Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

『この町には行くところがない』


 『官能教育』三浦直之×山本直樹『この町にはあまり行くところがない』を観てきた。濡れて湿りながら滴る音、ひらがなでぴちゃぴちゃと、ぬめりながらしろくてあまい。混ざり合う箇所と重なることのない想いを。少女の濡れている部分に触れる指先、ぴちゃぴちゃと鳴る。どこか興奮しせつなかった。



『この町にはあまり行くところがない』
生まれた町には特になにもなかった
国道沿いにあったコンビニだって潰れていた
僕が東京から帰って見たら近所の家々は新しく建て替えられたか更地になっていた
大きな街の新幹線が停まる駅からバスに乗って帰る
国道沿いの景色はほとんど変わらない
墓石を作っている作業所みたいなとこも使ったことのないラブホもまだある
どんどん生まれた町に近づいてくる
曲がりくねった川が視界の隅にうつる
途中で小学校が同じだった男の子がなんにんかの集団で乗ってくる
彼は特殊学校にいた子だったが大人になった今は
あの頃の雰囲気をそのまま年取った感じでなにかが哀しい
その集団は大人しく窓の外の景色を見ていて
それぞれの家の近くの停留所で降りていく
大きな銀行が見えてくる前に僕は降りる
そこは祖父が亡くなった病院のところで
最後に見た時には半身不随で手を握るとなぜか僕だとわかったという
祖父がなくなったのはゴールデンウィークの初日で
いきなりのことだったから新幹線も乗車率が100%を超えていたから
品川から最寄りのその大きな街の駅までほとんど立っていた
バスから降りて病院の隣にあって潰れていないコンビニに寄る
知り合いには合わないままで買い物をして
国道沿いを歩いていく
通り過ぎる車にもしかしたら同級生が乗っているかもしれない
だけど僕も彼も彼女もきっと気づかない
歩いている町にはほとんど行くところがない
帰ってくると傾斜の激しい丘みたいな場所にある墓に参る
家の墓はかなり高いところにあって町が見渡せる
どこにも行けないと思っていた風景が広がる
5時になると時計台みたいなところから音楽が鳴る
いつも聞いていたそれはまだ鳴らない
背景にある木々が揺れる
遠くにあるさっき歩いていた国道沿いの車の音が小さく聞こえる
丘の上から町を見てもどこにも行きたい場所がない
急な坂を下って家に向かう
見慣れた家も古びていて家族も年老いている
道路を挟んで母屋にの反対側にある倉庫みたいな離れ
そこの二階が高校生からの僕の部屋だった
深夜に窓を開けて国道の方を見ると赤信号がずっと点滅していた
一階には毎年つばめが帰ってくる
巣立ったどれかが親鳥になって帰ってきて子育てをする
永遠と続いている帰巣本能が一階にはある
僕はここから出て行ったのはまだここがあるからだ
だけどここに帰ってくる理由もどんどんなくなっていく
この町にはあまり行くところがない

世界最後の日々

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