Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

「愛について語るときに我々の語ること」

 COYOTE No.35 特集 ロバート・フランク―はじまりのアメリカ―が本日発売。黒田育世×古川日出男の舞台『ブ、ブルー』の原作小説が古川日出男さんの書き下ろしで載っているらしいのでとりあえず読もうと。
http://www.coyoteclub.net/catalog/035/index.html#


 COYOTEは前の特集「Go!Go!Oregon」の時にだけ購入した。読みたかったのは「作家の最後の場所 レイモンド・カーヴァー」ってのが載っていたから。僕が専門時代のシナリオのゼミの我妻先生に短編とかならまずはレイモンド・カーヴァーぐらいは読めって言われて。
 我妻さんがその時に僕に勧めたのは「愛について語るときに我々の語ること」に収録されていた「出かけるって女たちに言ってくるよ」で読んで短編でこんなにも話が収縮されていて余韻が残るんだって思ってカーヴァーは好きになって読み始めた。海外の作家で好きなのはカーヴァーとチャールズ・ブコウスキーでこの二人の短編小説はビビットでえぐられる。


 文化系トークラジオ「Life」一月放送「未知との遭遇」のタイトルとかから勝手に書いてみた短編。
 最後の方で少し悪ふざけな感じになったけど勢いで書いてしまった。


Ben Kweller - Penny On The Train Track (Live Letterman)

サウンドトラック代わりに。


 PHASE 1


「前のレジどうぞぉ〜」と宮林武は言っていた。給料日後には大量買いをする客が並んで混むので行列ができる。二台のレジが横並びなっていて、もう一台のレジの、宮林からすると右側に一列に客は並んでいる。
 隣のレジのバイトはiPodをスピーカーに繋げて大音量で最近の曲を流していてうるさい。だから宮林は大きめの声で次の客を呼んでいる。彼に文句を言いたいが言えない。宮林は出向と言う名の首切り要員としてこの店舗に配属された。この店舗で4店舗目だった。けっこうたらい回しされている、だが辞めるわけにはいかない、この年でこの不況で次の職を見つけるのは容易ではない。彼が二十数年働いていたスーパーのチェーンがこの今レジをしている大手のディスカウントストアに買収された。買収した会社は人員削減として宮林の会社の数百人の社員を出向として各店舗に配属していた。多くの仲間が辞めているとは聞いている。だが、私はまだここでがんばらなければならない。年金までは長い、といってももらえるのかはわからないが・・・・。
「そのまんまでいいっすよ」
 宮林がレジをしているカップルの男がそう言った。決まりとしてコンドームや生理用品は茶色い袋にいれる決まりなのだ。若いんだしすぐに使うよなと思ってコンドームを「おそれいります」と丁寧に言ってそのままレジ袋に入れた。
 それにしてもここまで忙しいのは何か俺に怨みでもあるんだろうかと宮林は思う。しかし、少し手が空けば、今後のことに思いを走らせている。
 辞めるにしろ、この先自分に何ができるのだろうかと。辞めるにしろ自分で辞めるのと辞めてくれと言われるので退職金も違うわけだし、どうしたもんかなあ、嫁も最近は哀しげな目で俺を見ているような気もするし、辛いよ、俺。なんでこんなことになったんだろう。
「お隣のレジどうぞ〜」と隣のバイト君の声で我に返る。彼を見たらすごく睨んでいる、若者怖い。


 白倉和哉と大塚美知は手を繋いで歩いている。和哉はさっき寄った店のレジ袋を下げている。美知は今日会社であった同僚の失敗談を楽しそうに話している。和哉は聞いているような、聞いていないようなどちらともとれない表情で相槌を打っていた。付き合って七年が経って、お互いに二十七を過ぎた。最近は何か結婚したいオーラを美知が出しているのが少し嫌だった。
 ゼクシィのCMをたまたま見てしまった後に美知に見つめられると和哉は目を反らしてしまうか立ち上がってベランダにタバコを吸いに行くのがここ最近の習慣になってしまった。
 家に着いてからゆっくりとテレビを見ているとまたゼクシィのCMが流れた。和哉は立ち上がってタバコを吸いに行こうとすると手を美知に引っ張られた。どこか泣きそうな顔の美知がいた。美知が引っ張るので隣に座ると今度は美知が立ち上がってベッドの方に引っ張っていかれて珍しく押し倒された。
 七年も付き合っているからお互いの体は見飽きているし、そこからはいつも通りの展開だった、だけどその日はやけに美知が積極的な日だった。途中から美知の目が怖いぐらいにキレイな感じに潤んでいて和哉はどことなくやばいと直感した。美知が何かを覚悟しているような目だったから。
 その後の展開は本当にミスチルの「隔たり」の歌詞みたいだった。だからあの日のことを思い出すとその曲が脳裏でリプレイするようになった。何かを覚悟した人の目はあんなにも怖くて魅力的なんだと近くにいたのに知らなかった彼女の新しい一面だった。


