5月上旬の日記(2025年5月1日から5月15日分)
5月16日
うとうとしながら日付が変わってから、上旬の日記をはてブにアップして、半年前の日記をnoteに。メイン画像が「三四郎ANN バチボコプレミアムライブ in 日本武道館」だった。もう半年も経つのかとちょっとしみじみ。
6時過ぎに起きてから今日のライター仕事の準備。関連する書籍はすでに読んでいるのだけど、質問をもう少し考えながら話を聞かせてもらう人や周辺の人だけでなく、その人たちが居た場所の歴史なんかに目を通して時間の流れを一応頭にいれておく。
作業中はradikoで『秘密諜報員みなみかわ』『ハライチのターン!』『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』を流していた。
11時に神保町の集英社神保町3丁目ビルで取材だったので、10時半ぐらいには着くように一時間ぐらい前に家を出た。その行き帰りのBGMは『四千頭身都築拓紀のサクラバシ919』をお供に。11時から集英社オンラインで出す記事の著者インタビューを開始、最初は一時間の予定だった。何がどう使えるのか使えないのかが見えにくい話題や固有名詞が出ていたのもあって、延長してもう少し話を聞かせてもらって12時40分ぐらいに終わった。
著者さんとその担当編集者さんを玄関で見送って、オンラインの編集さんとちょっと世間話を。
集英社の音声レーベル「shueisha vox」第2弾として、ポッドキャスト2番組が新たにスタート。文芸評論家・三宅香帆氏による『視点倉庫』と、オモコロ編集長・原宿氏による『原宿の今じゃない企画室』
ちょうど編集さんが立ち上げている集英社ポッドキャストの『流通空論』のはじめてのリアルイベントが開催する日であり、前日には二つ目の番組であるオモコロ編集長・原宿氏による『原宿の今じゃない企画室』をリリースすることを発表するなどめちゃくちゃ忙しい時だった。そういうところまではちょっとスケジュールで確認していなかったので、ちょっと申し訳ない気持ちに。
『奇奇怪怪』の去年、2024年までのアーカイブをそろそろ全部聴き終わりそうなので、聴いたら『流通空論』を最初から聴くつもり。編集者がプロデューサーという役割もしつつ、でもそれ自体も編集という仕事の拡大であり、可能性なんだろう。
取材では素材になるようなことはかなり話してもらえたので、どういう流れがいいかなって考えながら半蔵門線で渋谷駅まで帰る。
道玄坂を上ったところにあるアパホテルの一階部分みたいなところにできた讃岐うどん屋さんで昼食を。先日来たばかりだが、けっこう好きな麺の喉越しと弾力がある。岡山の人間なので香川のうどんの影響が大きいのでやっぱりこういう麺が好き。
ひとはつねに歴史を訂正している。「かつて考えなかったこと」を「いま考えていること」で塗りつぶし続けている。
批評誌『ゲンロン』第18号。特集「一族の想像力」は、安藤礼二、小川公代、鹿島茂、鴻巣友季子、古川日出男、山崎佳代子ら豪華執筆陣が19世紀以降の長編・連作20点を紹介するブックガイドです。また小特集「関西とSF」では、酉島伝法、菅浩江、小浜徹也を招いた座談会や堀晃のエッセイを収録し、豊穣な日本SF文化の背後にある関西的な想像力に迫ります。ほか文学フリマ事務局代表の望月倫彦と弊誌編集長東浩紀の特別対談、東による「悪の愚かさについて」「平和について」シリーズの完結篇、好評連載やエッセイなど、充実の内容でお送りします。
家に帰って掃除や洗濯をしていたら『ゲンロン 18』が届いた。『ゲンロン』を買うのはどのくらいぶりか覚えてないぐらいだけど、今回は特集「一族の想像力」というものがあって、そこに古川日出男さんが寄稿した「繁殖力の文学、だがしかし|『百年の孤独』」が掲載されると知ったので購入。
先月末のゲンロンカフェに古川さんが登壇されたときにこの話も少しさせてもらっていたので、絶対に読もうと思っていた。
ダウ90000の新作演劇公演「ロマンス」東京で開幕(舞台写真あり)
17時前に家を出て銀座線渋谷駅から乗って稲荷町駅まで。BGMはSpotifyの『奇奇怪怪』期間限定公開の「くるまさんと新しい遊びを考える」と星野源さんの『GEN』を。
飛行船シアターという劇場は初めて来た。ほとんど上野駅なので、昨日は谷中で書道教室、そして神保町で飲んでから、今日は神保町の集英社で取材して、夜は飛行船シアターと上野と神保町を行き来しているという不思議な二日間。
ダウ90000第7回演劇公演『ロマンス』を飛行船シアターにて鑑賞。ダウ90000は単独ライブ『20000』(下北沢ザ・スズナリ)『30000』(本多劇場)を観ていて、今回のような演劇公演を生で見るのは初めてだった。チケットはソールドアウトしていて、当日券も出るかどうかは当日にSNSでわかるという状況になっていた。配信とかがあれば観れるかもしれないが、このあと六月に大阪、十月に石川県金沢、十一月に福岡公演があるので、当分配信はないと思う。
観客の大半が20代から30代前半ぐらいかな、一緒に観た友だちTも僕も四十代なので、上の方の世代なのだろう。隣にはダウのメンバーの両親ぐらいの世代のご夫婦がいたけど、そういう方の方がレアだったと思う。若い世代で演劇を普段観ないような大学生が8000円のチケ代を払って観にくるということがすごいことだし、演劇関係者もどういうことだって思ってるんじゃないだろうか。
ダウ90000『ロマンス』構造とか展開がかなり好みのやつだったってのはあるけど、それ差し引いてもだいぶ凄かったです…。良いものを見せていただきました。 pic.twitter.com/iRfqCnKn4y
— 藤井健太郎 (@kentaro_fujii) 2025年5月16日
『水曜日のダウンタウン』の藤井健太郎さんも観覧されていたみたい、この「凄かった」ですというのがネタバレもできないなら、やはりその一言になると思う。
実際、約二時間の舞台の間はずっと笑いっぱなしだった。友だちも声を出して笑っていたし、観客がウケまくっていた。あんなに笑っている舞台は記憶にない。恋愛ものとはいえるが、いくつかのレイヤーが重なっている構造をエンタメに落とし込んでいる。そのポップさを引き立ててる蓮見さんの戯曲が凄かった。そして、それを演じられるメンバーたちだからこそ、よりその戯曲の魅力が増幅されながら観客に届いていたんだろう。
令和ロマンが「M-1グランプリ」の二十年近い歴史における最適解だった。それはなにか大きなものの終わりの始まりのような、時代の顔ともいえる象徴にもなった。そこにくるまのオンラインカジノ問題からの吉本退所がより拍車をかけたように思える。
蓮見さん率いるダウはこの二十年ぐらいの演劇とコントの最適解なのかもしれない。紡いできたものが彼らという存在と今の時代における表現としてここに至ったのかもしれない。同時に彼らは令和ロマン同様に何かを終わらして始めているようなゲームチェンジャーなのだろう。
ネタバレができないけど、恋愛を斜め目線で見るという視座もあるし、漫画やドラマにおけるメディミックスとか創作物をめぐる問題へのアイロニーもありつつも、嫌な視線や感情を引き摺らせないセリフの応酬と人物の行動によって、みんなが魅力的であり、ちゃんと「居る」存在だなって思える。
時折出てくる固有名詞もセンスがいいでしょ、ではなく物語の輪郭をより強めて笑いにも展開できるものになっていた。そういうものが蓮見さんの戯曲ではできるし、それを彼らたちは演じられる。ほんとうにとんでもなくおもしろい舞台だった。
上野駅から日比谷線に乗ってお互いの家の近くの駅で降りて、コンビニでビールを買って店先で感想を言いながら飲む。いやあ、舞台は最高におもしろかったし、そういう話ができるのもうれしかった。珍しく二日連続で酒を飲んだけど、どっちも楽しかったしいっぱい話した。
5月17日
雨の音が外からしていた。起床して洗濯物を取り込んだが、やはり濡れていたので洗濯機に入れた。今日はライティング作業の日にしていたが、午前中はいつも通り散歩をしたかったので、傘を差して家を出た。小雨だった。時折風が強く吹くこともあったがその後に大降りになったので午前中に出ていてよかった。
Q. 5月16日放送の #三四郎ANN0 ですが
— 三四郎のオールナイトニッポン0【毎週金曜深夜27時〜】 (@SanshiroANN) 2025年5月16日
実際に放送されたのは5月17日ですが
それは業界特有の文化なのですが
それを聴きかえせるというものは、何?
A. radikoタイムフリーhttps://t.co/zhFdQy8iXL pic.twitter.com/6iAA7S3FZ2
radikoで『三四郎のオールナイトニッポン0』を聴きつつ代官山蔦屋書店へ。「三四郎ANN0」はスペシャルウイークで相田さんが結婚報告しても、いつもの聴いているときはおもしろいけど、ちょっと経つと内容を忘れてしまう、いつものノリだけで進むトークは健在。ただこのノリを楽しめるかどうかはけっこう人によるので、オススメはしにくいし、ハマればずっと聴くのもわかる。
18日に返却の本を大橋図書館で借りていたので、先に図書館に寄って返却をして246沿いから旧山手通りへ。
金曜日ぐらいに発売だった書籍が欲しくて、前々日の発売日前からもう入っているところはないかなと数件書店に寄ったけどさすがになかった。発売日の16日もどの書店にもなくて、海外文学で版元も大手とは言い難いので仕方ないなと思っていた。
代官山蔦屋書店は海外文学のコーナーもあるし、さすがに入荷しているだろうと思ったがここでもなかった。検索機で調べても未入荷だった。新TwitterことXで見ると入荷している書店もあるにはあるが、有名な作家でもないし、国書刊行会という多少本を読まないと知らない版元なので刷り数もおそらく少ないのだろう。さすがに新宿の紀伊國屋書店本店とかにいけばあると思うけど新宿に用事がない。諦めて帰ることにして、スーパーでお昼ご飯の惣菜を買って雨の中歩く。
あるフレームの内側に整理整頓、まとめることを「歴史(正史) を記録する」という。すなわち現実を記録する書物にはある完全なる操作がある。そちらの完全さは、小説の完全さの「三つの条件」に真っ向から逆らっているのだ、そう言ってもかまわないんじゃないか。つまり普段の自分たちが捉えている事実、現実、真実というのは、記憶しきれない。虚構であれば? 記憶しきれる。
歴史書は虚構である。
現実は歴史書ではない。
その「「歴史書」性」を排して、歴史そのものに連なり、垂直性を獲得した小説は?
