Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

「”居場所”の現在」/「Factotum」/「あかり」

「文化系トークラジオ Life」
2009年9月27日「"居場所"の現在」Part1〜Part8(外伝3)
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part1.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part2.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part3.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part4.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part5.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part6.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part7.html
http://www.tbsradio.jp/life/2009/10/2009927part8.html


 ↑「"居場所"の現在」のPodcastすべて配信。外伝からゲストとして西田亮介くんと高原基彰さんと外山恒一さんが参加。


 「居場所」について考えたのはそこにある「居場所」って場所とそこに居る自分の呼ばれ方の関係性。呼び名が場所によって変わる、家族・友人・恋人・集団の中・仕事・趣味などのコミュニティ・ネット等々でまったく同じ呼ばれ方をしている人はいない。


 そんなわけで「場所」と「名前」の関連性の短編を書いてみた。前からパーソナリティーのcharlieって呼ばれ方による存在の仕方とかと、チャーリーっていうと僕の好きなチャールズ・ブコウスキーもチャリーだよなあって思ってて強引に結びつけてみた。


 タイトル「Factotum」はブコウスキーの小説で日本では「勝手に生きろ!」の原題。


あかり from HERE 〜NO MUSIC, NO LIFE.〜 / クラムボン feat. THA BLUE HERB


 ↑クラムボンブルーハーブのコラボ!ボスのリリックもしっかりと緩やかにそして強固に鋭い、このコラボは凄い。


「Factotum」


 空調機の音がガンガンしている頭にゆっくりと足跡を立てないで染み込んでくる。モーター音って一定だなと思いながら男は四角い部屋にいる。床に跪いて洗礼を受けるかのような姿に似た格好で顔が向いているのは牧師ではなくトイレの便器だった。
 ドアが何度か叩かれる、だから彼はなんとか返事をする、それがうまく相手に伝わっているのかどうかよくわからない。
「チャーリー、大丈夫」
 先ほどから何分か置きに二人がそう声をかけてくる。一人は編集の藤原君で、普段は下の名前から「ちかちゃん」と呼んでいる。もう一人はラジオのリスナーで上の名字は珍しくて出会った時にマイミクになって、その名前から「マナくん」と呼んでいる。
 少しずつ思い出したというか今の現状は確か今日のエクス・ポのイベントでDJをしていて知り合いや顔見知りにテキーラをおごってもらって、テンション上がってテキーラショットを十何発かまして、で、そうだ今ここにいてこの有様だ。
「チャーリー、水置いとくよ」
 ちかちゃんがそう言ってコップを置く音が近くで聞こえた。返事したつもりだったけどきちんと答えられた自信がない。なんでか俺は自分が「チャーリー」って呼ばれた、そう呼び始めた人のことを思い出した。それまでの俺は「チャーリー」じゃなかったし、本名の俺だった。でも、いつしか周りは俺をその「チャーリー」って名前で呼んでくれるようになって、で呼ばれるようになって、この名前の居場所みたいなものができたんだった。
 あん時もテキーラのショットだった。


 大学で上京して少し経ってから音楽活動を下北とかでしていた俺がたまたま入った飲み屋で出会ったのが片桐さんだった。片桐さんは四十過ぎぐらいでガタイがよくてTシャツの上にオーランドマジックのペニーの青いタンクトップを着ていてあまり濃くない髭を伸ばしていた。一件目でほろ酔いだった俺は隣あった片桐さんに声をかけてなんか意気投合して飲みだした。で、俺がテキーラショット対決して負けた方がおごりだって言いだした。俺が二十杯行った時には片桐さんは三十杯越えてた。
 酒に自信はあったけど俺はトイレで吐いてマスターに怒られた。それからグロッキー状態になった俺は当時その辺りに住んでいた彼女に向かいにきてもらった。帰り際に片桐さんが笑顔で見送ってくれた。
「チャーリー、また飲もうぜ、ここによくいるからさ」
「はぁい、また、でなんすかそのチャーリーって」
「それは今度な、おやすみ」
 そうやって片桐さんと飲み友達になった。月に一、二回その店で飲んで楽しく笑って、時には相談にのってもらった。片桐さんが俺に「チャーリー」と言ったのは片桐さんが当時読んでいたアメリカの作家チャールズ・ブコウスキーから取ったものだった。
「なんか無茶してたろ、最初の日。酒飲んで吐いてさ、まるでブコウスキーみたいだなって思ってな、生き急いでる感じだった」
「チャーリーっていうからチャールズ・チャップリンかと思いましたよ、ブコウスキーすか、読んだことないっす」
 次第に俺は本名ではなく、自己紹介する時には「チャーリー」と言うようになった。あだ名で呼んでくれた方がすぐに親密性が増したりしたし、年長者には可愛がられたし、年下からは慕われやすくなった気がした。名前が、呼び名が、自分がいる場所を作るんじゃないかって思うようになった。
 あるいは居場所にあった呼び名があるのかもしれないと感じた。俺はいつもここではないどこかへいつも行きたかった。「ジモト」での俺は本名の俺で、本名の俺の場所で、ここは、東京は本名ではない「チャーリー」としての俺の居場所になりえていた。


