Spiral Fiction Note’s diary

ライター&「monokaki」編集部スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「週刊ポスト」で「予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

『希望の国』

 22日月曜日、新宿ピカデリーにて園子温監督最新作『希望の国』観賞。朝一の回だったので年配なお客さんが多かった。 
 試写会(『希望の国』試写 07/12)で観させていただいていたので三ヶ月ぶり、やっと公開という気持ちもありつつ、やはり大きなスクリーンで観たかった。



監督・脚本 園子温
キャスト・夏八木勲大谷直子村上淳神楽坂恵、でんでん、筒井真理子、清水優、梶原ひかり伊勢谷友介吹越満占部房子大鶴義丹、松尾諭深水元基並樹史朗、田中壮太郎、米村亮太朗田中哲司手塚とおる堀部圭亮




ストーリー:泰彦(夏八木勲)と妻(大谷直子)は酪農を営みながら、息子夫婦(村上淳神楽坂恵)と一緒に慎ましくも満たされた暮らしをしていた。そんなある日、大地震が村を襲う。泰彦の家は避難区域に指定されたが、長く住んだ家を離れることができない。葛藤(かっとう)の日々を送る中、息子の妻いずみの妊娠が発覚。二人は子どもを守るためにあることを決意する。(シネマトゥデイより)


 一度観て内容を知っている方が泣けてくるというのは前作『ヒミズ』同様だった。僕は涙もろいからすぐに泣いてしまうから登場人物の行動や動きで泣いてしまう。



 
 夏八木&大谷さん演じる父と母のあの佇まいはやはり素晴らしく認知症を患っている母を演じる大谷さんの演技はもう助演女優賞決定でしょうと。そして「ねえ帰ろうよ」と認知症の人がよく言うらしいその言葉が失われてしまった時間、終りなき日常にかかってきてさらに観るものに訴えかけてくる。
 帰ろうと言ってもそこは住んでいる小野家なのだ、場所ではなく時間として彼女は二十代ぐらいに退行して彼女が帰りたいのは夫と結婚する寸前の頃のあの頃。しかしそんなものはなく、残された場所は過去のその場所とは違ってしまっている。


 その妻を優しく面倒みている夫。やがて妻に聞こえ出す盆踊りの音が彼女を過去に連れて行く。そのために息子夫妻を外に出し市役所関係の人が来て妻と結婚した当時の話をする件があり効果的に効いてくるのと夫婦の若き頃の景色が観るものの中に現れてくる。だからこそ浴衣を来て出て行く妻とそれを探す夫がとても愛しさが溢れた二人の関係を描き出していく。


 村上淳さん演じる息子はやはり園さん自身の反映であり、園さんとお父さんの関係性も反映されている。
 亡くなったお父さんへの気持ちを描いたのは『ちゃんと伝える』があるのでそれを観ているとさらにこの作品の父と息子の関係に園さん親子が投影されているのがよくわかるはずだ。



 一回目に観た時と感想は変わらない。今年なんとしても上映して風化して薄れていく原発事故を忘れさせないための映画であり、わかりやすい園さんの特徴であるバイオレンスやエロさなどは排除され、過激な描写で知られる園子温という監督がきちんと正統派な映画のフォーマットで撮った、撮れる事が観客にわかる作品でもあり監督の怒りや意地が注ぎ込まれている。だからこそヒットしてほしい。


 一歩二歩三歩なんて今の日本人にはおこがましいですよ、これからは一歩一歩一歩一歩一歩ですよ。


 そう言ったあの子どもたちの「一歩一歩」が「みんなここで生きてるんだぞ」と言った父が、「悔しいよ」と言った息子夫妻が、新しい人生の門出を迎えた若いカップルが、この映画の中には今観て考えなきゃいけない、忘れてはいけないものが刻まれている。


 『希望の国』公開に合わせるように関連本が何冊も出たのでそのレヴューを。


希望の国

希望の国

映画の原作小説というものではなく、映画を作る取材の部分から、福島等での取材とそこで感じたこと、実際の映画のシナリオ、その映画の主人公の一家の側にいる園子温さんの視点が傍らにある、それらが混ざり合う半ドキュメンタリーな小説。


十月末に公開される映画とこの小説は相互補完されフィクションとノンフィクションを出入りする、圏内と圏外の間にあるものを行動を伴う意識の中で軽々と行き来する。園子温監督の想像力と身体性を伴って。


そして、最後の詩が園さんが詩人であることを再認識させる。


非道に生きる (ideaink 〈アイデアインク〉)

非道に生きる (ideaink 〈アイデアインク〉)

園子温によって語られる園子温のこれまで、そして「刹那」に生きてきた今までの人生が本人によって語られている。


園子温映画によるモノローグの集中砲火(『紀子の食卓』など)が前半にあるためにその登場人物が後半にどう動くかが違和感なく観客に受けいられていくように、その『非道に生きる』を読んでいくと園子温という人がなぜ映画監督として突出しているのか、なぜそのフィルモグラフィーがあるのかがすうっと入ってくる。


