたが、男女はどちらかに偏っているという感じはあまりなくて半々ぐらいか、お母さんと来ているような10代半ばの女の子から僕よりも明らかに上だろうなと思える50代やもしかしたら60代ぐらいの人もいたので年齢層はかなり幅広かった。あとカップルらしき男女ペアが思いのほか多かった印象。
バンド・アイズの時にはじめてあのちゃんのライブを観たので、今回のいわゆるポップな方は初めてだったが、アイズの時みたいにゴスロリとかロリータファッションや地雷系の感じの子はほとんど見かけなかった。ツアーグッズとか色々出ているからTシャツとかタオルとか諸々装備しているからなんだろうか。

ファーストアルバム『猫猫吐吐』からの楽曲とシングルで出しているものをメインにしていたが、テレビでも見るようなポップさも当然あるのだけど、そこにあのちゃんのデスボイスというかラウドロックさも加わっていた。
ダンサーの女性たちとのコンビネーションというかダンスはよりポップさを、バックバンドの二人の演奏はポップな曲でもゴリゴリさがあってそれによってあのちゃんがよりシャウトするみたいな感じで音源よりも激しいものが多かった気がしたけど、ライブとしてはデカい音で気持ちよくて体が揺れて楽しかった。
ステージに流される映像はアニメやマンガやゲーム的なものが混ざり合うサイケデリックな感じとゼロ年代以降のカルチャーのミクスチャーみたいで悪夢っぽさもあるし、ヴェイパーウェイブとかにも通じるような気もした。その前に立って歌っているあのちゃんは絵にはなる、圧倒的に映えていたし、それらを形にして体現できる器としてあの(Anonymous)なんだなって思った。ほんとうにカッコよかった。
個人的にはクリープハイプ尾崎世界観さんが作詞して作った『普変』は感動したし、『スマイルあげない』はダンスと後ろの横スクロール的なゲーム画面の映像もすごくハマっていたし、ギターを弾きながら歌っていた『YOU&愛Heaven』も素晴らしかった。アルバムの一曲目で今日の一曲目だった『猫吐極楽音頭』で神輿に乗って出てきた時は祭り感と多幸感があって、すごくいいなって思って笑ってしまった。
アンコール最後は今日リリースの『絶絶絶絶聖域』だった。浅野いにおさんは『素晴らしい世界』からリアルタイムで追いかけている大好きな漫画家なので、今回の劇場版アニメ『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』はヒットしてほしい。

帰りに池尻大橋のあおい書店で『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』特集の『SWITCH』を買った。一回TAAF招待作品で観ているけど、誕生日はこの映画を観ることにした。二回目だけどパンフも買いたいし、ファンとしても応援したい。

家に着いてからライティング作業の残り部分を仕上げる。今回は体調のこともあったりして延ばしてしまったけど、作業がどうしたらいいかわからないからまとまらないし、どうしたらいいかっていうのはけっこう大きかった気はする。
それでも提出した上で先方の判断を待つしかないし、いろんなことを試している中でのことだから正解というのもないというか、輪郭を確かめたり、何をしない方がいいかとの見極めも兼ねているので、その辺は投げてみてどう思うかを聞くしかない。

 

3月21日
今日中にリライトというか修正したものを提出する日だったので早めに起きて朝活がてらライティング作業を開始。
『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を流していた。佐久間さんが話していた喫茶店は、価格帯的にもビルの一階だし、そこのオーナーだったり関係者だからこそやれているのかなと思ったりした。
場所は詳しくは話していたなかったけど、コーヒー400円とかトースト500円、コーラは瓶コーラだけど、氷は塊をマスターが砕いて空のグラスに入れているという手間の掛け方とこだわりだけど、どう考えても安すぎる。佐久間さんがこれから通いたいというぐらいだから雰囲気もいいんだろうし、これ以上広めるつもりはないとしてもいろんな人から聞かれるんだろうな。教えちゃってそういう人が生き始めるとその空間は変わってしまうから教えたくないだろうし、みたいなジレンマを抱えそう。

リモートワークを始めたら、久しぶりにスマホ緊急地震速報の嫌な音を出して鳴り始めた。イスに座って机に向かって作業をしていたので、そのまま机と横にある本棚を押さえていた。縦揺れだろうか、かなり大きな揺れだったので体感震度は震度4ぐらいかなって思えるものだった。
最近いろんなところで地震が頻発しているので大きめの地震がくるのかもしれないし、東日本大震災の時の影響でいまだに揺れているのかはわからないけど、ちょっと用心してないとダメそうだなあ。



リモートでの仕事が終わってからまた朝やっていたライティング作業の続きをやった。22時ぐらいには終わって送信できたので、一服がてらニコラに行ってアルヴァーブレンドをいただく。平日の夜だけどお店は混んでいた。
日付が変わるまでいたので、曽根さん夫妻と常連のTさんに42歳の誕生日を祝ってもらった。もともと22日の夜行く予定だったから、連チャンで行くのだけど。こうやって気にかけてもらえているのはありがたい。

Mount Kimbie - Dumb Guitar 

 

3月22日
42歳になった朝、昨日夜話をしていてわかったが後厄らしい。昨日までは本厄だったのか、特に残りの二ヶ月ちょっとでいろいろありすぎた。
朝やる予定だったミーティングは来週に繰り越されたのでなくなった。午前中は部屋の掃除をしたり、本棚を整頓して文庫本でもう読まないもので後日バリューブックスで売る分を段ボールに入れた。


14時にはTOHOシネマズ日比谷についていないといけなかったので、11時半過ぎに家を出た。少し肌寒いぐらいだったが歩いていれば体は温まるので気持ち薄着にした。最近は日比谷まで歩いてきてなかったので久しぶり。
マップアプリで時間を出すと二時間ちょっとかかる感じだったが、意識的に少し早く歩いたので一時間四十分ちょっと着いた。青山墓地を越えて乃木坂から赤坂へ、『ラヴィット!』ショップが出てきて行列ができていた。そこから首相官邸と国会議事堂を横目に日比谷公園へ。公園は再生整備というのをやっているので大部分が柵に囲まれて工事中になっていた。