 PHASE 2


 和哉が寝ている隣で美知はノートパソコンを開いてラジオを聴いていた。その音で和哉が目を覚ましてトイレに行って戻ってきた。
「何? ネットでラジオ聴いているの?」
「うん。最近入ってきた後輩の子にね、奈緒ちゃんってすごく文化系の子がいて。漫画の趣味とか音楽の趣味がすごく合うんだけど、話してたらこの『Life』ってラジオ、きっと先輩なら気に入りますよって言われて最近聴いてるんだ。ポッドキャストとかでさ」
「ふーん、そうなんだ。おもしろいの?」
「パーソナリティのチャーリーって人が自意識結構出てる人でさ、自分の好きなことを話す時に周りを気にしてないっていうのがなんかかわいいの。でもマジメなことも言うしさ、なかなか面白いよ」
「えっ、チャーリーって外人なの?」
「日本人だよ、愛称だって」
「変わってるね、その人」
「変わってるよねえ」
「最近ラジオって聴いてないや」
「昔聴いてたの?」
「受験の時とか聴いてたし、ジュディマリとかラジオ繋がりで知ったよ」
「その話知らない、教えて」
「言ってないかな、言ったような気もするけど。中学一年の時なんだけどさ」


 中学一年の和哉は卓球部に在籍していた。
 田舎の学校で一学年三十人の二クラスという少人数の同級生がいた、基本的にみんな顔と名前は一致するぐらいの人数だった。
 彼が仲良かった卓球部のメンバーは休みの日になると友人の藤谷健の家に遊びに行っていた。理由は中学生らしいもので、彼の家の隣には同級生の中では可愛いとされていた大崎薫の家があった。
 彼の部屋からは大崎家の風呂場が見えると言われ思春期に入り始めた一同はそんな興奮を持って彼の家に集った。
 はっきり言えば彼女の入浴シーンをドラえもんのび太のように見たりすることはできなかったのだけど、かわいい子が近くにいるということが彼らにとって重要でそこに集まってどうでもいいことを話すことで彼らは一体感を持つようになっていった。
 ある日、彼らが健の家に行くと彼が嬉しそうに良いものを聴かせてあげるよと言った。彼はいつも冷静なのだが、その日はテンションがいつも比べて高かった。カセットテープをラジカセに入れた。
「昨日ラジオでこの曲聴いて一気に気に入ってその後いろんな番組聴きながらまた流れるのを待ったんだ、で流れたからこのテープに録った」
 悦に入ったような満足げな顔の健が再生を押すとテープが回りだしてジュディアンドマリーの「Over Drive」が流れ始めた。彼らはそれまでオリコンのベストテンに入るような曲はなんとなく聴いていた、周りとの話に合わせるためで、自ら新しい曲を探したり売れる前のアーティストをチェックするようなタイプではなかったからジュディマリの名前もまだ知らなかった。
 和哉は初めてその曲を聴いて一気に気に入った。だから健に聴き終わった後にもう一回と言って巻き戻してもらってまた聴いた。みんな気に入ったみたいでその日だけで十数回聴くことになった。
 健の家は坂の上の方にあり、帰りは自転車で下り坂をペダルを必死にこいてスピードを出して駆け下りた。頭の中では「Over Drive」のサビがずっとリフレンしていた。空は夕焼けのオレンジに染まっていて気持ちよかった。和哉は坂を下ってその勢いのままに一番近くのCDショップに向かった。
 和哉が意識的に売れているとか話題になっているとかそういう理由以外でこのCD買いたいと思って買った最初のCDになった。だから、その後、健が登校拒否になって会うことがなくなっていっても「Over Drive」やジュディマリの曲を聴くとあの日のラジカセから流れた光景と坂道を和哉は思い出す。


