Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

「さよならゼロ年代、もう僕たちは行くよ」

BGM:Mayonaise - Smashing Pumpkins


「本日は、ご来館誠にありがとうございます。当展望台は一周約200メートル、眼下の東京の街なみや新幹線、モノレール、首都高速道路などの交通機関東京湾を行き交う船舶が一望でき、晴れた日には富士山や丹沢の山なみ、筑波山など海原の向うに房総半島を望むことができます。この360度のダイナミックな景観が当展望台の最大の特色です。さらに夜のとばりが降りた後は、ロマンチックで宝石をちりばめた様な美しい夜景が広がり、大都会東京のファンタジックな夜が楽しめます」
「当展望台の眼下に、広大な東京湾が見えます。今最大の話題はこの東京湾の湾岸地域の開発プロジェクトで、東京ウォーターフロント計画としてもいくつものプロジェクトが目白押しになっており、湾岸計画に基づいた広大な埋立地には、広い道路、公園、緑地がつくられ、港やコンテナ埠頭もつくられました。そして、今後も汐留駅跡地開発等刻々と変わり行く様子が当展望台からゆっくりとご覧頂けます。社会科見学や修学旅行、一般団体旅行等にも等展望台をぜひご利用ください」







 受付と売店の通路を過ぎると矢印の順路方向の北から西、南、東と視界三百六十度の景観が広がる。最初に北側の景観を眺めると汐留、東京、皇居方面の景色が見える。舞人と宇美は何も言わないで高さ152メートルの世界から東京を見下ろしている。
 展望台にはごくわずかの客しかいなかった。座ってお茶をしているカップルの外国人と六十過ぎに見える女性客一人、四十代ぐらいの男性客一人。天気の良い日には見えるはずの富士山が雲のせいか見えない。
 二人が西側に歩いて行くと赤と白を交互に纏った東京タワーが現れる。彼らが上らなかったそれが、世界貿易センタービルの最上階から望める、肉眼で塔のほぼ全体像が確認できる。



「東京タワーが見えるね」と宇美が言う。
「テッペンもなんかぎりぎり見えてる」と舞人が言う。
「私たちさっきまであそこの足下にいた」と宇美が振り返る。
「僕らが歩いてきたあの大通りも見える」と舞人は視線で道程を追う。
「うん、歩いてきた道が見えて存在してる」と宇美が付け足す。
「東京って広そうで実は狭いのかもしれないね」と舞人が。
「そうかもしれないね。だって私たち世田谷区から歩いてきたからね」と宇美が始まりの場所を告げる。
「世田谷区、目黒区、品川区、そして港区」と舞人が確認する。
「知ってた? 品川区と港区は江戸時代に開拓されたの」と宇美は教える。
「四百年前だっけ、江戸幕府が開かれたの?」と舞人は聞き返す。
「そう、確か千六百年初頭に。だから四百年前」と宇美は答える。
「品川区と港区の東京湾に面する辺りは開発された」と舞人は言う。
「私たちが歩いてきたあの東京湾付近は江戸時代以前にはなかった場所なの、人によって埋め立てられたんだ。新しい土地として海を潰して、新しく作り上げた大地」と宇美は言いながら確信する。
「かつてはなかった場所を歩いて、辿り着いた。かつてはなかった土地を歩いて」と舞人は自分に言い聞かせるように言う。
「そうわたしたちは歩いてやってきた」
「まるで冒険のように、ピクニックのように」
 東京タワーだけがひときわ異彩を放っている、赤と白のコンビネーションも塔自体の高さ、大きさも他ものを小さく見せるだけだった。ジオラマのような世界が、東京が真下に広がっている、人々の生活がそこには含まれて育まれている。
 舞人と宇美は今、二機の飛行機が、悲しみと虚しさを引き連れて突っ込んでいったツインタワーと同じ名前の世界貿易センタービルの最上階から見ている、東京の傍観者として。



