Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

「Y時のクール・ジャパノロジー」

 この数日間、風が強い。土曜日は専門の友達にCDを返してもらうついでに下北で茶をした。この二ヶ月はよく友達に会って話をしたりする。話す事で明らかになることもあるし、こんがらがることもあるし、決まる事も、惑うことも、あるけど僕らはどうも人と話す事が好きだ。
 まあ、もちろん心を許せたり遠慮しないで言い合える関係だからこそ楽しいし、刺激を受けるし、あるいは混乱を生じてしまう。


 なんだか、人に言いながら自分の考えをまとめれるときや、人の話を聞いていると自分の考えていた事が整理できたり、新しいアイディアが浮かんだりする。
 しかし、ネット上の関係や繋がりは今やかかせない。僕もそれによって十代の頃には考えれなかったほどにいろんな人と知り合いになっている。それがあるだけに人と会って直接話すことの情報量の多さというものが今まで以上に身にしみてわかるようになった。顔の表情やしぐさ、声色などの情報が驚く程にあるということ。


 今年はわりと人と話す機会が多くなるという前兆なのか、まあ、話す機会が多くなると面白い事も増えるのでいいんだけど、もちろんめんどくさいことも否応でも増えるのだが。なんだか面白そうな事が起きそうな気はするし、起こさないとなって思う。


GIRLS / Lust for life / live in Paris


 去年のM-1の時に来た某宗教団体の人が夕方来た。その時に僕が「宗教があるから戦争が起きるんだ」って事に対して聖書的なものにこういうことが書かれていますとご丁寧に言いにきてくれたらしい。敵には食事を与えるとか、復讐はどうだこうだでよくないとか、理想論としか思えなかった。
 敵に食事与えてその後に殺されてたらどうすんの? とか聞いてみた。まあ、なんて答えたか忘れちゃったけど期待した答えではなかった。あとは復讐は確かによくはないが、復讐があるから生きれる人は確かに存在している。復讐が生き甲斐になることもあるわけだけど、それを否定するほどの説得力はなかった。


 彼はわりと端正な顔付きで品の良さそうな青年で、前回は四十ぐらいの人と来たんだが、今回は一人だった。僕はドアを開け「またこいつか?」と思いながら右半身をドアから出して左半身は家の中に、左手には食いかけのアイスがあった。僕が終始気になっていたのはアイスが溶けてきて手に垂れないかどうかだった。


 僕が前回の終わりに宗教の話とかはいいんで「M-1」の話とかならいいけどさ、と言っていたので帰ってから見たらしいが、その感想は聞けなかったというか見たことしか言わなかった。僕みたいに自分の考えを言う人間はあんまりいないんでと言われた。アメリカとかに住んでいた事ある人はきちんと言いますけどって。だから君のそういうマジメな感じで何度も来るとうさんくささが増すだけだよって言っておいた。


 日本人はやっぱり自分の考えとかきちんと言わない方が多いのでというので、日本には神さまや仏さま以前に「世間体」っていうものがあってその縛りがやすやすと抜けるわけがない。
 世間に、逆らわないように波風を立てないようにしないと村八分にされたから、それが染み付いているんだからと言ってみた。アイスはまだ溶けなかったので「村八分っていうけど残りの二分ってなにかわかる?」と聞いてみた。わからなかったみたいなので答えを教えてあげた。


 「残りの二分は火事と葬式。八分にしてもその二分が起きた時は助けたり協力するっていうが世間の最低限のルール」というと納得してた。僕もなんとなく覚えていたので正しいかどうか知らないけど。


 彼はまあ善人か悪人かと言えば善人だろう。しかし本人が疑わない誠意を持ち、無垢である方が意図的に悪意があるやつよりもたちが悪く、痛いということはやっぱり事実なんだよなあ。誰かのために思ってした親切が全然親切じゃなくて余計に迷惑みたいな善意過ぎるが故の悪意を通り越したものって世界には多い。