 PHASE 3


 朝九時過ぎの区民プールは空いていて宮林はのんびりと平泳ぎをしている。宮林は出向していた店舗の店長から肩たたきをされて職を失った。再就職は難しく清掃員のパートを週四回で深夜にしている。
 妻は退職してすぐに離婚したいと言い出して若い、と言っても少しだけ年下の男の元に去っていった。荷物を取りに来た時に今まで宮林が見たことのない服と化粧をしていて、俺が知らない間に彼女は変わっていったんだなと思いながら部屋から見送った。この十五年という月日は私たちにとって何だったのだろうかと思えば思うほど寝れなくなった。だからプールで泳ぐことにした、疲れればぐっすり寝れるからだった。
 幸いというか元嫁が言い出した離婚だったので退職金は手元に残った。だからパートでなんとかなった、再就職もする気がなくなっていった。
 真剣に泳ぐことが生きている理由にすらなり始めていた。自分の限界をどんどん越えて体力もどんどんついていった。宮林の中にはある妄想めいた考えが沸き始めた。東京湾を泳ぎたいという欲望が、魚のように泳ぎたいと思うようになっていた。もっと正確に言うと海で水の中で暮らしたいとすら思うようになっていた。


 一年が過ぎ宮林は五十近くの肉体には見えないほど筋肉質で引き締まったものになった。彼の中では海に出ようとする欲望のみが肥大化していった。彼は決意して、もうこの世界に未練はなかったからほぼ自殺に近い形で海に出ようとしていた。
 深夜の四時過ぎの暗闇の中、目黒川に飛び込んで泳ぎ始めた。川から海へ出ようと考えた、いきなり海で泳ぎ始めるのはつまらない、これは儀式だから、過程が大事だった。途中何度か亀にぶつかったり魚にちょっかいを出されながらも海を目指した。
 天王洲アイルを越えて東京湾に入った。体力はまだ残っていた。しかし急に引っ張られるように体が重くなりだした。体が沈み始めていく、目を開くと見えるはずのない暗闇の世界が感じるように見えてすぐに気を失った。
 気がつくと海中の底の方に座る形になっていた。目を開けると目の前の小さな何かがいた。なぜ自分は海の中で息をせずにいれるのだろうと思うともう俺は死んだのだと彼は思った。目の前の何かが動いた。
「まだ死んでないよ、あなたは」
 その物体に話しかけられた宮林は目を凝らしてその物体を見つめた。それは二十センチぐらいの小さいおっさんだった、おっさんと言っても自分と同じような年に見えるが、なにしろ小さい。しかし声は女性のものだった。
「どうも初めましておっさんの妖精です」
「はあ? おっさんの妖精?」
「この名称は気に入ってないのだが、そう呼ばれているので」
「ここは死後の世界でしょ、あなたは神様じゃないんですか?」
「いや、違うけど。神様じゃなくて妖精です」
「妖精って、おっさんの」
「ええ、おっさんにおっさんって言われるのはなんだか妙ですが」
「ここはなんですか?」
「私たちの、おっさんの妖精の集まる場所です。あなた川から海へ目指して泳いできましたよね、死ぬつもりで」
「ああ、はい」
「それってね、実は妖精になる儀式なんですよ、であなたは知らずにしちゃったからまだ死ねないんです」
「でも、これって死んでるんじゃあ」
「わたしたちの力で今あなたを生かしてます」
「わたしたちって」
 そう言うと小さな様々なおっさんの妖精が現れては消える。
「ねっ、私たちです」
「ああ、そうですか」
「びっくりしないんですね」
「驚きが凄すぎるとびっくりしないものですね」
「なるほど。あなたはおっさんの妖精になる資格がありますけど挑戦しますか?」
「挑戦してなれるんですか?」
「ええ、けっこう簡単ですけどね、やることないわけだし、やらないと死んじゃいますけど、やった方が楽しいと思いますよ」
「ええ、そうですか、死んじゃうなら、じゃあやってみようかな」
「内容は簡単です。これからあなたは私たちと同じサイズになって俗世間に帰ってもらいます」
「そのサイズに、危なくないですか」
「まあ犬とか猫には気をつけてくださいね、あとネズミもこのサイズだとすっごい怖いですから」
「一般家庭とかに遊びにいく感覚で忍び込んだりしてください。でこの姿は普通の人には見えません。でも一部の人には見えます」
「一部の人っていうのは?」
「なんていうんですかね、コウモリとかイルカとの超音波ってあるじゃないですか、でもあれって普通の人間には聴こえないんですね。見るっていうのも実はその波動を捉えれるかっていうので見えるか見えないかってわかれるわけですよ。だから一部の人にはこの姿見えます、波動が合う人には。でその人に流されてください」
「流されるんですか。えー、わかったような、わからないような」
「とりあえず行ってください、どうぞ」
 宮林の胸の辺りに渦巻きが、ブラックホールができて内側に吸い込まれていく、全てが吸い込まれて宮林の姿は海中から消えた。


