Spiral Fiction Note’s diary

ライター&Webサイト編集スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「BOOKSTAND」で「月刊予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

『夢売るふたり』


監督・脚本:西川美和
出演:松たか子阿部サダヲ市澤貫也、田中麗奈鈴木砂羽安藤玉恵、江原由夏、木村多江、やべきょうすけ、大堀こういち、倉科カナ伊勢谷友介古舘寛治小林勝也香川照之笑福亭鶴瓶



「ゆれる」「ディア・ドクター」の西川美和監督がオリジナル脚本で描く長編第4作。料理人の貫也と妻の里子は東京の片隅で小料理屋を営んでいたが、調理場からの失火が原因で店が全焼。すべてを失ってしまう。絶望して酒びたりの日々を送っていた貴也はある日、店の常連客だった玲子と再会。酔った勢いで一夜をともにする。そのことを知った里子は、夫を女たちの心の隙に忍び込ませて金を騙し取る結婚詐欺を思いつき、店の再開資金を得るため、夫婦は共謀して詐欺を働く。しかし嘘で塗り固められた2人は、次第に歯車が狂い始めていき……。主演は「告白」の松たか子と「なくもんか」の阿部サダヲ。(映画.com)


  渋谷のヒューマントラストにて西川美和監督『夢売るふたり』観賞。客層がわりと年配組だったためか笑いがわりと出ていた。わりと前半部分では笑いが起きていたように思える。夫婦のやりとりのあたりで。
 松たか子が主演ってのはすごく正しいんだなって思うのは彼女は美人でもないけどすげえブスでもない、角度や雰囲気によってキレイに見えなくもないが少しズレルと微妙なブスな感じが役に合ってたと思う。その辺りのキャスティングは成功だろう。彼女の感情が現れる顔がなんか可愛い気もしなくもないというのとちょっとブサイクだなあを行き来するので伝わりやすいというか生活感がある顔というか。おそらく松たか子にしてはきわどいシーンな部分もあったけどああいうところをきちんと撮るのはやはり西川美和監督が女性だからなんだろうか、たぶん。

 
 前二作『ゆれる』『ディアドクター』に比べてなにかピリピリ感がないからその反復で起きる感情の発露や差し迫っている故に起きてしまう笑いだとかそういう雰囲気をうまく纏えていない?気がしたのだけど。二時間ちょっとあるのだが長く感じてしまうのはテンポの問題なのか、まああの長さでもいいのかな、でももっと短くもできたのかも。
 阿部サダヲさんだからこそあの役(夫で女を騙していく)はよいし、ただあの夫婦が夫婦で居続ける理由がわからん。ふたりの結びつきが強い感じがあまりない、夫婦はふたりでいるのは店を出すっていう、奥さんは確かに夫にずっとついてきてるからってのもあるんだけど観ててその辺りはこなかったなあ。
 香川さんに鶴瓶師匠と西川作品お馴染みの人も出てるし、安藤玉恵さんとかやっぱり味があっていいし、田中麗奈の出版社に勤めてる感じもああいそうだし、ただ最後のあの全てが終焉していく時はシリアスとコントちっくの間な感じだからどっちかに振り切っちゃえばいいのなあって思ったり。

