Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

『ぼくは何故、『まんがの描き方』を海外で教えるのか』


 本屋大賞1位な『鹿の王』を。上下巻を土曜日までに読まねば。



九尾の狐



長谷川博己が亀を手にパニック、園子温監督『ラブ&ピース』予告編
http://www.cinra.net/news/20150421-loveandpeace
映画『ラブ&ピース』予告編

 園さんのずっとやりたかった作品(長谷川さんの役を清志郎さんに十何年前にオファーしたことがあったみたい)で、博士さんもマキタスポーツさんも出演してる。僕も人形遣いでお手伝いに行っていたのでエンドロールでクレジットしてもらっていた。
 ただ予告編の最後に試写とかで観に来た人が涙ぐんでるシーン入れるのとかダサいと思う。最後にアスミックエースって出てきてだからかと思った。
 この作品の長谷川さん演じた主人公がどこか園さんのブレイク以降と重なるというメタ感もありつつ、自分や周りに批評的な作品になっているのは偶然なのか意図的なのか。


 

 前に有田にオススメしてもらったジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』は本当に僕の大好物なタイプの小説で、形にできなかった初生雛鑑別師だった大叔父の話を書くにはあのスタイルでやるのがきっとベストだと思う。文庫版の装丁もいい! 最近のハヤカワの復刊計画はデザインもいいし素敵だ。






 大塚英志さんの「ぼくは何故、『まんがの描き方』を海外で教えるのか」を聞きに。会場に入ったら大塚さんと中国の生徒さんが石ノ森作品について話している。本よりはwebに向いているマンガについて話していた。講演会なんだが高齢の人がかなり多かった。そういう場所というか環境なのかもしれないけどこの講義はマンガ界隈の編集者や漫画家志望は聞いた方が面白いと思うし映画関係の人ももっと来たらいいのにと思った。
 まあ、日本のマンガの映画的手法を持ち込んでいる、モンタージュ理論から成り立っていることや鳥獣戯画や浮世絵が日本のマンガの元だったり起源ではないということ(そういうことを言い出した人がいたらしくそれが定説みたいになったが、どう考えても手塚治虫の絵はミッキーなんかのアメリカのキャラクターのパクリから始まっている。日本のマンガと鳥獣戯画や浮世絵は日本の文化だが別物である)、15年戦争時に少年だった手塚治虫たちなんかはエイゼンシュテインモンタージュ理論をすでに組み込んでいた。それが戦後に彼によってより精度が高くなって日本のマンガの基礎になっていく。
 石ノ森章太郎のマンガの書き方を当時新人類世代の大塚さんたちは読んでいたからそれが基礎教養的にあった。
 大塚さんが海外でやっていることとクールジャパンというどうしようもない政策についての話もよかった。そりゃあ、韓国や中国の人たちのしている方が文化戦略としても正しいし。日本の文化が受け入れられているのは本当に一部のマイノリティな人たちだけでマイケル・ジャクソンだったりレディー・ガガみたいなポップカルチャーではない。ごく一部の愛好家がいるだけでそしてそのマンガの読者は「作り手」としてもマンガを描いている。そうやって文化は広まっていく。海外の移民やマイノリティーに日本のマンガが受け入れられているのは日本のマンガが多国籍だからだという話も大塚さんがしていた。
 


 講演聞いてて学生時代に授業を受けたかったなあと思った。終わった後にご挨拶して西島大介さんにお世話になってますと言うと微笑んで広島で元気にやってると聞かれた。西島さんの娘さんが小さい頃にデニーズで大塚さんに会ったときの娘さんを可愛がっていたという話を思い出した。ずっと『摩陀羅』や『多重人格探偵サイコ』を読んでいた僕は大塚さんに話かけるのだけですげえ緊張してしまった。

ならずものがやってくる (ハヤカワepi文庫)

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TOBIO Critiques ♯1

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アンラッキーヤングメン クウデタア

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