どこかで真実になる。すなわち挿話のその一々を記憶できない。 憶えさせない。
しかもガルシア=マルケスの『百年の孤独』には垂直性のみならず水平性も具わるのだ。マコンドには時間的な起源、空間的な起点があり、滅亡という名前の終点がある。しかも滅亡は『“時間”の側面においても『“空間”の側面においても行なわれるのだ (読めばわかる)。それは膨張して、収縮して、円形の軌跡を残すから、すなわち円なのである。
『ゲンロン 18』「繁殖力の文学、だがしかし|『百年の孤独』」P136より
昨日届いていた『ゲンロン18』の古川さんの『百年の孤独』についての文章を読む。古川さんはここで「完全な小説」とは垂直、水平、そして円を満たしたものがそうであると冒頭近くで書いている。そして、引用した部分は『百年の孤独』がそれらを満たしている説明でもある。そして、このパートの後には太文字で「忘却が繁殖する」というパートに移る。
『百年の孤独』には一族やマコンドにまつわる挿話がたくさんあり枝分かれしていく、それらは本筋とは関係なくはないし忘れられていく部分ではあるが、故に物語は豊穣となる。そして、起きた出来事を人は覚えていられない、やがて忘却する。
戦中から現在まで続くある一族をメインにした物語を前から考えていて、登場人物表なども作っている作品は六月末〆切の「日本ファンタジーノベル大賞」に応募するつもりで進めているのだけど、タイトルに「忘却」という言葉が入っている。そのことを古川さんの文章で肯定されたような気がした。
昼ごはんを食べてから、『JUNK バナナマンのバナナムーンGOLD』を聴きつつ読書をしていた。「バチボコプレミアムリスナー」のほうで「三四郎ANN0」の過去のアーカイブが先々週のスペシャルウイーク回と先週放送分、そして2019年の南海キャンディーズの山里さんが結婚した時の放送回がアップされていたので、午後は「三四郎ANN0」祭りな状態になりつつ、ライティング作業を開始。
担当編集者さんから赤入れされたPDFが送られてきていたものを反映させつつ、文字数の調整や新しく書き入れたい部分を追加したりと、気持ちとしてはパズルをやっているような感じになる。
文字数は決まっているからその枠内にハマらないと原稿としては成り立たない。赤入れを最初は一旦反映させたら決まっている行数から十行近く増えていたので、まずは削れるところやニュアンスを変えられるところは少ない文字数に変えたり、前後の文が変わったところは繋ぐ文字や文章を入れたり消したりをして調節していった。そうすると全体の文字数はそこまで多くないけどあっという間に時間が経っていった。
「三四郎ANN0」は先々週と先週放送回はすでに一度聴いているので内容が、そういうこと話してたなという感じ、山里さん結婚した時の放送はリアルタイムでは多分聴いていなかった頃のものなのでちょっとだけ気になるところもあったけど、作業の邪魔になるということはなかった。
一度書き終えたのでちょっとクールダウンで、近所のコンビニにいってお菓子を買って帰ってきた。『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』ep.188「ピンチヒッターしんいち計画」を聴きつつ、寝転んでスマホをいじっていた。
布川さんが体調不良でお休み、代わりにこの番組の大ファンだというしんいちさんがゲストでみちおさんと二人でトークを。こうやって聴いてみるとドッキリにかけられたりする印象が強いが、しんいちさんはトークスキルがかなりある。あとこの番組が本当におもしろくて好きなのが伝わってくるものだった。
終わってから先ほどの修正した文章を再度読み返して、微調整をして担当さんに送信。金曜日にインタビューさせてもらったものの原稿は翌日にすることにして、あとはのんびり寝転んでYouTubeで『佐久間宣行のNOBROCK TV』の「加護亜依&操り師板倉先生のコンビが無双したら、まさかのトンツカタン森本も覚醒で操り企画が新章突入!?」を見たりしていた。板倉が自分を概念だという言い方をして、続きがあるような終わりになって、『ケイゾク』『SPEC』の朝倉みたいだなって思った。このシリーズは確実に続くんだろうな。
5月18日
7時過ぎに起きて、朝のルーティンでサプリとトマトジュースを飲んでから昨日の雨で洗濯できなかった分を洗濯。radikoで『オードリーのオールナイトニッポン』を流しながら読書を。
9時半前に家を出て渋谷へ。歩く時のBGMは『脳盗』最新回を。Dos Monosのワンマンライブの話で、ライブ冒頭から歌詞が出てこなかったけど、ラップできていたとTaiTanが言っていて、玉置さんも「ゾーン」に入ってそういうことが自分もライブの時にあると言っていた。漫才師もネタを飛ばさない、飛ばしていてもそのパートがなくなって次に行くのでネタを知らないと飛んだことがわからないように、反復練習しているものは身についていて身体的に反射的にできてしまうというのは聴いていると納得できた。
レオス・カラックス最新作『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』。それは「これは私ではない」と題されたセルフポートレート。カラックスが初めて自ら編集しためまいのようなコラージュ。「鏡を使わず、後ろ姿で描かれた」自画像。子供の始めての嘘(フィクション)のような「僕じゃない」という言い訳――。
2024年のカンヌ国際映画祭プレミア部門で初公開され、大きな注目と関心を集めた本作は、ルモンド紙が「五つ星・傑作」としたのを始め、「ゴダールの精神的後継者による心揺さぶるエッセイ」「カラックスのとてつもない宇宙」と高く評価された。アメリカでも秋のニューヨーク映画祭で「多彩なヴィジュアルスタイルのシネエッセイ」「2024年の最も颯爽とした映画」と高評が続き、同映画祭に参加していたイザベル・ユペールも「100%レオス・カラックス映画。この映画にとても心を動かされた」と語っている。
ユーロスペースでレオス・カラックス監督『IT’S NOT ME イッツ・ノット・ミー』を鑑賞。気になっていたが観ていなかったけど、42分と短い尺なので午前中で終わるのもあって観ようと思った。観客は十人もいなかったが、内容的にもいかにも映画ではないし、レオス・カラックスを知らないと観ようとは思わないだろう。
亡くなったジャン=リュック・ゴダールへのオマージュなども感じられるが、監督のイメージと映像と音楽が次々と引用され、自身の作品もだが過去の作品なども入り込んでくる、さらに歴史にも触れていく、これはなんだろう。
映像的なマジックではあるし、レオス・カラックスという人の映像的な自画像なのだろうけど、説明は非常に難しい。ただ、今までのレオス・カラックス作品を観ているからか、なぜかわかるような、この監督の記憶や思考がスクリーンに映っているのがわかってしまう、不思議な時間だった。
スペイン・カナリア諸島に暮らす、10歳の「わたし」と親友イソラ。
せっかくの夏休みは、憂鬱な曇天に覆われていた。薄暗い貧困の地区を抜け出して、陽光のふりそそぐサン・マルコス海岸に出かけたいのに、仕事に追われる大人たちは車を出してやる余裕がない。ふたりの少女は退屈しのぎのため、不潔にして乱暴、猥雑で危うい遊びにつぎつぎ手を染める。
親友というには過激すぎる、共依存的関係性。
「わたし」にとってイソラはまるで聖女のように絶対的な存在だった。イソラが両膝を怪我すれば、舌でその血をなめとった。イソラの飼い犬になりたかった。粗暴な物語に織り込まれた緻密な象徴の数々。子どもらしいイノセンスとは無縁の、深い悲しみに由来する頽廃と陶酔の日々。
イソラと共にある日常は永遠に続くかに思われた。しかし——
金曜日の発売日以降にいくつかの書店を回っても見つからなかったアンドレア・アブレウ 著/村岡直子 訳/五十嵐絢音 訳『両膝を怪我したわたしの聖女』を前日にAmazonで頼んでいたので、家に帰ってきたら玄関に届いていた。タイトルと装丁デザインで惹かれるものがあったので、読むのがとてもたのしみ。
それからTVerで『アメトーーク!』の「今熱い!!女子プロレス芸人」を見た。有田さんがプロレスを語るとやっぱりおもしろいんだなと改めて思った。少し前に『ラヴィット!』にヒールレスラーの上谷沙弥さんが出ていたが、その天然ぽさや可愛らしさが出ちゃっていてキャラ的に大丈夫かなと思っていたが、この番組の終盤でどうして彼女がヒールになったのか、そしてライバル選手と引退をかけた試合をしたあとだったことを知った。そういうことを知っているファンが『ラヴィット!』を見たときには、どういう気持ちだったんだろうか。
まあ、ヒールをやるような人は自身の上にそのキャラを重ねているからバラエティにも向いているのだろう、素の自分が出るのも味になるし、ダンプ松本さんも北斗晶さんもバラエティ番組で活躍したけど、やっぱりベビーフェイスの人はあまりバラエティで活躍してない気がする。
夕方に星野源さんのアルバム『GEN』を聴きつつ散歩してから、金曜日にインタビューしたもののライティング作業を開始。そして、自分の作品用の作業も少しだけ進めた。こっちもやはり集中して進めないと間に合わないだろうし、思い描いている形に近づかない。
[AAA LIVE] Young Man
5月19日
7時ぐらいに目が覚めた。朝のルーティンをしてからちょっとだけ読書。最近仕事関連の本を読む時間がどんどん減っているので、ちょっとずつでも読む時間を作りたい。
小説『両膝を怪我したわたしの聖女』は前日に読み終えた。帯に書かれていたような「決壊する文体」というほど、読めなくなるとか、特異な文体や文字の置き方ではなかった。メインの二人の女の子の夏休みの日々を描いている。そこにあるのは美しさだけではなく、性への目覚めや悪意や島という閉鎖空間のどこにも行けないという閉鎖感だったり、父性がない世界だったり、と今いろんな言語に訳されて読まれているのは感覚としてはすごくわかる。一つの章が短いものが連なっていく構成は読みやすく、あっという間に過ぎてしまう少女の時間でもあるようでもあって、とてもよかった。
前日にradikoで『川島明のねごと』『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』は聴いてしまったので、Spotifyで『奇奇怪怪』の2024年の残っているアーカイブを流しながらリモートワークの作業を。途中でずっと同じ声を聴き続けていると飽きてきちゃうので、ニコニコ動画内「ビュロー菊地チャンネル」のコンテンツ「大恐慌へのラジオデイズ」を聴いたりもした。コロナから復活した菊地さんの一人語りだが、途中途中で流れる曲もカッコよかった。
金曜日を取材で休みにしていたので、先週の水曜日以降の溜まった作業や、諸々今後の作業の準備をしたらあっという間に時間が過ぎていった。
休憩時間を使わずに、夕方に家を出て青山ブックセンターへ向かう。本屋の近くでリモート作業の続きをしながら、「『刑事コロンボ研究 上』刊行記念 菊地成孔トークショー」の開始を待っていた。
平日の月曜日夜に集客で百人以上来ているのがさすがすぎるし、菊地さんの人気すごい。一度上巻を読み終わったけど、僕が『刑事コロンボ』をちゃんと見たことがないのでわからないところだらけだった。
でも、菊地さんの話を聞いていたら、最初にファーストシリーズが放映された70年代がどういう時代かということとか時代背景がわかるとわからないと思っていた部分にちょっとずつ光があたるような感じになってきた。下巻も今年中に刊行予定で、そちらは音楽家としてこのドラマの音楽について書くと言われていた。
菊地成孔の最終バンド<ラディカルな意志のスタイルズ>「反解釈0」より(長尺)
トークイベントが終わってから著書にサインもらっている時に書籍に関係なくて申し訳なかったのだけど、「今年はラディカルな意志のスタイルズのライブやんないですか?」とお聞きしたら、「ライブはわからないけどアルバム出るよ」と菊地さんが言われた。えっアルバム出るの? ラディカルな意志のスタイルズって音源を出さないでライブだけやるってバンドじゃなかったっけ。でも、音源が出るのはとてもうれしい。
帰りは風が吹いていて心地よかったので、そのまま歩いて帰った。今日は取材したインタビューのライティングは全然できなかった。
5月20日
6時過ぎに一度目が覚めた。今日は気温が初夏並になると予報で聞いていたけど、朝の肌寒さはまったくないので雨が降っていた数日前とはまったく違う室内みたいだった。寝転んでTVerで『あのちゃんねる』『耳の穴かっぽじって聞け!』『ヨソの番組乗っかりクイズ 寄生番組パラサイト』を見た。
「あのちゃんねる」はあの&ヒコロヒー&紅しょうが稲田の女性三人が飲みながらのトーク、この番組は毎回違うことをしたりしてフォーマットを固定させないことで飽きさせないところがあって、YouTubeでも配信しているけど、そういう動画好きな人も見れるようなチューニングがされている。
「耳の穴」はウエストランド井口さんと久保田さんの代わりにモグライダーの芝さんのコンビで、ゲストが子役出身の須賀健太さん。子役へのアンケートで一緒に共演したい芸人ランキングというものを発表していたが、子どもといえど芸能の世界にいるので見方が大人だしお金の匂いがする仕事へ向かっている感じがあって、やっぱり環境によって価値観は決まるんだなって。
「寄生番組パラサイト」はアルピーとマヂラブ二組が、テレ東の番組撮影中にスタッフが忍び込んで、勝手にそこからクイズを作って答えるというもの。デッカチャンが出てきたりとこの二組ならではの芸人さがでてくるところもおもしろい。
金曜日休んだ代わりに、普段はリモートワークしない火曜日も作業を開始。始めてすぐに右手がかゆくなって掻いてしまったらすぐに赤くなった。お昼すぎに外に行く時も右足のくるぶしあたりが帰ってくる頃にはかゆくなってしまったが、どちらも蚊に刺されたあとみたいだった。
昼間は30℃近くになっていたのもあって、部屋の中もサーキュレーターだけではちょっと暑く、エアコンのドライで部屋を冷やした。梅雨はまだ先なんだけど、雨が降る前に気温がぐいんと上がって雨降って蒸し蒸しして、そのまま真夏になって外に出たらもう死ぬぐらいの酷暑になるパターンなんだろうか。散歩行くのがしんどくなる季節がもうすぐやってくる。
作業中はradikoで『空気階段の踊り場』と『JUNK 伊集院光深夜の馬鹿力』を流していた。「踊り場」は今年4月に上京したリスナーの元に行く企画でほっこり、「深夜の馬鹿力」は永野芽郁の「ANNX」降板の話からフワちゃんのことなんかを最初に話していた。こういう時にちゃんと言えるのは伊集院さんと爆笑問題の太田さんぐらいな気がする。
有吉弘行の冠番組「有吉クイズ」(テレビ朝日)の東京ダイナマイト・ハチミツ二郎出演回「ハチミツ二郎と電動車椅子さんぽ」が「ギャラクシー賞」2025年4月度の月間賞に選出された。
「有吉クイズ」ギャラクシー賞を獲得、有吉&ハチミツ二郎の電動車椅子さんぽ回
TVerになんで前に放送した「ハチミツ二郎と電動車椅子さんぽ」に関するものが二週分アップされているのかと思ったら「ギャラクシー月間賞」を受賞したみたい。めでたい!