 頬を舐められているような感触で目が覚めると、小さくなった宮林の目の前に巨大な三毛猫がいた。猫ってこんなにもデカイのか、おや俺が小さくなりすぎたのかと思うと食われるんじゃないかと恐怖感が生まれて、宮林は一気に走り出した。それを追い掛けて三毛猫が走り出してきた。すぐに追い抜かれて目の前に止まった。そして「ニャア」と言ったのがなぜか「乗れ」に聞こえた。三毛猫の背中に乗るとすぐに走り出した、ロデオマシーン状態のまま体験したことのない早さで猫が走る、跳ぶ、走るとあるマンションの一室のベランダで下ろされた。どうやらここの飼い猫らしくベランダには餌皿が置いてあった。
 扉が空いて赤ん坊を抱っこした母親が出てきたので、観葉植物の後ろに隠れた。猫が甘えた声で鳴いた。宮林はその母子を見ている。赤ん坊がこちらを見ていて、視線が合った。どうやらこの子は波動を捉えているらしいことはわかった。


  PHASE 4


 宮林はその家に落ち着いた。時折猫に連れられて外出もするのだが、どうやら母親には見えないことはわかった。プラス父親にも見えてないこともわかった。赤ん坊は最近歩き始めている。赤ん坊の両親はビデオを回しながら喜んで我が子を撮っている。宮林はなぜか自分がおじいちゃんになったような気がしてきていた。こんなに近くで他人の子供の成長を見守ることになるとは思ってしなかったから。
「なあ、美知。由季たまになんかに手を伸ばしたりするけどなんでかな」
「わかんないけど、運動みたいなもんじゃないの〜。ねえ洗濯物をいれといて」
「はいよ、由季ちょっと待っててね」
 時折この由季という赤ん坊は宮林を捕まえようとする。和哉が離れた由季は宮林に近づいてくる。捕まえるとおもちゃのほうに扱う。よちよち歩きの由季に乱暴に振り回されながら。美知が料理の手を止めて由季を抱っこする。
「いっぱい歩けたね、よしよし」
 尿意を感じた由季が泣き出す。美知はそれを察知して由季をトイレに連れて行く、早めにトイレですることを教えようというのとおむつを買い忘れていたという理由で。用を済ました由季に流すボタンを押すように美知が教える。一回押して流すともう一回由季が楽しそうに押す、手から宮林はトイレの中に落とされてトルネードのようなうずまきに巻き込まれていく。配水管に落ちていく中で宮林は消える、あの時の海中に彼は呼び戻される。
「まんま、まんま」
 由季が言葉を発すると美知が和哉を呼ぶ。
「今、まんまって二回言ったよ」
「由季、パパ、ぱーぱって言ってみ」
「由季、ママ、まーまだよ、言えるかな〜」
「まんま、まんま」
「ぱーぱって言わないなあ」
「まあ、ほぼまんまってまーまよね」
「ええ、それはどうなの」
「いいの、まんまにしよう」


      了

Coyote No.35 特集:ロバート・フランク はじまりのアメリカ

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愛について語るときに我々の語ること (村上春樹翻訳ライブラリー)

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町でいちばんの美女 (新潮文庫)

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Changing Horses (Dig)

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Ben Kweller

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