公開初日に『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』をTOHOシネマズ日比谷にて。TAAF2024で観たので二回目、終わったあとにイソベやんの声優をされたTARAKOさんへの追悼コメントと後章の予告が追加されていた。
物語としては門出と鳳蘭の二人の関係性がメインであり、空に浮かぶ謎の飛翔体や目的もわからない母艦によって非日常になった世界でも、彼女たちは、日本人たちは慣れていき普通の生活を送っている。彼女たちの友情、シスターフッド的な物語であり、例えば門出とその母(過度に汚染などを恐れる(放射能と呼ばれた人の類似系として))の関係性は修復はされないままなのは、そこに重心は置かれていないしドラマも作らないことがどこかリアルさにもつながっている。
門出たちが高校を卒業するまでが前章であり、門出と鳳蘭の小学校時代に起きたある出来事が回想的に終盤に語られることで、後章で起きる人類滅亡への流れや門出たちがなぜ物語の主軸なのかもわかるようになっている。
東日本大震災が起きても日常は終わらなかった。非日常だと思っていたものにも慣れてきて、僕たちは生活を続けた。世界は一発では終わらずに徐々に終わっていくのかもしれないという予感があったが、まだこの世界は終わってはいない。
その時に10代だった人にはより親近感を覚えるだろうし、コロナパンデミックが起きて大人たちは右往左往し、責任も取らなかったような中で学生生活を過ごしていた子供達も門出たちに気持ちがシンクロするんじゃないかなって思う。そういう意味でも10代の人に観てほしくもある。

映画を観終わってから皇居の東側沿いを沿うように北上して大手町を越えて、新御茶ノ水お茶の水神田川を越えて本郷に入って東京大学へ。一時間ちょっとぐらいかかった。東大に行くのは「東京国際文芸フェスティバル2016」でスティーヴ・エリクソン古川日出男さんのトークイベントを観に来た以来のはず。あとから古川さんと話した時もそうだよねって話になった。有名な赤門は工事中で空いてなかった。
あと卒業式の日だったのか、キャンパス内には式服(アカデミックガウン)を着た学生たちの笑顔がたくさんあった。
大学もろくに出ていない人間からすると日本の最高学府卒業した若者たちがこれからに日本の中枢に入ってくから、もうちょっとマシな国にしてくれと思ったり、でも東大に入る時点で今の国を作っている人たちの子息なわけだから変わらねえかなって思ったり、人間味溢れてくださいとしか言えない。


キャンパスに入って地図を見ていたけど、思いの外迷ってぐるぐる。17時半過ぎには「福島芸術講活動報告会」(https://www.fafta.org/)の看板を見つけて報告会が行われるスタジオへ。

祭から講へ。
日常性・持続性の中でいかに革新・創造の場をつくり得るのか。
祭が成立しない時代に、無理に祭を成立させようとすることの歪が様々に生まれている。それでもなお、祭を立ち上げようとする挑戦、あるいは経路依存性から私たちは完全に逃れることは難しいだろうが、また別な枠組みを用意する試みに賭けることはできるだろう。
それが講だ。つまり、復興の再考の結果としての「講」がここにある。
公式サイトより


大森克己:SIGHT/SEEING: On the Pacific Coast of Fukushim


開沼博:まつりのあと


古川日出男:作文(一)〜(三)


開沼博さんによる福島第一原子力発電所構内フィールドレコーディングドキュメンタリー作品『選別と解釈と饒舌さの共生』というCD音源があるが、36Pのブックレットが付いていて、使われている写真は大森さんによるもので、帯分とライナーノーツは古川さんが手がけられていた。そういう意味では今回の「福島芸術講」の三人はそこからの延長線みたいな感じであり、さらに遡れば古川さんが校長として開催した「ただようまなびや」でも他のお二人は講師として参加されていた。
どうしてこの三人だったのか、どういう繋がりなのかという、三人のことを知らなくてもわかるような質問をファシリテーターの元『GINZA』編集長である中島敏子さんが聞く感じで進行していた。それぞれの人が振られて話す中で自分の考えと担当した作品、そして他の二人との呼応した部分や「祭」ではなく「講」になっていくことの意味や必要性を感じられていたようにも思えた。
芸術というのは複雑性があって、簡単には処理できないしプロダクトではないので作ろうと思って数を作れるものでもない。複雑性を排除していく、解答や正解があってそれが正しいとされる世界では豊かさは減っていくし、多様性や寛容性も奪われていくと思う。そもそも人間はシンプルではない。愛憎入り混じったり矛盾を抱えている。その意味でも芸術という表現は人間の根幹にかかわってくる。


終わってから古川さんにご挨拶をして東大から神保町まで歩いて、半蔵門線に乗って一本で最寄駅へ。
二日連続だけどニコラに行った。誕生日仕様のデザートとアルヴァーブレンドをいただいた。曽根さん夫婦とちょっと話してから帰る。
もう42歳あっという間。50歳、半世紀がすぐにやってくる。でも、そのためには今まで以上に健康とか精神的に安定するとかが作用してくるだろうから、今まで以上に気をつけないといけない。

 

3月23日
昨日、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』を観てシネマイレージ6ポイント貯まったので、TOHOシネマズ渋谷で上映の山田智和監督『四月になれば彼女は』朝8時の回のチケットに引き換えた。
radikoで『三四郎オールナイトニッポン0』を聴きながら朝の渋谷を歩く。高校で留年している小宮さんが卒業式を迎えた学生をたくさん見たことで、「卒ハラ」だというところからトークがスタート。小宮さんがいい感じにテンション高くて、それにも乗っかりながら話を促していく相田さんというよい流れだった。
朝早いというのもあるだろうけど、お客さんは二十人以内かなあ、十人ちょっとはいたと思う。川村元気さんの原作小説は単行本が出た時に読んでいるので基本的には内容もわかっていた。
カメラ女子も懐かしい思い出の風景としてある(ウユニ塩湖に行きたがっていたあの子は今も元気だろうか)し、大切な人がいなくなったり亡くなるという内容であればこの二ヶ月ほど涙腺は壊れたままなので条件反射で泣けるはずなんだが、これがまったく泣けなかった。

