Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

『サニー 永遠の仲間たち』

 昨日とかこの数日ツイッター等で水道橋博士さんや小説家の樋口毅宏さんやライターの松谷創一郎さんが韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』を絶賛されているのを見てそうかあちょいと観に行ってみようと思い立って渋谷のBunkamuraのラ・シネマの初回を観に行った。


 お客さんは14人ぐらいしかいなかったかなあ、全然入ってなかった。韓流とかK-POPがここまでなってるけどこの手の作品には惹かれないのかな。『母なる証明』観に行った時も入ってなかったけど。




監督 カン・ヒョンチョル
出演 ユ・ホジョン(現在のナミ)、シム・ウンギョン(高校生のナミ)、チン・ヒギョン(現在のチュナ)、カン・ソラ(高校生のチュナ)、コ・スヒ(現在のチャンミ)、キム・ミニョン(高校生のチャンミ)、ホン・ジニ(現在のジニ)、パク・チンジュ(高校生のジニ)、イ・ヨンギョン(現在のクムオク)、ナム・ボラ(高校生のクムオク)、キム・ソンギョン(現在のポッキ)、キム・ボミ(高校生のポッキ)、ミン・ヒョリン(高校生のスジ)


映画「サニー 永遠の仲間たち」予告編


ストーリー・裕福な夫と高校生の娘と暮らす主婦のナミ。見舞いに訪れた病院で高校時代の友人・チュナに再会する。転校生のナミを仲間に入れてくれたチュナは、7人グループ・サニーのリーダーだった。ガンで余命二ヶ月だというチュナはサニーの仲間に会いたいと言い、ナミは仲間たちを探す事に。保険セールスレディのチャンミ、セレブ主婦のジニなど、次々に仲間は見つかるが、ある事件で離れ離れになったスジの行方だけがつかめない…。(goo映画より)




 主人公たちは現在四十代になっている。そして高校生時代がオーバーラップしながら物語は展開していくのだが韓国の80年代とは政治の季節だったようで、勉強不足で詳しくはわかってませんが村上春樹ノルウェイの森』みたいな季節ですね、日本だったら。
 機動隊っていうか軍?と若者たちが衝突するシーンとかも出てきますのでその辺りが詳しいとさらに物語に入って行けるのかもしれません。
 でも僕は問題なかったです、『モテキ』でいう所のかつてシブヤ系とかがあってっていう作品のバッググランドにあるようにみえるそういう季節がかつてあったみたいな風景として見れると思う。


 現在から過去の想い出のシーンに行く辺りの演出とかも観ててスムーズに展開されていてよかったです。
 学校への道で主人公のナミが立ち止まっているとぶつかってくる女子高生がいたりして今は制服なんだけど昔は私服だった。私服の女子高生がぶつかって文句を言われてからナミのまわりをカメラが回り出すと私服で登校してくる女子高生たちがいる。一周すると現在のナミが田舎からソウルに引っ越してきて初登校の日で不安で立ち止まっている描写になり高校時代が描かれていくという演出でこういうのが何度も現在と過去を結びつけていて見てて上手いなあと思った。それは違和感を感じさせないで物語に意識が向けられる展開だった。


 絶賛している人は四十代に入っている人や三十代後半だったりして思春期だったりを80年代で過ごしているので余計に彼女たちに感情移入しやすいのではないかと観る前には思っていた。


 僕らのそういう季節は九十年代で阪神淡路大震災やオウム地下鉄サリンエヴァだけじゃなかった。西島大介さんの『I Care〜』みたいな九十年代を過ごした世代の反復とリボルトとして表現はこれからポップな散乱銃として徐々に現れリフレクションしてほしいなと前から思ってる。
 って僕は観る前につぶやいたんだけどたぶん四十代ぐらいになって子供とかいると子供が高校生とかになった時に自分たちのその時代を相対化して冷静に見れたりするってのもあるだろうからその世代がある一定の年齢になるとそういう表現って出てくるのは当然の事で。あとはそれが上手いかどうかとか響くかどうかってのが大事。


 ナミの子供は高校生で、彼女がかつて母に言われたような事を娘にも言っている。そうやって母の気持ちもわかり昔の仲間に再会する事で高校生時代の気持ちが戻ってくるから娘の気持ちも前よりも近しいものになっていく。


 女子校という極めて閉じられた世界の中で彼女たち七人は「サニー」というグループを作る。そこは秘密の花園。男子校ならばホモソーシャルな世界を、女子校ならばレズビアンな世界を形成する。
 仲の良い七人の中心としてリーダーのチュナがいる。商業高校の同じようなグループを作っている連中とケンカしたりダンスを練習していたりする。田舎から来たナミはチュナに向かい入れられてそのグループに入る事で友だちを得て次第に新しい環境に馴染んで行く。そこを彩る七十年代・八十年代ポップスがある。


ボニーM/Sunny


 教室の中は制服ではなく私服でみんなバッグも指定のものなんかじゃなくてほとんどNIKEだったりする。そのことでナミは家でみんなNIKEなんだよっ!って言ったりするシーンとかあったり一気に流行ったとかそういう時代的なものもあるんだけど田舎から出てきたコンプレックスをうまく表現しているし、そのコンプレックスさえものちに仲間との一人と絆を深めていく伏線になっていくのでそれも上手く機能している。