この勢いでほんとうにレギュラー放送になってほしいし、勢いも箔もつくんじゃないかな。二回目になるけど、見てみるとハチミツ二郎さんが同行したタイムマシーン3号の関とか可愛がっていた後輩から慕われているのがよくわかるし、普段は冷静な有吉さんもハチミツさんに対してはフラットだけどちょっと気になっている感じで接してるように見える。
昼休憩で外に出る。暑いけれど汗だくだくになるほどではない。風が多少あったのも影響していると思うけど、駅前のキャロットタワーに入ってTSUTAYA書店に入っても涼しい〜みたいな気持ちにはならなかったのでまだ初夏感は強くない。
惣菜を買って帰ってきてから、TVerで『ラヴィット!』を流しながら昼ごはんを食べた。賞レースで勝っていたらやろうと思っていた、あるいは披露しようか迷っていたネタをするという企画をやっていた。囲碁将棋のドラゴンアッシュ漫才とトム・ブラウンの盗撮対処法漫才が最高におもしろかったし、どちらが優勝でもいいなって思えるネタだった。こういうネタを朝からやっている『ラヴィット!』はこのままでいてほしい。
リモートが終わってからライティング作業をしながら、Spotifyのポッドキャストの『アルコ&ピースのしくじり学園放送室P』(ゲスト:三宅香帆)と『あのと粗品の電電電話』、ニッポン放送ポッドキャストで『ランジャタイの伝説のひとりぼっち集団』の最新回をBGMがてら流す。
「アルピーしくじり学園」は書評家の三宅香帆さんがゲストだったけど、もういろんな媒体に出ているし、出たら出たで全力な感じで自分の仕事や本を読んで欲しいという気持ちをぶつけている彼女は強いなと改めて感じた。三宅香帆無双はこの先も続きそう。好きなものに対して語る時の熱量とテンションの上がり具合、平常時の声のトーンなどその緩急のバランスも聴き手の中にあるものを刺激するし、熱が届くというのが彼女のすごいところだと思う。
「あの粗品」はこのまえ放送した「充電旅」に出た際に免許がなくなっていて自転車をこいでいたというあのちゃんの話から、最近は『弱虫ペダル』の影響で自転車に乗るようになった粗品への流れ。
「ひとりぼっち集団」は自宅のカードキーをなくした国崎の冒険譚みたいなトークになっていて、乗ったタクシー運転手がこのポッドキャストを聴いている人だったりと、ネタがこの人尽きないし、もう嘘でも本当でもいいと思える。
ライティングで進めている原稿は明日には出して、他の企画案とかも出せるようにしたい。けれど、企画案も出してもボツったりするし、ネタだししようと考えていると中々これってものを見つけるのは難しい。
5月21日
6時過ぎに起きて今日中に送らないといけない原稿のライティング作業を開始、しようと思ったけどどうも心身がズレているような、やる気が起きない。〆切がきたらもうちょっと焦らないといけないがどうも気が乗らない。
寝転んだままでTVerで『ロンドーハーツ』を見てから、radikoで『アルコ&ピース D.C.GARAGE』で平子さんが車を運転している時にずっと追ってきている車がいる怖い話のエピソードも聞いたりしてもまだうまく脳みそが起動しない。でも、そろそろ起きないとダメだなって思った時に新TwitterことXで「ジークアクス」のワードを見て、深夜に放送したものをアマプラで見ようと思って視聴。
ジークアクス、予感はあったが7話で確信に至った。これ、「向こう側に消えたマヴを追い求める」物語だ。人生をまるごと塗り替えてしまうほどの感応(=キラキラ)をもたらした特別な相手への強い思慕。シャリア・ブル、シイコ、そしてマチュとニャアン。「Plazma」の歌詞の意味がようやくわかった。
— 柴 那典 (@shiba710) 2025年5月21日
見終わってから音楽ジャーナリストの柴さんのポストを見て、なるほどと納得。確かに今作から出てくる「マヴ」という二人一組のペアという考えにおいて、その片割れがいなくなったり、消えてしまうともう一方がその相手を探し求めるみたいな話なのかもしれない。
しかし、この前出てきた連邦軍のパイロットだった女性も一話でいなくなったが、サイコガンダムとか『Zガンダム』に出てきたモビルスーツや関連するキャラクターたちも早々に退場していく。その展開の速さにびっくりもする。いなくなったシュウジをマチュとニャアンそれぞれがジオンだけど違う側にわかれて、戦うことになるのかもしれないけど、考察しがいありすぎだろと思う内容だ。
考察することで「ファースト」「Zガンダム」が見返されることになる。バンダイナムコとしてはすごくありがたい作品だろう、現在進行形の作品自体もちゃんと人気があって評価もされて、関連商品も売れるのに、さらに過去作のものも動いていく。
午前中のライテインング作業は諦めて、リモートワークを開始。「D.C.GARAGE」から引き続きのTBSラジオの『JUNK 爆笑問題カーボーイ』をBGMがてら流す。浅草キッドの玉袋さんと太田さんが共演した話を冒頭でしていた。
爆笑問題と浅草キッドは同世代でライバルであり、過去には遺恨もありつつも太田さんと玉袋さんはお互いに年齢を重ねたことで和解というか前よりも気楽に接することができるようになったんだなって。こういう場所にいるのは博士さんではなく、玉袋さんなのもなんとなくわかる。
今夜の #星野源ANN は、ニューアルバム #星野源_Gen リリースパーティ!
— 星野源 Gen Hoshino (@gen_senden) 2025年5月20日
くじ引きでオンエア曲を決定、新曲をたっぷりとお送りしました。
楽曲それぞれの感想や、アルバム全体に対する感想、質問もたくさんありがとうございました!
次回は十九人のおふたりがゲストに登場!https://t.co/M1V1JUWICA pic.twitter.com/m4KvV0h8zI
『星野源のオールナイトニッポン』はニューアルバム『GEN』リリースパーティという感じで、楽曲をできるだけ多くオンエアする形だった。いやあ、このアルバムはほんとうに素晴らしいと散歩しながら聴くと気持ちが軽やかになるし、見ている景色が愛おしく感じられる。今年は、これからさきもずっと聴き続ける一枚。
#あの のオールナイトニッポン0
— あののオールナイトニッポン0【公式 毎週火曜27時~放送】 (@ano_ann0) 2025年5月20日
お聴きいただきありがとうございました🙇
\久しぶりの生放送/
ごまはスプーンで食べますか?
指で食べますか?
radikoのタイムフリー👇https://t.co/w8KD0eAuFS #あのANN0 pic.twitter.com/C55B0vWt4B
『あののオールナイトニッポン0』は久しぶりの生放送。先週は休みで、その二週間前、三週間前は録音だったこともあって、あのちゃんもドライブがかかっているかのように話すテンポもテンションも高いように聴こえた。話したいこと、ここだから言えることがたくさん溜まっていて、それが放たれた感じでザ・生放送って感じでよかった。永野芽郁のこともあり、ニッポン放送暗くないかって言っていて、彼女らしい気遣いもあった。週頭の月曜日がいろいろ起きるから、翌日の火曜日担当だからその雰囲気をフワちゃんと永野芽郁で嗅ぎとっている彼女らしくもある。
昼休憩の後はSpotifyで『奇奇怪怪』最新回を聴いてから、2024年配信の最後のものを聴いたので、『奇奇怪怪』はとりあえずアーカイブにあるものは全部聴いた。今年の元旦の『脳盗』をきっかけに聴き始めたけど、5年以上あるポッドキャストをあるものを全部聞こうと思うと約六ヶ月かかった。聴いた自分を褒めたい。
「集英社オンライン」の担当してくれている編集者の小山田さんが集英社の音声レーベル「shueisha vox」でプロデューサーを務める第二弾『原宿の今じゃない企画室』が開始。第一弾は『流通空論』なのですでに評価されていてすごい。
前に上の世代の編集者さんと話していて、小山田さんや彼の先輩である集英社新書の吉田さんだったり、二十代の優秀な編集者は今までの出版社における編集能力だけではなく、ポッドキャストやイベントなんかにその能力を活かしながらチャレンジができるから可能性が広がっているんだろうし、編集というものを拡大していく人たちなんだと思う。
その時に彼らが興味を持っているようないわゆるサブカルだったり、人文系みたいなことで出版関連の仕事をしようとすると同世代には書けるライターがいないのかもしれない。そうなると僕ら四十代前半から三十代後半ぐらいのほうが彼らの興味があることとを多少知っていたりするから話もできるし、声をかけやすいということもあるかなって。
二十代や三十代前半の人ってライターとか文章書くよりはYouTubeかTikTokとか動画に流れているだろうし、そもそも書き手がいないんじゃないかな。おそらくそういうことも関係して僕とかにも声をかけてくれるんじゃないかなって思ったりしている。
リモートワークが終わってからライティング作業の続きをもう日付またぐかもしれないけど、今日中に寝る前には出すというモードに。多少メモしたり、構成したりインタビューしたものをまとめていたりしたけど、それをパズルみたいに当てはめて加筆修正していくってことに自分の中のリズムが合わなかった。そういうことはたまに起きてしまうけど、単純にバイオリズムとか体調とか精神状況に左右されるから、〆切があるということでそこに照準を合わせようとはできるのはありがたい。なくても編集さんにこの日に出しますと自分で作れば、なんとかモードは変わる。
5月22日
6時前に起床してradikoで『きしたかののブタピエロ』を聴きながら出発の準備。派遣の仕事で8時20分に東急田園都市線宮崎台駅に集合だった。三茶からだと電車に乗ると30分もかからないけど、体を動かしたいのもあってとりあえず二子玉川駅まで歩いていくことにした。『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を散歩のお供がてら聴きながら246を神奈川方面に向かう。
駒沢大学駅となら歩いて行ったことがあったけど、そもそも二子玉川駅って用事がないからおそらく行ったことがない。映画館もあったりするので可能性がないわけではないが、田園都市線に乗って神奈川方面に行くとしたら溝口駅で乗り換えるので行った記憶がない。
一時間十分ちょっとで二子玉川駅に着いたので、ここかから各駅停車に乗って宮崎台駅へ。7時半近くになっていたけど、下り電車なのでかなり空いていた。
昨日、今日の現場の集合場所を言われるまで存在すら知らなかった宮崎台駅へ。今日はスタッフは二人だったので、もう一人の班長さんと改札前で合流して本日の現場へ。
歩くと20分ほど、バスだと8分ぐらいの住宅街にあるとあるクリニックへ。
本日は休診で二階の室内にあるエアコンを入れ替えるのを手伝うという作業だった。最初に今あるものを業者さんが外して降ろしたものを二人で一階の駐車場に停まっているトラックの荷台に運び入れて、最初にそこに置かれていた新しいエアコンや関連部品を二階へ持って行った。
9時から17時までの予定だったが、15時台になっても新しいものが半分も取り付けられてない状態で、なんか色々やる作業があるらしく業者の職人さんたちも四人いたけど、あまり進んでいなかった。班長さんは自分の仕事で21時から別件の用事があるから17時に帰ることになり、残業をお願いされたので僕は結局19時まで掃除をしたり諸々のお手伝いをした。
僕が帰る頃にはあと二つぐらいを設置する程度残っていたが、これ以上いても帰るのも遅くなるのでそこで終わって、駅まで戻って電車に乗って一本で三茶へ。19時台になっていたけど、上り電車だったからか混んでいなかったのはありがたかった。
お昼にインスタグラムを見ていたら、ニコラのアカウントで飯山からアスパラが届きましたとポストされていたので、絶対に帰りに寄ろうと思っていた。
お店に着いたのは20時ぐらいだったので、とりあえず最初はビールをいただいてから、毎年この時期のお楽しみな「飯山産グリーンアスパラ 温泉卵と白トリュフオイル」と白ワイン(テヌータ・ロヴェリア リムネ ルガーナ)をいただいた。アスパラがすごい緑な濃厚な味で、穂先の方はより味が濃い。温泉卵と白トリュフオイルにつけて食べるとその濃厚さと甘さが混ざり合ってほんとうに美味しい。選んでもらったワインも僕には飲みやすくフルーティな味だった。
アルヴァーブレンドを飲みながら一服していたら、カウンターに出版関係の方がいらして、一度お会いしたことがあったみたいだけど名刺交換するまで忘れていた。その方も「飯山産グリーンアスパラ 温泉卵と白トリュフオイル」を頼んでワインを飲んでいて、いろいろとお話をさせてもらった。気がついたら11時前だったので一足お先に帰ってから風呂に入って洗濯機を回して干すところまでできた。
ano – 猫吐極楽音頭【Live Blu-ray anoワンマン公演「スーパーニャンオェちゃん発表会」at NHKホール2025.01.14】
5月23日
昨日の仕事はいわゆる肉体労働というほど重いものを持ったり運んだりは少なかったものの、久しぶりだったからか日付が変わってから横になったらすぐに寝落ちして朝の目覚ましが鳴るまで起きることなくぐっすりと眠れた。仕事の内容というよりも普段行かないところに行くというのはわかりにくいけど、心的な疲れをもたらしているのかもしれない。
起きたのが6時半前だったので寝転んだままでradikoで『秘密諜報員みなみかわ』を聴く。今回は「毛」についてだったが、精子との尻尾みたいな部分もある意味で「毛」のようなものらしく、そういう話になっていった。
