観なければ観なければと思いつつ伸ばしていたら近くの渋谷の映画館では終了してて他の映画館でも上映回数も少なくなっていた山下敦弘監督『苦役列車』を観にバルト9に。
監督:山下敦弘、原作:西村賢太、脚本:いまおかしんじ
出演:森山未來、高良健吾、前田敦子、マキタスポーツ、田口トモロヲ他
ストーリー:1980年代後半。19歳の北町貫多(森山未來)は日雇い労働で得た金を酒に使い果たし、家賃も払えない生活を送っていた。他人を避けながら孤独に暮らす貫多だったが、職場で専門学校生の日下部正二(高良健吾)と親しくなる。そんなある日、古本屋で働く桜井康子(前田敦子)に一目ぼれした貫多は、日下部に取り持ってもらい彼女と友達になるのだが……。
確かに地味だし大作でもないし夏休み映画な時期には勝負しづらいだろ?と思う作品だし原作者の西村さんから映画に対して辛辣なコメントも出てたし『新潮』で原作者×監督対談はなかなか当事者同士がそこまで本音いうの?みたいな逆にステマじゃないのかと思えるものだったしAKB48の不動のセンター前田敦子が出てるのに全然客入ってなくて前田終わったなんて声もネットでは出てたりするからそりゃあ客入り辛いわと。
でも『タマフル』での宇多丸さんの評聞いたらやっぱ映画館で観るべきなんじゃないかって思えた。山下監督は女の子はキラキラ(リンダリンダリンダ、天然コケッコー等)、男の子はグズグズ(どんてん生活、リアリズムの宿、松ヶ根乱射事件)に撮るのが最高にうまいと思うからで前田敦子がAKB48である今こそ劇場で観ておくことがきっとソフト化してみるよりも意味あるんじゃないかなって思ったわけですね。
山下敦弘監督が演出と監督してた『週間真木よう子』の第四話「中野の友人」 :2度目の公務員試験に落ち、再びバイト生活に戻った岡田。バイト先ではつり銭泥棒に決め付けられ、役立たず扱いされる日々。そんな岡田は毎日バイト後に中野にあるゲームセンターのピンボールゲームでハイスコアを出すことに熱中していた。人気のないこのゲームだが、ある日一人の女がハイスコアを更新する。一方的にライバル心を燃やす岡田は、この女の忘れ物を拾い、親近感を覚えていく。
冒頭からなんだかすごいリアルな感じがして、すごくイヤなリアル感。中年太りな30代半ばいかないぐらいの本屋のアルバイトの男(井口昇)がレジから太ってる女のバイトが5千円抜いている所を偶然見てしまう。
女は事務所で二人きりの時に「おっぱいみせてあげるから」と言ってブラを取って、胸元を引っ張って見せようとする。彼はそれをおそるおそる見るのだが、一緒に謝ってあげるから自主しなよとビビりながら言うと女に「た(勃起)ってんじゃねえかよ」と言われる情けなさが現実世界でも実際に起きているんだろうなと思えた、たぶん起きてるなと。
そして本来の主役である真木よう子があまり出てこないから最初何を撮ったのかわからなかったけど、この回の作品は凄く痛々しいリアルな感じがあった。ってリアルタイムで見た時(2008年)に書いてるんだけどその人間関係というか人と人がいる空間の嫌な感じや感覚を描くのがやっぱりうまい。
『苦役列車』の主人公である北町貫多のふるまいによって起きるあのいやぁな空気、その場にいたら堪らないけど映画で観てるとちょっと笑えてくるあの感じ。山下さんの魅力のひとつはそういうものをリアル(風)に描ける所だと思う。それなに反比例するみたいに『リンダリンダリンダ』『天然コケッコー』のヒロインたちはキラキラ輝いて彼女たちの魅力が溢れる、そんな演出もできるのが山下クオリティ。
そういうわけで主人公の北町貫多はグズグズな感じがとてもよく、演じた森山未來の演技力がよかったのももちろん。役的には中学の時に親父が性犯罪を犯して一家離散で中卒で日雇い労働していて友だちもいない、趣味は読書でたいてい酒飲んで風俗に通っている。だから彼は女性との関係や関わり方がよくわかってない。彼の女性との関係はお金を通じてのもだったから。古書店でバイトしている桜井康子に彼がしてしまう行動もそういうものが災いしている。
友人の日下部正二はすごくいい奴で九州から上京して学校に通っている。年も同学年で貫多と仲良くなる。彼はその場での対応とかコツを掴むのがうまく世間できちんと生きていけるタイプでサブカルなガールフレンドとも仲良くやってそういうものも受容していく。しかし貫多が取った行動等で付き合いきれなくなっていく。だけど最後に貫多が言う『友だちだったよな!』という台詞に対する彼の行動はやはり彼の優しさだと思う。
ヒロインである桜井康子を演じるのはトップアイドルAKB48を卒業するのが決まっている不動のセンターである前田敦子。山下マジックですよこれは。僕はAKBにハマってないしあんまりアイドルに萌えたり熱を思っていないので前田敦子もなんかセンターだから何かあるんだろうなぐらいな感じだったけどこの桜井康子はかわいい。それでいてなんだか前田敦子って子はけっこうこの子に近いんじゃないかなって思ったりした。
なんだかとてもうまく孤独を飼い慣らしていてでも世間から外れるようでもない、しかし自分というものを確固として持っている。