主人公の藤代(佐藤健)の大学時代の後輩であり恋人だった春(森七菜)がかつて二人で行こうとしていたボリビアのウユニ塩湖やチェキのプラハアイスランドを一人で巡り、そこから彼女の手紙が届く。藤代には結婚を決めた弥生(長澤まさみ)がいたが、ある日彼女が出奔してしまい、という物語。
村上春樹作品では主人公の恋人や妻がいなくなってしまい、その後「僕」は不思議な世界に入り込んで、そこで新しい「妣の力」によって何らかの解決を得る。だが、恋人や妻は戻ってこない。というのがある時期まで定番パターンだった。
そうなると村上春樹フォロワーや影響を受けた人はいなくなった恋人や妻を取り戻す、見つけるというパターンをすることでファンタジーぽさも含めながらもリアルさを醸し出すことになる、まあ、それもフィクションではあるわけだが。いなくなった人たちは基本的には元の場所には帰らないし、関係は修復されることはほぼない。
そこでノレないってわけではなくて、そうなるよねってわかるんだけど、移動している映画だからこそ、大事なものがある。
映画が始まる前にJTBのCMとか入ってるわけですよ。でも、この映画に出てくるボリビアのウユニ塩湖やチェキのプラハアイスランドもまったく魅力的に映ってないし、画的にもよくない。この前に試写で『オッペンハイマー』や公開中の『DUNE2』の絵力や構図のよさを観ているせいだったのかもしれない。
でも、カメラを持ってその風景を撮りに行っている女性を映している風景が魅力的じゃないってことは致命的な気がする。エンタメなんだから、これを観た人が「ここに行きたい!」って思うような映像や構図じゃないとダメなんじゃないかな。だから、小説の方が良かった感は出てくる。だって、読みながら自分の中に広がる風景の方が映画よりも魅力的だったから。


渋谷の帰りにあおい書店で浅野いにお著『MUJINA INTO THE DEEP』第2巻を買った。昨日出ていたけど買う時間がなかった。ゆんぼっていう風俗嬢が出てきたけど、『零落』に出てきたあのキャラと同一人物なのかな。浅野さんの遊び心なんだろうか。
『デデデデ』ほど長く続きそうな感じはしないんだけど、どういう方向にいくんだろうか、なんとなく5巻ぐらいで締めるんじゃないかな。


夕方にそういえば、買おうと思ったままで忘れていた町屋良平著『生きる演技』をトワイライライトで買ってきた。装幀に使われている写真が細倉真弓さんぽいなと思ったらそうだった。写真展行ったり、作品集も買ってるから好きなフォトグラファーではあるけど、なんか文体みたいなものが写真見たら伝わる感じがする。たくさん写真を見てるわけじゃないし、スマホで撮るのも下手だけど、そういうものが伝わる人が好きなんだろう。
『夜は歩けよ、恋せよ乙女』で中村佑介さんのイラストが使われてそこから今の書籍の装幀のイラストを使う流れが加速、定番化したと思う。しかし、その前に角川書店滝本誠さんの『ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ』の装幀イラストが安倍吉俊さんになった流れはラノベの歴史の黎明期に重要な役割を果たしたある編集者さんのアイデアからで、一般文芸ではあるけど、純文でも既存のエンタメ小説でもラノベでもないタイプの小説を滝本誠さんが書いていたから、安倍吉俊さんのイラストにしたと聞いた。

個人的にはイラストの装幀はさほど嫌いではないけど、書店に行くとちょっと増えすぎてるし、昔みたいにジャケ買い的に装幀見て知らない作家の小説を買うことがなくなった。イラストは好き嫌いが分かれるし、僕個人の感覚としてはダサい装幀が多すぎる。
たぶん、売れるエンタメ作品ならちょうどいいダサさぐらいがいいんだろうし、本屋大賞ノミネート10作品でジャケ買いしたいものはかろうじて『君が手にするはずだった黄金について』ぐらいで他のは正直キツい。装幀で惹かれて手にするものではない。
写真を使う装幀が増えたら問題ないかということではないけど、書店に行っても光ってる、呼ばれてるみたいな装幀デザインはどんどん減ってる。特に大手の出版社のものは。
デザインを決めるためには内容を読んでから想起されるイメージとかを形にするわけだから、装幀がダサいなって思ったらその本は僕とは感性が基本的に合うことはないので読むことはなくなる。でも、そうなるとずっと読まない作家さんとかが出てきてしまうので、信用している人がオススメしてくれたら本来は買わない装幀でも買う。たまにすごい出会いがある。でも、たいていの場合ほとんど外れる。

裕福な家庭に生まれたが実は苦労人!? 世間のイメージとはギャップがある三四郎相田の知られざる半生【三四郎】【鬼越トマホーク】 


三四郎オールナイトニッポン0』を朝聴いて楽しませてもらったばかりなのに、夜もおもしろそうな動画がアップされてた。ありがとう鬼越トマホーク!

 

3月24日
7時ぐらいに目が覚めた。『街裏ぴんくオールナイトニッポン0』の予定だったが、体調不良のため急遽お休みになって、「R-1グランプリ」で三位だったルシファー吉岡さんが代理で生放送をやったのをradikoで聴きながら朝活がてら作業。
夜の8時に連絡が来てルシファーさんはやることになったらしい、二位は吉住だったけど、おじさんだったからおじさんということなんだろうか。でも、ピンチヒッターとして呼ばれることって大きいし、この人ならできるみたいなスタッフの呼ぶ側の期待もあるだろう。それが成し遂げられたら信頼や信用になっていく。
ルシファー吉岡オールナイトニッポン0』を聴き終わったので外に散歩へ、途中で目黒川が少し見えたけど桜はまだ咲いていない。例年よりも遅れている。毎年春分の日の後ぐらいの週末には咲いている。


代官山蔦屋書店でなんとなく朝吹真理子著『TIMELESS』が目に入った。恋愛感情のない男女が「交配」のために結婚したという長編小説みたい。なんとなくペラペラめくったら女性の一人称で、解説が江國香織さんなので買うことにした。
お昼前には家に帰ってきたので三日前にもらったレンジで簡単な野菜蒸し器に野菜を何種類か入れてチンして食べた。さつまいもを入れたんだけどもっと薄い方がいいのか、蒸し時間が短いのか。味はいいんだけど気持ち固かった。
夕方前に家を出るまではTVerであのちゃんがゲストだった『ANOTHER SKY』を見たり、『TIMELESS』を読んだりしていたら、急に眠気がやってきた。薬疹用のステロイドの薬は朝、昼だけ飲んでいるのでそのせいなのか、時期的に春がやってきているから眠気を誘うのか、『TIMELESS』のわりとすらすらと読みやすい文章がそうさせたのか、数十分だけ昼寝をしてから家を出た。