そのままいつもの木曜深夜放送の『ハライチのターン!』『JUNK おぎやはぎのメガネびいき』『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』『四千頭身都築拓紀のサクラバシ919』をリモートワークのお供にして作業を進める。
お昼過ぎてから竹橋のパレスサイドビルに出社するために家を出る。気温は22℃とかぐらいの予報だったが薄いカーディガンを着ているぐらいでちょうどよかった。
親会社が変わってオフィスが六本木の東京ミッドタウンになったので、おそらく今日こちらのオフィスに来るのは最後になるはず。仕事の作業でやりかたを教えてもらうことがあったので、出社したがすでに僕がバイトしている会社の人たちは基本的には竹橋には出社していないので、もうアウェー感があった。もろもろと作業をしてから夕方に一足早く帰って、残りはリモートワークをして本日の業務は終了。
仕事で使っている新TwitterことXの調子がよくなくて、投稿予約しているものが実際にはその時間にはポストされているけど、予約セットしたところに残っていたり、前にポストしたものにツリー的に繋げようと時間差で予約しようとしたらエラーが出てできなかった。
検索してみたらDMが使えないという声もあったりしたので、何らかの障害が起きていたらしいが、これを情報出しに使っているのでエラーとか起きるともうどうにもできない。かといってTikTokとかにするような内容でもないし、今後の動きによっては方法を考えないといけない。
ことわざに「鹿を逐う(追う)者は山を見ず」というのがある。これのことをずっと考えている。長篇小説を完成させるのに必要なのは、第1に、構造であり、第2に、主題であり、第3に、装置であり、第4に、物語であり、第5に、文体である。そして実際に山に入って獲物である鹿を追跡する猟師になる時、作家は、もちろん鹿を見る。ずっと見つづけようとする。と同時に、鹿の痕跡を地面に、あるいは周囲の樹々に、あるいは音響に感知しようと心がける。かつ、鹿を実際に射るためには、弓矢であれば射る技術、銃器であれば撃つ技術が要る。
鹿がどのように森の内側を走っているか、はストーリーに相当する。鹿が生み出す痕跡を追う行為、これは物語を作る作業にある。だが、どのようにすれば射れるか。撃てるか。あるいは銃器をどのように操作できるかとも言い換えられるが、こうしたスキルこそは文章をどう前進させるかであって、文体だ。
〈古川日出男の現在地〉さらに小説創作論 2025.05.10 – 2025.05.23 東京・群馬・埼玉
現在新作を執筆中の古川さんのブログが更新されていた。前回に引き続き小説創作論のことについて書かれている。鹿を追う者は山を見ることができない、故に構造が必要だということなのだけど、その説明を読むと前回よりもさらにまず構造がくるということがよくわかる。
『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』ep.189 布川のコミニュケーション好き 計画
『永野はミスターTBS』#20 真面目な話をしませんか? ゲスト:岩井ジョニ男(イワイガワ)
東ブクロ&カカロニ栗谷『垂流的雑談のススメ』 #18 「有吉の壁芸人でペアを組むなら??」
仕事が終わってから風呂に入って、のんびりしながら金曜日夜恒例の『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』と、radikoやSpotifyでも聴けるけどYouTubeでもアップされている二番組を聴く。どちらも地味に最初から全部聴いている。「ニッポン放送圧縮計画」は前回同様に二週間分を一日の収録で撮っているので、布川さんはそのまま不在でしんいちさんが後半からもう一度ゲストという形になっていた。
編集さんからインタビューした記事の原稿の修正案が昨日来ていた。明日明後日で修正して送り直すことにしたので、一旦書籍の方を再度読み直すことにした。初見の人でも、取り上げられている事柄や人のこと知らない人にわかりやすいキャッチーさを僕があまり意識していなかったので、その辺りを前面に出さないと読んでもらえない。もうちょっと自分でもそういうことに意識しないとダメだなって思う。
BOOKSTAND映画部!」のレビューコーナー「月刊予告編妄想かわら版」2025年6月号が公開されました。6月は『We Live in Time この時を生きて』『親友かよ』『メガロポリス』『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』を取り上げました。
5月24日
目覚ましが鳴るわずか前に、6時になる前に目が覚める。音が鳴る瞬間に停止のボタンを押す。どこか燃え始めた紙とかに水をかけて一瞬で消すようなあの感じ、最初の音がわずかににぶい音がした。意識が一気に浮上するような、体のサイズに戻ってきてパチっとハマったみたいな気持ち。
朝のルーティンをしてから、radikoで『JUNK バナナマンのバナナムーンGOLD』を聴きながら、昨日夜読んでいた書籍の再読の続きを。編集者さんからの戻しのコメントを確認していたのもあるので、流れを整理するというのもあるし、記事の流れで書籍からも使える部分があるだろうからそのチェックも兼ねて。
\\\ 👑昨夜の放送をタイムフリーで🎸 ///
— 三四郎のオールナイトニッポン0【毎週金曜深夜27時〜】 (@SanshiroANN) 2025年5月24日
[ 2025.0523. OA #三四郎ANN0 ]
▷ #radiko タイムフリーhttps://t.co/WqOR1yoc7h
▷ 17LIVEアフタートークhttps://t.co/BI7lTqHn61 pic.twitter.com/ZQp0HKpY27
8時半前に家を出た。土曜日の散歩のお供の定番である『三四郎のオールナイトニッポン0』をradikoで聴きながら代官山蔦屋書店へ。
「MUSIC AWARDS JAPAN」の話題から三四郎の二人とも関わりのあるCreepy Nutsが最多受賞した話になり、コンビというか二人組というところでなぜかB’zの話題になり、松本さんと稲葉さんが年に一回は二人で食事に行くというところで、三四郎は何年も二人でご飯を食べに行っていないという話へ。どうも相田さんが二人きりは気まずいというかちょっと嫌だという気持ちがあるっぽい。コンビでご飯を食べに行くという芸人さんはあまり聞かないし、そういう展開とB’zの歌詞とかに関するリスナーからのメールを読みながら小宮さんがノリで突っ走っていくという感じだった。三四郎のラジオらしいラジオだった。
「最初は『Mad Hope』という仮タイトルで進めてたんです。でも、作っていくうちに、伝えたいことやメッセージが何もないということに改めて気付いた。『Mad Hope』はこのアルバムの中心曲ではあるんですけれど、『狂った希望』という言葉をアルバムのタイトルにすると、そこにメッセージが生まれてしまう気がする。そういうアルバムでもないなと思った時に『Gen』というタイトルを思いついたんです」
「去年が一番つらかったですね。コロナ禍以降ずっとしんどかったけど、一番酷い一年だった。悲しいことばかりだったので、その中で作っていたという感じです。どん底を抜けたからアルバムを作れたというわけではなくて、基本的にはずっと地獄にいるような感覚というか、それがどんどん深くなっていく感じです」
「こういう風にしたら聴いてもらえるだろうとか、こういうものが流行っているとか、こういうジャンルの曲を作ろうとか、そういう気持ちで作った曲はないんです。それって、判断基準が自分の外側にあるじゃないですか。でも僕は自分の外側はどうでもいい。 “Gen-ness”は自分の中にある。そこには僕が出会った“音楽の理解者”たちもいる。だから、いろんなアーティストとコラボレーションをしたアルバムだけど、自分の外側の知らないところに行ったという感覚があんまりないんです。むしろ孤独の要素が強い。それがすごく面白いし、それでいいんだなって思えてますね」
星野源、孤独と創造の6年半を語る
歩いている時に音楽ジャーナリストの柴那典さんが星野源さんにインタビューした記事を新TwitterことXで見つけて読みながら歩いた。
広告というか『GEN』に関するものでプチ炎上なのか、公共のところに宣伝的なものをするのはどうなのかという意見とかが出ているということも全く知らなかったのだけど、この数年の星野さんは活動で何かが起きるというよりも、まつわる事柄で本人がもはやどうにもできないことも巻き込まれている感じもあった。そういうことを経験していたことがこのインタビューで「地獄」について話していたことに明らかにつながっているのだろう。
漫画家・岸辺露伴はヴェネツィアの教会で、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。それは誤って浮浪者を殺したことでかけられた「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いの告白だった。
幸福から必死に逃れようと生きてきた男は、ある日無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。
その瞬間、死んだ筈の浮浪者が現れ、ポップコーンを使った試練に挑まされる。
「ポップコーンを投げて3回続けて口でキャッチできたら俺の呪いは消える。しかし失敗したら最大の絶望を受け入れろ…」。
奇妙な告白にのめり込む露伴は、相手を本にして人の記憶や体験を読むことができる特殊能力を使ってしまう…。
やがて自身にも「幸福になる呪い」が襲いかかっている事に気付く。
渡辺一貴監督、荒木飛呂彦原作、小林靖子脚本、高橋一生主演『岸辺露伴は動かない 懺悔室』舞台挨拶中継付きでTOHOシネマズ渋谷にて鑑賞。元々今日は派遣の仕事のシフトを入れていたが、前日の夕方に電話したら仕事はなかったので、急遽空いてしまい、元々どこかで観ようと思っていたこちらを観ようと思ったら朝の一番早い回が舞台挨拶中継付きだったので、という流れ。どこだろ、六本木とか大きな映画館で実際の舞台挨拶流行っていたと思うのだけど、渋谷も七割ぐらいは埋まっていた。
荒木飛呂彦さんが描かれている『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズは漫画では実は一回も読んでいない。幼少期から高校生ぐらいまではジャンプ、マガジン、サンデー、月ジャン、月マガが家に最新号はあったような家だったが、僕は荒木さんの線が苦手だった、どこか怖い印象があって読んでいなかった。そのため、「ジョジョ」シリーズの登場人物や関係性、一族的なものは理解していない。
ただ、「ジャンプノベル」編集部にインタビュー取材に行くことがあったので、「岸辺露伴」のノベライズは数冊読んでいたし、高橋一生さんが主演で小林靖子さん脚本ならおもしろそうだとNHKのドラマは一話から毎週オンエアされるたびにNHK+などで観ている。前作の劇場版も安藤政信さんも出ていたので、観なきゃと映画館で観ている。内容はあまりいいとは思えなかったけど、ルーヴル美術館での撮影というのはやっぱり興味をそそるものだった。
というわけでどうも「岸辺露伴」シリーズでも人気らしい『懺悔室』も内容はまったく知らず、予告編のみの知識しかなかった。
観ながら思ったのは井浦新さんが演じた謎の男である田宮最初に仮面をかぶっていたこと、玉城ティナさんが演じたマリアが仮面職人であったこともあり、「仮面」というものが一つ重要な役割を持っていたが、田宮と大東俊介さんが演じた水尾に関してはけっこう顔芸的なシーンが多かった。
大東さんはポップコーンを空中に投げて口でキャッチするのを三回成功させないと不幸が訪れるというシリアスな場面で、その必至が伝わるからこその顔が滑稽にも見えてきて真面目にやっているからこそ起きてしまう笑いにも転じるシーンがあったが、その時はめっちゃ顔芸満載、その表情はインパクトがあった。
田宮は仮面を外してからも仕草や物言いに関してはどこか道化的な振る舞いをしていて、これは作中にあるオペラとも関係しているのだけど、かなり普段の井浦新さんが演じる感じではなくちょっとオーバーな演技だったことで、より道化的に運命に翻弄される男を演じていた。
そういうキャラクターたちが脇にいながら、高橋一生さん演じる岸辺露伴と飯豊まりえさん演じる編集者の泉京香はいつも通りではあり、露伴は自身に起きたことについては自分で責任を取ったり、人と関わるのだけど、それ以外のことは関与しないというスタイルであり、京香は明るさと奔放さで時に露伴に事件を解くヒントを与えるというバディ感はそのまま維持されていた、というかよりいい関係性になっていた。
仮面は見るものによって印象が変わるように、幸運と不運(祝福≒呪縛)という人生にふりかかるアクシデントのある種の寓話だとも言える。最後の水辺のシーンがずっと長まわしになっているエンディングロールで『大空位時代』がフル尺流れたのも良かった。
高橋は取材を受けていると「岸辺露伴は変人だから、大好きです」と声をかけられることも多いという。「6年間、演じさせていただいている間になんとなく露伴の感覚になってきてしまって。『変人だから好き』と聞くと、おこがましくも自分のことのようにうれしく、誇りに思ってしまう。現代社会では、わかりやすくて、短くて、合理的であるものを、正しく求めているような気がします。『露伴、変人だから好き』という言葉の奥には、自分自身で引いてしまった柵の外をのぞいてみたい。柵の外のある、憧れみたいなものを見てしまっているんじゃないかと思います。
高橋一生、『懺悔室』は「いままで史上一番“露伴していた”」と自信!「岸辺露伴は変人だから好き」との評価に「自分のことのようにうれしく、誇りに思う」
