Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

「風の歌を聴け」

 冬が来た、そう感じる寒さだった。バイト先はドアが開きっぱだし、レジで冷気が風に乗って入ってくるし、小雨が降っていて冷え冷えしていた。暇な感じだった、休日の前日と言えど日曜で月曜は仕事で火曜が祝日だと人はそんなに飲みに行かないのだろうか、あるいは懐が寂しいリーマンショック影響がじわじわ拡大しているだけか。風は強くて季節はただ流れて変わるという当たり前の事を教えてくれる。


 休憩中に深夜のツタヤの本屋で村上春樹風の歌を聴け」の文庫を購入。村上春樹という日本文学界が世界に誇れる作家。そして「チルドレン」がたくさんいるという意味で次世代の作家の多くを送り出すきっかけになった重要な小説家。僕自身は村上春樹作品がそれほど好きではないのだが、僕が読んでいる作家さんがわりと「チルドレン」だったり影響を受けている事がわかってからは読んどいた方がいんだろうなって思い始めた程度。あるいは大塚英志影響が強すぎて好きになれない気もしてる。


 あとはこないだリライトして削って新人賞に応募した作品があって、その賞が群像新人賞だった。僕はたぶん純文学向きじゃないからエンタメ系を書くべきなんだけど、その作品に関しては「私」小説的な部分がかなり大部分を占めていてとかしてエンタメじゃないって思う部分があったから応募した。でその群像新人賞村上春樹が取ってデビューしたのが何十年も前。だからなんかデビュー作というか新人賞を取った作品を読むぐらいはしとこうと。


 休憩室に戻ってからは寝転んで歌野晶午「さらわれたい女」の最後の方を読んで完了。歌野晶午作品は三作程度しか読んでないが、この作品は少し物足りない感じがした、最後の部分で。また時代的に作者が後書きで触れているが91年の時に書かれていて携帯が当たり前でなかったりとかするのでけっこう時代を感じるものになっているトリックとかそういう部分で。
 この作品自体は中田秀夫監督、主演は中谷美紀萩原聖人で「カオス」というタイトルで映画化されている。映画を観ていないのでどうかわからないがこの原作読んだ感じだとそんなに面白そうな気がしないんだが。歌野晶午作品では「ブードゥー・チャイルド」が面白かったし、まあギミックを使って上手く騙された「葉桜の季節に君を想うということ」なんかの方が印象深い。


 仕事が終わって帰る時に風がひんやりを通り越して痛くなってた。走るのが億劫になる。が日曜・月曜と走らなかったために今週は土曜まで続けないと週五走れないなと思った、週五ぐらいは走らないとダメだろうと。
 帰っていつ通りパソコンをオンにしてiTunesPodcastを更新してiPodに取り込んでからジャージに着替える。ここまで冷え込むと汗かかねえしとか思うので、いつもはジャージ上下の下に半袖Tシャツ二枚に長袖のNIKEのドライフィットみたいなやつに、下はジャージの下にサウナスーツのズボン、頭にはタオルを巻いて、とけっこうな重装備だが、今日は寒すぎて長袖の上にサウナスーツの上着を、上半身だけでも五枚着ているという重装備。フルアーマーランナー。


 それでも十分ぐらい走り始めても汗でないぐらいに寒かった。いつも通り「Life」を聴きながらランニングして中目黒方面に。次第に汗ばんできて体が温もってきた。三十分ぐらい走るとどのくらいの距離まで来れるかがもう把握できてて信号渡って歩き出したらドバッて汗が吹き出てきた。問題は寒すぎてすぐに汗かいた部分が冷え込むという拷問。家の近所まで帰ってきて緑道を歩いていると前に見かけた毛色が金色に近い黄色な野良っぽくない猫が現れた。


 しゃがんで、手をグーにして差し出してみると(これって犬用だったっけな)近づいてきて足に体を擦り寄せてきた。こいつは飼い猫に違いない、やけに愛想がいいし、人慣れしすぎている。警戒心がまるでねえ〜。家近くだったから走って家まで帰ってデジカメ持って戻ったら消えていた。で帰ろうとしたらまた現れたので至近距離で写真撮ったり、触ってみたりした。首輪がついてたような跡があったから飼い猫なんだろうな、しかしうちの近所をテリトリーにしている猫よりも一回り以上デカイ。そして何より愛想がある。しかし、こういう猫はなんていう種類なんだろう、僕は知らない。













 帰ってから一通り諸々を済ましてから「風の歌を聴け」を読み始める。買った時に思ったけどすっごい薄い。一時間いらないなって思ったらだいたいそのぐらいで読み終わった。時代性とか発表時から時間がかなり経っているけどやっぱりキザな印象を受けてしまう。寝た女が三人でその女の子の事を書いていたりとか、まあデビュー時から彼の世界観と言うか空気感は今に繋がっているから驚きはないけど。というか作家はずっと同じテーマをずっとシチュエーションとかキャラ変えて書き続けると思うし。


 女性の描き方が、新潮の長編である「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」「1Q84」や僕が他に読んだのは19とかの時だったからあんまり覚えてないけど「ノルウェイの森」「スプートニクの恋人」を読んだ時に受けるもの、なんていうか村上春樹さんの作品に出てくる女って感じが非常にする。なんだろうな、あの感じは。僕からすると村上春樹作品に出てくる女にリアリティがどうもないんだよなあ。


 短いので読んだぞって感じはないけどこういう原点から始まったんだなってのはわかった。村上春樹さんと保坂和志さんは猫が好きな作家さんなんだよな、なんかわかる気がする。で、村上さんに影響を受けている古川日出男さんも猫好きだし、第三作目「アビシニアン」だったし。作家って猫好きな人が多いのか、犬好きな人もいるけど、僕が最近読んでる人たちがそういう人が多いだけか。


 こないだ読み終わった「スローターハウス5」を書いたカート・ヴォネガットなどのアメリカ文学に影響を受けた文体で都市生活を描いたのが村上さんらしい、なんか最近先祖巡りというか影響を受けた作家さんが影響を受けた作家読んで、さらにその人が影響を受けた物語とか作家を読んでいる、いつの間に。堂々巡りってわけじゃないけど先祖帰りみたい、いろんな物語に潜んでいる意志とか言葉にならない何かが読者に引き継がれていっている、いろんなものは繋がってしまうというか繋がりの中にしかないのかもしれない。

さらわれたい女 (角川文庫)

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風の歌を聴け (講談社文庫)

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猫に時間の流れる (中公文庫)

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沈黙/アビシニアン (角川文庫)

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