 なんだか、聖職者っていうかなにかを一心に信じている人はどこか人間らしさが感じられない。人間ってさもっと汚くてエゴ出すし、エロい事が大好きでだらしなくてって部分があってさ、それが善くも悪くも人間らしさの部分だし、魅力にもなるし嫌悪感を持たせるものにもなる。さっき書いた事を否定するみたいだけど一人の人間の中には正義と悪が同居しているし、それが混ざり合った灰色の部分がある。


clammbon Feat. THA BLUE HERB「あかり from HERE 〜NO MUSIC, NO LIFE.〜」


 ↑のILL-BOSSTINOのリリックは僕に届く。


 彼が訪れた家で性欲溢れてて満たされないどっかの奥さんに連れ込まれてやられちゃうみたいなAVみたいな事が起きればいいのになと思った。
 なんかそれで宗教よりも快楽求めている方がまだ話できるしな、今の彼の話は彼自身の話ではなくて、ただ神や宗教の話だからオモシロクもなんともない。そんなものは勉強したらわかるし、物語のネタとして勉強するんで君から聞かなくてもいい。


 自分ってものがまるでない代わりにそこに宗教が代理してる。話が面白い人や聞きたいって人はいろんな話題を話すけどきちんと自分が出てるから聞きたいと思う。あれじゃあ、人は集まらない。人が集まるとしたら金か人間的な魅力だ。


 彼がアナルファックとかフィストファックとか言いだしたら怖いけど、面白くなりそうだよな。人格変わっちゃって。今度来たら園子温監督「愛のむきだし」貸してみようかな。実際に宗教信じている人からするとどうなんだろう。
 僕たちは新興宗教じゃありませんとか言いだしたら何観てんだよ、内容理解してねえじゃんって思うだろうけど。貸して号泣して宗教じゃなくて僕は愛を探し生きますとか言いだしたら最高のサルベージになるんだけどな。


 聞いてて思ったのは信じれるってことはすげえ力だって事。あとはこの時代は正義と悪の二抗対立なんかないし、二元論で言いきれるような単純さはもはやない。だから神とかそういう存在じゃあどうしようもないことになってる、解決なんかできない。
 でも、人は宗教になぜすがるか信じるのかは単純だ。人生みたいな不安定で確かなものがない時間を生きる上で確かで揺るぎない支えが必要だからだ。ある意味でそれを信じればもはや他の事を考えなくていいようにも思える。


 一心に何かを信じる事で他のことを考えないように、できる。考えをある種放棄できるから楽なんだろうなとか思う。考える事を放棄したら大きな流れに逆らえない。時代や世間が間違えていく時に声を出せない、そんな風にはなりたくない。


 こないだも観に行った快快(faifai)の舞台情報とリハ風景がYou Tubeであがってた。


快快「Y時のはなし」リハ風景


TPAM参加作品 『Y時のはなし』
日本初演の時に大反響を呼んだ学童保育が舞台のファンタジックメロドラマが
二年の歳月を経て長編としてリマスター!!
子供の事情、大人の都合、重なり合わない世界はY時のときだけうまくいく 。

Date :
3/4 (Thu )
16:00〜  【After talk坂口恭平
20:00〜  【Dj : Maltine Records Showcase】


3/5 (Fri )
15:00〜  【Dj : Maltine Records Showcase】
20:00〜  【Dj : Maltine Records Showcase】


3/6 (Sat )
14:00〜  【Live : 蓮沼執太(Shuta Hasunuma)】
19:00〜  【Dj : 快快(faifai)】
※【】内は全て、公演後のイベント内容です。

Venue : VACANT (http://www.n0idea.com/)
東京都渋谷区神宮前3-20-13
How to get to a place →JR原宿駅から徒歩10分、東京メトロ千代田線/副都心線明治神宮前駅から徒歩5分

Ticket :
前売 3,000円【include1D】
当日 3,500円【include1D】

チケット発売日 2月8日(月)
予約フォームURLはこちら↓
http://481engine.com/rsrv/webform.php?sh=2&d=a5f66425af


 天野君の動き観てたら超観たくなった。ただ日程的に金曜の昼間しか行けないが予約した。終わったら東京工業大学大岡山キャンパスまで行って国際シンポジウム 「クール・ジャパノロジーの可能性」に。
 初日の「もう一つの日本学−批評、社会学、文化研究」の方。パネリストとコメンテイターに宮台真司東浩紀大塚英志の名前があったのでこれは聞いてみたいと思って、けっこうノリで予約したらかなり最後の方の番号だった。

 
 でも、シンポジウムって行った事ないけどどういう感じだろう。五日はかなりクールな日になりそうです。

ALBUM

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愛のむきだし [DVD]

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日本の難点 (幻冬舎新書)

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クォンタム・ファミリーズ

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