まず、これは生き方の本だ。これは創造する人の本だ。


周りの顔色に合わせて同じ青信号でなければ渡らないのであれば他者との差異は絶対に生まれはしない。それは協調性のある国民性によるガラパゴス化がうまく発揮されない現在において自分がどう生きるかを考え刹那に動こうとする時に周りなんか関係ない。今、何信号であろうが必要があれば走ってしまえばいいし、あるいは東京ガガガのようにその交差点すら幕で囲んでしまって交差点という特異性を封印してしまえばいいのだ。


昔お会いして話を聞いている時にバブル後ぐらいにエアマックスとかスニーカーが流行ったから買い漁っていた連中のほとんどは今や仕事を失ってたりして無惨なことになっていると言われていた。
これはスニーカーを買い漁っていたのが問題ではなくて、ただ流行っているからという理由だけで買い漁っているような周りを見て動いているやつは結局沈む時には周りと同じように沈むんだよって教えられた気がしていた。だって、未だにスニーカーが好きで好きで面白いやつが出たら買って履いてを続けている人は彼らとは違う、もはやスペシャリストですらあるんだから。


周りなんか気にしせずに突き進んでいいくとそれが特異なものに武器になる。それにはもしかしたら覚悟が必要なのかもしれない。世間とは違うのだから。園さんのような生まれ持った天の邪鬼気質ではないと難しいのかもしれない? いやそんなことはないはずだ。


僕はやりたくもない仕事をしてそれが給料も安定していてボーナスが出ても仕事のストレスで結局は心身ともに壊れていくのなんかお断りだ。人生について考えればそんな生き方をしていて自分は楽しいとは思えないから今みたいな状態になっている。


二十代中頃で園さんの『ハザード』を劇場で初めて観た衝撃は僕の人生の中で忘れられない出来事だった。あの時に感じた事がここで書かれていると読みながら思った。僕はあの映画の中でオダギリジョーさんが演じたシンの刹那的に生きる衝動に惹かれ、周りなんか気にしないで自分が面白いと思う事に対して咆哮し彷徨したいとあの日渋谷で思ったんだ。


園さんの視線は彼の作品について語られるようにエログロなものではなくて他者を排除しようとか敵意をむきだしなんてことはない。四畳半の生活の中でそれでもずっと続けてきてどん底と呼ばれる生活を得て様々な人と向き合ってきたその視線はとても優しい。


園子温作品は人に夢を見せないで夢から醒まさせる、そう覚醒を促す。覚醒したものはもはや過去の自分には戻れるはずもない。しかし覚醒した世界でその五感は以前よりも敏感になっている。だからこそもっと前よりも自分の「個」がより際立ってくる。


だから周りなんか気にしないでいい、刹那に非道に生きれる。


園子温映画全研究1985-2012

園子温映画全研究1985-2012

園子温映画には何度も同じ名前を持ったミツコが現れる。
その事は昔聞いたら初恋の人の名前だと園さんは教えてくれたし、渋谷署のお偉いさんと飲んで一緒にいた女の子と写真を撮ってその子女子高生なんだけどさと言って取り締まりを緩くさせたり、明日は天皇誕生日だからやるなら違う日に東京ガガガやってくんないかなって言われたとかそういう話はこの所の『希望の国』に関するプロモーションや『非道に生きる』の中で披露されている。


この本は初期の作品からピンクやAV、薔薇族的なものからオールアバウト園子温な作品を取り扱っている。


ミツコが何人も現れるように園作品は一作ごとの強度や姿勢もだが過去の作品でのアプローチが後に活かされていたり続いていることに気付かされる。


新作『希望の国』を観た時に園ファンならまず『ちゃんと伝える』が浮かぶはずだ。本の中でも語られているけど『愛のむきだし』と『冷たい熱帯魚』に挟まれているのであまり語られていない。父と子の関係性や距離はこの二作は繋がっている事に『希望の国』を観た批評家はきちんと気付いて語れているのか?


『ちゃんと伝える』の主人公の名前が『自転車吐息』の北史郎と同じで園さんの出身地である豊中で撮られている事の繋がりからPFFスカラシップ作品『自転車吐息』から最新作『希望の国』への流れをきちんと語れているのか、そういう意味でこの『全研究』はとらえて語れているから最近園作品にハマった人には過去作へのいいとっかかりになるはずだ。


『うつしみ』が『愛のむきだし』にどう繋がるか、『自殺サークル』や『エクステ』がJホラーブームの中にあってどう異質なのか、『セカチュー』に始まった誰かが死んでそれを観て泣いてすっきりするようなあの一連の流れの時にあった『ちゃんと伝える』だったり。


中学生ぐらいから園作品をリアルタイムで観ている松江さんと適度な距離感で作品を語るモルモット吉田さん、そして聞き手は園さんが売れない頃から互いに雌伏してる頃からの盟友である別冊映画秘宝の田野辺さんの微妙に違う園作品への距離感や感じ方も読んでいてすぅーと染み込んでくる。


園作品をきちんと今まとめておいてさらに園さんに映画を撮ってほしいと願っている田野辺さんだからこそ作れた本だと思う。


来年公開の『地獄でなぜ悪い』で二階堂ふみが演じる役もミツコだしね。