舞台挨拶の最後に高橋さんが言ったこの言葉がなんだかすごく沁みてしまった。こういう人だからこそ、渡辺監督と高橋さんをはじめとする六年目に入った最初からやっている人たちが作り上げたこの作品群は、原作漫画にリスペクトをしながらも自分たちが好きなことを世間に併合せずに求めていく、馴れ合いをしないで毎回きちんとそれぞれの仕事をやっていくというプロフェッショナルさがあるからこそ、多くのファンが生まれてシリーズが続いていっているんだなってわかった。
家に帰ってから資料読みの続きをしていたらウトウトしてしまって、ちょっと寝てしまっていたら昨日受け取れなかった郵便局の再配達が来たのでそのノックで起きた。
会社の退社関係の書類を送らないといけないセットみたいなものだった。まあ、親会社同士が勝手に株式譲渡して従業員の雇い先が変わってしまっただけ。僕の契約がもともと五月末までだったのもあって(三ヶ月ごと更新なので)仕事は今まで通りにやっているけど、新しい親会社との契約は六月からになる。だから、それぞれに退社と入社に関する書類や申請なんかが必要になっている。
めんどくせえ、でも仕方ない。勝手にやってほしいが、個人の保険証とかそういう諸々はどうしても僕自身が手続きをしないといけないのはわかる。いろいろと事務作業的なことをしてくれる人がいるのはありがたい。でも、株式譲渡でしばらくは働いている人間たちは混乱する。という迷惑はめっちゃかかっている。
まあ、株価とは直接的には関係ないようなこと、でも社員は辞めたり、引き継ぎしたらどこかいったりして組織もだいぶ変化していく。となるとその価値は変わっちゃう。まあ、末端の人間はそんなことを思うけど、あと半年もしたら新しい体制ができあがって前の物はほとんど漂白されるか上書きされる。いい方に転ぶことを祈るしかない。
5月25日
7時過ぎに起きる。今日は目覚ましと共に。横になったままでradikoで『オードリーのオールナイトニッポン』を流しながら二十分ほど聴いてから朝のルーティンを。放送の半分ぐらいの手前で家を出る。夜に雨が降っていたのもあって空気が澄んでいるような、空中のチリや埃があんまりないようにも思えた。湿気もあまりなくてちょっと寒いぐらいで歩くにはちょうどいい。「オードリーANN」の続きを聴きながら六本木方面へ。
246沿いを歩いていき、渋谷の桜ヶ丘付近で渋谷ストリーム方面の陸橋から青学方面に。途中で『脳盗』に変えて残りの距離のお供にして、六本木ヒルズにあるTOHOシネマズ六本木まで歩く。
トム・クルーズの代表作で、1996年の第1作から約30年にわたり人気を博してきた大ヒットスパイアクション「ミッション:インポッシブル」シリーズの第8作。
前作「ミッション:インポッシブル デッドレコニング」とあわせて2部作として製作され、「デッドレコニング」から続く物語が展開。前作のラストで世界の命運を握る鍵を手にしたイーサン・ハントと、その鍵によって導かれていくイーサンの運命が描かれる。また、これまでほとんど語られてこなかったイーサンの過去などが明かされる。シリーズおなじみとなったトム・クルーズ本人によるスタントシーンも健在で、今作では飛び回る小型プロペラ機にしがみつく空中スタントなどが見どころとなる。
スパイ組織「IMF」に所属する主人公イーサン・ハント役のトム・クルーズ、「M:i:III」で登場して以降、イーサンの盟友となっているベンジー・ダン役のサイモン・ペッグ、シリーズ全作に登場しているルーサー・スティッケル役のビング・レイムスらおなじみのメンバーはもちろん、前作「デッドレコニング」から登場したグレース役のヘイリー・アトウェル、パリス役のポム・クレメンティエフ、ガブリエル役のイーサイ・モラレスも続投。トム・クルーズ主演作で監督や脚本、製作を数多く担ってきたクリストファー・マッカリーが、今作でもメガホンをとった。
トム・クルーズ主演『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』をTOHOシネマズ六本木のTCXで鑑賞。日曜日の10時前の上映回だったのもあるのか割とお客さんは入っていた。さすがに三十年近くやってきたシリーズなので年齢層は高め。ただ子供連れの人たちもわりといたけど、前作と今作はどちらも三時間までは上映時間はないが二時間四十分ぐらいあるから、そんなにも子どもが観て集中力持つのかなとかアクションがすごいってのはわかるだろうけど、内容はわけわかんないだろうな。
最初から最後までイーサン・ハントことトム・クルーズが体を張りまくりのアクションシーンのオンパレードで、そういう状況でやりたいアクションとかが先にあって、シチュエーションや物語を作ったのかなとも思えるものだった。
今までイーサンが不可能な作戦を成功させてきたことは国や世界のためではなく、仲間たちを守るためだった。そのことについては今作では黒人女性大統領からも言われたりする。黒人女性大統領というのはこの何年かのハリウッド作品で見るようになってきたけど、カマラ・ハリス的なイメージなんだろうな。トランプみたいな白人男性が大統領でいるよりもそちらのほうがアメリカにとってもいいという感じなのだろうけど、今作でも描かれているような理性的な判断ができるかどうかはその人次第なので、人種も性別もあまり関係はない。ただ、男性優位社会がずっと続いていて愚かな行為や結果が今の世界を作っているなら、マシな方という希望や期待が込められているのもわかる。
イーサンの仲間や知っている人たちもだけど、未知の人たちを、世界中の人たちを救えるかというのが今回の大きなお話。確かにトム・クルーズ自身が体を張ったスタントによるアクションシーンは見どころ万歳で目が離せない。でも、すごすぎて途中から笑いそうになってしまった。過剰すぎるとカッコいいとかを通り越していく、あとものすごい環境やシチュエーションで任務を果たそうとしている必死な顔もある程度たつと気持ち笑いそうになってしまう。
今作はもう緩急とかがなくて、どんどん「それ」と呼ばれる存在を止めるためのアイテムを集めるために沈んだ潜水艦に入ったり、プロペラ機同士での空中戦とかトム・クルーズがよく死なないなとしか思えない場面ばっかりで、物語はわりとどうでもよくなってしまうところもあった。
過去シリーズに出てきた人物たちも敵だけではなく、関わった人が再度登場するなど、おそらくこのリーズのラストになるであろう大円団的なものもあった。ちょっとスパイ的なものと今の世界は折り合いが悪いというかリアリティがどんどんかけ離れているようには感じてしまう。
元々CIAとかそういう組織って冷戦時代の情報線とか諸々を担っていたのだろうけど、今も祖国の命令で他国においてスパイ的な活動をしている人はいるとしても、イーサン・ハントたちのような行動は絶対にしないし、できない。そういう意味でもフィクションであり、同時にトム・ハンクスという最後のハリウッドスター的な俳優のドキュメンタリーとして楽しむということが正しいのだろうと思う。
運命や宿命というものがあるとして、それでも人間は過去に行ってきた行動が現在に降りかかってくる。それに対してどう動くのか足掻くのか、なにをするのか、それしか未来を切り開けない。そんな風なメッセージも感じた。しかし、三十年も続いたシリーズということだけで素晴らしいし、ほんとうに金字塔な映画作品。トム・クルーズは『トップガン3』が進行中らしいので、また限界の先を見せてくれるはずなのでそれはやっぱりスクリーンで観たい。
帰りも歩いてきた道を引き返す。外はやっぱり暑くなくて散歩日和。Spotifyで『流通空論』の伊良コーラのコーラ小林さん出演回を途中まで聴いてから、星野源『GEN』をBGMに歩いた。
家に帰って昼ごはんを食べて、一休みしてから集英社オンラインの原稿の続きをする前にもう一度資料となる書籍に目を通す。それから改稿案を元に執筆していく。大まかなラインは決まっていたので、細部をどう配置していくか、流れを作っていくかを意識しながら。最初に送ったものよりも取り上げたことや人を知らなくても興味を持ってもらって読んでもらえるような形に。
集英社オンラインの記事はYahoo!ニュースにも転載されるので、初見の人にもわかりやすいとかフックがあるということを意識しないといけないのだけど、実際に取材してライティングで記事をまとめていくとそのことを僕は忘れがちになってしまう。意識しないとそういうことってすっぽり抜ける。
映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』US予告|近日公開予定
寝る前にトマス・ピンチョン著『ヴァインランド』を読み始める。『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』を観て、コロナパンデミックの時に『トップガン2』をストリーミングにせずに劇場公開できるまで待っていたトム・クルーズはやっぱり偉大だし、彼が出演やプロデュースするような大作映画もなかなかきびしい状況にはなってきている。それもあって日本では海外の大作もヒットが見込めずに劇場公開スルーみたいなことも起こり出している。
だからこそ、僕みたいな映画館で観るのが好きな人間は足を運んで金を落とすしかないと改めて思ったわけだが、今年洋画の大作としてポール・トーマス・アンダーソン監督『ワン・バトル・アフター・アナザー』がある。この作品は元々『ヴァインランド』を映画化するなどとニュースになっていたりしたが、実際にはこの小説にインスピレーションを得てポール・トーマス・アンダーソン監督が作ったものになったらしい。小説の舞台は1984年なので映画は現代に置き換えているだろうから、ほとんど設定は使えないんだろうなと思う。ただ、小説も映画の予告にも「革命」というワードが出てきているのでその辺りが軸になるのだと思う。
5月26日
6時すぎに起きる。肌寒い、室内の温度が低いということは外も気温もそうなのだろう。『川島明のねごと』『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』は昨日夜に聴いていたので、TVerで『有吉クイズ』『見取り図じゃん』を流しながら『ヴァインランド』の続きを読書。80ページちょっと進んだ。前に読んだ時はこんなにもスラスラ読めなかった気がするんだけど、たまにこういうことは起きる。昔読めなかったり、どうしてか読み進められなかったものがスムーズに読めるというようなことが。
朝のルーティンをしてからリモートワークを開始。先週やる予定だった作業が先方の都合で今週やることになっていて、午前中からその対応。今月中には終わらせた方がいい作業だけど、できるだけ早めに終わらしておいて、余裕があるスケジュールにしたいのでけっこう集中して進めた。
作業用BGMとしてSpotifyで『奇奇怪怪』はアーカイブと今年に入ったものはとりあえず聴き終えたので、TaiTan繋がりということで集英社ポッドキャストの番組『流通空論』の続きを流していた。前後編、それぞれ三十分ほどの尺で毎回いろんなジャンルの人がゲストで登場するので聴いていておもしろい。
昼休憩で外に出た時に家賃を振り込んで通帳記入しようと思って銀行に行ったら、給料日あとということあってかそこそこ人が並んでいた。三井住友銀行を使っているけど、紙の通帳もなくせるみたいな「オリーブ」というサービスのポップが銀行の中に貼られているけど、どんどんその数が増えている気がする。銀行員を減らしたいのかなってどうしても思ってしまう。ウェブで完結できるのってすごく便利だろうけど、でもなんか綻びが出ちゃう気がしてしまうアナログな人間。
井上氏が初代編集担当を務めた、永野氏によるマンガ『ファイブスター物語』(KADOKAWA刊)。本作は2026年3月で連載開始40周年を迎える。連載が始まってすぐにカラーページでヨーン・バインツェルが主人公っぽく前に出てきたが、彼のセル画をもらってから39年が経ち、「ようやく主人公らしくなってきた」と感想を述べていた。
宇野氏が本を作るときに、最初に始めたのが高校時代に函館中の古本屋を回って買い集めた『アニメック』を全部星海社に送ること。そこからさらに、打ち合わせを2回ほど重ねた際に「いわゆるビジネス本のフォーマットでやるような普通の作り方はしない方がいい」という話が出た。
1980年代のアニメブームからいわゆるアニメの冬の時代を経て、ホールディングスのKADOKAWAになっていく過程を全部見てきた井上氏の回顧録であるため、これ1冊で「オタク文化」をさらえるような形で読めるようにした方がいいということで話がまとまった。
元KADOKAWA副社長・井上伸一郎、『ファイブスター物語』永野護らが語る、1980年代おたくの“ガチすぎる”思い出。『バーチャファイター』の筐体を金庫代わりに、通学路にあるタツノコプロでセル画をもらう──など驚きのエピソードが飛び出す
井上伸一郎さんの『メディアミックスの悪魔』刊行記念イベントのレポート記事がアップされていた。新書の内容は『アオイホノオ』みたいに漫画になったり、ドラマとか映像にも向いている。「おたく第一世代」の青春とテレビまんががやがてメインカルチャーになっていく幼年期のお話として。『流通空論』にイヨシコーラの代表である小林コーラさんが出ている回を聴いていたので、飲んだことのなかったイヨシコーラを買ってみた。漢方が配合されているらしいので、味は大丈夫かなって思ったが飲んでみたら結構僕の好きな味だった。あと神田川沿いの下落合に会社なのか工房があって、川にカワセミがやってくるようになったこともあってブランドロゴというかデザインに使っているとポッドキャストで言っていたのも神田川沿いを何度も歩いた僕としては興味をそそるものだった。
開催決定!!
