Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

黒田育世×古川日出男『ブ、ブルー』予告プラス追記


 思考性による文学という表現と身体性によるダンスという表現が混ざり合う、その可能性とは?


 世界は心と肉体を持って触れた、触れる、触れれるという、過去/現在/未来の三段活用を、散弾する胎内の、いやかつては胎内の中で、十月十日で世に放り出され、孤独を知って、ふたりでひとつだったのに引き離されて泣き叫ぶ世界への最初の絶望、体内に巣食う感情の発芽を、やがてそれを解き放つ、己の咆哮を全方向へ向けて放つ。全世界へ、全方向へ向けて咆哮する。(←これは勝手に僕が予告見て書いた駄文です、公式のガイダンスじゃないのであしからず)


川崎アートセンター
http://kawasaki-ac.jp/theater-archive/090124/#program2


 2月15日(日)15:00〜の回のアフタートークに、翻訳家で文芸誌「モンキービジネス」の責任編集も務められる柴田元幸さんの出演が決定!らしい、まあその日にチケ取ってたのでよかった。

モンキー ビジネス 2009 Winter vol.4 少年少女号

モンキー ビジネス 2009 Winter vol.4 少年少女号

二〇〇二年のスロウ・ボート (文春文庫 (ふ25-1))

二〇〇二年のスロウ・ボート (文春文庫 (ふ25-1))


 藤原さんのブログ「カルハズミナコトバ」を見ていたら古川日出男著「二〇〇二年のスロウ・ボート」が出ていて、そう言えば文庫で出た時にすぐに読んだんだけど、最近文庫自体が消えてしまっていたなあって思ってたので買い直した。


 文庫になる前は確か「中国行きのスロウ・ボートRMX」という名前で出てて、同時に出たのが荒木スミシの「ダンス・ダンス・ダンスRMX」だったはずだ。その当時荒木スミシの作品を読んでいた。「シンプルライフ・シンドローム」を読んで好きな話だと思った記憶がある。

シンプルライフ・シンドローム

シンプルライフ・シンドローム


 最近ツタヤの一角に荒木スミシ作品が「シンプルライフ・シンドローム」も含めて復刻というか自己出版みたいな形で三冊ぐらい出してた。知らない間に新刊出なくなったなあって思ってたけど。数年前に幻冬舎から何冊か出てたけど、文庫の表紙が好きな漫画でイラストレーターの田島昭宇さんだったから買って読んだ記憶がある。同じく幻冬舎清涼院流水「トップランド」シリーズも田島昭宇イラストが表紙で買っていた。
 たぶん、幻冬舎と揉めたのかな、文庫の作品は三部作になるって後書きに書いてあったのに二部作で止まって新刊でなくなったし。


 ここで繋がるのは古川日出男サウンドトラック」文庫上下巻。表紙が田島昭宇イラストで僕は即買いした。

サウンドトラック 上 (集英社文庫)

サウンドトラック 上 (集英社文庫)

サウンドトラック 下 (集英社文庫)

サウンドトラック 下 (集英社文庫)


 数年前は作家の名前とか内容がわからなくてもCDのジャケ買いのように装丁が気に入ったものを手に取って読んだりしていたから。
 古川作品は「LOVE」が一番最初に読んだような気もするが、当時はハマっていない、「サウンドトラック」も「二〇〇二年のスロウ・ボート」も、去年一気に刊行されているものを読み漁った時にそれらも読み返したけど、きっかけとしては「ベルカ、吠えないのか?」を読んでから没入した。

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)

ベルカ、吠えないのか? (文春文庫)


 きっかけとかある作品に出会う時にタイミングというものがあって、僕自身が読んだり観たり聴いたり感じたりする表現にシンクロのように呼応するかどうかはその時の自分による。
 早すぎてもダメだし、遅すぎてもダメ、だからタイミングがあった時に自分が呼応できる。あとは周りの環境にも左右されるし。


 まあ、恐ろしいことに大塚英志からの影響が僕を古川文学に繋いでいる。彼は自分の作品をノベライズする時に読者が文学に出会うための装置を配置していた。
 僕はそれらの流れで三島由紀夫作品や「ライ麦畑で捕まえて」とか中上健次作品や村上春樹作品を読んだ。見事にこれらの作品にハマらなかった。二十前後の頃の僕にはまったくだった。今ならまた違う感じになっているかもしれないという可能性はある。
 古川さんに影響を与えた村上春樹作品に僕はなぜかハマれないのだが、読み返すと違っているのか、どうか。


 大塚さんの装置は僕に機能しなかったが、彼と組んで漫画を書いている田島昭宇という漫画家でありイラストレーターが表紙を書いたりする小説があれば僕は手に取るようなファンだったから、そこが機能した、きっかけは作った。書くと変な感じだけど小説の表紙を漫画家やイラストレーターが書くことで彼らのファンが文学に出会うきっかけはあるのだということを僕は身を持って知っている。


 中身は一番大事だけど、やっぱり見た目、最初に脳裏に飛び込んでくるものがきっかけを左右する。


 買ってからまだ読んでいないが、表紙がいいなと思ってしばらく大崎善生作品を読んでいなかった僕が買った彼の新刊「ディスカスの飼い方」の装丁いいなって思って中を見たら、やっぱり鈴木成一デザイン室が装丁だった。いいなと思ってみたらたいていここが装丁だったりする。
 おそるべし鈴木成一デザイン室。

ディスカスの飼い方

ディスカスの飼い方


 追記。昨日は渋谷のDUOでMy Morning Jacketのライブを見る。友人からもらったチケで。あそこのキャパではめいいっぱい客が入っていたし、二階の関係者席の人も立って見てた、しかもそこも人で一杯だった。
 一番新しいアルバムの帯が確か「ついにアメリカのレディオヘッドが現れた」みたいな売り文句だったと思う。聴いているとレディオヘッドに近いとは思わなかった。ライブだと歌声は叙情的だし、サウンドアメリカのロックバンド的な感じの、少しヘビィな感じも受けたのでスマッシングパンプキンズの方が近いと感じた。いつも「At Dawn」ってアルバムを聴いていると寝てしまう。「Librarian」が好きでそれが聴けてよかった。地味な感じの曲だけども


 アメリカでは万人クラスのキャパでやるようなバンドだと友人からは聞いていて、日本ではブレイクしていないので千人も入らないキャパで見えるのはすごくラッキーだったらしく、客の期待度も高かったみたい。2ちゃんねるでも絶賛みたい。
 というものの僕は腰の痛さがやばくてあんまり集中はできなかった感があって残念。最近なんか海外のバンドのライブになるとたまたまだけど腰が痛くなる時期と重なる。レディヘッドとシガーロスは大丈夫だったのに。
 アメリカのロックバンドだといい加減にスマパンが来日してライブしてくれるといいんだけど、前回のソロライブで来日した時にビリー・コーガンにはソロアルバムにサインもらったけど、スマパンのアルバムにはもらってないし、でも彼はもうアルバム作らないって言ってるし来日しないのかもなあ。

At Dawn

At Dawn

Evil Urges

Evil Urges