Spiral Fiction Note’s diary

ライター&「monokaki」編集部スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「週刊ポスト」で「予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

『愛しのアイリーン』


 シネクイントで13時の回を鑑賞。三連休の中日であり渋谷は祭りの只中、どちらかというと観る人を選びそうな内容ではある。こういう作品は若い人が本当は観た方がいいし、観てほしいと作り手も思っているのだろうけど。

「ワールド・イズ・マイン」「宮本から君へ」など社会の不条理をえぐる作品で知られる新井英樹が、国際結婚した主人公を通して地方の農村が内包する問題を描いた同名漫画を実写映画化。新井の漫画が映画化されるのはこれが初めてで、安田顕が主演、「ヒメアノ〜ル」の吉田恵輔監督がメガホンを取った。42歳まで恋愛を知らず独身でいた岩男が、久しぶりに寒村にある実家に帰省する。しかし、実家では死んだことすら知らなかった父親の葬式の真っ最中だった。そんなタイミングで帰ってきた岩男がフィリピン人の嫁アイリーンを連れていったため、参列者がざわつき出し、その背後からライフルを構えた喪服姿の母親ツルが現れる。安田が主人公の岩男を演じ、アイリーン役にはフィリピン人女優のナッツ・シトイを起用。そのほか木野花伊勢谷友介らが出演。(映画.comより)

 吉田恵輔監督ならば間違いはないだろうという安心感はある。目を背けたくなるような描写やシーンはあるだろう、人間の性を描いてしまうだろう、そこにはごちゃごちゃになってしまう人間の欲望や衝動や哀しさや尊さが混ざり合ってしまっている。どこを照射してもそれだけではなく、ほかのものが混ざりこんでいる。
 日本とアジアとの関係、資本主義と差別、地方社会の閉じた社会、性欲と血族、現在の日本にある問題がてんこ盛りのようにこの作品の中に入り込んでいる。

 象徴としてアイリーンの存在がある。母と息子としての関係性、姑と嫁の関係性も彼女によって母の暴力性が際立つ。途中でアイリーンが坊さんと話す中で出てくる姥捨山というワード、思いの外最後に聞いてくる。
 アイリーンが登場するまで岩男が気になっていたパチンコ屋の同僚の愛子の名前にも「あい」が含まれる。「おまんこ」させろと後半多発して言うことになる岩男だが、この性衝動はこの二人に大きく向けられる。セックスによる欲望の解放と律動がこの物語に大きく寄与している。どうしようもならないものが理性を越える時、抑えきれない時に起こるのはどうしても悲劇だ。

 その悲劇は今の都市部よりも地方都市でより如実に表れているのだろう。後継者問題と過疎化、子供の嫁と婿問題、都会にいるから人がたくさんいて結婚できるわけではないが田舎にいるよりはその問題は先延ばしにできるが、田舎では親世代の高齢化や住居の問題、病院に行くのでも車に乗れるのは誰かという生存に関する問題がそこに直結する。

 シリアスなシーンでは逆に笑いが起こってしまう。この映画は笑えるけど笑えない。誰もが抱えている問題を目の前のスクリーンに二時間半近く流し続けるのだから。間違いなく素晴らしい映画だと思う。どうしようもない気持ちや欲望のいく先にあるもの、信じたいものと信じられないもの、気持ちと金についての相関関係、観ているとどんどん気持ちがザワザワしてしまう。ああ、アイリーンも岩男も、それに母親のツルも自分の中にいるようにしか思えなくなる。

 今年の自分が観た映画でベスト上位に入るのは間違いない。