Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

Spiral Fiction Note’s 日記(2024年5月16日〜2024年5月31日)

5月上旬の日記(2024年5月1日から5月15日分)


5月16日
日付が変わってからいつも通りのルーティンで15日までの上旬の日記をはてなブログにアップして、半年前のものをnoteにアップした。すぐに眠れなかったので、フィリップ・K・ディック著『ジャック・イジドアの告白』の続きを少し読んだ。
ディックの自伝的作品でSF要素があまりなく、純文学的なものだと書いてあった。昔は『戦争が終わり、世界の終わりが始まった』というタイトルで刊行されていたらしい。

母が亡くなる夢を見た。母は何かの事故に遭ってしまい、顔の一部を失って削がれるようにして死んでいた。だけど、その母は僕の母ではない女性だった。しかし、夢の中では母だと認識されていた。残された僕は十代か二十代で今よりも若い年齢であるらしかった。母の死体を、顔の一部がない体を見ながら父と話していた。もちろん、その父も僕の実父とはまったく違う人物だったがそこでは父だった。その父が電話をかけたのは兄らしく、彼はアメリカにいるらしい。電話をかけている父を見ながら僕はこの世界で目覚めた。

今日は明日〆切のライティング作業を中心的にする日だった。とりあえず、着替えて家を出て朝の散歩へ。radikoで『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を聴きながら上着を羽織っていると少しだけ汗ばむ気温の中歩く。
この番組のイベントが横浜アリーナで開催されるというアナウンスがあった。先週の時点で大きなお知らせがあると言われていたので何かのイベントだろうなと思っていたが、そうだった。今回は佐久間さんだけ一人で話すみたいなイベントらしい、多少ゲストは来ると思うけど、基本的にはトークをやるみたい。
三四郎の武道館ライブに触れなかった理由はこの自分のイベントがあるから、という話からオードリーの東京ドームライブとかに関しては彼らのラジオは内容と物語があったけど、三四郎には内容と物語がないと言っていた。
僕もそう思う。三四郎の番組はノリで十年間やっていて、アーカイブで過去のものも聴いているが内容や物語は確かにない。二人はオードリーと違って成長したり、哲学的な問い(若林さんだけが)とかを経て東京ドームへという流れとは真逆だ。だけど、それでも武道館でやれることの凄さもある。
普段から小説や映画で物語られるものに接していることもあるからか、三四郎の時には滑ったり虚無モードになったりしつつ、ノリだけで突破していく二時間の内容をまったく覚えていない放送は心地いい。普通それだけ続けていけないこともわかる。だけど、彼らはそれをやれてしまっている。
中学校からの友達でずっと一緒にいるけど、その距離感はオードリーとは違う。どちらかというと千鳥の方が近い。ノブさんがいい意味でミーハーなように相田さんもミーハーで芸能人的な繋がりや業界人的な華やかなところにてらいもなくいける。大悟さんと小宮さんはたまに飲んでいるというトークがたまにあったけど、コンビのネタ作りとしてのブレーンとして切り込んでいくような立場であっても実は物事を俯瞰的に見て判断している。
今回の佐久間さんが話したように僕が三四郎のラジオを好きなのはその物語性のなさであり内容のなさだ。ないからこそ「ある」し、いい意味で深くもないし重くもならないから毎週聴ける。習慣だけが身についていくとそれは最強だ。飽きがなかなか来にくいのだから。
三四郎の武道館チケットはすでにGETしているから、楽しみでしかない。そして武道館に行ったことだけは覚えていて内容はその後忘れるようなイベントになっても僕は何ら問題がない。それこそが僕が求めているものかもしれない。


代官山蔦屋書店に着いて今日発売だった三宅香帆著『娘が母を殺すには?』を購入。三宅さんにはスタッフをしているウェブサイトで連載をしてもらったこともあるし、今年一月のLOFT9でも一緒に登壇させてもらっている。
この前に出た新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は書店でもかなり積まれているし、大ヒットしているみたい。僕はタイトル的に本読めちゃってるし、ちゃんと働いているという意識があまりないので、なんか申し訳なくてまだ買っていない。


家に帰ってきたらAmazonで頼んでいた大塚英志著『マイナンバーから改憲へ 国会で50年間どう議論されたか』が届いていた。

帰宅してすぐに洗濯機を回して干した。午後からはライティング作業に集中しようと思っていたけど、その前に野田地図『正三角関係』の先行抽選の結果が出ていたので確認。無事チケットが取れていた。
この数年だと『フェイクスピア』と『Q』の再演は観ていないけど、他のものは観に行けている。松本潤主演というので彼のファンが押し寄せてくるだろうから抽選の倍率もエグいことになって今回は難しいかなと思っていた。まだチケット運というか抽選運はあるらしい。

 

5月17日
今日〆切のライティング作業を起きてからすぐに開始。リモートワークの時間になってから切り替える。仕事中はradikoで『ハライチのターン!』『おぎやはぎのメガネびいき』『マヂカルラブリーオールナイトニッポン0』、TVerであのちゃんがゲストだった『あざとくて何が悪いの?』とバイク芸人な『アメトーーク!』、東京ホテイソンショーゴの結婚発表でハッピーな『ラヴィット!』を作業BGMがてら流した。


休憩中にキャロットタワーへ。ツタヤ書店に寄る前に三階でやっている「アウト・オブ・民藝」展に寄ってみる。

リモートが終わってからライティング作業へ戻る。友達の家に片見分けをしてもらいに行った時にもらった紅茶を全然飲んでないなって思って、もう一つ残っていたタバコを開けて換気扇の下で二本吸ってから、紅茶を入れてみた。
茶器というか紅茶をポットがないので十年前以上に買ってほとんど使わなかった中華ぽいデザインの急須を使った。普段紅茶を飲まないからこの味がちゃんと出ているのかわからない。たぶん、飲む前にタバコを吸ったから味がいまいちわからないのだろう。やっぱりタバコを吸うときにはコーヒーと一緒がいいな。

日付が変わる前に原稿を送ったのでとりあえず本日の作業は終了。あと二週間に二回この続きを提出すれば一旦僕のところから原稿は離れる、はず。この後どのくらい修正が戻ってきてそれをどう構成するかってことになるんだと思うけど、たぶんこのままなら大丈夫というか行ける気がする。

スチャダラパー & STUTS - Pointless 5 feat. PUNPEE (Official Audio) 

 

5月18日
寝れなくて、Apple TVで『シュガー』エピソード8(最終回)を見る。考察しがいのある物語だし、語るべき部分や説明すべき部分をかなり見せないようにしているのだけど、その塩梅がかなりうまい。個人的に好きな語り口。
シュガーや彼の友人たちのこともだし、今回のハリウッドの大物映画監督の孫娘の失踪事件の真実みたいなことは断片的なパーツのみが視聴者に届けられていた。そして、物語はシュガーがある決断をして終わった。
トンデモな作品と言われても仕方ないというか、そう見えても構わないという姿勢がちゃんとある。映像だからこそできるものでもあり、これは小説などの活字だとたぶん難しい。映像として見せながらも見せないという匙加減が、文字にするとバランスが悪くてミステリーの出来損ないみたいになりそう。

6時過ぎに一度目が覚めたが、目覚ましを止めてそのまま二度寝。気がついたら9時になろうとしていた。10時過ぎからTOHOシネマズ六本木で吉田恵輔監督『ミッシング』のチケットを取っていたから、これはどう考えても間に合わない。元々歩いて行こうと思っていた。家からなら一時間半ほど、ちょうどradikoで『三四郎オールナイトニッポン0』を最初から最後まできいて行こうと考えていたが、電車に乗るとしても最寄駅から六本木駅に行きヒルズに行くと一時間以内はかなりきびしい。
この映画は吉田恵輔監督作なので期待もしていた。あと宇野さんのYouTubeも見ていたのでかなり楽しみにしていた。

『ミッシング』と『Destiny』で新たなゾーンへ突入! 石原さとみは何が凄いのか【宇野維正のMOVIE DRIVER】 



とりあえず、すぐに家を出て池尻大橋駅方面に向かう。時折タクシーが来ないか見ていたが来ない。通っても迎車表示、246沿いに出てから渋谷方面に向かいながら時折空車のタクシーがいないか見ながら歩き、池尻大橋病院近くで捕まえて乗車。久しぶりにタクシーに乗って渋谷から六本木方面へ。
車内から見る景色は普段歩いている速度と位置が違うから新鮮に見える。免許は持っていてもペーパードライバー歴が14年近く経っていて、東京では一度も運転はしたことがない。運転したいという欲望は沸かない、運転したら事故って死ぬ、誰かを殺してしまうと思ってしまうからできない。きっと、このまま運転はしないでいたい。東京に住んでいる限りは歩いて、歩いて過ごしたい。