歩いて恵比寿のリキッドルームへ。cinema staffのワンマンライブを観にきた。以前Zepp Shinjukuでのライブはご招待してもらったので自分でチケット取って観に行こうと思っていて、リキッドルームなら近いし箱としても好きなので今日にした。
八週間連続でのリキッドルームライブをやっていて、最後の日だけワンマン。それもあってかファンの期待とかワクワク感みたいなものは開場前から伝わってきた。新旧の曲をやっていたのもあって、後ろにいた男性が曲の冒頭が流れた時にかなり反応をしていた。全体的にかなりノっていたし、反応も良くてたのしめた。
個人的なことだけど、気持ち音が小さい気がしたのは気のせいなのか、けっこうゴリゴリな音とか轟音的なサウンドにもなっていて、メンバーの弾き方もかなり力が入っていたのに、聴こえてくる音がもっと爆音の方が気持ちいいのになとは思った。もしかしたら自分の耳が悪くなっていて、小さく聞こえている可能性もなくもないが。
終わってから外に出たら一雨降った後だった。雨はほとんど止んでいたけど、3月下旬にしてはかなり肌寒かった。

 

3月25日
午前中に昼休みを前倒しにして二週間ぶりに近所の整骨院へ。ピロリ菌の除菌薬で薬疹ができて肌が赤くなっていたので先週は行かなかった。その間は歩いてはいたけど、普段やっている湯船に浸かってから出たあとのストレッチみたいなものをほとんどやらなかった。
体が温まると血行が良くなって薬疹が広がる可能性があったのでシャワーだけにしていた。そうなると気持ちの問題なんだけど、湯船に浸かった後のストレッチとか背中を伸ばすとかを怠ってしまった。ステロイドの塗り薬も塗ってしまうとそういう動作をやりたくないというのもあった。
全体的に固いのでほぐしてもらったので、首の筋とかが固まっていたらしいのでそこをゆるめてもらったら全体的にちょっと動きやすくなった。一週間に一回というルーティンになって通っているので、一週間行かないだけでもちょっと気持ち悪いし、体は固くなる。
小雨だったけど雨は降っていて、桜はまだ咲いていない。そういう話とかを施術中に先生とした。天気の話は大事というかちょうどいい。

リモートワーク中はBGMがてら聴くラジオの番組は昨日聴いてしまったので、『三四郎オールナイトニッポン0』の過去のアーカイブを流した。バチボコファンクラブに入っているので過去のアーカイブは聴ける。
一番古いものから聴き始めていて、まだ途中に期間でアップされていないものもあるが、アップされたものは大抵聴いていて、今は2022年10-12月の時期になっている。この頃はすでに聴いていたので懐かしい部分でもあり、コロナパンデミック期間中のものは緊急事態宣言が出て、ライブやイベントが中止になったり、三四郎もコロナになって休んだりしていた。それを懐かしく感じるぐらいにはコロナパンデミックの脅威は過去のものとなっているのはどこか不思議だ。
ファンクラブに入ったのは過去のアーカイブも目当てだったが、三四郎の単独ライブのチケットが先行で申し込めるからというのもデカかった。でも、去年は外れてしまって、ぴあの先行で取れたので行った。今年も申し込んだけど、さすがに今年はファンクラブで取れて欲しい。

昼休憩に行く前からradikoで『永野 ザ・ラジオショー』を聴き始めた。普段はナイツがパーソナリティーをやっているが、彼らが春休みで一週間代演パーソナリティ期間になっていた。
今日は永野さんがメインパーソナリティーで曜日パートナーが平野ノラという同時期にブレイクした二人の組み合わせだったので、リアルタイムで聴いた。永野さんの毒というかちゃんと言いたいことを言えていたし、ノラさんもそれを受けていた。ゲストのヒャダインと永野さんは仲がいいらしく、本音というか芸能界で感じることとかを話していて、ライトさもあってお昼のラジオとしてもいい温度感だった。

「BOOKSTAND映画部!」のレビューコーナー「月刊予告編妄想かわら版」2024年4月号が公開されました。4月は『パスト ライブス/再会』『異人たち』『辰巳』『悪は存在しない』を取り上げました。


『絶絶絶絶対聖域』のMVがアップされていたので二回観てから『TIMELESS』の続きを読んで寝た。

 

3月26日
7時ごろに目覚ましが鳴る。怠いのでそのままもう少し寝る。9時を過ぎる。いい加減に起きて玄関のドアを開けて外を見る。雨が降っている。まだ眠さが残っている。radikoで『空気階段の踊り場』をタイムフリーで聴きながら本を読む。仕事がない日だし、自分の作業を進めた方がいいがどうも気分が乗らない。
ライターとして関わっている構成とライティングの仕事は二つあるが、一つは一月末に出す予定だったがそれどころではなくなったので一週間遅れで二月頭に提出してから、何の音沙汰もない。
構成原稿を関係する人にccを含めてメールしても、肝心の進行していく編集者からは何にも返信がなくて、著者の方が確認しますねとメールを返してくれただけだった。この本が出るのがいつになるのかまったくわからないし、始めて一年以上経っているけど、出版がいつになるかわからない。
もう一件のほうはとりあえず、最初の方の章を読んでもらった感想をアドバイスを元に再修正したのを送って、先方の確認待ちの状態。たぶん、四月いっぱいか五月頭には全部の章に関しては僕がやる構成作業は終わって、あとは著者の人の修正や手直しが入るは流れになるので、おそらくこちらのほうが早く形になりそうな気はしている。

11時前に家を出たが、雨は止みそうになくて傘を差して駅前の皮膚科へ。前回から一週間経ったのでピロリ菌の除菌薬でできたであろう薬疹の経過を診てもらった。
胸の方と足の付け根付近はかなり赤みが減っているのでそこは前よりも弱い塗り薬を、背中はまだ赤いので前回のままで、かゆみ止めのステロイドの入った飲み薬は一日二錠から一錠へ減った。来週にもう一回診てもらって経過が順調なら飲み薬はなくなる感じらしい。一ヶ月ぐらいはかかると思っていたので順調な感じで回復はしている。

昨日は永野さんが「ザ・ラジオショー」で代演パーソナリティーを務めていたが、今日は三四郎の相田さんだった。曜日パートナーは相席スタートの山﨑ケイさんだった。
三四郎の時は小宮さんがハンドルを握って前面に出ていくことが多いが、相田さんは実はたいていのことは平均以上にサラッとできてしまうタイプの人だったりするので、司会もわりと安心。
しゅーじまん名義で作詞して自分で歌っていた『Standby』を菅田将暉がカバーしているという話がラジオで出てきて、山﨑ケイさんがわりと驚いていた。やっぱりラジオを聴いていて知っているけど、普通は知らないものなんだな。
このラジオを聴きながら雨の中を代官山蔦屋書店に向かっていた。途中で菅田将暉バージョンの『Standby』をSpotifyで流した。久しぶりに聴いたけど雨の日によく合う、今の自分の気持ちにすごくシンクロする曲だった。