 
 でも、西川さんの作品が支持されるのもわかるんだよなあ。ただ前二作の方が好きかなあ、僕は。


『ゆれる』 2006年07月11日


 朝一の11時の回だが客はいた、10時半のチケ売り場にはもう人が数人並んでいた。 客層はオヤジ・オカン世代が多かったように思えた。



東京で写真家として成功している猛(オダギリジョー)は、忙しくも自由気ままな生活をしている。
一方、地方に残り実家のガソリンスタンドを継いだ兄の稔(香川照之)は幼い頃から温和で誠実な人柄だが、いまだに独身で父親と2人で暮らしている。
母の一周忌で帰郷した猛は、稔と幼なじみの智恵子と3人で近くの渓谷に行った。兄弟が幼かった頃に、よく連れてきてもらった場所だったが、猛は覚えていない。はしゃぐ稔、稔のいない場所で、猛と一緒に東京へ行くと言い出す智恵子。
渓谷にかかった吊り橋から流れの激しい渓流に、智恵子が落下してしまう。その場にそばにいたのが、稔ひとりだった。
兄をかばうため猛が奔放する中、裁判が始まる。
事故なのか、事件なのか。
猛の前で、稔は次第にいままでとは違う一面をみせるようになる。
兄は本当に自分がずっと思っていたような人間だったのか?


信じることと、信じられること。


裏切ること、裏切られること。
奪うこと、奪われること。
許すこと、許されること。
弟であること、兄であること。


 主演のオダギリ、兄の香川照之、の2人の存在感が台詞なくても動きで『ゆれ』ている心情をスクリーンから感じることができた。 キム兄も検察官として役者として存在感を発揮してました。

 とても静かな映画だけど、強く訴えかけてくるような何か。
 香川照之は化け物です、あの存在感、雰囲気が観れただけでもよかったし、オダギリジョーもそれに渡り合える存在感、そしてやっぱり主役をはれる色気がある。色気は大事です、主役を張る男優さんには、昔の沢田研二悪魔のようなあいつ)や萩原健一傷だらけの天使)とか色気があってカッコいい。

 田舎にある特殊な閉塞感、と都会で生きる自由感。
 奪われていく兄と奪っていく弟。
 田舎から出てきたものとしてあの感じはよくわかる。
 大事だけどそこにはいたくない、ある種の故郷を捨ててきたような思いは少なからずある。

 この話は事件なのか事故なのかは大事なことではなく、
 ゆれる
 その様が大事であって。出来事と人の間で死ぬまで僕らはゆれつづけるのだから。

 例え、選んだ選択がその時には正解だと思っていても、時間が経つにつれて違うのかもしれないなんて思うことは多々あり、ある出来事や一言で確信していたものが、
ゆれる、ゆれた、ゆらぐ、ゆらりゆらりと ゆれる。

 心情のゆれを深く描いた作品だと思った、観た方がいいと思うけどね、ほんとに。


猛は劇中で言った。
『俺は逃げてばっかりだ』



『ディア・ドクター』 2009年07月28日


 「ゆれる」のヒットで知られる西川監督の新作は落語家笑福亭鶴瓶を主演に迎えて。山あいの過疎の村で絶大な信頼を受けていた村の唯一の医師・伊野治(鶴瓶師匠)が突然失踪する……。
 キャッチコピーは「その嘘は、罪ですか。」とあるように村唯一の医師である伊野は実は本物の医師ではないというのが冒頭の辺で失踪し刑事によって示される。刑事は松重豊さんと岩松了さんの二人。この二人の感じは緩急があるみたいでいい、岩松さんって笑顔がなんか嘘くさくていい。松重さんは怖い、いい意味での存在感。


 この映画のやっぱりいいのは主演が鶴瓶師匠だと言う所が大きい。村の人たちとの関係性や診療風景に違和感がないのは彼のキャラクターがリアリティをもたらしている。NHKの番組で田舎を訪ねていることもあって一般の人と絡むのも上手いし、もともとの彼の親しみやすさが大きい。


 僕が彼に親しみを感じるのは彼の本名が僕と同じで「学」というのもある。後輩芸人からも「つるべ」と呼び捨てされたりと存在自体が絶妙なバランスとポジションにいることもあるだろう。


 裸にまるわるエピソードが多く、ある意味での伝説が多い。テレ東を出禁にされたり、股間や肛門をテレビで露出したから。27時間テレビでは酔っぱらって老婆の胸を揉んだり放送禁止用語を連発、おまけに股間を生放送で出してしまったりとベテランとは思えない行動。と好感度もあるのにハプニングなことを起こしてしまう数少ない芸人さん。