満席ではないが大きなバジェットの映画でもないがお客さんはそこそこ入っていた。世代的には三十代以降で若者はいないような感じ。夫婦やカップルで来ている人たちもいたが、この手の映画を観る時点で内容を知っているだろうけど、よくポップコーン食べようと思えるなと不思議に思う。
ある日、娘が失踪した母親の沙織里がテレビに出演したことなどから「育児放棄」などとSNSでバッシングなど誹謗中傷に晒されながらも、娘を探し続ける姿を描いている作品。
夫役には青木崇高、地元テレビ局の記者の砂田に中村倫也などが脇を固めている。キャスティング的にも地味すぎず派手すぎず、バランスが良かった。石原さとみも含めた三人はかつてTBSドラマで放送していたあだち充原作、堤幸彦演出『H2』に出演していたメンツであり、石原はその時点でヒロインを演じていた。中村と青木はメインではない脇役だったので、二十代を超えて三十代になって彼らもメインどころになって共演しているのできっと嬉しいんじゃないかなと別のことも思った。
沙織里の表情の変化も一つの見せ所であり、彼女が静かに確かにゆっくりと壊れていく様が本当に怖い。石原さとみははっきり言えば美人でしかないが、この役では化粧気があまりなく地方のヤンキー上がりのお姉ちゃんに見える。若い時期はモテてすぐに結婚したような雰囲気があり、顔は整っているのだけど誹謗中傷や家族間で起きることですり減っていく様が素晴らしいとしか言いようがないほどに演じられている。現実に耐えきれなくなり、叫んだりうめくような時の声の出し方も嫌なほどにリアルで、ああ、こういう風に人間は壊れるのだろうと思わされるものだった。
沙織里の周りで起きている出来事も嫌な現実感がうまく描写されていて、容疑者として疑われることになる娘と最後に会っていた彼女の弟、地方のリアルだなと思ってそのことで身の毛がよだつようだった。
娘を失った夫婦の温度感も見ていて辛い、がそこは最後にはかなり近いものへなっていく。それは二人の成長というか諦めないという意志の疎通ができたということなのだと思った。そして、マスコミ(テレビ局)の人間である砂田は報道は事実を伝えるというちゃんとした意識を持っているが、それも組織の中で弟が怪しいと思えば、そういう編集にして放送することを余儀なくされてしまう。彼は葛藤し続けるものの、組織の人間として軽いヤラセのような演出などをしなくてはならなくなく、自分の正義を通すことができなくなっていく。そして、夫婦や弟はそのテレビ局のカメラによって映されてニュースの一つとして報道される。ビラ配りなどもしている姿だけでなく、娘がいなくなった日には沙織里は好きだったアイドルグループの二年ぶりのライブに行っていたことでバッシングを受けるなど、カメラとSNSの暴力性も描かれていたように感じた。見ながらスマホ捨てたいなと思ったりもした。
終盤の前ぐらいにある半年経った際に沙織里のロングインタビューを撮っている際に彼女が発したある言葉に対してカメラマンが発したある言葉は、無意識に笑いが出てしまったがその後の石原さとみの演技がさらにドライブがかかるように凄いものへとなっていった。
吉田恵輔作品は全部観ているわけではないが、あの展開とセリフなどすごくて、この人たちが地方に生きていると思わされるリアリティがあった。
最後に少しだけの救いというか希望に似た何かが提示されるが、物語としては娘の失踪の理由や誰が連れ去ったのかは明かされない。その中で母親がどうなっていくのかを描き切っている映画で、この作品は石原さとみの代表作になるだろうし、YouTubeでも宇野さんが話していたが、主演女優賞を取りまくるんじゃないかと思うほどにすごかった。

観終わってから外に出るとそこまで暑くはなかった。六本木ヒルズから『三四郎オールナイトニッポン0』を聴きながら歩いて帰る。古畑任三郎の話とか適当に話していたことが、リスナーからのメールで繋がっていくという展開、ノリで話していたがちゃんと膨らんでいく。この辺はやっぱりおもしろい。
最後のフリートークで相田さんが小宮さんの神前式に参加した時の話をしていた。式でスピーチをすることになって、やっている時に二十六年とかずっと一緒にいるから泣きそうになったら、モグライダーのともしげが小宮に「相ちゃん泣きそうじゃない」と言っていて二人が話しているのが見えて涙が出なかったと話していた。感動させないというかできない感じも三四郎っぽい。

家に帰ってからちょっと寝た。まぶたが軽く痙攣し始めた。またストレスが溜まってきたっぽい。昨日紅茶を淹れてからタバコを吸ったら合わなかったなって感じたので、今日はセブンイレブンで買ったアイスコーヒーを飲みながら残っているKOOLのタバコを二本吸った。なんというか、八月末までの執筆期間は執筆する前に吸うというルーティンにしようと思っている。

TVerで『THE SECOND 2024』をリアルタイムで見た。第4試合のタイムマシーン3号の漫才がめちゃくちゃおもしろかった。
でも、ザ・パンチに負けたけど。ザ・パンチは決勝戦で学天即に負けたけど。個人的にはタイムマシーン3号と金属バットのネタは好きだし、もう売れてるし評価もされているから突き抜けるみたいな驚きとかが足りないってことなんだろうな。こういう大会は無名であればあるほど突き抜ける可能性が高い。知っている人はどこかで安心感もあるし、インパクトが弱くなってしまう。

 

5月19日
前日同様深夜になっても中々眠れずにいた。深夜一時を過ぎたので一番小さい音にして『オードリーのオールナイトニッポン』をradikoで流した。考え事をしていたのと寝たいけど寝落ちできないので気持ちが焦るような感じもあって、オードリーの二人の声は聞こえるけど内容は何もわからなかった。結局、三時過ぎには寝ていた。

目覚ましを7時半に設定していたので、一旦起きる。このまま止めて二度寝したら昨日の二の舞になる。9時まではライティング作業を少し進めた。金曜日の〆切前には出せるようにちゃんとしようと思ったからだけど、細かい数字とかソースみたいなものを調べたりすると思いの外時間がかかる。特に日本ではなく海外のことを調べようとすると中々知りたいものへ辿り着きにくい。それを文章と照らし合わせて文脈的に整合性が取れているかを確認しているとあまり進まなかった。


9時過ぎにSpotifyで『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画(オールナイトニッポンPODCAST)』を聴きながら渋谷の明治通り沿いにあるヒューマントラストシネマ渋谷へ。今は90回を越えて去年の八月ぐらいに入ってきた。日テレの24時間テレビに出演した時のトークなんかをしている。
吉田修一の原作小説を大森立嗣監督が映画化した『湖の女たち』を鑑賞。昨日の『ミッシング』同様にいわゆるメジャーな映画で宣伝をガンガンやっているわけでもないし、どちらの監督も日本映画を観てきていれば知っている二人であり、エンタメというよりは文学的な作品が多い。
吉田恵輔監督『ミッシング』と大森立嗣監督『湖の女たち』は共に音楽が世武裕子さんだった。それはまったく知らなくてエンドロールで見て、昨日も見たなと思って調べたらそうだった。今年公開された『カラオケ行こ!』も世武さんが音楽をやっていた。彼女が今年音楽をやっている映画三作品全部観ていた。
湖畔に建つ介護施設で百歳の老人が殺された。事件を捜査する西湖署の若手刑事の濱中(福士蒼汰)とベテラン刑事の伊佐美浅野忠信)は施設関係者の中から容疑者だと目星のついた人物を執拗に取り調べしていく。
濱中は施設で働く介護士の豊田(松本まりか)に何かをかぎ取り付き纏うようになる。もう一方、かつて西湖署の刑事たちが上からの圧力であげることのできず、隠蔽した薬害事件を追う週刊誌貴社の池田(福地桃子)が今回の殺人事件と関係していることを突き止めることになっていくのだが…。
『ミッシング』ではテレビ局の記者である砂田が自分が報道すべきだと思う現実や事実よりも局側からは犯人が弟の可能性があれば彼を取材してそういう誘導にも見える報道をしたりなど、組織と個人の間で板挟みになっていたが、今作でも週刊誌の記者である池田はかつて圧力で潰された薬害事件の情報を当時関わった元刑事から提供され、その証拠を探っていくうちに百歳の老人の殺害事件の犯人に辿り着き始める。そこにはかつて満州で起きていた731部隊の人体実験から繋がっているものがあり、時の大臣となる政治家が関わっているものだった。そのため、彼女の所属する週刊誌はそのことを記事にするのをやめる代わりに他の暴露ネタを提供されることになる。この辺りは二人とも自らの信じた正義と報道すべき事実が組織の論理と外部との関係性や政治によって阻害されてしまう部分が共通していた。
濱中は冒頭で妻が妊婦であり、すぐに出産をするので里帰りをしており基本的には事件の捜査もあり一人でいる。彼の支配欲をたぎらせる存在として豊田がおり、二人はSMではないが、主人と奴隷のような関係性になっていく。そこにはエロスがあり、満たされない二人はその関係の中で性的に満たされていく。
濱中の先輩である伊佐美はかつて薬害事件の際に潰された経験があり、そのことを知った池田は自分と重ねるが、彼の中にはかつて死のうとさえした悔しさは無くなっているように見える。そして、彼女が見つけた真犯人は作中では逮捕されず、刑事たちは気付けないままとなる。
二作品ともオープンエンドになっており、事件の解決や犯人が逮捕されるという回答は描かれない。答えを欲しがる人には勧めない。終わりかたは『ミッシング』にはわずかな希望や光のようなものが苦渋の果てに訪れるが、今作の方はもっと仄暗い絶望が漂っている。
また、『湖の女たち』は生産性がひとつのキーワードになるが、吉田修一原作なので彼がデビュー作から書いていた同性愛者が、テーマに昇華されているようにも思えた。
731部隊という日本の歴史における負の部分を描きながらも、生産性がないという部分でより深いところに向かおうとしたのだと思うし、同時に濱中の妻が最初に出産しているのはあえてそのことへの対比なのだろう。その辺りの配置や人物設定や関係性は見事だと思った。
三田佳子さんが終盤近くに出てくるが、彼女が若い時を穂志もえかが演じていて違和感がなかった。この老婆が若い時はこんな女性だったのだろうという説得力があった。この辺りはキャスティングがうまいなって。

家に帰ってから夕方まで読書したり昼寝したりダラダラ。アイスコーヒーを近所のセブンイレブンで買ってきてからタバコを二本吸って一服。吸いながらちょっとしたアイデアが浮かんできたのでスマホにメモする。
その後、radikoのタイムフリーで『川島明のねごと』『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』を聴きながらライティング作業の続きを。昨日と比べるとまぶたが痙攣する頻度が減ってきた気がする。

 

5月20日
目覚ましで起きてから可燃ゴミを出して、また横になったらリモートワークを始める少し前の時間まで二度寝していた。
大ぶりではないが雨が降っていて室内は先週よりも少し冷えた。湿気がないので助かるが、すぐに梅雨になってムシムシしてくるだろうし、暴力的な暑さがやってくると思うと気が重い。春と秋があまりにも短すぎる。