 時計の針は深夜に近づいている、時折車のクラクションが聞こえて、星が見えない公園にいる。TBSから徒歩数分の場所で花見なんかしたりする場所だ。さっき早めに局内に入って黒幕に俺宛の手紙をもらった。黒幕という呼び名も彼がいる場所での名前なんだなって思った、言い出したのは俺だったけど。それぞれの場所を作るために必要な名前ってあるんだな、きっと。
 手紙の後ろに書いてあった名前は片桐美緒とあって、片桐さんの奥さんからだった。大学院に進んでから片桐さんとあまり会わなくなっていた。
 ラジオの仕事を始めてから一度下北のあの店に行くとマスターに片桐さんはここ二ヶ月来ていないと教えられた。
 居なくなる前に片桐さんがiPodを持ってきてマスターに俺がやってるラジオのポッドキャストを嬉しそうに聞かせたという、その時にはかなりげっそりと痩せてしまっていたらしい。酒の量も減っていたから病気をしていたみたいだとマスターは言った。
 奥さんからの手紙には片桐さんの最後の事が書かれていた。余命がわずかになった片桐さんは奥さんとアメリカに行ったらしい、好きだったNBAを観たりしながら最後の時間を過ごした。奥さんは最後のわがままだと思ってずっと一緒に側にいた。
 ある日、片桐さんがお墓参りに行こうと言い出した。ロサンゼルスレイカーズを本拠地で観た後にずっと南下した場所にある「グリーンヒルズメモリアル」という墓地にあるブコウスキーのお墓を。
 禁煙していた片桐さんはポケットに入れていたタバコに火をつけてブコウスキーの墓に置いた。墓標には「DON’T TRY」と刻まれていた。片桐さんと奥さんは墓標の隣の芝生に寝転んだ。空には雲がなく青々として澄んでいた。片桐さんは奥さんの手を握った、それはとても弱々しくあったが優しく温かった。
「ありがとうな」
 そういうとカバンからiPodを出して俺のやっているラジオを奥さんと自分にイヤフォンを半分にして聴いた。「このチャーリーって名前の名付け親は俺なんだ」と誇らしげに奥さんに言った。
 それから二人はすぐに帰国して一週間も経たないうちに片桐さんはゆっくりと奥さんに看取られながら息を引き取った。


 夜の赤坂の公園で俺はその手紙を読んでいた。ずっと会ってなかったけど片桐さんは今の今まで俺の中で生きていたのに、少し前に彼はもうこの世界からいなくなっていた。じゃあ、俺の中にいた、生きていた彼はなんだったんだろう。今まで俺の中で生きていたけど、これを読んで今彼は俺の中で死んでしまった。
 携帯が鳴って表示を見ると黒幕からだった。俺は立ち上がって伸びをしてから携帯に出た。黒幕の声が聞こえ、これから打ち合わせをするからスタジオにということだった。
「これから行きますよ、すぐに」
「了解、早くね」
 それから俺は歩き出して公園を出て坂道を下る、赤信号で停まって何台もの車を見送る、当たり前だけどそれぞれの生活があるってことが不思議だし、なんだか嬉しかった。
 信号が青に変わって歩きながら俺は独り言のように始まりの挨拶を言ってみる。
「こんばんは、鈴木謙介です。あれかこれかが問われる時代にあれもこれもを的にして僕らの言葉で線を引き直す。ラジオ界の難民キャンプ、文化系トークラジオLife。時刻は一時半を回りました。ここから朝の四時までは僕らの時間です、ようこそ、いらっしゃいました」
 携帯を取り出して片桐さんのアドレスを表示させる、そして登録を削除した。俺と片桐さんの居た景色は過去のものになってしまった、この哀しさも少しずつ薄れてしまうんだ、それはきっと仕方のない事なんだろう。
 携帯をポケットに入れて前を向いて今から数時間は僕らの場所である四角いスタジオへ、一歩ずつ進んでいく。    


(この短編は九割方フィクションです)

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