Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

『検察側の罪人』


 バルト9で朝一8時台で鑑賞。
 前作主演の『無限の住人』で死にたくても死ねない男を演じた木村拓哉
 アイドルは自ら死ねない、と言わんばかりだった。そして、今作は事務所の後輩である嵐の二宮和也との共演における先輩検事としての木村拓哉は、自身の正義のためにあやまちを犯す。自ら作り上げた物語を遂行するため、復讐を果たすために。
 正義とは時代ごとに変わるのだといい放つ彼が、まるでSMAP解散の主犯のように見えてくるから不思議だ。
 中盤以降はジャニーズの後輩である二宮和也吉高由里子の二人(かつての部下たち)は彼の犯したものに立ち向かい、真実の正義を果たそうとする。しかし、二宮和也木村拓哉を葬ることも罰することもなく、怒りや苛立ちを叫ぶしかない。
 SMAPなきあとにジャニーズの主権は完全に嵐に移ったはずなのに、事務所に残ったかつての国民的アイドルだった男を、事務所は殺さないで生かして後輩たちの叩き台にしているみたいに見えた。
 『ギフト』でクローゼットから再生し、記憶を無くした青年は人々に大事なギフトを届けながら、昔の自分がやってしまった悪事を思い出し、どうしても届けないといけないものを大事な人に届けることで完全な再生をすることができた。
 SMAP解散後にアイドルとしての神聖をスティグマを失った木村拓哉を誰が殺すのか、死なないのではなく、殺されてから復活することはあるのだろうか。映画を観終わってから僕は映画とは違う物語を浮かべていた。
 物語の中には官邸御用達のジャーナリストだった男の強姦事件だったり、アパホテルみたいなものだったり、安倍首相と関係深いと言われている日本会議を思わせるものが差し込まれているのは原田眞人監督だからだろう。
 木村拓哉演じる最上が若い頃に知り合いだった女の子が殺された事件が彼を復讐に向かわせていくが、彼女は川沿いでヘッドフォンをして歌を歌っている最中に襲われた。歌は途切れてしまった。最後に叫ぶ二宮演じる沖野に対して、最上はハーモニカで音を出す。
 歌はもう奪われてしまったように見えなくもなく、元SMAPだった三人の新しい地図の映画『クソ野郎と美しき世界』では最後に歌を取り戻したのと対比しているかのようにも思えてしまった。