いつもよりは集中してリモートで作業ができた。昼過ぎに休憩で外に出た。TSUTAYA書店で太田光著『芸人人語 旧統一教会・ジャニーズ・「ピカソ芸」大ひんしゅく編』が新刊コーナーにあったので購入。『JUNK 爆笑問題カーボーイ』を毎週聴かせてもらっているし、この書籍の元になった連載についての話も時折できるので気になっていたところもある。
何年前ぐらいだろうか、六年ぐらい前に知り合いの人に教えてもらったタロット占いに行った時にライターとかしているとか伝えていなかったが、占い師の人に向いている仕事として放送作家とかがいいと言われたことがあった。ガッツリとしたお笑いとかじゃなくて爆笑問題とかちょっと政治的なニュアンスがある人たちがやっているような番組が向いていると言われた。その時点で水道橋博士さんのメルマガで連載をさせてもらっていた。若手の頃に爆笑問題浅草キッドというライバル関係でバチバチにやり合っていたとも聞いていたのでこの占い当たってなくもないけど、どうなんだ。僕がズレてるのかと思った記憶がある。

『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画(オールナイトニッポンPODCAST)』を作業中はずっと聴いていた。サムネというか毎週の放送についている画像に二人が映っているのを見て、布川さんはロン毛だし、みちおさんは太っている(よく言えば昭和のプロレシラー体型)だから、二人が「合体」したらほぼ僕だなって思った。身長も調べてみたらちょうど二人の真ん中ぐらいだった。
布川さんのひいおばあさんがヤリマンだったという話を何度もしていて、そのおばあちゃんが小林多喜二の世話をしていたらしく、彼からお礼というかお世話になったということで直筆の絵を送られていたり、小林多喜二の研究とか論文の中に普通に出てくるという話もリスナーが送ってきていた。布川さんはヤリマンと言っているけど、どちらかというか馬鹿にしたり卑下しているわけではない、ヤリマンはいいことだよと言っているスタンスだったりする。
トム・ブラウンちゃんとどちらともヤバいというかちゃんとズレている。三四郎のラジオもだけど、内容を覚えてなくても面白いし楽しめる。リスナーからも仕事や育児で疲れ果てて何もできない時に二人のやり合いやケンカっぽくなるのや下ネタや恋愛についての話を聞いているとすごくスッキリするとメールが送られてきていた。きっと、内容があったりこれを学ばないとダメだみたいなトークだったら疲れてしまう。ということは一気に聴いている僕もちゃんと疲れているということなのだろう。

仕事が終わって一服してから、金曜日〆切のライティング作業をちゃんと進める。

 

5月21日
空気階段の踊り場』をタイムフリーで聴いてから寝た。どうも深夜になってからじゃないと眠れない。整骨院の先生にも二度寝しちゃうんですよねと話をしたらちゃんと寝れていないからじゃないかと言われていた。年齢を重ねると確かに長時間眠れない。寝ても一、二時間で目が覚めることもある。加齢によるものなのだろうけど、散歩をしてもその疲れでは落ちるぐらいの深い眠りにもなっていない。
良質な睡眠を取ることが一番体には良いことなのだろうけど、なかなか難しい。深夜ラジオのハガキ職人たちは体が大丈夫なのだろうかと勝手に心配になる。
7時前に起きてからライティング作業の続きを。『JUNK 伊集院光深夜の馬鹿力』『フワちゃんのオールナイトニッポン0』をradikoで流しながらやっていた。10時半前までちゃんと作業をしてから家を出る。
薄手のカーディガンを羽織っていたが汗がすぐに出てくる暑さだった。スマホで天気予報を見たら昼ぐらいには28度となっていて、もうTシャツ一枚でも充分な気温になっていた。


TOHOシネマズ渋谷で11時過ぎからの『名探偵コナン 100万ドルの五稜郭』を鑑賞。仕事で週一回オンラインミーティングする人がコナンガチ勢で、今までも何度も映画公開の時に話を聞いていたのでいい加減に一度は観てみようかなと思った。
あと予告編は映画館で何度か観ていたが、『まじっく快斗』も今回コラボというか関わってくるみたいな物語ぽかったのでほとんど「名探偵コナン」を知らなくてもなんとかなりそうと思った。
その人からはとりあえず、『まじっく快斗』のアニメ第一話だけは見といた方が、なぜ主人公の黒羽快斗が怪盗キッドになったのか、その背景がわかると言われていたので前日見ていた。
「マヂラブANN0」でコナンの話をしていた時に、リスナーからのメールもあっていろんな話が展開していき、コナンの敵である「黒ずくめの組織」の構成員の名前がラムとかジンとかウォッカとか酒の名前で、少年探偵団にいるおむすび頭の元太の実家が酒屋なのでこいつが黒幕でラスボスだ、みたいな話をしていたのが記憶に残っていたが、今作では「黒ずくめの組織」は出てこなかった。
リアリティラインとかはどうでもいいんだなと思えるところが満載で、街中で銃を撃つとか平気でやるのに、なんか剣道やってる関西弁のキャラと戦う時には木刀みたいなもので敵の集団が襲ってくるから普通に銃使えと思ったり、終盤にあるキャラが操縦していた小型セスナの羽の上で刀持って戦うし、コナンはスケボーで函館ロープウェイのロープの上を爆走するし、もうなんでもありで途中から笑いそうになってしまった。まったく「名探偵コナン」シリーズに触れていないからだろうが、ファンの人は気にしていないのだろう。
怪盗キッドの明かされる真実というのも、ある種のシェアワールド的に一番都合のいい展開だったし、最後のシーンではこの先も『まじっく快斗』でもうひと展開やって儲けたいんだなあ小学館と思った。
最後の函館山での関西弁のキャラの告白シーンのアレも、先延ばししたいんだろうけど、そもそもコナンを子供にして成長を止めているわけで、それは『鉄腕アトム』から始まるマッカーサーが言った「日本は12歳の子供だ」ということに通じている。アトムは日米だけでなく、世界における戦争や紛争を止める調停役としての側面を持つようにという願いもあって、一度は成長する物語として『アトム大使』が描かれた後に『鉄腕アトム』という成長しない身体として描かれ直されることになった。
コナンを見ているとなんかアトムと同じことなんだなって思ってしまった。事件は解決するけど、蘭との仲とかほぼ恋人関係にあるような両思いのキャラ同士すら告白をまともにさせない、してもはぐらかすし、「黒ずくめの組織」との対決はできるだけ先延ばしにして、子供の状態のままのコナンを永遠にやっていたいんだなって。
僕は漫画なら大塚英志関連以外だと、あだち充浅野いにお作品に影響を受けている価値観なので、やっぱり高橋留美子的な成熟を先送りにする作品は苦手だなって改めて思ったし、この作品がずっとヒットし続けるのは日本人が成熟なんかしなくていいって思うようになったことの一つの証左なんじゃないかなって。

渋谷から帰って色々と買い物に行ったり家のことをしたりした。夕方までのんびりダラダラ。夜になってからまたライティング作業を開始。今週の〆切前には出しておいて、最終週も巻いて提出できるようにしたい。この作業が一旦終わると自分の書いているものにもう少し時間を使えるし、集中できる。
夜の作業中はSpotifyで『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画(オールナイトニッポンPODCAST)』の今年に入った回で「M-1グランプリ」準優勝したヤーレンズがゲストでやってきたものと『アルコ&ピースのしくじり学園放送室P』(ゲスト:カンパニー松尾後編)と『あのと粗品の電電電話』と『ランジャタイの伝説のひとりぼっち集団(オールナイトニッポンPODCAST)』最新回をBGMに。

日付が変わってから金曜日から公開の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』のチケットをネットで取る。公開初日の夜に観ておきたいと思っていたので、『湖の女たち』観に行った時にムビチケを買っていたのでそちらで購入。映画オリジナルのラストがどうなるのか今から楽しみ。

 

5月22日
『デデデデ』のチケットを取ってから『アルコ&ピース D.C.GAGE』をほぼリアルタイムで聴いて寝る。400回記念とかで、酒井さんの車の免許合格に合わせようとしたが、予約ができずまだ免許ゲットできず、そのままリスナーに電話して『シティハンター」の冴羽遼でいられるかどうかみたいな企画で、ずっとテンションが高かった。
起きてから昨日の作業の確認をしながらBGMでradikoを。火曜深夜は聴くものが一番多いから起きてからずっと聴くものがある感じだ。
『JUNK 爆笑問題カーボーイ』は冒頭から、この前献本してもらって読んでいた篠山敬輔著『笑いの正解 東京喜劇と伊藤四郎』のことを太田さんが話題にしていた。そこから日曜のラジオにも来てもらった伊藤四郎さんの話がずっと続いていって、太田さんがちゃんと興味があるのがわかるし、素人時代からそして芸人として、見てきたことを自分の視線で話されているので、この本を読んだことない人は読みたいと思うだろうなという内容になっていた。
太田さんはちゃんと本を読んでいるし。面白いと思った作品に関しては自分と関係なくてもしっかりとラジオで話をしている。こういう人が「本屋大賞」とかのアンバサダー見たいなことをやればいいのに、まあ受賞会見で暴れられるのを運営と書店員さんたちが許せば実現しそうな。

リモートワーク開始後は『星野源オールナイトニッポン』を聴いたら、冒頭すぐにあるサプライズがあった。ずっとジングルを送ってきていたリスナーが番組制作をしている制作会社に就職していて、ゲストではないけど星野さんと話していた。
そこでも話が出ていたけど、今はポッドキャストも含めて多種多様なラジオや音声コンテンツがあって、僕みたいにコロナパンデミック以降に聴くひとが増えてラジオ人気が再熱している。
昔は下火だった頃もそうだけど、ハガキ職人だった人が面白そうだから企画書いてみるとかみたいに放送作家になったりしていく人がいた。でも、今はラジオで働くための学校とかもあるので、そういうことは起きにくい。でも、何かの形でラジオの仕事をしたいと思ってる人はアピールしてがんばってほしいと星野さんがエールを送っていた。
そのあとは枠が後の『あののオールナイトニッポン0』を聴く。来週は門出(幾田りら)とおんたん(あの)揃い踏み、金曜日から『デデデデ後章』公開だからお祭り感ある。『YOASOBIのオールナイトニッポンX』も聞いていたけど、Creepy Nuts同様にオールナイトやめてからの世界的なブレイクがすごい。