インスタとかでなんとなく知り合いの人がアップしていて気になって調べたら、今の自分が読むのはベストなんじゃないかなって思える書籍だった。
トワイライライトは今日休みだし、駅前のツタヤには当然ながら置いてないので、在庫で調べたら代官山蔦屋書店にはあったので雨の中歩いて、まあ、暇つぶしがてらだけど、前田隆弘著『死なれちゃったあとで』を買って、そのまま来た道をまた傘を差して歩いて家まで帰った。読み始めたら最後まで止まらないで読み終わってしまった。

 人間、死ぬときはあっけなく死ぬ。予告なく死ぬ。あらゆる準備が無効化されて死ぬ。
 そのことは理屈としてわかっているつもりだったけど、本当にはわかっていなかった。 こういう本を書いているくらいだから、折に触れて死に思いをめぐらせることはある。しかし24時間365日考えているわけではない。忘れたり、思い出したり、また忘れたりして生きている。でも死の可能性は24時間体制で稼働しているのだ。メメント・モリとは「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味のラテン語で、胸に刻みつけている言葉ではあるけれど、死は時としてその言葉を完膚なきまで叩きつぶすくらいの暴力性をともなって現れる。人知の及ばぬ範囲からやって来る。
 耳元で怒鳴られる勢いで、そのことを痛感させられた出来事だった。事故の余韻を引きずりつつ、ぼんやりした頭に浮かんだ言葉はこれだった。
「じゃあ明日」P79より

このあとには「もっとセックスしないとなあ。」という一文が続く。
一月末に20年来の友達が亡くなったと聞かされてから、彼女のご両親に会って、お母さんと彼女といく予定だった赤えんぴつ(バナナマン)の武道館ライブに代わりに一緒に行ったり、形見分けを受け取りに最後になった(三月頭には退去準備が終わったから)友達が住んでいたマンションに行ってご両親とお話をさせてもらった。お二人とも時間を共有して話もしたし、もう一人の共通する友達に形見分けを渡す時もたくさん話をさせてもらった。
二月以降に僕が会った人には彼女の話をして聞いてもらったりした。そうやって話すことで僕の中では多少は受け入れられるようになったと思うし、話すことで癒されていったと部分が間違いなくあると思う。この『死なれちゃったあとで』で書かれていることはすごくわかる気がしたし、響くところもたくさんあった。
この部分で前田さんが思ったことは正直僕も亡くなったことを知ってから思ったことだった。死んで火葬されてしまって肉体が失われてしまった友達。だから余計に肉体という自分の限界というか境界線みたいなもののことを考える。
境界線を越えることはないけど、肉体が触れ合うことみたいな、タナトスとエロスなのかもしれないし、死を考えるからこその性なのかもしれないけど、僕もセックスしないとなって思った。これは年齢的なこともあるだろうし、40歳越えて独身で子供いないとか肉体的にどんどん衰えていくことはわかりきっているから、まだ元気なうちにみたいなことも脳裏にはあったからかもしれない。
でも、この前田さんが思ったことって男女とか性差とか関係あるんだろうか。女性でもそう感じる人はいると思うし、たぶん、このことでお互いに「バカだねえ」とか言い合えるけどわかるよねって人なら、いろいろと深い話ができる気はする。なんというかちゃんと人として向き合えるかなって思う。なんかそういう気がした。

 という出来事があった2日後。

 鎌田さんの訃報が飛び込んできた。
 虚血性心不全により、自宅で急死したのだという。その亡くなった日というのが、トークイベントの日なのだった。鎌田さんの話をしていたのは終電のタイミングだったので、そのときすでに彼はこの世にいなかったことになる。碇さんが「今度三人でファミレスに行きましょう」と鎌田さんに送ったLINEには、既読がつかないままだった。
 訃報を知ってショックを受けたあと、2日前の記憶がよみがえってきた。俺に向けての最後のメッセージが「死ぬまでにいっぱいセックスしてくださいね」って・・・・・・。ちょっと笑ってしまった。そしてすぐ大きな後悔に襲われた。
あとがき P247

この部分はあとがきで最後のところ、ちょっと自分に起きたことにも似ているなって思った。僕は元上司であり友人Aに誘ってもらって、1月27日にLoft9のトークイベントに登壇者として出演した。その日、10時過ぎにチケットぴあでかが屋とランジャタイのツーマンライブのチケット発売日だったので、朝10時の販売開始と同時にPCから購入しようと思ったが、繋がった時にはソールドアウトだった。
取れたら行こうと誘っていた友達には取れなかったので、「次のダウ90000がんばるから取れたら行こう」とラインをしてから家を出て渋谷へ向かった。既読はいつも気まぐれで遅いからその日や翌日に既読にならなくてもさほど気にしていなかった。
結局、僕がラインをした時にはその友達は亡くなっていた。それを知るのは三日後の30日の夕方から彼女のお母さんからのメッセージだった。その間、僕は彼女が亡くなっていることを知らずに、なかなか既読にならないなぐらいに思っていた。そういうタイムラグがあった。その経験とまったく同じではないけど、この文章を読むと重なっている部分があるなって思いつつ読んだ。

 

3月27日
6時過ぎに目が覚めて、寝たままで『アルコ&ピース D.C.GARAGE』を聴く。番組を聞いてから朝風呂に入ってトマトジュースを飲んでから、昨日処方箋で出してもらったかゆみ止めと胃を保護する薬を飲む。胸と足の付け根の内側のふとももと背中に軟膏を塗る。
クイックルワイパーのふわふわしたホコリを取る部分を外して、テッシュを丸めたものを先端につけてサランラップで何重か巻いてテープで動かないようにした部分を止めたものの、先端部分に背中用の軟膏を塗って孫の手みたいにして手の届かない部分に塗り込む。でも、塗り込んでいると微妙に当たった部分がかゆかったことを思い出すようにかゆくなり、何度か擦るような感じになる。これで効いているのかちょっとわからない。
朝活として読書の続きをする。ライティング関連の仕事は今は待ちだけど、自分の作業に関してはどうも手が動かない。『JUNK 爆笑問題カーボーイ』を聴いているとリモートワークの時間になったので、自分のMacBook Airから会社から支給されたノートパソコンに変えて仕事を開始。
いつもなら流れとしては『星野源オールナイトニッポン』と『あののオールナイトニッポン0』になるのだが、星野さんが体調不良ということで、「M−1」チャンピオンの令和ロマンがピンチヒッターで『令和ロマンのオールナイトニッポン』を聴いてから、『あののオールナイトニッポン0』という流れ。
リスナーからのメールにもあったけど、普段星野さんのラジオを聴いている人たちからすると令和ロマンの話は早いし、固有名詞がどんどん出るのでリズムがつかみにくいということはあったのかもしれない。彼らが話している固有名詞とかわかると面白さが増すんだろうけど、その辺りのチューニングは難しいだろうなって思った。
あのちゃんは二週連続に録音だったけど、 Zepp Shinjukuでのライブ後だったので、ライブのことをちゃんと話してくれたのを聞けたのはよかった。確かに一部にうるさい客はいた。「結婚して!」とか叫んだりしていた。そう言うことをライブの観客として当人に叫ぶ人がその人が結婚できることは永遠にないとは思うけど、叫びたかったんだろうなって思って聞いていた。結局問題はタイミングだったりして、MCしている時とかに叫ぶのはあんまりよくないよねとは思う。