— Matsuri Studio (@MatsuriStudio) 2025年5月26日
地獄のTHE MATSURI SESSION
8/31(日)日比谷野外大音楽堂
第一部「地獄のブルーサンダー」
出演:ZAZEN BOYS / かもめ児童合唱団(合唱)
第二部「地獄の諸行無常」
出演:向井秀徳アコースティック&エレクトリック / 松重豊(朗読)
抽選先行5/26(月)18:00より
URL:https://t.co/6flV5eatcv pic.twitter.com/tY6uq49ued
毎年恒例な夏の「THE MATSURI SESSION」が『地獄のTHE MATSURI SESSION』というタイトルで、しかもゲストにかもめ児童合唱団と松重豊さんの名前が。今後建て直しのために10月以降は使えなくなる日比谷野外大音楽堂でZAZEN BOYSを観る最後のライブになる可能性が高い。というわけでなんとしてもいく。
〈不倫OK、離婚の慰謝料NG〉元セクシー女優が初体験相手の男優に猛アタック結婚! 結婚の決め手は「彼女が僕の汚れたパンツをイヤな顔ひとつせず…」
集英社オンラインの新着記事をみていたら、サムネにどこかで見た顔の二人が。どちらともすでにAV業界は引退しているみたいなんだけど、ここで出てくる元AV女優の加美杏奈さんがAV男優の志戸哲也さんのやっていた「VOND」というレーベルに自分で申し込んで撮影した作品を僕はその当時見てる。
加美さんが婚約していて結婚間近みたいなことを言ってたんだけど、さすがにそれは設定だと思っていた。でも、インタビュー読むとほんとうだったみたいだし、事実上のデビュー作となったその作品をきっかけにAV女優になったみたい。それからしばらくして単体女優みたいな感じになって出ていたのもあって、志戸さんとの作品はインディーズ時代の作品みたいなことだと思っていた。いやあ、馴れ初めもすごいけど、結婚に至るというのがすごい。
リモートワークが終わる頃になって、集英社オンラインの編集さんから原稿のチェックした戻しがメールできたので、早めに確認して修正原稿を返した。
そのあとには別件の長めの原稿について、別の編集さんから原稿の直しや提案についてのメールがあり、そちらも風呂に入ってから対応して戻した。こういう時ってなぜか重なるというか同じような時にくる。それぞれ掲載時やアップ時も違うし、そもそも僕が原稿を出した時も違うのに。なんかそういうのは自分に関係することだがおもしろくも思える。
5月27日
7時前に起きて朝のルーティンをしてから、『ヴァインランド』の続きを三十分ほど読み進めた。このままなら6月中には読み終わりそう。
radikoで『空気階段の踊り場』『JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』を作業用BGMとして流しながら、自分の原稿のライティングを進める。12時に吉祥寺で集合の予定があったので10時半前には家を出た。radikoで単発放送した『バカリズムのオールナイトニッポン』を聴きながら下北沢駅まで茶沢通りを北進した。
前日は『永野芽郁のオールナイトニッポンX』が終わった枠では『男性ブランコのオールナイトニッポンX』を放送していたので、いつもの月曜の「ANNX」「ANN」という24時から27時の深夜枠は通常レギュラーではない人が担当していた。普段なら「ANN」は山田裕貴さんの担当だが、仕事なのかなにかで休みだったのだと思うけど、いつもとは違う人たちがパーソナリティーをすることで刷新したというか、「永野芽郁ANNX」がなくなったことをより漂白してしまったような気もする。
「バカリズムANN」はずっと一人語りだけど、結婚してお子さんも生まれたことで前よりも毒気が薄れたというか、人間味が出ているような感じになっていたんじゃないかな。バカリズムファンの人からすると今回のラジオでの感じはどうなんだろう。
京王井の頭線の井の頭公園駅で降りて、公園を歩いた。神田川の源流である場所の立て看板、すぐ近くのひょうたん橋にいく。ここは古川日出男さんの『サマーバケーションEP』の始まりの場所。僕も何度もここから神田川沿いを歩いて東京湾まで歩いているので、吉祥寺にくるとここに寄りたくなる。
12時にPARCO吉祥寺前で漫画家の西島大介さんと待ち合わせ。Googleカレンダーを見たら、前に西島さんと会ったのは3年前の2022年4月だった。その時も吉祥寺で飲んで、池袋の芸術劇場でロロの舞台を夜に観にいく予定だった友だちが来れなくなったので西島さんを誘って二人ベロベロで舞台を観てから、劇場の近くにあったカンボジニア出身のマスターが作っているカレーを食べにいった。前回もいせやで飲んだけど、本店はお休みだったので北口店へ。結局、ここで何時間飲んでいたのか、六時間以上はいたはず。二軒目でくぐつ草という喫茶店に行ってコーヒーを飲んだけど、かなり酔いが回っていて気持ち悪かったので21時前には解散した。
「アートのきざし」理論〜計算式でわかる純粋芸術〜|西島大介(島島) @DBP65
といっても終始飲みながら、西島さんが最近作っているゲームに関する話や、アートについて、西島さんと関係の太田克史さんや「メフィスト」「ファウスト」作家のこととか、僕が構成でお手伝いした『メディアミックスの悪魔』の著書の井上伸一郎さんは角川書店の編集者だったので、西島さん界隈の人も関わっていたり、共通の話題がたくさんあったので話がつきなかった。もう、二人でポッドキャストやれますね、というぐらいだけど、でも飲みながら周りを気にしないからこその本音は外に出さない方がいいにこしたことはないなって思う。
音楽の話で西島さんが元相対性理論の真部脩一さんはほんとうにすごいって話をしていた流れで、彼がanoと詞を共作して曲を提供した『ちゅ、多様性。』とかの話にもなっていっていった。その流れから西島さんが脚本を書いて出演もしている映画『世界の終わりのいずこねこ』(西島さん自身がコミカライズで漫画も描いている)にanoちゃんは生徒役で出てたよって言われてビックリした。
その映画は2015年公開時に観に行っているから、『水曜日のダウンタウン』の『ラヴィット!』で芸人さんに操られる形で出ていた時にano(あの)ちゃんを僕は認識したんだけど、その前にスクリーンで観るには観ていたことになる。その時はまだアイドルグループの「ゆるめるモ!」にいた頃らしい。当時はあのちゃんという存在をまだ認識していなかった。
西島さんはでんぱ組を輩出した秋葉原ディアステージのシャッターに絵を描いていたり、ゼロ年代後期から、10年代前期のAKBとは違うアイドルカルチャーとの関わりがあったことになる。ゼロ年代と十年代のアイドルカルチャーみたいなものを回顧録とか関係者に話を聞くということになると、西島さんもそういう人の一人なのかもしれない。
そんな風に十年経つと思いがけないことが起きていたり、前になんとなく見たり聞いていたことや人が違う形で目の前に現れるのはおもしろい。まあ、なんだかんだ言っても西島さんがいちばんおもしろいし過剰だし、色んなジャンルの人が理解しにくい、わかりにくさがあって、本人から話を聞くとバラけていたパーツが結びついたりなにか形を作るからわかるような感覚になる。さすがに次は半年以内ぐらいに昼飲みしながら話ができるといいな。なんとか下北沢駅から歩いて家まで戻って、すぐにベッドに。で、すぐ落ちた。
5月28日
◤月に墜(堕)ちる◢
— 機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス) (@G_GQuuuuuuX) 2025年5月27日
TVでのご視聴ありがとうございました!
ただいまよりPrime Videoで国内最速配信がスタート!
今回配信される本編映像内において
TV放送時と一部異なる表現がございます。
最新話をぜひお楽しみください!
▼Prime Videohttps://t.co/PGL92q3mKs
監督:#鶴巻和哉#GQuuuuuuX… pic.twitter.com/nqFl9w2tGV
が、寝落ちして二時間後には目が覚めてトイレに行き、そういえば『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』最新回がアマプラにアップされていると思って見る。三十分番組の前半で過去のこと、後半で現在のことをまさにタイトル「月に墜(堕)ちる」がしっくりくるしその意味が深く感じられる展開になっていた。
後半でニャアンはジークアクスの2号機である「ジフレド」と対面する。おもいっきり「エヴァ」っぽい機体でありカラーでもあり、2号機という辺りもだけど、ガンダムの世界にエヴァの世界が侵食して一気に混ざり合ってきた感じがする。このまま渚カヲルが出てきたらおもしろいけど、なんとなくララァがここにおけるカヲルくんみたいな存在なのかもと思ったりもする。
あるいは彼女だけが色んな時間軸に存在していて、このジークアクスの世界もその可能性世界のひとつだったみたいなことになるのかな、あと五話でどんな終わり方になるのかまったくわからない。でも、最後はマチュたちは地球に行ってほんものの海に触れて、重力を感じるラストなんだろうなとは思う。
その後も二時間おきに目が覚めてトイレに行って小便だけして、水飲んで寝るを二回ほど繰り返して、7時前に起きて朝風呂に。
昨日はお昼からずっと吉祥寺にいて、ほとんどスマホを触っていなかったので知らなかったが、性加害で告発された映画監督である彼が日本外国特派員協会で記者会見を行っていた。文章で記者会見の内容は読んだけれど、この内容では反省しているとは思われないし、賛同は得られないだろう。実際に自分がしたことについて、被害を訴えていた人たちについて謝罪をして、どういう時間を過ごしてきたのか、そしてどういう心持ちになっているのか、を伝えた上で映画をもう一度撮りたいと訴えるならまだ多少の理解はされるかもしれないけど、あまりにも自分本位すぎる。
僕自身もずっとファンで応援していたし、個人的にも付き合いがあったし、お世話にもなっていた。だから、性加害報道が出て以降の言動に関しては残念としか言えないことばかりで、応援もできないし、そんな風になってしまったのは僕たちファンや彼に関係していた人たちが甘やかしたというか、虚像を膨れ上がっていくのを止めようとしなかったからだと思うようになった。そこは反省しかないのだけど、三年経って記者会見での発言を見ているともうどうしようもないのだな、と思う。
本人の自意識の拡大や欲望みたいなものがある時期から持ち上げられて叶う(ように見えるが、実際は立場や関係性によるものになった)ことで、抑えきれなくなり、自分で思っている自画像と現実における自身の差に気がつかないまま、あるいは無視し続けていった結果、虚像の方に乗っ取られてしまい、自分が正しいのだという後戻りできないものに変化してしまったのかもしれない。
朝のルーティンをしてから、朝読書をしてからリモートワークを開始。読書の時からBGMはradikoにしていて、水曜日はいつも通り『アルコ&ピースD.C.GARAGE』『JUNK 爆笑問題カーボーイ』『星野源のオールナイトニッポン』『あののオールナイトニッポン0』を流していた。
今夜の #星野源ANN は、北海道での思い出トーク、「Mad Hope」のお話からスタート!