『あのちゃんの電電電波』岡村靖幸斉藤和義と即興ラブソング
岡村さんがこの番組に出たいと言ったみたい。たしかにこの番組にこんなベテランミュージシャンは今まで出てなかった。普通に即興で作って歌う二人見て、すげえなって改めて思った。
NEEはこの番組で知ったけど、ボーカルが亡くなったから深夜の「あのANN0」で彼らの曲を何も言わず流していた。ゆらゆら帝国の亀川さんが亡くなった時同様に。番組の選曲はあのちゃんだから、そういうところは本当にミュージシャンに対してリスペクトしてるんだろうし、思っていることもあってもあえて言わなかったりするんだろうな。


休憩中にB&Bに散歩がてら行って佐々木敦著『佐々木敦による阿部和重(仮)』を購入。日曜日に佐々木さんと阿部さんのトークイベントがあって、すごく行きたかったけどその日は日比谷野音で「THE MATSURI SESSION」なので無理だったので、本だけは買っておいた。
会計時にスタッフさんにイベントのことを言われて、行けないんですよと言った。「THE MATSURI SESSION」にとかZAZEN BOYSとか言ったら伝わりそうな気もしたけど言わなかった。

仕事が終わって一服している時に東浩紀さんのこのツイートを見た。残念ながらここで書かれていることはそうだと思う。団塊ジュニアから三十代中頃の中年に入る世代の男性は時代の流れもあって、上の世代のように逃げきれないし、ハラスメントになってしまうとある種怯えながら生きていくことになる。
年齢が離れていればいるほどにどう向き合うかは難しいし、自分の言動がどうアウトになるか、相手にとってハラスメントにならないかは自分では判断が難しい。だったら、距離をとって付き合いをしないに限るということになる。年齢が近くてコソコソ話ができる友達や知り合いみたいな人がいれば、まだマシだろうが、おじさんは基本的に友達が作りにくい。ブラザーフッド的なものは日本にはない気がする。
僕が『哀れなるものたち』での主人公のベラが女性として男性優位社会へのカウンター的な行動をしていくのに共感するのも、『デデデデ』や『違国日記』とかでのシスターフッドを描いた作品がいいなと思うのは、女性同士の連携は年齢が離れていても可能(男性優位社会によってずっと奪われてきたり、損なわれてきたから)だと思えるからだ。しかし男性同士は年齢や環境の違いで価値観が違いすぎることも連携が難しく、被害者であり加害者でもあるという厄介な状態になっているから、ブラザーフッドは多分無理だし期待できない。代わりにシスターフッド的なものに気持ちを代替しようとしているところがあると思う。

夜はSpotifyで『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画(オールナイトニッポンPODCAST)』の続きを聞きながらライティング作業。エピソード120に入ってきて、『オードリーのオールナイトニッポン in 東京ドーム』を事務所の後輩であるトム・ブラウンの二人が観に行った話とかになってきた。

幾田りら - 青春謳歌 feat. ano / THE FIRST TAKE 


アニメ映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』の主題歌の「THE FIRST TAKE」も公開。
「デデデデ」はやっぱり門出(幾田りら)とおんたん(あの)の友情というか、シスターフッドの物語だと思う。ブラザーフッドはたぶん成り立たない、ホモソーシャルな関係性に陥る、そこでの関係性がぐるぐるとぐちゃぐちゃとしてしまう。

 

5月23日
日付が変わってすぐに寝たが、深夜三時過ぎに目が覚めた。とりあえず、早いけど可燃ごみを出しに行った。そこから数分の誤差はあるけどほぼリアルタイムで『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を聴きながら、そのうち寝落ちしようと思った。
今度横浜アリーナでやる番組イベントのチケット先行を番組開始と共にやるって話だったけど、イープラスのシステムエラーか何かでダメになったらしく、冒頭から佐久間さん謝ってた。
あと、先週金曜深夜の『三四郎オールナイトニッポン0』で横アリイベント失敗しろ的なトークの中で、抽選開始ですって小宮さんが嘘ついてたけど、このまま行くと選考ではなく抽選になる可能性も出てきて、呪いだって話していた。
で、第一弾ゲストでキングコングの西野さんが発表されていた。西野さんゲストなのはいいなって思うけど、横アリは遠い。

西野さんには『水道橋博士のメルマ旬報』で連載をさせてもらっていた頃に、2015年に何度かお話を聞かせてもらったことがある。実際にインタビューさせてもらって気さくだし、人間としても魅力的でカッコよかった。
オンラインサロンとか映画とか作品を分業してやっていくとかちょっと時代や世間よりも速すぎることで、胡散臭いと言われてしまっていた。
天才というかクリエイターではあるけど芸人であり、サービス精神に溢れている人なので、それをボケとして東野幸治さんみたいな人にツッコまれるとかおちょくられるとバランスがいいんだけど、その辺りの塩梅が難しいし世間にはうまく伝わっていないなと感じる。
西野さんは並行でいろんな作品を作ったりしているので、その度に集まってくる人たちがいるなって見ていた。僕は集団が苦手だし、西野さんは好きだけど彼をどこか教祖的な感じで見て集まる人たちが自然に作り上げる組織みたいなものが嫌いではある。それはどうしたって人が集まるとできてしまうし、そうしないとプロジェクトが動きにくい部分はあるのはわかってはいる。
コロナパンデミック以降はあまり活動を追えていないけど、佐久間さんの『ゴッドタン』にだけは呼ばれたら出て、劇団ひとりさんとお尻を出して戦ったりする姿は楽しませてもらっている。西野さんがゲストだと、他の人を呼ぶときのバランスが難しそうだなって思うけど、きっと東野さんを呼ぶんじゃないかな。そしたら配信で見たい。

佐久間さんのトークを聴きながら新TwitterことXを見ていたら、星野源さんのことがトピックになっていて、見てみると滝沢ガレソという人がツイートしたことが拡散されていた。深夜なのに星野さんの所属する事務所のアミューズの法務部がそれに対してのツイートをしていて、その早さからも中々大変なことになっているのがわかった。
星野さんだとは名指しをしていないが、誰が読んでも星野さんだとわかるように書かれた文章で、不倫をしているというものだった。
星野さんのラジオもだし、フワちゃんがバラしたというかラジオのトークで春日家でのパーティにやってきた星野さんを深夜に新垣さんが車を運転して迎えにきたというのも聞いているので、流石にそれはないんじゃないかなってファンやリスナーは思っただろう。僕もそうだった。
その滝沢ガレソのツイートをRTしたり引用したりしたものを見たが、星野さんへの罵詈雑言や誹謗中傷がかなりあった。何がこの人たちはしたいのだろうと思ったけど、法務部の対応の早さが大きく効いていくことになったのが朝になってわかった。


起きたら8時すぎだったので、散歩へ。「佐久間宣行ANN0」は途中で寝落ちしていたので、最初からradikoで流しながら代官山蔦屋書店へ。
9時過ぎにはついて店内をぶらぶらしていると「第5回ことばと新人賞」を受賞した池谷和浩著『フルトラッキング・プリンセサイザ』のコーナーができていた。
手にしてみると思ったよりも好きな装丁デザインだったので買うことにした。
帯にコメントを寄せている千葉雅也さんの後輩で学生時代から千葉さんの書くものに憧れて影響を受けてきたと何かのインタビューで池谷さんが話していた。千葉さんの小説はエンタメ寄りではなく純文学的なものだが、この小説はどういうものだろうか楽しみ。


昼過ぎからはライティング作業を開始した。BGMは『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』にして流していたが、今月からエピソード0から聴き始めたこの番組も最新回にたどり着いた。
始まった時から二年以上経っているので、その間に事務所の先輩であるオードリーの東京ドームライブがあり、後輩で一緒にやってきたヤーレンジの「M-1グランプリ」準優勝があり、自分たちも敗者復活でのネタが話題になったりしていて、自分たちのことだけではなく事務所のドキュメンタリーみたいな部分も放送を重ねることでできている感じも流れで聴いてくるとすごくよかった。
私生活にも仕事にも疲れて、ちょっと精神的にきつくなっている人は聴くといいと思う、かなり効くはず。バカバカしい話は人を癒やすし、たいてい下ネタだしね。バカみたいに笑ったりするのがいい。下世話でバカバカしいトークが疲れた僕らには必要だ。


夕方過ぎにニコラへ。この時期のお楽しみな「飯山産グリーンアスパラ 温泉卵と白トリュフオイル」とバゲットとスパークリングワインでいただく。
カウンターで曽根さんと由賀さんと色々と話もさせてもらえたし、食後のコーヒーを飲みながら残っているタバコを吸ったりして一服した。
帰ってからまたライティング作業の続きをして提出できる状態にして終わり。寝る前に『四千頭身都築拓紀 サクラバシ919』を聴きながら寝落ち。

 

5月24日
7時すぎに起きてから昨日のライティング作業の続きというか、原稿を最初から読んで誤字脱字のチェックをしてリモートワーク開始前に編集さんに原稿をデータで送って今週の〆切はとりあえず終わり。明日から最後の部分のライティング作業を始めて月末には終わらせておきたい。

「BOOKSTAND映画部!」のレビューコーナー「月刊予告編妄想かわら版」2024年6月号が公開されました。6月は『あんのこと』『蛇の道』『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』『ルックバック』を取り上げました。


デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』をヒューマントラスト渋谷にて鑑賞。公開初日だけど、平日だしお客さんの入りはそこそこで客層は若い印象。
原作の漫画とは違う終わりになると前から言われていたので、原作リアルタイムで読んできてファンだった自分としては心配ではあったものの、漫画のあの終わり方とは逆に思える感じだった。漫画はまだ救いがあるし、ちょっと逃げのように感じられる部分がなくはないが、映画の方がもう少しシリアスな終わりになった。原作の浅野さんが関わっていて、映画の結末も提案したらしいのでこちらでも違和感はない。でも、漫画を未読な人はもう読まないで映画だけを観た方が混乱は少なくて済むかも。
「デデデデ」は東日本大震災以降の日本を浅野いにお的なポップさとアイロニーで、クリストファー・ノーラン監督『インターステラー』と『魔法少女まどか☆マギカ』を彷彿させるSF的な設定で描いている。コミックス12巻を前章と後章でまとめたことで、門出とおんたんの過去に何があったのかを前章最後で早めに描いていたので、後章はよりそれを深掘りできた感じもするし、それによってマルチバースというか並行世界、四次元的なものを表現できていた。すべての時間軸と可能性が同時に存在しているという表現は、アニメならそこまで違和感がないし合っていると思った。実写だとその辺りの塩梅が難しい気もする。『インターステラー』でも描いていたけど、その場面はそこまで長くはなかった気がする。
二人のシスターフッド的な物語ではあるけど、映画の後章は死にかけた侵略者の子供を死にかけていた人間の少年に移植して生かせたという設定になっている大葉とおんたんの恋模様にも時間が割かれていたので漫画とはちょっと違う感覚もあった。門出も高校の担任とデートとかしているので二人ともちゃんとリア充ではある。門出とおんたんたちが合宿に行っているときに大葉がなんとか母艦が落下しようとするのを一人で食い止めようとしていたりと原作とはかなり違う感じもあったので、それでシスターフッドらしさは前章に比べると薄まったように感じた。
前章で仲良しグループの友達の一人が円盤の落下事故で亡くなっていることもあり、おんたんが「勝手にいなくならないでよ」というセリフだけで泣いてしまった。親しい人や近しい人が亡くなったばかりの人には響いてしまう。作品の内容的にもたくさん人間も侵略者も死ぬし殺されていく描写があるし、それぞれの正義や信じたものがぶつかっていく。
東京上空に浮かんでいる宇宙船が地球へ落ちてくるときに浅野さんが作詞をしたでんぱ組.inc『あした地球がこなごなになっても』が流れてくるのはタイミングとしても歌詞の内容としてもバッチリすぎてたし、なんか粋だなって思った。
ポップでオタクなサブカルチャー的なものがこの作品に集結しているようでもあって、浅野さんが映画に関わったことでこの展開が起きたのはとてもよかったと思う。

でんぱ組.inc「あした地球がこなごなになっても」MV Full 



ロロの新作公演の発表があった。前に東京芸術劇場シアターイーストで『オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)』のトークゲストで歌人の上坂あゆ美さんが出ていた回を観ていたので、上坂さんと三浦さんが一緒に作品を作るのも魅力的だし、音楽がSummer Eyeというのもうれしい。シャムキャッツのライブは何度か観にいくぐらいに好きだったし。いいチョイスというか並びだし、なんとかチケット取って観に行きたい。

 

5月25日

この状況下で、しかし文芸時評のための読書、および批評の営為は続けている。読み、読み、読み、メモを取り、掘り下げ、メモを取る。そういうふうに真剣にやることにどんな意味があるのだろう? たぶん、そこには本当にちゃんとした意味ばかりがあるのだ。いつか誰かと言葉を交わせるだろう、といま予感している。たとえば涙はデジタルな次元では流せない、それはそもそもアナログだからと私は、語る前から直覚している。

古川日出男の現在地』2024年5月24日「10日後、までの間に残るのは〈1日〉が満ちるという様相だけだ」

寝る前に古川さんの近況を読む。手書きの新作は七割方終わっているみたいで、そうなると夏ぐらいには文芸誌か何かで読めるのかな。手書きだということなら、『平家物語』『紫式部日記』現代語訳の時もそうだったはずなので、何かの現代語訳か『犬王』のように琵琶法師が関係する平安時代南北朝時代が舞台の小説なのかなとたのしみ。
月に一回の『朝日新聞』での文芸時評は毎回五、六作品取り上げている。ということはもっと多くの小説を読んでから繋がっている事柄やテーマを見出して書かれているのだろうから、その読む時間も含めて本当に大変な作業だと思う。

7時過ぎに目が覚めたので、寝る時に半分まで聴いていた『JUNK バナナマンバナナムーンGOLD』の残りと『きしたかののブタピエロ』を聴いてから家を出る。
いつも通りな散歩で代官山蔦屋書店の行き来で『三四郎オールナイトニッポン0』をradikoのタイムフリーで聴く。水曜日の「佐久間宣行ANN0」で横アリイベントのチケット先行がトラブルでできなかったことに触れて、側の失敗は望んでいないし、トークで佐久間さんが失敗したらっていう意味なのにこういうトラブルだとイジれないという話を小宮さんがしていた。そりゃ、そうだよな。
三四郎の武道館イベントのステッカーを来週ニッポン放送のイマジンスタジオで配布すると話していた。そういえばニッポン放送ってどこにあるんだろうと調べたら有楽町駅近くだった。来週金曜日公開の『マッドマックス:フュリオサ』をTOHOシネマズ日比谷でIMAXかなんかで観て帰りにもらいに行けばちょうど良さそう。


夕方からライティング作業を始める前に新TwitterことXのTLを見ていたら唐木厚著『小説編集者の仕事とはなにか?』についてポストしている人がいて、気になっていたけどまだ発売されていないと思っていた。夕方の散歩がてら池尻大橋駅にあるあおい書店まで行って買ってきた。
京極夏彦さんが帯を書いているけど、唐木さんが電話を取って原稿用紙千枚以上の作品を書いたので読んで欲しいと言われてOKして、実際に送られてきて読んだらとんでもない作品だった。そこから京極さんのデビューが決まり、既存の応募要項の枠組みでは収まらない才能を世に出そうということで「メフィスト賞」が創設されて、森博嗣さんや清涼院流水さんや殊能将之さんや舞城王太郎さんや佐藤友哉さんや西尾維新さんや辻村深月さんなど錚々たる作家がそこから世に出た。
「一作家一ジャンル」と謳うようにミステリーだけではなく、メフィスト賞は個性的な作家が出てくるという認識になっている。その始まりの人だし、読んでみたいなって思っていた。

家に帰ってきてから作業を開始。とりあえず、ブロックごとにやっているので一つ終わらせた。

 

5月26日
7時過ぎに起きてから『ゴッドタン』見てから、radikoで『オードリーのオールナイトニッポン』と『ヤーレンズオールナイトニッポン0』を続けて流しながらライティング作業を開始。

昼前に新TwitterことXを見たらZAZENBOYSの日本武道館ライブが発表されていた。三四郎の前にZAZENBOYSで武道館に行くことになるとは想像もしてなかったけど、今日夕方から日比谷野音で「THE MATSURI SESSION」やるんだからその時に発表すればよくない、と思わなくもないのだけど、なんでこのタイミングで出したんだろう、謎すぎる。今日もライブに一緒に行く友人Aにすぐにラインをしてチケットは取れるの前提で武道館に行こうというやりとりをした。

皆口「普段自分は、『ゾゾゾ』でも『フェイクドキュメンタリー「Q」』でも、視聴者の声に対して、ある種耳を貸さないようにしているんですよ。ただ、そんな自分でも今回はテレビの影響の大きさを思い知りました。それこそ“イシナガキクエ”という都市伝説ができていくような過程を見られたのは、すごく感動的でしたね。珍しく、『自分はいま、おもしろいものを作っているんだ』という自信が生まれました。(1)が放送された時点では、まだ(2)以降を作っている途中だったので、1回目の反響を2回目に取り入れたり、視聴者の方からいただいた情報提供のお電話も作品に取り入れたりしました。“声”に影響を受けて反映したというよりは、取り入れるという手法ではあるんですけど。でも、終わり方はたくさん議論しましたよね」

寺内「そうですね。終わり方は当然議論になりました。でも結局元々の台本に戻ったんです。僕は制作期間中にも議論が続いたことこそが、結末を簡単に変えられない映画と違う、テレビコンテンツならではのおもしろさだと思っています。途中で視聴者の反応を見ながら展開を変えていくというのは、それこそブリコラージュ的要素だと思っていて。やってみて楽しかったです」

「イシナガキクエ」は“懸命に生きた男の物語”。寺内康太郎×皆口大地が語る、「Q」から「TXQ FICTION」への道のり 

『イシナガキクエを探しています』四回目をTverで見たけど、テレビでの放送はないのか。なるほど、ネットで見た人がポストなんかして伝播していく、ネットのない時代の都市伝説の広がりに近いし、内容的にもそういうものを感じさせる。ちょっと『多重人格探偵サイコ』に出てきた架空のミュージシャンだったルーシー・モノストーンを彷彿させる。


ライティング作業の後に昼ごはんを食べて一時過ぎに家を出て渋谷へ。半蔵門線永田町駅で降りてから赤坂見附から日比谷公園まで、首相官邸や国会議事堂を横目に歩いていく。
たまに日比谷まで歩いてくることがあるけど、ここを通るたびに広場があって市民が集まれたら日本でも民主的な革命が起きていたんじゃないかなって思う。他の国で民主的な革命が起きたところには何万、何十万とか民衆が集まれる広場や場所があるけど、日本にはない。そして、W杯で浮かれたバカがはしゃぐ渋谷のスクランブル交差点しかない、クロスロードに人が集まっても革命は起きない。首相官邸や国会議事堂と離れすぎている。