 彼らは歩き出して南側方面を見る、彼らが歩いてきた品川と田町の街なみと線路が見える。そのまま歩いて東方面を見下ろすと浜松町駅と東京都立旧芝離宮恩賜庭園が望める。
 庭園の真ん中から、半分ぐらいを池が占めている。木々の緑や赤くなった葉や黄色くなった葉を付けた木々が塀のようにその一帯と周りを遮っている。それらが江戸時代のお城のプラモデルを作った時の精密な庭のようなジオラマ、作り物のように見えた。
 二人の、東京の傍観者は東から北へ元のスタート地点へ戻る。すでに一周している、北西南東200メートルを歩いて、地上から152メートルの高さで都内の景観が最大で半径75000メートル見える、そこで東京を一望した。
 かつて舞人と美羽が一緒に行こうと行った東京タワーを正面から見据えた。彼らはまた北から回り始める、他の客はいなくなっている、地上へ帰還したらしかった。二人だけがそこに。
 世界が終わった後に世界貿易センタービルに取り残された二人みたいだった。夕方の日差しで廊下に彼らの影が伸びている。ワックスがかかっているようなツルツルのPタイルが光を反射している。舞人と宇美は西側の東京タワーの正面に見据えるベンチに座る。



「さっき夢を見たよ」
「どんな夢だった?」
「美羽と再会して、さよならした夢」
「わたしとさよならしたの? ハローアンドグッバイだね」
「そう、ハローアンドグッバイ。僕は美羽に呼ばれて東京タワーのテッペンから飛び降りて、いや飛ぶように舞った。気がつくと渋谷にいた」
「渋谷でわたしと出会った」
「死ぬ直前の美羽の叫びを聞いたんだ。美羽は僕の目を見て、舞人ここにいたって言いながら目を閉じた」
「そう、それでお別れをしたんだね、お姉ちゃんと」
「夢の中で美羽の最後に立ち会ってきた。そしてお別れをした。記憶を失ったままの僕は病院で目を覚ました。ずっと寝ていたから動かなくなった筋肉をリハビリして、美羽と過ごした日々のことだけはどうしても思い出せなかった。そんなある日、美羽と名乗る女の子が僕の前に現れて、僕を東京へ連れ出した」
「ええ、美羽の妹の私、潮崎宇美があなたの前に現れた、そしてあなたは今、お姉ちゃんのことを思い出した」
「なぜ、僕の所に現れて、美羽と名乗ったの?」
「お姉ちゃんが残したシナリオには舞人、あなたとの日々のことが書かれてあって、あなたが事故にあって眠り続けてからはその物語は停止したままだった。お姉ちゃんが死んでから私はそれを見つけた。読み続けるうちに私の中に姉がいるような気がしてきた。舞人と美羽の物語の続きを、いやきちんと終わらせてほしいと願っているような。姉が死んで、それからあなたが眠りから覚めたことを知ってからますます私は姉の変わりにあなたを、舞人と東京タワーに連れて行って物語を終わらそうと計画したの」
「計画は実行されて僕たちは今こうしてここから東京タワーを眺めている」
「あれだけお姉ちゃんはあなたを待ち続けたの。だからあなたに思い出してほしかった、姉の、潮崎美羽という人間が側にいたことを、待ち続けたことを知ってほしかった」
「うん、ありがとう」
「思い出さなかったから全てをぶちまけようと考えてた。思い出さないあなたを罵ってしまうかもしれないって。でもあなたはやっぱり思い出した」
「きっと美羽が最後の時間の場所に僕を呼んだんだろうな、思い出せって」
「わたしもそう思う。知って欲しかった、そして知った上で新しい人生をあなたに進んで欲しいと望んだと」
「僕が失った時間と停止してしまった美羽の時間を引き受けて」
「それでも進めと。心が引き裂かれるような苦痛をどんなに味わっても色彩を心に抱いて前へ進めと姉は願った」
「世界は残酷だね、でも優しいなんて矛盾してる」
 舞人の目から涙が落ちた。
「矛盾してるんだよ世界は。そして理不尽で」
「そうかもしれないね」
「でも、きっと優しいの。矛盾だらけで理不尽なに。ふわっと包まれるような優しさもあるんだよ。あって欲しいの」
 宇美は手のひらで舞人の頬の涙の後を拭って彼に口づけをした。
最初で最後のキス」と宇美も泣きながら。
 二人の唇はすぐに余韻を残すことなく離れた。背もたれのないベンチだったから背中を側面の壁に預けた。
 宇美はぼんやりと窓ガラスの向うを眺めている、舞人はそんな宇美のピアスを、カーブド・ティアドロップを見て手を伸ばす。
「このピアスは」
「うん、あなたの物であり、あなたが起きたら返すつもりだった姉の形見」
「形見だね、返してくれる?」