大ブレイクしているマキタスポーツさん演じる高橋はやっぱり何十年後かの貫多として出てると思うんだよなあ、とてつもなく味わいがある。
山下作品だと『松ヶ根乱射事件』のキム兄や三浦さんみたいななんかどうしようもないダメ人間・親父なんだけど嫌いになれねえなあいたいな、いるわこういう人っていうリアリティ。マキタスポーツさん演じる高橋は『キッズ・リターン』のボクシング事務所の先輩のモロ諸岡さんみたいな主人公のその後なりえる可能性として提示されてる感じがあるな。『キッズ・リターン』はそっちの可能性には行かないけども。
でマキタスポーツさんは歌がうまいから役的に歌手目指してたんだよってのも説得力あって映画では二ヶ所ぐらい歌歌ってるシーンあるんだけどそういう所は映画がやっぱり強いよね、歌って上手い、それがリアリティで受けては説得されるから瞬時に。
貫多は不器用というか欲望に忠実というか、冒頭からけっこうご飯を食べてるシーンが多い、まあのぞき部屋とか風俗にも行ってる。部屋は安くて狭くていい寝るだけだから。彼は食欲・性欲と読書欲が満たされていればいい。だけど中卒だからみたいな劣等感とか社会に受け入れてもらえないわ(父の事件で)みたいなのがあって卑屈でもある。それがやっぱり人間臭くて放っておけないけど最後までは付き合いきれない人でもある。
彼が他者といるシーンは彼のそういう卑屈さとかも相まっていやあな雰囲気になったりすることが多い。でもそれはマキタスポーツさんが歌うように俺は全然悪くないみたいなことでもある。彼にはそれしかそういう対応でしか人と付き合えないからだ。
貫多はそうやって知り合った二人とも彼の行動で失っていく。
↑シーンが森山未來が主演した『モテキ』映画版のラストシーンへのオマージュというか返答みたいな感じだがそういう文脈でも楽しめる。正二とガールフレンドのサブカルな話や下北に対して貫多がおもいっきりディスるのは面白い。だって『モテキ』では森山くんはそちら側にいたんだから。
漫画の『モテキ』に出てくる漫画家の小野坂オムがどうみても山下敦弘さんにしか見えなったしなという繋がりも。
青春映画すぎるかなとも思うけどそれが原作者の西村さんは嫌なのかもしれない。海での三人がはしゃぐシーンとかもろに青春だし。前田敦子もシミーズ?で海に入って「透けてる」とか言われてるけどそういうのが他のシーンはザラっとした感触の画で暗いけど海は爽やかな感じでなんか幻想みたい。
康子の隣の大家の部屋から声が聞こえて行ってみたら寝たきりのおじいさんがいて尿瓶を指差して・・・。「出していいよ」って現役トップアイドルに言わせる山下さん。あのシーンとかエロくもなくて、その過程で笑っちゃうのとか正二から貫多と友だちになってやってくれって言われて「いいですよ」ってすぐに言っちゃうのとか前田敦子がやってるから違和感ないっていうのが凄いなって。
これソフト化した時には卒業しちゃってるんだろうから現役のAKBの時にこれ観てたらそりゃあアイドル映画としてもすごいとこやってるなあって宇多丸さんが言うわなって思う。実際に演技してる彼女そんなに観た事ないけどすごく可愛らしい女として写ってる。
まあ『天然コケッコー』の夏帆のネ申レベルには達してないと思うけど。あの夏帆はもう可愛過ぎてたまらないからなあ。
貫多の元カノのヒモみたいな彼氏の西部の帽子被ってた人とかああいうもはや会話できないわみたいな人とかもいてサブカル女もだけど脇役の人がなんだろうなあ、顔がいいんだよね。絶対にいるわ、いたわみたいな。山下さんの映画って主演とかはメジャーな役者さん増えてきたけど脇役の人がやっぱりいい。
貫多のダメな部分とか全否定できないし彼の人との距離感の取り方の間違い方も僕も勘違いしてやって後悔することは多々あってちょっとは感情移入できた。ただあそこまでひどくはないけど。三年後の貫多が酒場でボコらてそこからアパートに戻ってきて彼がした行動はすげえわかる。
大塚英志著『大学論 いかに教え、いかに学ぶか』より
「どこかで不安定な何かを抱えていなかったらものを本気で描こうなんて思わない。ぼくだって若い時はそうだった。」
太田克史(星海社・編集長)
「僕が尊敬している漫画原作者さんから先日いただいた言葉がグッときたので、紹介します。「クリエイターは、「俺は世間から負けている」と思っている人だけが伸びていく」。クリエイターに限らず、誰にとってもそうかもしれないね。勝ちは大事だけど、負けも怖くないんだ。」
太田さんの言ってる漫画原作者はほぼ大塚さんだと思うんだけど、だって僕もコンプレックスや劣等感の塊だし安定的なものに憧れもとくにない。だから最後に机に向かった貫多はそういうもの塊な人にはすごく訴えかけてくるものがあるし、あれがあるから青春物みたいな終わり方なんだよね、ひとつの季節が過ぎ去ったみたいな。
Trash【medium version】 / ドレスコーズ
エンディング曲は毛皮のマリーズのボーカルの人の新しいバンドの曲だった。曲はいいんだけどなんで彼らにしたんだろう。ひとつの季節が終わったあとだから?