 研修医の若者を瑛太が演じるが、過疎地域に来たことにそれほど抵抗をせずに、逆に伊野と地域の人の触れ合いによって大病院の院長である父親を医者じゃない経営しか考えていない偽医者だとすら思うほどに伊野という医師に好意を持っていく。


 脇を固めるのが、伊野が偽物だと知っていたのは病院の手伝いを看護士をしている余貴美子と製薬会社の外回りの香川照之。医者の娘に胃が悪い事を隠そうとし伊野に一緒に嘘をついてほしいという八千草薫。とちょい役で中村勘三郎さんとも出てきて脇をしっかりと固めている。


 映画だなあと思う感じですね。「ゆれる」に続いて出ている香川さんも出てるけど前作とは違った感じ。


 神さま仏さまより伊野さまだと村人に言われる彼。誰も彼の事を疑わない、彼は内心いつかバレると脅えてはいる。そんな彼が研修後にまた戻ってきたいという瑛太扮する相馬に「自分はニセモノや」と内心を吐露する。がこれが真実だとは思わないで瑛太は父も自分もニセモノだと言う。


 伊野はそうじゃない、自分は医師免許を持たないんだってことを言いたいが相馬はそう受け取れずに会話は進み、それでも普段の温厚な人に信頼されている伊野ではなく感情をむきだしにする。かなり重要なシーンでインタビューでも鶴瓶師匠はあのシーンが印象的だと語っている。


 このシーンを観ていて僕が感じた事は、人は真実を告げようとする時に、受け取る側、つまり相手側がそれをきちんと受け取れるわけではないということ。伊野の言葉を相馬は自分の都合や感情によって解釈して受け取る。だから彼の意図する本心を汲み取る事はできない。


 これは生活して人と関わる上で起きうる事態だ。僕だって相手が言った言葉をそのまま受け取るわけではなくて、自分の都合のいいように解釈するし誤解して受け取ることは今までにもあっただろうし、これからもある。


 実は人間の言葉によるコミュニケーションはそういうことや誤読や誤解を充分に含みながら成立している。そこのズレがだんだんと深くなるともはや修復はできなくなる、というとても危ういものでもあるのだと言っているようなシーンに思えた。


 最後の終わり方はなんかよかった。「ゆれる」のお兄ちゃんの最後の顔は観る人によって解釈がわかれるが、この終わりはいいなと思う。


 失踪するきっかけとなる八草薫の娘役の井川遥。観て思ったのが井川遥と元アナウンサーの雨宮塔子って似てるよね。
 彼女は本物の医者だからやがて母親のことで自分のことがって言う流れなんだけど伊野が秒速で逃げる辺が実に人間味溢れるというか、それはないでしょみたいな行為を、たぶん人間ってしてしまうと思う。


 今までバレやしないかと不安がどんどん積み重なってて、ある臨界点を彼女の登場によって一気にオーバーしてしまう、だから彼は失踪する。失踪した後に実家に電話して伊野の実父が本物の医者だったことが明かされ、そのことが彼にある種の負い目、憧れを持たせていたことが一瞬だが描かれていたりして上手い作りになっているなあと思った。


 客層はかなり高かった感じで、「ハゲタカ」劇場版よりも高かったような、「精神」も高かったけど。「ゆれる」ではオダギリジョー主演ということもあって若い層が観に来てて、今回は鶴瓶さんで年齢層的には上が来てて、西川作品は評価もされているのでファン層はだいぶ広がったのかなあ。


 西川さんって広島の「清心」出身みたい、お嬢なのかしら。まだ三作目なのに知名度はすごい上がり方してるなあ。これで直木賞取ってたらもっと上がってたなと思うけど取らなかった。

ゆれる [DVD]

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([に]1-2)きのうの神さま (ポプラ文庫 日本文学)

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ゆれる <新装版> (文春文庫)

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夢売るふたり―西川美和の世界

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その日東京駅五時二十五分発

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