15時前に着いたので日比谷公園の入り口の売店サッポロビールの缶を買って入り口付近で飲みながら、専門学校の友人Aを待つ。彼がきてからはそこで開場までだらだら話をする。
一年ぶりに日比谷野音で開催された「THE MATSURI SESSION」(出演順:ZAZEN BOYS、KIMONOS、向井秀徳アコースティック&エレクトリック)を。ビールは全部で四缶飲んだので入る前を合わせると五缶飲んでいた。普段は人と飲み行く以外では家で一滴も飲まないのでわりと飲んだ。
最初はZAZEN BOYSから、ニューアルバム『らんど』からの曲を演奏。今回のアルバムよりも前の曲の演奏は一切なし、それでもこの新曲たちはめちゃくちゃカッコいいし今のメンバーの状態にすごく合っているんだと思う。
KIMONOSはアルバムが出たのが十年以上までずっと聴いているし、「THE MATSURI SESSION」とかで向井さんとLEO今井コンビを観てきたが、抜群に曲がカッコいいし踊れる。夕暮れ時にも映えたけどもっと暗くなってきてからの方があったかな。
向井秀徳アコースティック&エレクトリックでは好きな『Water Front』も聴けたし、フィッシュ&チップスのカバーやりますと言って『忘れられないの』を。なぜかサカナクションのことを向井さんはフィッシュ&チップスとずっと言っているんだけど、演奏したのは山口さんが復帰したからそれに関しての気持ちがあるのか、前からカバーしているからそういう意図はないのか、MCでほぼ話さないので実際向井さんがどう感じていたのかはわからない。ZAZEN BOYSでも演奏した『永遠少女』をソロでも弾き語り、早稲田大学でのレコードへの一発撮りの時にもバンドではないバージョンを聴いているけど、ソロはソロでしみじみするというかもっと深いところへ降りていく感じがする。アンコール最後は『ポテサラ』が披露されて笑っちゃったけどカッコよかったし、みんな楽しそうだった。
あとが知り合いのご夫婦が来ていたので一瞬挨拶したり、他には知り合いの人には会わなかったけど、SNS見るとあの場にいたんだなって人がちらほら。
僕らの席の二列前の男性の着ているTシャツの背中のデザインがマイケル・ジャクソンと彼と一緒に生活していたチンパンジーのバブルスが描かれていて、英語で「BUBBLES」ってあってなんかわからないけど笑いそうになった。どういうチョイスして着てきたんだって。一列前の夫婦はクーラーボックスを持ち込んでいて、その中から色々出してチューハイとか作ったりしてめっちゃ飲んでいて、途中で家から持ってきたであろうサランラップに包んでいる蒸したとうもろこし食べてて、自由すぎるなって。
日比谷野音売店もトイレも場内の上の方にあるけど、すぐ行けるし野外だから開放的で暑すぎず風も吹いていて気持ちよかった。どんどんみんな飲んでいくから酔っ払いが増えてきて、ZAZEN BOYSのライブだと普段はあんまり向井さんとかMIYAさんみたいな掛け声はないのだけど、酔いどれがめっちゃ叫んでいた。そういうのも野音ぽくて楽しかった。
野音から出たら日本武道館のチラシを配っていたのでもらった。また、歩いて赤坂見附駅まで。日比谷駅や有楽町駅に向かうとめっちゃ混むので、友人Aとは出入り口で別れてradikoで『川島明のねごと』を聴きながら一人で赤坂まで歩いた。
帰ってからは『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』を聴きながら小説の続きを読んでいたら気がついたら寝落ちしてしまっていた。

 

5月27日
ぐっすり寝て起きたら朝6時過ぎだったのですぐに可燃ごみを出して寝起きの朝風呂に入る。スマホで天気予報を見ると台風一号が発生した影響で今日明日は雨っぽい。
ライティング作業をリモートワーク開始までにやりたかったけど、昨日の疲れが残っていたので始業までは横になってのんびりしていた。

眠い、疲れる、固まる、話が飛ぶ、カビを培養する。それは脳が励ましの歌を歌ってくれないから?──ADHDと診断された小説家は、薬を飲むと「36年ぶりに目が覚めた」。私は私の身体しか体験できない。にしても自分の内側でいったい何が起こっているのか。「ある場所の過去と今。誰かの記憶と経験。出来事をめぐる複数からの視点。それは私の小説そのもの」と語る著者の日常生活やいかに。SFじゃない並行世界報告!

仕事の休憩中に行ったトワイライライトで柴崎友香著『あらゆることは今起こる』を購入。判型が少し大きい。医学書院という版元から出ていて、「シリーズ ケアをひらく」というシリーズの一つとして刊行されたみたい。

仕事中に郵便局の人が配達してくれた封筒の中にニッポン放送からのものがあった。「三四郎オールナイトニッポン 公式ファンクラブ バチボコプレミアムリスナー」に入っているので、会員全員にプレゼントだったオリジナルステッカー全10種が届いた。武道館に向けてということなんだろうな、たぶん。
去年の三四郎の単独ライブに行った時にここのグッズで小宮さんの「ヤッター‼️」キーホルダーを一緒に行った友達にあげたから、もいう一つのバチボコがアルファベットになってる方が僕の方には残っている。来月は三四郎の単独ライブだなあ、武道館のことでこっちの話あまりしていないけど、大丈夫かな。

【MV】Creepy Nuts × 菅田将暉 - サントラ 


三四郎ANN武道館はオールナイトニッポン仲間というか、同じ時期にやっていたこの二組には何らかの形で出てほしい。僕がコロナパンデミックになってラジオを聴くようになった時のメンバーでもあるので揃ったところが見たい。無理でもなんかイベントで彼らが三四郎と関わってほしい。

リモートが終わってからライティング作業を開始。木曜日までには終わらして提出したい。去年の三月ぐらいからやっていた別件のライティング作業に関するメールが届いて、一気に進んでいたので思ったよりも早く形になるかもしれない。
何はともあれ、関わらせてもらっている書籍が世に出てほしい。もちろん、読んでいろいろ感じるものになってほしいし、おもしろいものになるといい。
それに関して別にもらった連絡でも、気にしてもらっていて、やっぱり仕事ができる人は僕みたいな下っ端にもちゃんと丁寧に接してくれるんだなって。どちらもうまく行くといいな。

 

5月28日
8時前に起きて、radikoで寝るときに半分近くまで聴いていた『JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』と『フワちゃんのオールナイトニッポン0』を聴きながらライティング作業を10時前までやる。
「フワちゃんANN0」はマルタに行っているフワちゃんが海外のホストファミリーの家から生放送をするというドキュメントでしかない放送になっていて、開始早々にフワちゃんがパニクって叫んでいた。いやあ、生放送の醍醐味だなあ。途中からホストファミリーが入ってきて英語で普通にやりとりしてるのとかフワちゃんっぽくてそういう部分とかはすごい。やっぱりこの人は人間力があって魅力的だと思う。

10時過ぎに駅前の皮膚科の予約をしていたので外に出るが、微妙に傘がいらないぐらいの小雨、ただ風は強い。ピロリ菌の除菌薬である抗生物質の薬疹の治療で塗っていたステロイドの後遺症みたいな感じでできている吹き出物の検診を一ヶ月ぶりに。ゆる〜やかに治ってきているけど、もう少ししぶといのが残っている。自分でも驚くほど治りきらない。また一ヶ月分塗り薬を出してもらった。



帰る前にTSUTAYA書店によったら水道橋博士さんの新刊『本業2024』とミシェル・ウエルベック著『わが人生の数ヶ月 2022年10月〜2023年3月』が出ていたので購入。後者は小説ではなく、ウェルベック自身に起きたことのエッセイみたい。この前の小説『滅ぼす』を読んでいるから、なんかそれに出てきた要素もあるのかなって期待している。


家で昼ごはんを食べてから渋谷へ。傘は持って行ったが強い雨にはならず、いるかいらないのかわからないぐらい、風はずっと強かった。
東京百貨店の取り壊ししているところを見たけど、Bunkamuraは残っているが百貨店の方はほとんどなくなってきた。


14時からヒューマントラストシネマ渋谷で映画を観る予定だったけど、PARCO渋谷前に着いた時には13時ちょっとで早すぎるなと思った。そういえば、PARCOで安藤政信さんの写真展「憂鬱な楽園」が開催しているのを思い出して三階へ。
当然ながら安藤くんは在廊していなかったが、展示されている写真を見ていくとそのヴィヴィッドな色合いは蜷川実花さんの影響なのかなって思えるものだった。蜷川さんの被写体にも何度もなっているし、映画にも出ているから、そうなのかな。


先週金曜日から公開が始まったジョナサン・グレイザー監督『関心領域』を鑑賞。ヒューマントラストシネマのサービスデイで1200円で観れることもあるし、第96回アカデミー賞の国際長編映画賞と音響賞を受賞していることもあり注目されていて、平日の昼間なのにお客さんはかなり入っていた。
アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所と壁一枚を隔てた屋敷に住む収容所の所長であるルドルフ・ヘスとその一家の暮らしを描いた作品。ルドルフの妻のヘートヴィヒは屋敷と庭のことにしか興味がないのか、幼い子供の泣き声にも銃声や爆撃音にも何も反応を示さない。それはまるで意識の外に起きていることはすべてシャットダウンして自分に入れない、無関心を表現しているように見える。実際にルドルフの役職が上がるがこの屋敷から遠い場所に転勤することになるという通達がきて、夫からそのことを話されると自分と子供たちはここにいるから一人で単身赴任してくれという。
強制収容所では多くのユダヤ人が強制労働させられていた。しかし、その犠牲の上に彼ら家族の日常は成り立っているが、ヒトラーを崇拝するナチスであるルドルフとその一家はそのことの異常さには当然気づかないし、考えることもない。ずっとその温度のままで映画は進んでいく。時折わかりやすいノイズが流れてくる。
終盤には組織と家族の間で苦悩するルドルフの姿があり、場面は急に現在の世界遺産となっているアウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所に変わり、清掃員たちが無言で仕事をしている映像に変わる。そして、最後にまたルドルフがそこの階段を降りていく姿で終わる。普段は無関心だろ、お前も、と言われているような心地悪さを覚える。

観終わってから外に出ると風だけがやけに強い。歩いて家まで帰る。その間はずっとビリー・アイリッシュのニューアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』を聴いていた。その中でも日本語訳を見たらどストレートなラブソングとも言える『BIRDS OF A FEATHER』という曲がとてもいい。

「蓮見は貪欲で意固地でスポ根!」「永野さんは俯瞰の人」ダウ90000蓮見翔×永野。相互に待望の初対談! 