ラジオを聴き終わってからTVerで『ランジャタイのがんばれ地上波!』の最終回だと思ってみたら、「終王ノブ」という千鳥のノブさんが扮したキャラが出てきて、最初から最後までランジャタイの二人は画面には出ずにノブさんだけが写っていた。
国崎さんの笑い声は終始していたけど、津田さんとのゴイゴイスーコラボをやった時みたいな、やりたい放題してやりきるというスタイルで自分の番組の最終回をやってしまう、最高だなって思って笑ってしまった。ランジャタイ最高だわ。


休憩中にTSUTAYAガブリエル・ガルシア=マルケス著/旦敬介訳『出会いはいつも八月』が新刊で出ていたので購入。マルケスの最後に書いていた作品で未完のもの、ページ数もかなり薄い。タイトルもいいし、未完で薄いのですぐに読めそうだなっていうのも買っておこうと思った理由。

リモートの作業は思ったよりもめんどくさいことがあって、誰が悪いというわけでもないような、でもそのせいで作業増えちゃったなあということがあった。とりあえず自分で確認と修正をやるしかなかった。
最初に渡されたもので進めていたのに、こちらが完成したバージョンですと渡されたものがけっこう細かいところが違うのは確認に時間がかかるし、けっこう集中力がいるから疲れた。

今回はちゃんと100分くらいになりました!ダウ90000の単独ライブ「30000」開幕(舞台写真 / コメントあり) 


三四郎の単独ライブ「道徳の日本男児 其ノ玖」開催決定、初の広島公演も(コメントあり) 


18時を過ぎて、そういえば三四郎の単独ライブの先行抽選の結果が出る時間だと思って、チケットぴあのサイトを開いたら、ダウ90000の単独ライブ「30000」のリセールが何件か出ていたので、日付と時間帯を確認して、自分が行ける日の公演をソッコーで取った。で、三四郎の先行も取れていたのでよかった。
亡くなった友達とは去年の三四郎とダウの単独ライブには行っていて、どちらもおもしろかったので来年の公演もあったら行こうと話をしていた。ダウは先行でも一般でも取れなかったのでリセールで狙っていたので一安心。
独りよがりな思いだとは思うけど、彼女が生きていれば一緒に行っていたであろう単独ライブだからこそ、僕は観たかったし観ないといけないと思っていた。死なれちゃった側の勝手な思い込みや独りよがりな気持ちは仕方ない、残された方はいろいろと考えるし、ふいに思い出すし、一緒に観たりしたものはどうしても関連づけてしまう。
そのあとにお母さんからメッセージが来て、遺影にする写真が送られてきて、少しだけやりとりをした。たぶん、そういう日だったんだろう。

この日記を書きながらアジカンのゴッチこと後藤正文さんのドローン/アンビエントアルバム『Recent Report I』を流して聴いていた。とても今の気持ちに合う音だった。

 

3月28日
目覚まし時計が鳴る少し前、まだ夜が明けていない時間帯に目が覚めたので可燃ごみを出してからまた一眠り。起きてから『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を聴きながら諸々の作業とか。



13時過ぎにとある場所に行く予定だったので、マップアプリを見たら二時間半ほどの距離だったので歩いて行くことにした。行ったことのない地域だったのでアプリを見つつ進んだけど、ほんとうに知り合いも住んでいないし、用事もないので未踏の区だった。
途中で名前だけは聞いたことのあった池上本門寺があったのでお参りをした。目的にあと一時間ほどの距離で小雨が降り出したので、勘弁してよって思ったけど、ひどくはならなかったし、曇り空だったけど止んでくれたのでそのまま歩いた。

ニコラ友達というかカウンターでたまに一緒になって話をする高橋雄飛さんの主宰するブランド「oira」のcollection002/冬の展示会へ。とあるお家を使っているみたいで住所非公開で知り合いとか行きたい人には教えるというアポイント制になっていた。
前のシーズンのもの冬のものがあって、もう一人スタイリストの方が来られていたので三人で色々と話しながら服を見たり、雑談をしたりした。こういう展示というのもおもしろいし、服のデザインはシルエットもよいし、これが着て似合うとかなり様になるだろうなって思った。

「oira」に関する高橋雄飛さんのインタビュー。これを読むとどういうコンセプトなのかわかる感じかな。

帰りは流石に電車に乗ったけど、乗り換えが二回あって一時間ほどかかった。ニコラに寄ろうと思ったら今日は17時からオープンということだったので一旦家に帰る。

お店に行くまでの時間で今日放送分の『ラヴィット!』を見ていたら、嶋佐オアシスで泣いてしまった。番組開始三周年記念の視聴者の方からのリクエストという形で『Live Forever』を嶋佐オアシスで歌ってほしいという声に応えたものだった。
その方とお父さんがコロナパンデミック期間はお互いに家でリモートだったので、起きてから『ラヴィット!』を一緒に見ていたという長文の手紙の文章が読まれていった。
手紙の最後には急に亡くなったお父さんとの思い出として一番好きだった木曜日で嶋佐オアシスをというリクエストで感極まって泣いてしまった。涙腺は壊れたままなので、手紙の途中でおそらく亡くなったのだろうなとわかって、涙腺がうるうるしかけていた。

17時半すぎにニコラに行って、アルヴァーブレンドとおかわりでアアルトブレンドを飲みながら、朝吹真理子著『TIMELESS』を読みつつ、ニコラのお二人と色々と話をした。

 