 左から哀しみを抱えて歩いている高校時代のナミ、右から歩いてくる現在のナミがベンチに隣同士に座って四十代のナミが高校生の泣いているナミを抱きしめているシーンがある。
 現在と過去のナミが出会うというのは実際にはもちろんありえないのだけどそれは現在の彼女の心象風景としてあり、僕らだってかつて体験した哀しみや痛みに打ち震えている自分がいたら抱きしめてやりたいと思うだろう、今だからこそその余裕に似た愛しさで自分を抱きしめる何かがある、それは様々な経験を経た上でだけども。


タイム・アフター・タイム タック&パティ


 ナミが好きになった大学生とのやりとりや、彼女が彼に振られるわけでもなく甘いその恋心が崩れしまう辺り、そして四十代になった彼女がそのかつての想い人に会いに行ったりするというのはやっぱり何十年経っても気になってしまうんだろうなあって。
 まあ今だったらSNSで検索したら見つかるだろうし学校とかのコミュニティで再会とかできちゃったりするんだろうけど、想い出だからずっと心の奥底の自分だけの泉の中でキレイなまま残ってたりして。探さなきゃいいのに、再び出会わない方が幸せだったり現実を知らない方がいいとしても人はその感情の揺れに抗えないんだろう。


 文化的な違いも楽しかったりする。どんだけ整形当たり前なんだよっとか。仲間の一人は顔が変わりすぎててみたいな件は日本だったら笑い話にできないもんなあ、公にする事だったりネタではないから。
 でも韓国はそれは当たり前のものだから八十年代のシーンでも整形するみたいな話があって現在に母校を訪ねて担任の先生に会って話してる時にその先生が通りがかった生徒に整形した?キレイになったわねえみたいな台詞があったりしてた。


 で、専業主婦な主人公のナミの娘はイジメじゃないけどカツアゲとかされててそれを知ったナミは仲間たちと・・・みたいなやつとかは爽快でもあるんだが娘自身はそれを解決できてないしそういう仲間ができればいいなって思うけど娘の物語じゃないからあんまり気にしなくていいのかな、たぶん。


 旦那は二ヶ月ぐらい出張で居なくなっててチュナは余命二ヶ月な設定だったりして、高校時代の初恋の人ともまあ恋人とかになるわけでもない。極めて男性性が排除されている。
 NHKの朝ドラ『カーネーション』では女系家族だったわけだが糸子の家系は女史ばっかりだし旦那は戦死するし戦争終わればかつて糸子の前に立ちはだかった父性は死んでしまう。そして糸子は家長として父性的なポジションになっていく、で男を囲ってみたいなまあ宇野常寛さんの「糸子のために」の受け売りですがそこと『サニー』の高校時代の親友たちとの距離感というか物語上の父性・男性はほぼ排除されている感じは近いなあって思って、それは『魔法少女まどか☆マギカ』もそうだった。


 異性が物語に交わってくるといないわけではないが彼女たちの世界で大事なのは異性としての男ではなく同性の仲間であって、同性愛にも似た感情が彼女たちの間にありそれ故にこれらの世界は『サニー』も『まどマギ』も同性愛に似た近しいものだからこそ物語の精度は高くなっているのではないか。
 『まどマギ』でまどかとほむら、さやかと杏子の関係は異性との恋愛感情ではなく閉じられた同性の想いだから、友人異常恋人未満に似たものだからある種の萌え要素や世界観の構築が高まった気がする。


 『サニー』においてはかつてチュナと仲の良かった女の子がナミに絡んでくる辺りはどの同性愛に近い感情のなんであの子にあんたが気に入られてわたしがのけものにされるのよ!という憎しみに似た想いが憎悪に変わり物語に介入されている。
 ナミからシンナーをやって友だちじゃないとチュナに言われた少女にやられそうになったナミを救うのは七人の中で口数も少ないが圧倒的な美人であるチョン・スジであってその事と後に起きる出来事への流れなども観ていて息をのんだ。


 彼女に起きた出来事で彼女が鏡を見るシーンとか。



↑この人なんだけど日本でもこういう顔の人いたよなあって思いながら観てた。凛とした表情っていうかね。桃生亜希子さんに似ている気がする。


 最後はみんなが集まるかどうかなんだけど。優しい日差しが差してくる感じで終わりというかこれは本当に素晴らしい映画だなって思った。


 『サニー』のリメイク権を買い秋元さんに許可をもらい現代の四十代を元おにゃんこの方々に、少女時代をAKB48のメンバーにしてある種メタフィクション的に語ることで日本版として成立はしないだろうかと観終わって思ったりしました。

 今年映画館で観て上半期だと『ヒミズ』『ドライヴ』『サニー』は素晴らしかったです、いやあちょっと感情ごちゃ混ぜになるわっ!みたいなこないだ試写で観たもうすぐ公開な『ベルフラワー』も。


 今年は園さんの『希望の国』が秋とかに公開されるんでまた感情掻き回されると思いますけど早く観たい。