ダウ90000の名前は知っていたけど、興味がわかなくて見ない嫌いに近い状態だった。でも、彼らの番組に永野さんがゲストの時を偶然見たら、リーダーというか作演出をしている蓮見さんをイジりまくっていて、二人のやりとりがおもしろくてダウも気になるようになった。それですぐに舞台で観ないとダメだと思って渋谷コントセンターに行って観て(偶然、その時には俳優の岡部たかしさんのユニット「切実」も出ていて、『情熱大陸』にも出ていたのがその時のライブだった)、これは確かにすごいってわかった。
あのあとのザ・スズナリと今年三月の本多劇場で単独も観ることができた。ここからはもっとデカいキャパでやっていくだろうし、岸田國士戯曲賞を取るかというのラインになっていくと思うのだけど、蓮見さんはずっと永野さんにはイジられていてほしい。すごく相性がいいのがわかるやりとりをしているから。

夕方過ぎてから昼までやっていたライティング作業の続きを。Spotifyが火曜日は聴いているポッドキャストが三本更新があるのでそちらをBGMに。


『アルコ&ピースのしくじり学園放送室P ポッドキャスト』はみなみかわさんがブレイクする一つのきっかけになった妻の雅代さんがゲスト。東野幸治さんと千原ジュニアさんと佐久間宣行さんへ送ったDMの話だけでなく、どういう知り合い方だったのかとも聞いていた。Mixi時代の懐かしさを感じさせる話題があったりして、前よりも身近に感じるようになった。
『あのと粗品の電電電話』はテレ東のスタッフさんから二人は付き合ってるの、体の関係あるのと聞かれた話をしていて、二人が推理していくとどうやらマネージャーが話したことが尾鰭背びれがついてより誤解をまねいていることを怒っていた。マネージメントできてないっていう。実際には付き合っていないけど、二人が付き合ってるような雰囲気に見えることに萌えていたり、カプ推しみたいな人たちもいるわけだけど、二人が今まで通りの温度感でトークしてくれていたらいいのだけど。
『ランジャタイの伝説のひとりぼっち集団』をその次に聞いたら、古くからの友達である芸人さんのエピソードを話していた。こういう繋がりがあるのは強いよなあって、永野さんと蓮見さんの対談読んだ後だから余計に思えた。

ライティング作業は今回の区切りのところまではなんとか終わったので明日以降に読み返しとチェックしたらたぶん提出して、一旦自分のやっているパートは終わりなはず。

 

5月29日
星野源オールナイトニッポン | 2024/05/28/火  25:00-27:00 

日付が変わってから『アルコ&ピース D.C.GARAGE』を聴いてから25時から『星野源オールナイトニッポン』をリアタイした。星野さんがちゃんとSNSで拡散されたことは事実無根であることを誠実に話をして、そして新垣さんも電話で今回のことについて気持ちを伝えていた。
星野源さんと新垣結衣さんが自分の言葉を言える場所があり、それがちゃんとリスナーやファンに届いていることだけはよかった。
滝沢ガレソや捕まったけどガーシー辺りが発信しているものを拡散したり、信じたり、おもしろがる奴は彼らのインプレ稼ぎに加担して彼らを儲けさせている(利用されている)だけで、実際のところは何も考えていない(悪意だけはその対象に向ける)からよりタチが悪すぎる。凡庸な悪であることは本人にはわからないものらしい。
もちろん、人間の中には正義も悪もあるし、半々ではなく時や場合や対する人によって違うけれど、こういうものを見せられると大政翼賛会再び&SNSによりそのゾンビが蘇って何十倍速で歩けるような加速をしているみたい。だから、新しい戦前なんだろう。終わった後にみんなが言っていたから、やっていたからみたいな言い訳をするようになるとかの想像力ぐらいは持っていてほしい。それは自分に向いてきて、個人の自由や権利も平気で奪っていく。

星野源 - 喜劇 (Live at Yokohama Arena 2023) 


星野さんと新垣さんがラジオで自分たちの声でお互いのファンやリスナーに言葉を届けてからのこの曲を選曲して流すっていうのがシビれた。

星野源ANN」をほとんど聴いたので、『あののオールナイトニッポン0』もリアタイしたら朝がヤバいので寝て、7時過ぎに起きた。二番組は深夜帯に聴いていたのでいつものルーティンからそれらを抜いて、radikoで『JUNK 爆笑問題カーボーイ』「あのANN0」を聴きながら作業。
「爆笑カーボーイ」は浅草キッド玉袋筋太郎さんの著書『美しく枯れる』の話を太田さんがしていて、田中さんも途中まで読んでいると言っていた。爆笑問題浅草キッドは同世代でライバルだった関係なので、色々あったとは聞くけれど四人でトークというか何かしてほしいなって聴きながら思った。この番組に浅草キッド呼んでくれないかな。

あののオールナイトニッポン0(ZERO) | 2024/05/28/火 27:00-28:30 

「あのANN0」はアニメ映画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』で共演しているYOASOBIの幾田りらさんが生でゲスト出演するという豪華な放送。「デデデデ」の宣伝とかインタビューを何十回と一緒にやってきたことで友達というよりは戦友みたいな関係になっているのがトークからも伝わってきた。
あのちゃんがどんどん人間らしい、というか元々あったけど出さなかった感情とかが幾田さんと一緒に「デデデデ」という作品に参加して過ごした時間で出やすくなってきたのかもしれない。もちろん、あのちゃん自身が音楽だけでなく、バラエティとかに出てブレイクすることでわかってきたことや嫌なことを体験してきたことでの成長とかもあったのだろうけど、このコンビだったからこその関係性や空気はなんだかとてもいいなって思える。あの&いくらコンビが歌っている姿は優しくて眩しい。そしてなんだかうれしい。

蓮見 それは絶対イヤですね(笑)。早く売れたくてやってるだけなんで。

永野 知るひとぞ知る存在じゃなくて。

蓮見 この時代、それがいちばんダサいですから。こんなにかんたんに情報が手に入る世界で、知るひとぞ知るを目指すなんて、おもしろくもなんともないです。8人組っていうのも売れるための手段だし、コントをいっぱい書いて公演をたくさんやるのも全部早く売れるため。もしかしたら、そもそも8人でやってること自体、永野さんにとっての「ラッセン」なのかもしれない。僕は最初っから、なりふりかまってられないっていう登場の仕方だったんですよ。

永野 なるほど、有名にはなりたくないけど、ほどよく売れたいっていうのは、すごく難しい狙い目だけど、最初からそこを目指すっていう戦い方を選べる客観性がやっぱりすごいわ。ここへきて、ダウ90000はそもそもがラッセンであったという結論、これはヤバいですね(笑)。

「今は、“知るひとぞ知る”がいちばんダサい」「ビッグドリーム欲しくないの!?」蓮見翔と永野の共感と差分。20分延長で語り尽くす! 

やっぱりこの二人の対談はいい温度だなあ。

リモートワーク開始して昼休憩の時に今週金曜日〆切のライティング作業の確認をしたので送付。一旦終了、というか手を離れた。あとは編集さんと著者の人の直しとか諸々で最終確認とかなんだと思う。
仕事が終わってから原稿を送ったライティング作業のものの修正が入ったものと別件のライティング仕事でこちらも戻ってきた原稿があって早めに読んだ方がいいんだけど、一旦今日は送付して終わったから、ごめん、週末までに目を通すという気持ちで自分の読書をして寝た。

 

5月30日
3時過ぎに目が覚めたので早めに可燃ゴミを出してきて、寝落ちするのを待ちながらradikoで『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を流していたらすぐに落ちていた。
起きてからラジオの続きを聴きながら掃除したり諸々をしてから家を出て渋谷へ。
ライティング作業の〆切前に出していたので木曜日は完全に休みにしようと思っていた。午前中に何か予定を入れたくて前日寝る前に映画館のサイトを色々と見ながら何かないかなって探していたら気になっていたけど観ていなかった『青春18×2 君へと続く道』がちょうどいい時間に上映だったのでチケットを取っていた。
行き来でもう一度最初から『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』を聴いた。最後の方で佐久間さんが星野源さんの『Family Song』を流した。番組の中では星野さんのことには触れなかったけど、こういう選曲をしている佐久間さんも粋だよね。


9時過ぎからの上映で小さなスクリーンだったけどお客さんは十人ぐらいはいたような、女子高生二人組もいたけどまあサボりなのか、出演してるなにわ男子の道枝ファンなのかなと思ったりした。
わりと作品を観ている藤井道人監督が紀行エッセイを映画化した作品。十八年前の台湾で高三のジミー(シュー・グァンハン)はバイト先のカラオケ店で四歳年上の日本人バックパッカーのアミ(清原果耶)出会う。財布を盗まれた彼女は「神戸TVK」という看板に惹かれてバイトをしたいとやってきて、見事に採用されてジミーたちバイトと仲良くなっていく。
天真爛漫なアミに次第に惹かれていくジミーだったが、彼女は突然日本へ帰国し、それ以降会うことはなかった。そして、現在大学中に立ち上げたゲーム会社が人手に渡ったジミーは久しぶりに帰郷した実家でアミから届いたハガキを久しぶりに手に取った。アミとの約束を果たすために日本にやってきたジミーは彼女の実家がある福島を目指す。
テーマとしては『四月になれば彼女は』『パスト・ライヴス』に近いものがあり、「四月」で失敗してたものをちゃんとやっているように感じたし、「パスト」よりも個人的には沁みて泣けてしまった。
内容の出来のわりには思ったよりもヒットしてない気がするし、口コミで広がってない(気がするんだけど、観たという知り合いがいない)のはこのタイトルのせいじゃないかなと思った。もちろん原作があるから変えにくいんだろうけど、このタイトルで損している気がしてしまった。
『メイド・イン・ホンコン』みたいな画の質感(台湾パート)に懐かしさも感じた。ジミーとアミがデートで観に行く映画が岩井俊二監督『Love Letter』になっており、作中で重要な役割を果たすことになる。ある世代以降のアジアの映画好きな人にはもはや古典であり共通言語みたいな作品になっているんじゃないだろうか。『Love Letter』がなければ『冬のソナタ』は生まれず韓流ブームも起きなかっただろうし、となれば現在におけるBTSやNewJeansに熱狂する流れも起きていないことになる。そういう文脈においても『Love Letter』という映画は日本映画の歴史においてだけでなく、アジアという地域においてすごく重要だと思っている。
作品は現在の福島を目指すジミーと十八年前の台湾でのジミーとアミを交互にというか、今のジミーに起きた事柄からかつてのアミとの思い出を振り返るような感じになっていた。それがノスタルジーというかエモさを増していく。
終盤近くで現在のアミがどうなっているのかをジミーはゲーム会社を作って最初のゲームを発表した頃に知っていたという描写がある。事実を知った彼は現実逃避のようにゲーム会社をひたすら大きくしていき、M&Aなのか何なのかはわからないが会社を他の資本に持っていかれることになる。すべてを失った彼がかつてのアミとの約束を果たそうとしていたことがわかるので、より胸が締め付けられた。