— 星野源 Gen Hoshino (@gen_senden) 2025年5月27日
そして以前、星野さんのおやすみ回を助けていただいた、十九人のおふたりがゲストに登場!ネタも披露していただきました!
ゆッちゃんwさん、松永勝忢さん、ありがとうございました!https://t.co/WjvF3oKJ7M pic.twitter.com/Iy1Zq4PwDY
「星野源ANN」は前に体調不良で休んだ時に呼んでいたゲストのお笑いコンビ「十九人」再びという形で、星野さんとようやく共演できたという感じだった。三人が話しているテンポはけっして早くないのだけど、ちょうどいい遅さとゆるさがあって非常に安らぐものがあった。
#あの のオールナイトニッポン0
— あののオールナイトニッポン0【公式 毎週火曜27時~放送】 (@ano_ann0) 2025年5月27日
お聴きいただきありがとうございました🙇
実はサンリオキャラクターになってたあのがお送りしました🙇
radikoのタイムフリー👇https://t.co/JaPDGCFrvx #あのANN0 pic.twitter.com/a1us7dhf4m
やっぱり深夜の生放送でのトークは録音と比べるとどこか軽やかで破れかぶれなところもあったりとあのちゃんらしさを強く感じる。一気に加速してそのままつっきったみたいな放送だったが、この状態の時はあのちゃん的には良い状態なのかそうではないのかはリスナーとして聴いているだけでは正直わからない。でも、精神状態が少しでもよいといいなと思うのだけど。トークに出てきたサンリオキャラクターの選挙に「あの×バッドばつ丸」で出ていることは知っていた。なぜなら友だちTが転職したのがサンリオでこの選挙に出ていることを教えられていた。
東日本大震災と原発事故から10年。魅力的な地元の人々と話し、綴った、災間を生きるすべての人へ捧ぐ渾身の初のエッセイ
東北にも関東にも、東北随一の漁業の町にも観光地にもなりきれない。東日本大震災と原発事故後、傷ついたまちで放射能に恐怖し、風評被害は受けたが直接的被害は少なかった、福島県いわき市小名浜。著者は、この地で生まれ育ち〈中途半端〉さに悶えながら地域活動をしてきた。当事者とは、復興とは、原発とは、ふるさととは――10年を経た「震災後」を、地元の人々はどう捉え暮らしてきたのか。魅力的な市井の人々の話を聞き、綴った、災害が絶えない世界に光を灯す、渾身の人物エッセイ。
アシカガ・ショーグネイト崩壊後、AIは長足の進歩を遂げる。軍事AIが合戦を司り、文事AIが詩歌、楽曲の生成に勤しむ世界で、つわものたちは何を思惟するのか? 歴史小説のはずが、ミステリあり、スペースロマンあり、アイドル活劇あり、異世界転生まであり! 何でもあり! 円城ワールド全開の戦乱ラプソディー!
昼休憩になってから、小松理虔著『小名浜ピープルズ』を買いにトワイライライトへ。数日前に発売したのは知っていて、トワイライライトのSNSで入荷したとのことだったので買うならここだなって思っていた。五年前の『ゼロエフ』の取材の際に理虔さんに小名浜をご紹介してもらったのも懐かしい思い出。どんなエッセイを書かれているのかたのしみ。
そのまま駅前のスーパーに行くついでもTSUTAYA三軒茶屋店に寄って、こちらも気になっていた円城塔著『去年、本能寺で』を購入。短編集なんだけど、円城さんが書くのだから普通の歴史小説なわけもなく、SF的な要素とかいろんなものが混ざり合っているみたいなので気になっていた一冊。
昼休憩後からは作業用BGMは昨日夜に配信されていたSpotifyのポッドキャストの『アルコ&ピースのしくじり学園放送室P』(ゲスト:来栖けい)と『あのと粗品の電電電話』、ニッポン放送ポッドキャストで『ランジャタイの伝説のひとりぼっち集団』の最新回を聴きながら、仕事を進めた。
「アルピーしくじり」のゲストの来栖さんは宝くじで二億円当てて、それで色んなお店に行って料理を食べまくったという異色すぎる経歴のレストランオーナー。やっぱり数をこなしている、異常すぎる量を経ている人だからこそたどり着くものというか、ある種の諦念のような境地に行っている人の話だったのでかなりおもしろかった。
「あの粗品」は粗品がオーイシ&鈴木愛理のYouTubeに出たことから二人の距離感について、自分たちそしあのコンビの消費のされかたみたいものを話していた。そのせいかあのちゃんの態度というか声の感じがちょっといつもより甘い感じに聞こえた。
「ランジャタイひとりぼっち」は『THE SECOND』の話題だったが、国崎はやっぱり見ていなくて、伊藤は見ていたのもあって、そのやりとりがいつもとは違ってコンビでちゃんと会話になっていた。後半はネトフリで配信されている『太陽を盗んだ男』をはじめて見た国崎が今沢田研二さんにハマっているという話とか、ほんとうに流行とかそういうものは興味ないんだなってわかるものだった。
仕事が終わる前に聴き始めたのが『奇奇怪怪』最新回「2010年代とはなんだったのか」を、リモートワークが終わってからコンビニに買い物に行ったりする時も聴いて、風呂に入る前には最後まで聴き終えた。今日は聴くものが集中しすぎている。
ディケイド、十年毎で区切る論というのは前期と後期にわかれる。後期のほうの7、8、9年には次の十年代の前期で隆盛する種が蒔かれたり、芽が出始めている。それもあるから今年2025年はひとつ区切りにはなる。20年代に入って半分経てば、前の10年代のことも語れるという部分ももちろんある。それに来年以降の26年からの5年間で次のディケイドの価値観となるものが萌芽していくはずだから、というタイミングもあるんだろう。話の中に出てきた10年代を代表するのが本田圭佑というのは確かにそうだなって思える。
Yogee New Waves / Hello Ethiopia (PV)
5月29日
7時過ぎに起きてから朝のルーティンをしてから、TVerで『永野&くるまのひっかかりニーチェ』を見る。くるまが戻ってきた最初の収録のようで、彼がいなかった間に永野さんと三谷アナが踏ん張ってきたことや帰ってくるのを待っているのが伝わるものだった。同時に谷にいたというくるまが見えたものや思ったことはその谷でしか話せないと言っていた。そういう意識や覚悟みたいなものも、社会や組織と向き合ったことでわかった部分がどこかオンとオフが今までなかったという彼の変化を促すのかもしれないし、出てくるとどういうお笑いをやっていくのか気になる。何はともあれ、永野さんとのトークはとても好きなので番組が続くといいな。
ライティング作業をする前に散歩へ。radikoで『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を聴きながら代官山蔦屋書店へ向かう。佐久間さんは『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』の話をスタッフとの打ち合わせの際に話そうとすると誰も観てない、そもそも前作も観ていない。『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』も見ていない、その話をしたら「佐久間さんガンダムも見るんですか(or好きなんですか)」みたいなことを言われるというトークをしていた。
実際映画館でちゃんと映画を観ている人なんてもう少数派だし、僕も映画館で観たいと思う側だけど、そういう人がどんどんいなくなっているのも感じるし、お金に関しても映画観てポッポコーンにドリンク、パンフとか買っちゃったら四千円近くになってしまう。しかも半年ぐらい待っていたら配信が始まったりするなら、家でいいやみたいな人が多いのもわかる。「ジークアクス」も同様に「ガンダム」や「エヴァ」が好きな人からしたら最高に楽しい作品だけど、世間的にはやっぱりそれは大多数ではないし、SNSやネットのアルゴリズムでそれについて検索すればするほどにその話題が表示されてしまって、世間的にも人気があるんだなとか思い込んでしまいやすい。そのフィルターバブルは最初は違和感があっても次第にそれに慣れていくから、あやうい。
佐久間さんがエンタメの世界にいるのに、周りがあまりにも話題になっているものやヒット作に興味がないのはヤバくないかと思っているのは職業的には正しいのだろうけど、やっぱり世間との乖離は知らないところで進んでしまうのだろう。分断されて細分化されすぎた世界ではもう人の興味はわからなくなっていくのが普通で、自分が好きなものがマイノリティだと思っておく方がいいのだと思う。
蔦屋書店にあったらいいなと思っていたのが、『現代詩手帖』6月号だった。今号から古川日出男さんの『火歌 hiuta』という新連載詩が掲載されるとのことだったので、気になっていたけど、前日に近くの書店に寄った際には『現代詩手帖』がなかった。もしあったとしても一冊ぐらいの入荷だろうから毎号買っている人がいたらそれで終わりぐらいな気がしていたので仕方ないなと思っていた。
代官山蔦屋書店はは文芸誌関連はたいてい入荷しているイメージがあって、おそらくあるだろうと思ったがパッと見一冊もなかったけど、下の方に棚差しで一冊だけあった。ラッキー、ギリギリだった。
帰ってから読んだ連載詩の一発目のタイトルは「千本の腕のその一本ずつが世界中で目撃された夕方におれたちは」というものだった。千本の腕というのは千手観音を彷彿させるし、そこから『MONKEY』で連載中『百の耳の都市』のことが僕の中で浮かんできた。でも、やっぱり詩であり、古川さんが書いている小説の文体やリズムとは違うものがそこにはあった。連載詩ということは毎月掲載されるものが長編詩という形になっていくのだろうか。
17時20分に神宮球場の正門前で集合ということになっていたので、15時半ぐらいに再び家を出る。Spotifyで『流通空論』の続きを聴いていこうと思ったのだけど、歩いているうちに曲の方が今日はいいなと思って、星野源『GEN』とHYUKOH & SUNSET ROLLERCOASTER『AAA Live』をお供にして渋谷を抜けて青山通りをまっすぐ歩いて表参道を越えて神宮球場へ。
スタッフをやっているWebサイトの親会社が3月から「めちゃコミ」をやっているアムタスになったのだけど、「めちゃコミデー」というスポンサーな日程の試合があるらしく、従業員は招待してくれるというのを知って応募していた。それでチケットを二枚もらったので、ニコラのカウンター友達というか、知り合いでもあるヤクルトスワローズファンのTさんを誘っていた。
ほぼ時間通りに合流して中へ。そもそも野球を球場で観る以前に、テレビやネットでも試合を観ないし、WBCも一秒も見たことがなかったのでずっとヌートバーって単語は聞くけど誰かわからない人なのは僕だった。
ニコラの曽根さんに神宮球場に連れてきてもらったのはコロナよりも前かもしれない。そのぐらい前で神宮で飲んだビールは美味しかったなというぐらいの記憶だった。
一塁側の内野席でかなり見やすい場所だった。サッポロビールを四杯ぐらいは飲んだり、途中でTさんと一緒に喫煙所に行ってタバコを吸ったりした。前に来た時は喫煙所には行かなかったのでそこでタバコを吸いながら設置されているモニターで試合状況を見るのも新鮮だった。
球場に着いた時から、ユニフォームを着込んで準備周到な試合にはよく足を運んでそうなファンの人たちや親子連れだったりカップルや友達連れの人たち、サラリーマンの人がシャツを脱ぎながらユニフォームを着ているのも見れたりした。そういう人たちは普段自分が関わったり、話したりする人たちとはちょっと違うというか、触れ合うことがない感じの人たちなのだけど、それでも多種多様な人たちがいて野球っていう文化のファンの雑多性なんだなって思えた。それはとても大事なことでこんな風に多くの人を集めるカルチャーというのはそういう分布になるんだろう。