3月29日
深夜1時過ぎになっても眠れず、radikoで『四千頭身 都築拓紀 サクラバシ919』も最後まで聴いてしまった。そのあとようやく眠くなって寝たが、三時間もしないうちに目が覚めた。
外から雨が降っている音が聞こえていた。今日は昼過ぎまでは雨で、そのあとは20℃を越える気温になると天気予想に出ていたので、今週末で桜は咲いて来週末にはもう散るみたいな感じなのだろう。
目が覚めたので、そのまま横になって『ハライチのターン』を聴きながら目を閉じて布団を被る。6時前には目覚めてしまったので諦めて起きた。コンビニに傘を差して行ったが、雨よりも風が強くて傘がひっくり返りそうになった。


朝日新聞の月に一回、最終金曜日に掲載されている古川日出男さんによる「文芸時評」を読みたいので購入。
角田光代さんの『方舟』が最初に取り上げられていた。書店で見かけていたがあまり惹かれなかったのだけど、この時評を読んで読もうかなって思った。あとはいくつかの作品も取り上げられているのだけど、川村元気さんの『新潮』に掲載されていた『私の馬』も読んでおこうと思った。

ヨルゴス・ランティモスエマ・ストーンの新作「憐れみの3章」公開決定

原題「Kinds of Kindness」のままでよかった気がするが、とりあえず2024年公開なのでよかった。海外は6月末公開だったので、秋ぐらいには公開できるのかな。


ダウ90000単独ライブ「30000」 を本多劇場で鑑賞。ザ・スズナリで前回の「20000」を観た際に次回は本多劇場ということは発表されていた。亡くなった友達と一緒に「20000」を観て、次も行こうと終わってから飲みながら話していたこともあって、形見分けで譲り受けたリングをつけて連れてきた。
当たり前だが自己満でしかない、まあ残された側は自己満なりなんなりをして、いなくなった世界や現実に折り合いをつけて、いつか次第に慣れていくしかない。来年の命日までは喪中のつもりなので、ヘアドネーションするために伸ばしている髪もそれまでは切らないつもり。バカだなあって亡くなった友達は笑うだろうから、バカなままでこの日常を僕はたのしむ。
七本のネタで100分、ラストひとつ前の『リベンジ』で会場がうねるというか一番拍手笑いが多かった。メンバーそれぞれのキャラもわかってきたのもあるのか、さらにおもしろく感じた。前回に引き続きメタっぽい自己批評的なラストネタ『メタな夜』もさすがというかより強いネタになっていた。
前回もあったが幕間の映像で次がラストネタでそれまでやってきたネタがラストに繋がっていくんじゃないかと考察する男女(配信で見ているてい)が出てきた。
コントをやる芸人の単独ライブで最後の長尺コントがそれまでのネタと実は繋がっているというものがある種定番みたいになったことを皮肉っているようにも見えるし、同時にただやってるネタだけを見て、ありもしない考察でこれが繋がっていくとか考えないでくれという蓮見さんの気持ちが出ているようでかなり好感が持てる。
実際にお笑い好きな人からするとそうなるのが当たり前になっている部分はあると思われるので、そんな自分へのツッコミになっていて苦笑いしたり、する感じで最終的に笑っちゃう形になっている。

若くてオシャレな観客が多くて、演劇が取りこぼしている客層に届いているし、お笑いライブでの若い女性の比率がかなり高いということもなくて男女率も世代のバランスもちょうどいい。
かつて有吉さんは「ブレイクするということはバカに見つかることだ」と言った。お笑いや演劇に興味があって今ダウ90000を知らない人は、メディア関係だとさすがにアンテナが錆びついているのでもうどうにもならないと思うが、バカに見つかる手前か見つかり出したなという感じはする。
20歳前後で宮藤官九郎脚本『池袋ウエストゲートパーク』が始まってドラマをリアルタイムで見て、シネマライズで公開初日に映画『ピンポン』を観た時に、「僕たちの日本映画が始まった」と感じた。そういう流れで遅ればせながら僕は大人計画の舞台をはじめ演劇も観に行くようになった。
ダウを観終わってから興奮しながら話している20代の人たちを見て微笑ましく感じたし、あの時のワクワク感やドキドキ感を思い出した。

 

3月30日
6時過ぎに目が覚めて、午前中に外に出ようと思って映画のサイトを見ていたら、前日から公開が始まった『ゴーストバスターズ/フローズン・サマー』がTOHOシネマズ渋谷で8時半からの上映回があったのですぐにチケットを取った。散歩がてら歩く時にはBGMがてら『三四郎オールナイトニッポン0』をお供に。


朝の早いうちというのもあって、道玄坂も人はあまりいなくてちょうどいい気温で歩きやすい。お客さんは二十人もいない感じで、一人で来ている人が多かった。
女性四人リブート版も素晴らしかったけど、オリジナルの続編で再始動した二作目となるのが今作『ゴーストバスターズ/フローズン・サマー』。
内容としてもお見事な出来で三世代のゴーストバスターズ、家族の物語になっていた。オリジナルのおじいちゃん世代、何にもなれなかった親世代、デジタルネイティブで隔世遺伝的に古いものと新しいものをミックスできる孫世代という印象。
今回はNYが舞台になっていて、祖父が初代ゴーストバスターズだったイゴン博士の孫娘のフィービーと兄のトレヴァー、実母のキャリー、彼女の恋人で元教師のゲイリー、トレヴァーの彼女のラッキー、レイモンドの手伝いをしているポッドキャストという新世代ゴーストバスターズ、そこに初代の亡くなったイゴン博士以外のレイモンドとピーターとウィンストン、受付嬢だったジェニーンの祖父母世代が封印を解かれたなんでも凍らせるゴーストのガラッカからNYを守るというのが今作。