「うん、あなたがすべきものだから」
 宇美そう言うとカーブド・ティアドロップのピアスを耳から外して舞人の手のひらに落とした。
 涙が、舞人から美羽へ、美羽から宇美へ、そして宇美から舞人へと返還される、手のひらに落ちてきた銀の涙を握りしめる。彼は立ち上がって反時計回りして北側に戻って階段を下りる。受付と売店を通り過ぎてトイレに入っていった。
 宇美は舞人が立ち上がってから東側に向かってベンチに座わり庭園の先に広がる東京湾を、自分の名前と同じ「うみ」を、夕方のウォーターフロントを記憶に刻んでいる。
 父に昔聞いたことのある名前の由来は、姉は名前の通りで美しい羽だという意味だった。だけどその羽はもう散ってしまった。
 姉の「美羽」を反対に読んで「宇美」にした、二人がいつまでも繋がっているように。二人を繋げて両親は愛情を持って「みうみ」と呼んだ。
 「うみ」であり、宇宙の「宇」を取り空の意味も付け足した。そこに舞人が現れて、私が姉と彼を繋いだから、空に舞う美しい羽根になった。こんなのは言葉遊びだとわかっている、だけど意味を持たせたかった、私たちの意味を。
 舞人はトイレの洗面台の鏡の前にいる。手に握っていたピアスはポケットにいれて。舞人は耳たぶを触っている、かつてそのピアスをしていた左耳を。
 六年間の間にピアスホールは塞がっていた。他の部分よりも肉が薄いのは触ってわかったからロングカーディガンの前を止めていた安全ピンを長方形の輪から真っ直ぐに指で曲げてその薄い部分に突き刺した。
 ぐいぐいと押して、元々あった場所に新しい穴を開けた。耳たぶがじんじんと痛みと熱をもって、血が流れ出てきて耳たぶから垂れてトイレの洗面台に赤い斑点を描いた。
 トイレットペーパーを持ってきて耳たぶを押さえ、安全ピンを引き抜いてもう一度トイレットペーパーで押さえた、血がみるみると染み込んで行く、顔を洗面台に近づけて耳たぶを水で冷やしてからポケットのピアスを出来上がったばかりの空洞に差し込んでその隙間を埋めた。
 トイレから出た舞人はまた時計回りに台内を歩いた。
 日差しによって影が伸びているのを見た、自分の亡霊のように見えた。記憶という自分の中の亡霊と共に歩いている。
 未来はすり減っていき、記憶だけがこれから先、増えていく、時にはその亡霊に懐かしく過去のことを聞くのかもしれない、一生離れることなく共にそれらと僕は歩くのだと思う、過ぎ去った日々をいつも忘れているような出来事たちと。
 東側のベンチに座っている宇美を見つける。
 夕暮れの東京湾、前方のウォーターフロントを眺めて、まるで時が止まったように動かない。舞人が肩を揺するとハッとしたような目をして我に返ったようだった。
「帰ろうか」
「うん、お腹も空いてきたしね、家でなんか作るよ」
「じゃあ、地上に戻ろうか」
「ゆっくりと舞う羽根」
「何が、ゆっくり?」
「時間ってゆっくり舞う羽根みたい、ゆらゆらと舞いながら落ちて、時折風とか雨とかでスピードが増したり、どこかに引っかかって停止するけどすぐに風に飛ばされるの、一定することがない、進むの、止まることなく」
「僕は亡霊のようなものだと思うよ、過ぎ去った時間とか過去って」
「帰りながら、家に帰ってから話そうよ」
 立ち上がった二人の、舞人の影と、宇美の影が伸びている。二人はエレベーターで地上152メートルから一気に地上0メートルへ、普段歩くことのできる地上へ帰還する。
 宇美は少しだけ前を歩く、舞人はそれに着いていくように歩いている。目の前の浜松町の駅の改札を宇美はいつものように財布に入っているパスモで通り抜ける。何気なく歩くが後ろに舞人の気配がないのに気づいて後ろを振り向くと舞人が改札の前で立っている。
 舞人は宇美の家から何一つ持ってきていない、財布すらも。宇美が改札前に戻って財布を舞人に渡そうとするが彼は首を横に振って後ずさる。宇美は何かが決定的に失われると直感で思った。どこにも行かないでほしいと願う。
 後ずさった舞人はニコッと微笑んでから少し勢いを付けて左右の改札をスーツを着た会社員がパスモやスイカで通るのを横目に改札を飛び越える。駅員はその瞬間を見ていない。左右の会社員が驚いた顔をしただけだった。
 飛び越えた舞人はその勢いで宇美の手を握って階段を駆け上る、時計のような環状線に、止まっていた時計が動き出すかのような循環する輪の中に、階段を上って閉まりかける電車のドアに二人の体がするりと入って、ドアが閉まる。
 電車が新しい時間を描くように動き出した。