試合に関してはほぼ二回表で勝負がついた感じになっていた。ヤクルトほんとうに今弱いんだなって門外漢の僕でもわかるぐらい。それでもやっぱり東京のど真ん中にある球場というのは不思議な空間で、実際帰りは外苑前駅までは激混みで表参道駅で半蔵門線の田園都市線直通に乗ったらおそらく三十分もかからずに三茶駅に帰れた。そんなに便利な場所にあるというのが大事だし、ヤクルトスワローズが今弱いからファンも過激にも熱くなりすぎないので、気楽観戦することができる。海外からの旅行者だと思うけどアメリカ人っぽい人たちもたくさん観戦していたのも場所柄の問題もあると思う。
野球が大好きではないけど、神宮球場でビールを飲みながら試合観戦をするのはとても好きだし、居心地がいい。ちょっと気温が下がって寒さもあったけど、真夏はバカみたいにビールが美味いだろうなって。
そういえば、ビールの売り子の女の子(大学生とかのバイトさんとかなのかな、二十代前半という感じだった)たちは固定プラス売り上げの歩合でバイト代だろうか。彼女たちは客商売としてのコミュニケーション能力も高いし、ビールを注いで会計するまでがとてもスヌーズだった。よく試合にくる観客は顔見知りになるだろうから、挨拶がてら買ってくれる人がいるだけで売り上げも全然ちがうだろうな、愛嬌やコミュニケーションで売り上げが変わるのはとても資本主義だなって思う。あとショートカットの子は少なくてロングヘアを結んでいて、帽子をかぶっているけど、花飾りみたいなものをたいていの人はつけていた。あれもここにいますというアピールの一つなんだろう。そういうことにも興味が向いたけど、たのしい時間だった。
三茶に帰ってからニコラで一服して解散。
5月30日
6時半に起きて朝風呂に入ってスッキリ。朝のルーティンをして『ヴァインランド』の続きを。そのあとのリモートワークの作業用BGMはradikoで『ハライチのターン!』『JUNK おぎやはぎのメガネびいき』『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』『四千頭身 都築拓紀のサクラバシ919』といつもの木曜日の深夜ラジオを。
来週から6月突入で月末なので思ったよりもやることが多くて、あっという間に時間が経っていった。サイトで今後やることもミーティングで話して、わりといけそうな感じもあるので忙しくなってきそう。
昼休憩の時に外に出たら霧雨のような傘が入りそうでいらない、でもそこそこしっとりしてきそうな降り方をしていた。微妙な雨。書店に寄った時に『週刊文春』で気になる連載のところに誰が出ているのかをチェックして、文春図書館コーナーに目を通したら木澤佐登志さんがベン・メズリック著『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』について書評を寄稿していた。
「イーロン・マスクによるツイッター社買収の“驚愕の舞台裏”」を描いているらしく、すごく興味を持った。そこまで話題になった印象がないし、書店に寄るとビジネス系のところも一応見るけど、平台に積んでいた記憶がない。と思っていたがあとから調べたら発売は3月末と少し前のものだったが、やっぱり見たという気がしない。
リモートが終わってから、のんびりとこの日記の昨日と今日の分を書きながら『永野はミスターTBS』と『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』『垂流的雑談のススメ』の最新回を聴く。
「ミスターTBS」は前回に引き続き、岩井ジョニ男(イワイガワ)さんがゲスト、永野さんとお互いに理解し合っているし温度感も近くてすごくリラックスして話をしているから、違う角度の永野さんが出ている感じがしていい。
「トム・ブラウン圧縮計画」は二週連続で布川さんが休みで、しんいちさんがゲストというかピンチヒッターでみちおさんと一緒に出ていたが、ようやく布川さんが復活した。無理しないで休まないといけない状況になったら芸人さんも含めて、表に出てる人も休みを取るようになったのはコロナパンデミック以降のいいところかもしれない。
「雑談のススメ」は占いの話をしていたら、事務所社長でもある森田さんが用事でやってきてちょっとだけトークに参加する形になった。たまにこういうことができるのも事務所で録音しているからだよな。
ライター仕事で編集者さんに進めてもらっていたある案件の対象者の方へ出していた依頼がお断りでしたという連絡を受けた。いやあ、その人に話を聞きたかったのですごく残念だなって思うし、そのお断りの理由も納得のいくものだったから、もう次に行くしかないねって感じになった。
編集さんに次の候補の人を出してみたら、前に出していた別の方で編集部でGOが出たので、依頼してみますと返事が来た。この方もお話を聞いてみたい人ではあるが、一回ダメになっていると、今回は大丈夫だろうかという不安がよぎるんだけど、良いお返事がもらえるとうれしいな。
明日は派遣の仕事が入っていて、場所が上野だった。今月は三回も上野に行ったという形になる。こんな珍しいことってない、たぶん月に三回も上野に行くのは初めてだと思う。重労働でもいいから定時よりも早く終わってほしいな、と思ってしまう。行きは早く起きれば土曜日だし電車も空いているだろうけど、帰りはどうしても混むのが目に見えているから。
5月31日
5時半に目覚ましをセットしていたが、ちょっと前の20分ぐらいで目が覚めた。まだ眠いけどここでちょっとでも気を抜いたらヤバいかもと思って顔を洗いに行った。そのまま朝のルーティンなトマトジュースとサプリを摂取して着替える。
7時半にJRの上野駅中央改札前集合と言われていた。山手線で渋谷駅だと外回り内回りどちらから行っても遠く感じられるし、個人的にJRはあまり乗りたいと思えないので、銀座線で行こうと決めていた。
#三四郎ANN0 今週もありがとうございました!
— 三四郎のオールナイトニッポン0【毎週金曜深夜27時〜】 (@SanshiroANN) 2025年5月30日
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外に出るとすでに雨は降りやんでいて曇り空で、とりあえず傘はいらないように思えた。行きのBGMとしてradikoで『三四郎のオールナイトニッポン0』を聴きながらまずは銀座線の渋谷駅を目指して歩く。「三四郎ANN0」は小宮さんが最近YouTubeショートで回ってきた『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のあるシーンからトークが展開していくというもので、いつもながらのノリだけでどんどん進んでいった。再来週のスペシャルウイークのゲストが久しぶりなあばれる君と発表されたのでたのしみ。
土曜日の朝6時台は夜遊びしてこれから帰るという人たちが道玄坂とかから駅に向かって歩いている。そこに早く移動している観光客がキャリーバッグを持って歩いているような光景。でも、人手は多くないので歩きやすくはある。
銀座線渋谷駅から上野駅まで30分ぐらい、そこからJRの改札前に。本日の派遣仕事は四人と聞かされていたが、二人は前にご一緒したことがあり、もう一人の人ははじめてだったがベテランな感じのチームだった。
今日は解体現場の産廃ゴミを運んだりするという重労働ではなく、駅から歩いて数分のところに新しく建てられたビルに入っているテナントの開店前の居酒屋のオープン準備のお手伝いみたいな感じだった。店内はほとんどできていて、クロスも貼り終わっていた。その作業の際に出た細かい埃やゴミなんかの清掃の手伝いだった。
僕ともう一人の人は厨房をメインに上の方からたまっている埃とか工事で出たゴミを乾拭きして落としていって、濡れたもので再度拭いてキレイにしていく。もう二人は客席や個室の掃除をしていた。僕らの清掃が終わると座敷のほうにワックスをかける業者さんが来たのでその手伝いをするという感じだった。
昼休憩はなしで13時には終了。終わって出たら雨が強くなっていたけど、早く帰れるなら文句はない。早く終わろうとも昨日派遣会社にシフトの確認をした際に、現場や集合場所や何時から何時までという定時は言われているが、作業が早く終わっても言われている定時の数時間の賃金は保証されている。しかも重労働ではないのでそこまで疲れていないのでかなり当たりな現場だったと言える。
今月は華雪さんの書の講座で谷中に行って、ダウ90000の演劇公演『ロマンス』でも上野だったりと、珍しく月に三回も上野方面に来る機会があった。そういうタイミングというか流れだったのかなって。
華雪さんの書の教室は新鮮だったし、おもしろかった。書道をするというのはけっこう精神的な部分が大きいんだなってわかる気がしたし、集中して字を書くというのはなんか精神的なデトックス感もあった。
ダウの『ロマンス』に関してはこれから大阪とか他の地域も回るし、まだ配信がないから観た人たちがネタバレを気にして内容には踏み込まずに賞賛しているが、僕も今年の上半期で見たり読んだり聞いたりしたエンタメの中ではダントツにおもしろかった作品だった。観てほしいと言っても配信を今後やるなら観れるだろうけど、あの舞台で観にいった人たちの爆笑の音はすごかった。やっぱり『ロマンス』で蓮見さんは岸田賞とか取るんじゃないかな。
14時過ぎには昼ごはんのおかずを買って家に着いたので、この日記を16日から一応誤字脱字がないか確認して、本日分も書いた。もし、16時の定時までだったら帰って家に帰ってきて風呂に入って洗濯とかしているとあっという間に19時や20時になってしまう。そういう日は作業だけではなくて移動の疲れもあったりするので気がついたらウトウトしてしまうことがわりとある。
今日は夕方前には最後までに下旬分の日記を書き終えたので、夜からは自分のライティング作業に時間があてられるのがうれしい。実際夜は自分の作業wp結構集中して行えた。プラス『ヴァインランド』ももう少し読み進められた。
夕方に実家に電話をした。祖母はたしか「いこいの里」とデイケアからまだ帰っていなかったので、父と母と少し話をした。毎週決まった時間に電話をしている(それが上京する際に言われた唯一の条件のようなものだった)けど、痴呆もひどくなっている祖母は今年に入ってから特に耳がさらに悪くなったようで電話でわりと大きな声で僕が話しても聞こえていないらしく、近くにいる母や父が大きな声で話してもあまり反応がない。耳が悪いのか、あるいは僕の声の高さとかそういうなにかが聞き取りにくいということなのか、わからないけど、こちらが話していることはほとんどわからない。でも、母や父が促すようにすると聞こえていた時と同じようなことを電話の向こうの僕に話しかけてくる。事故に気をつけて健康で、というものだがそれを言うことはできる。
一応、聞こえていないだろうけど祖母に話すということもあって電話をしているが、いつも帰宅しているような時間に電話したけど戻っていなかったので、両親とちょっと話をして切ろうと思ったら、今日は祖母の誕生日だと言われた。五月のどこかだと思っていたので、すでに誕生日を迎えているものだと思っていた。祖母が帰ってきたら「おめでとう!」と伝えといてとは言ったが、本人ももう誕生日とかわかっていないかもしれないけれど、伝わるといいな。
今日で祖母は104歳になる。小さい時に日曜日になると近所の山の上の方にあるお寺に、祖父母と兄と僕は歩いて登ってお参りをしていた。いつも急いで帰ってアニメ『ビックリマン』に間に合うように僕らは急いで帰っていたが、祖父母は共に足腰が強くて、だいぶ前に亡くなった祖父も九十歳過ぎても年齢のわりにはかなり元気だった。祖母も足腰が頑丈だったからだろう、九十歳過ぎて入院とかするようになるまではボケもきておらず、びっくりするぐらい元気で、自分よりも十歳、二十歳下の近所のおばあさんよりもハツラツとしていた。その頑丈さは痴呆が始まってしまうと、動けてしまうだけに父や母も困っているというのは聞いていた。
年齢的にはいつでも亡くなってもおかしくはないのだけど、その足腰の強さがまだこちら側に入れる大きな要素なんじゃないかなと思う。
まあ、僕も東京で歩ければずっと歩くというのはそういう祖父母のものを受け継いでいるのかもしれない。
今回はこの曲でおわかれです。
Sam is Ohm / TOBIKOMU YORU feat. 鎮座DOPENESS & 鈴木真海子 (Official Music Video)