祖父の才能や能力を引き継いだ天才少女であるフィービーが実質は主人公である。彼女の母のキャリーと恋人のゲイリーの親世代は僕と同世代の中年であり、ゲイリーとフィービーは家族みたいなものではあるが、実際母と彼は籍を入れていないので彼は父ではない。今回はその関係性にも焦点が当たっていて最後にフィービーがあるセリフをいう。それが一番の進展であり、家族というものを描こうとしていたのがわかるようにもなっている。
ただ、自分の同世代が親として登場しているので、彼らのことをいろいろと考えてしまった。
ゲイリーはフィービーとトレヴァーとキャリーたちイゴン博士の血筋のスペングラー一家と一緒にゴーストバスターズとして家族のようにしているが、実のところ家族でもないし、血族でもない。フィービーからすれば彼は母の恋人であり先生だった人だ。このゲイリーにおける父になれなかった中年男性が「父」になるという問題意識はこの数年いろんな作品で描かれている。『トップガンマーヴェリック』『カモンカモン』などでも同様のテーマが描かれていた。アメリカだけの問題でもなく、先進国(だった)の国では共通の問題として起きているのではないかと思う。
この辺りの問題意識はおそらくトランプの「Make America Great Again」や安倍の「美しい国日本」に通じているのではないかと思う。家父長制が当たり前で育った世代が自分はそうなれないことや新しい価値観に対応できなくて、自分を否定されたくないので彼らを支持して同化することでプライドを保とうとした。で、当然彼らや彼らの政党に利用されてヘイトや差別を助長するようになる。というバカが増えた。
そうならずに「父」や「父性」の問題に向き合うかを模索したり、問いかけていくのが、本来は文学と呼ばれていたものの役割だろうけど、この20年ほど小説家で売れていて評価されているのはジェンダー的には女性の作家であり、男性の作家は正直どんどん影を薄めていっている。たぶん、そういう問題意識でジェンダー的に男性性の当事者として書く作品が今後なんらかの形で出てくるんじゃないかな。
この三作は問題意識的にはトランプや安倍たちの事柄と無縁ではないと思うけど、観て影響受けて差別主義者になるわけでは当然ない。家父長制に縛られた負の部分にも繋がっているだろうし、そういう縛りから解き離れたいという意識どちらにも作用しているはずだから。書いていて適当なことを言っているような気もするし、意外と当たってるのかもしれないと思ったり、書くことで自分がその問題意識に興味が向いていることはわかる。

あとはゲイリーやキャリー世代のなにものでもない感じには僕は既視感があるし、言いたいこともある。
すべての時代、どの世代もなんらかのわりを食ってるんだけど、上からパワハラセクハラが当たり前で不景気の煽りもあって、正社員を長い間ずっと正規雇用で取らなかったくせに、そうならかった人たちは「自己責任」とか言われていくようになった。僕みたいにそういうことをそもそも選んでない人はいいけど、上の世代なら普通に正社員になれたのに枠がないから派遣とかフリーターになるしかなくて、経済的に貧しくてそのうち精神が病んだり、結婚も子供を諦めた世代が中年になったら、そいつら上の世代の子供世代には正社員になる努力もしなかった怠惰な人たち扱いされて、あなたたちの「自己責任」でしょうみたいに思われるという悲惨さ。お前らの親世代が正社員でいるために犠牲になってんだよ、こっちはみたいな気持ちはずっとある。
芸人の永野さんの皮肉的な笑いって、その時代の当事者だった人たちの被害者意識とも関わっているのでよくわかる。
でも、なんにもないから下の世代の邪魔をしないように、すごい奴らや人がいたらもう僕らは踏み台にすらなれないけれど、なんとかがんばって世界をおもしろくしてくれって言うしかない。


帰りに『フールナイト』最新刊を買う。『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』連載中に感じていた現実世界とのシンクロとメタファ感に通ずるものがあると思ってるのが『フールナイト』。なんとなく90年代後期のTBSの金10ドラマ『ケイゾク』『QUIZ』感がある。大好きなラインの物語。もっと話題になってもおかしくないと思うのだけど。

夕方に20代の知り合いで俳優をやっているFくんから連絡もらったのでニコラでお茶。いろいろと話をした。なにか参考になったりするといいけど、人に話すことで自分の中で不明瞭なものにピントがあったり考えがまとまることはあるから、そうなってくれていたらいい。

『違う冬のぼくら』ところにょりのゲーム開発遍歴 #1【クリエイターインタビュー】 


去年からライティング仕事でお世話になってる講談社ゲームクリエイターズラボの第一弾で大ヒット中の『違う冬のぼくら』のクリエイターのところにょりさんのインタビュー動画。

21時からオンラインで月に一回のゲーム関連のライティング作業のミーティング。去年の三月からやっていた作業はとりあえず今月でひと段落して終了。
新しい仕事だったので楽しかったし、この仕事があったので生活も助かったりしてありがたかった。自分のやったことがどのくらい貢献できたかはわからないけど、ゲームが完成して形になる日を迎えることができるのを楽しみにしている。

 

3月31日
この三日間程軽い頭痛があって、起きてからそれを感じた。金曜日夜にダウ90000の単独ライブを観て帰る時に珍しく缶ビールを買って帰って飲んだ。前日木曜日のo.i.raのコレクションを観にいった時にもビールをいただいて、それがピロリ菌の除菌薬飲んでから薬疹が出て行こう初めてのお酒だった。胃の調子がまだそこまで良くないのか、ビール一缶程度を二日連続飲んで軽い二日酔いみたいな頭痛、まだ本調子ではないということなのだろう。
春の日差しが暖かくて、正直Tシャツ一枚程度でも問題のない気温、目黒川沿いの桜はまだ咲き始めで満開ではなさそう。たぶん、今週の真ん中辺りが見頃じゃないかなって思う。と書いたけど去年目黒川沿いの桜はかなり剪定したらしく今まで通りの満開の桜みたいにはどうやらならないらしいっぽい。


午前中に歩いてホワイトシネクイントへ行って火曜日に観ようと思っている映画のチケットをたまったポイントカードで引き換えてもらった。そのままダーレン・アロノフスキー監督のデビュー作『π〈パイ〉デジタルリマスター』を観た。1998年の作品だから劇場では観ていないから、レンタルしてなのか一度はなにかで観た記憶があったが、観ていたらどの辺りかわからないがガッツリ寝てしまって、そのおかげなのか頭痛は消えた。物語はほとんどわからなかった。

行き来の散歩はradikoで『オードリーのオールナイトニッポン』を聴いていた。東京ドームらイベントが終わってから一ヶ月半ほど経っているが、若林さんと春日さんのトークは前よりも体温が高い感じも残ってるし、春日さんのトークが前よりも話題が多くなったような、話したいって気持ちが前に出ているような気がする。
帰ってから夕方過ぎに、TVerで「ラヴィット!」の増刊号的な『夜明けのラヴィット!』で嶋佐オアシスへのリクエストと『Live Forever』の歌唱部分をもう一度見ていたらやっぱり泣いてしまった。

明日から四月なのでこの三ヶ月でできなかったことやスケジュール的に守れなかったことをもう一度スケジューリングした。とりあえず、四月から八月末までで決めた〆切やスケジュールを遂行したい。『鱗粉と忘却』『インターレグナム』『みずのあわ』の三作品は夏が終わるまでに仕上げる。なんかそれができれば今年は十分な気がしている。というかそれだけは終わらしたい。

今回はこの曲でおわかれです。
ano feat. 幾田りら 「絶絶絶絶対聖域 」Music Video