音楽はスチャダラパーのSHINCOさんなのだが昔アナのライブを下北Qで観てて隣に山下監督がいらしたから話かけたら(その前に園さんと宮台さんと松江さんのトークイベントでお会いしてたんだが)アナとはスチャダラパーの楽屋で会ったから観に来たって言われてたのを思い出してやっぱり繋がってんだなって。
『苦役列車』すげえよかった。たしかに華はあんまりないし地味だけど。僕は好きな作品です。
過去に書いてた山下さん関連の日記より抜粋。
『マイ・バック・ページ』
http://d.hatena.ne.jp/likeaswimmingangel/20110529
↑に『天然コケッコー』のことも。
『松ヶ根乱射事件』
監督は『リンダリンダリンダ』の山下敦弘。
『リンダリンダリンダ』とは真逆な作品です。でも、僕はこっちのほうがおもしろかった、人間って感じが出てる。
『リンダ×3』は青春を切り取ったもので光であり陽の物語だったのに対して『松ヶ根乱射事件』は人間の面白さや残酷さ、性や死などの闇であり陰の部分をシニカルに描いている。
けっして爆笑する話ではないが、笑いがこみ上げてくる。
ストーリー
鈴木光太郎(新井浩文)は事件らしい事件が起きないこの町で警察官をしている。光太郎の双子の兄・光(山中崇)は家の畜産業を気まぐれに手伝っている。
ふたりの父親・豊道(三浦友和)はダラダラした生活と性格が災いしてなんとなく自宅に居辛くなり、家出中。母(キムラ緑子)は父を怒るでもなく放置したまま。
モテるためには30万を迷わず出す幼馴染、頼まれればすぐに下着を脱いでしまう娘(安藤玉恵)。
この町にはどこにでもいるような、でもちょっとおかしな住民が住んでいる。
ある日、どうも訳ありなカップル・西岡佑二(木村祐一)と池内みゆき(川越美和)が松ヶ根へやってくる。
ひき逃げ、金塊、ゆすり、床屋の娘の妊娠、彼らの来訪をきっかけに、この町のバランスは微妙に崩れ始める。
主役は『ゲルマニウムの夜』でも主役をはった新井浩文。今までの役柄とは違うけど、すごくいい感じだった。この人は主役も張れるようになったんだね、脇での存在感もすごいけど。映画俳優だよね、完全な。そういう姿勢はカッコいいと思う。
この作品は脇の三浦友和、木村祐一、川越美和がなんか存在感あってダメ人間でずうずうしくて、でも憎めないところもあって、作品をかなり引っ張ってる。
ただ、キム兄は最近映画出てるけど関西人役だな、標準語話すと違和感あるからかなあ、『ゆれる』の標準語は違和感あったけど。
三浦さんのダメ親父っぷりがいい、いるよ、こういう人。うちの親父も近いものがある。うちの親父は女癖悪いとかないし、フラフラしないけど、サボテンが人生のメインな変な人だからなんか近いものを感じた。
作品全体としてはダークな感じを漂わせながら、人間っておかしくて残酷で気持ちいい事好きで自分勝手で、でもなんとか生きてるみたいなおもしろさがある。タイトル見てすげえ乱射すんのかなって思ったけどそうでもなかった。少しずつのことや関係が崩れ始めていって変わっていくみたいなことを込めて『乱射』なんだろうなあって思う。最後の終わりは『えっ?これで終わりなの』とぽかーんとしましたが、ありはありでしょう。
・以前、松江監督に園子温監督のトークショーで会った時に、その時ゲストだった山下敦弘監督に松江監督が「山下君のしてることって『ごっつ』を映画でしてるだけだよね」って言ったのが未だに印象に残ってる。
・夏帆演じるそよのキラキラな感じはもう山下監督すごいよ、なんでこんなに女の子が輝くんだろうって、反対に今年したもう一本の「松ヶ根乱射事件」の男子のダメダメ感を観てるとほんとにこの監督はとんでもない才能だと思う。ダークなのが好きな人には「松ヶ根乱射事件」をお勧めです。
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