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 七階分の階段を駆け上った舞人は屋上への扉を開けた。屋上にはもちろん誰もいない。無人の、東京の取り残された秘密の場所。彼の足が前へ前へと進む。
 目前には巨大な赤い塔がそびえている。彼らの東京タワーだったものが。舞人はカバンから彼女の書いたシナリオを取り出してフェンス越しまで歩いた。
「美羽、君が居た場所に僕もやっと来れた。美羽聞こえるか、僕の声が。聞こえているか。僕らの物語はここで終わるべきだよね」
 シナリオを閉じていたクリップを外した、コンクリートの地面に座ってバラバラになった物語の破片を折り始めた。
 日差しはまだ強くはない、風が後ろの方から吹いてきている。舞人は全てのページを折り曲げて紙飛行機を作った。
 紙飛行機たちはカバンの中に収められ、舞人はフェンスに上る、高さは彼の背よりも少し高い、二メートルぐらいのものでバランスを取って腰掛ける。カバンの中から彼らの、舞人と美羽の物語が東京タワーを目指すように風に乗って舞う。
「美羽、僕らの破片が東京の空に飛んでる、東京の空で遊ぶように泳いでいるんだ、僕らの、見えるか」
 最後の紙飛行機を空に放った、舞人はフェンスから飛び降りた。
 美羽のいる彼岸ではなく、コンクリートの地面のここ、此岸へと。着地すると扉へと走り出した。
 勢いよく扉を開けて階段を駆け下りていく、扉がゆっくりと閉まる。階段を駆け下りていった舞人が、七階分を一気に駆けてマンションから出て東京タワーの方へと向かう。
 空を見上げると彼らの断片を載せた紙飛行機が飛んでいる、舞人は駆けてそれを追い越すように走る、紙飛行機が残像を残すように風に舞い上がっていった。



 去年の終わりから今年にかけて書いた「君たちの居た時間」の終焉部の一部。はっきり言うと今年はこれぐらいしか長い作品を書けなくて、これをこねくり回して長くしたり短くしたりと、たぶん最終的にはようやく四百字詰めで350枚少し。他に最後まで書き上げれた作品はなかった。孕まれたものは出されていない。


 「さよならゼロ年代、もう僕たちは行くよ」というのはこの作品に勝手につけたキャッチコピー。
 読み返したら最後の部分って野島伸司世紀末の詩」のラストの風船みたいになってた。気付いてなかったけど。いろんな人の影響下にあるしそれでも僕なりのやり方で僕というフィルターを通して物語を作りたい。


 この作品は全然ダメだったけどこの作品は私小説みたいな部分が多くて自分を物語らないと次へは行けないような気がしてて。


 そんなわけで書き続けていきます。決意表明じゃなくてそういう事しかしたくないんで、我がままなままでやっていこうと。


 皆様あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 新しい十年期の初っぱなから走っていこうぜ、楽しんで楽しみを飲み尽くそう。もう泣かないで哀しまないで。僕はそれにはもう飽き飽きしちゃったんだ、前の十年は嫌なぐらいに泣いたろ、哀しみにくれたろ。


 だから僕らは楽しんでいくべきだよ、笑っていこう。楽しいから笑ってるの? 笑ってるから楽しいの? 泣いて落ちた涙が地面にたくさん降り注いだ。その涙が地面に染み込んで新しい種が芽吹く。
 その種をどう育てるかは僕ら次第だから。哀しみを知っているその芽が誰かにそっと優しく微笑むように。笑って楽しんでその養分がその芽吹いた花を鮮やかに咲かしていく。


 限りのあるこの生命の時間の中で僕らは生きていく。だから一瞬の中に永遠を閉じ込めて。過ぎ去っていく時間にバイバイしながら。


 今年2010年が皆様にとって良き一年であることを。Happy New Year!!