個人的なことと重なってしまう部分があったので、終盤はずっと泣いていた。ジミーとアミの関係性とは違うけれど、一月末に亡くなった友達のことがどうしても脳裏に浮かんでしまった。
雪景色に包まれた福島県の南会津にある只見町にやってきたジミーが彼女の母親(黒木瞳)と会って話をするシーンがある。僕も友達のお母さんと会って一緒の時間を過ごした。ジミーとアミは恋愛には至らなかったけどお互いに好意を持っていた。だけど、アミが秘密にしていたことで彼女は台湾には長くいられずに日本に帰らなくてはならなかったというのが物語を駆動させる大きなものとなっていた。
僕と亡くなった友達は二十二年ぐらいずっと友達付き合いがあって、もう一人ずっと付き合いのあった友達に形見分けしてもらったものを渡した時に、二人はなんか特別な関係だったねと言われた。お母さんにも二人は親友だったんだねと言われた。
自分でもどういう関係性だったんだろうなってずっと考えていたけど、ceroの曲『Orphans』の歌詞にあるように「(別の世界では)2人は姉弟だったのかもね」というのが一番今は近いような気がしている。でも、この関係性みたいなものは彼女のことを知らない人にはやっぱり伝えにくいし、わかりにくいものなのだろうということもわかる。
例えば、こういう映画みたいな物語にするならジミーやアミの関係性みたいに恋愛的なものに置き換えるだろうし、普通のプロデューサーとかはそうしろと言うだろう。それはわかりやすくてエンタメになるからという理由だけだけど、それは多分正しい。
「(別の世界では)2人は姉弟だったのかもね」みたいな関係性だったと言われても普通にはわからないだろうし、わかったとしてもそれだとドラマにはどうしても成りにくいし、エモくもならないし観客の涙腺を刺激しない。
いろんなことが重なっていき、アミに起きたことを知った(ちなみに福島だけど東日本大震災でとかではない)ジミーの心境にシンクロは多少なりともしていた。だからこそ、もっとタイトルが違ったら多くの人に観てもらえたのかもしれないと思ってしまった。
エンディングに流れるのはミスチルだった。劇中でジミーとアミの話の中でミスチルの名前が出てくるので必然はある。だが、今のミスチルは正直弱いというかエモさを増長させられない。彼らはストリーミングがどんどん普及していく中でそこに上手く乗れなかったというか、意図的にそこには自分たちの楽曲をストリーミングさせないでアルバムを出すという戦略をしていったがそれが仇となってしまっている。逆にというか同時期からブレイクしていていまだに第一線にいるスピッツが世代を超えてストリーミング世代にも聴かれている(=知名度)はそこでの差だという話を記事で読んだことがある。
おそらくミスチルも原作の紀行エッセイに出ているのだと思うのだけど、この映画で僕が残念だと思ったのはタイトルとミスチルの曲を使っていることだ。おそらくそれが思いの外話題になっていない原因ではないかと思う。映画として藤井監督のルーツが台湾にあり、台湾と日本を舞台にして二つの時間軸を描いたこの作品は素晴らしいものだしもっと観られてほしい。


お昼前に上映が終わって帰る前に代官山蔦屋書店に寄って、『現代詩手帖』6月号を購入。古川日出男さんの詩が掲載されているから買うしかない。


夕方過ぎにニコラに行ってピスタチオと木苺のブリュレとアイノブレンドをいただく。平日だけどお客さんがたくさん来ていた。

帰ってからライティング作業で確認する原稿のチェックを少しやってから昨日の読書の続き。木曜日は基本的には働きたくない。

粗品とあのちゃん熱愛説についてちゃんと話します


粗品が自分たちを追い回している週刊記者を逆に尾行して突撃したYouTube動画をアップしていたが、あのちゃんもSNS等でプライベートがなく休むことができないことなどで苦しんでいることを吐露していた。今まで二人は意図的にエンタメとしてカップルに見えなくもないやりとりなどをテレビやYouTubeなどのメディアでやってきたが、それでどんどん周りからそう思われて、週刊誌に追いかけられることで本当にしんどいとこの動画をあげていた。
星野源さんのこともあったし、昔の週刊誌がガセネタや飛ばし記事を出すようなレベルではなくなっている。単純に人が死ぬことになる。精神的にも追い詰められるし、実際に韓国ではSNSの誹謗中傷で自殺している人が何人もいるし、日本でもプロレスラーの女性がそうなってしまっている。
今回のことがいわゆる著名人を追い回す、あるいは一般人がスマホで勝手に動画などを撮ってアップしたり、SNSに誹謗中傷を書き込むなどの抑止力になればいいのだけど、おそらく難しい。単純に教育するしかないけど、子どもたちは生まれた時からスマホYouTube動画が子守がわりになって見続けているからスマホを手放すことも難しいし、情報リテラシーというものを教えるべき大人が政治家や政府を見てももうできていないので教育すら難しいのだろう。ちゃんとしたディストピアが出来上がっている。

23時からradikoで『四千頭身都築拓紀 サクラバシ919』を聴きながら寝ることにした。前半の一時間が経つという少し前に再来週のゲストが発表された。先週ぐらいからとんでもない大物がなぜか出演してくれると言っていたが、俳優の菅田将暉スペシャルウイークのゲストだと発表された。全国放送でもないローカル曲であるラジオ大阪に生出演するらしい。
前にもCreepy NutsのR-指定がゲスト出ているけど、この枠に来るゲストがすごい。二人とも大阪出身というのもあるかもしれないし、放送作家の福田さんがオールナイトニッポンで菅田さんとクリーピーの担当だったから声をかけれたということはあるとしてもちょっとビッグネームすぎる。都築&菅田でファッション談義とかもするのかな。

 

5月31日
雨の音で目が覚めた。段ボールや缶と瓶の資源ごみを出しに行ったらかなり濡れた。リモートワーク前に傘をさして近所のコンビニに行って朝日新聞を買いに行った。
最終金曜日に掲載される古川日出男さんの「文芸時評」を読むために月に一回だけ購入している。まだ読めてなくて積読のままだったハン・ガン著『別れを告げない』についても触れられていた。『別れを告げない』は六月中に読めるといいのだけど。

週末までに目を通さないといけないライティング関係の原稿をリモートワークが始まるまで読む。時間が来てリモート始まってからもradikoを流してBGMがわりに、『ハライチのターン!』『JUNK おぎやはぎのメガネびいき』『ナインティナインのオールナイトニッポン』『マヂカルラブリーオールナイトニッポン0』を。
「マヂラブANNN0」でAEONの話になって、どこもかしこもAEON、でいろんなお店も実はAEON傘下という話題をしていた。
映画『下妻物語』で作品でも触れられている茨城県下妻市ジャスコが現在はイオンモールになっているが、「ロリィタの聖地しもつま 実行委員会」が映画公開から20周年を記念して二日限定でイオンモールの野外看板を「ジャスコ」にしたり、『下妻物語』の原作小説を書いた嶽本野ばらさんのサイン会をしたり、その途中に映画でヤンキーのイチゴを演じた土屋アンナさんがゲリラ登場する動画を新TwitterことXで見たけど、なんかすごく良かった。


ロリィタの聖地”でジャスコが16年ぶりに復活 「下妻物語」20周年イベントで 

マヂラブの二人もリスナーからのメールでこれもAEON傘下なのかと何度も驚いていた。資本の力によって、知らないうちに身近なチェーン店はある大きな会社の系列ばかりになっている、というのは事実で、地方独自の百貨店やスーパーでもなんでもいいけど、僕らぐらいには懐かしいそれらもAEONに負けて潰れたり消えていったり、吸収されている。


古川日出男さんの『ゼロエフ』の取材で一緒に福島県の海岸沿い近くを通っている国道6号線沿いを歩いて茨城へ南下していった時に、津波でやられた地域には新しいAEONがいくつも建っていた。あそこにあるならうちにも欲しい、というのはわかる。そして、それによって地元の商店街は復興せずにみんなAEONで買い物をする。商店街に人は戻らないし、地域のコミュニティも人が戻っていないから復活はしない。老人たちは知り合いがいないし、話し相手がいないので痴呆症が進んでいく。
取材でお話を聞かせてもらった医師のおじさんも言っていた。コミュニティで避難して戻ってきたらコミュニティは持続できるからいいけど、それが離れ離れになったり、バラけてしまうとコミュニティは維持できない。復興とは津波で押し流されたものを建て直すだけではなく、地域のコミュニティを戻さないと意味がない。それが一番難しいことだと言われていた。
福島の被災した地域はそれが特別ではないこともわかった。この二十年ぐらいで日本中で加速して起きていることだった。多様性が叫ばれているけど、もう資本について多様性は難しい。大資本にどんどん吸収されていき、個人経営の店は淘汰されていった。そして、地方ではその資本が出店しているAEONですら撤退していくとそこには何も残らない。すでに個人経営の店はない、残っているのはコンビニや国道沿いのファスト風土化したいくつかのチェーン店のみ、病院なども潰れていくからそこで生活するのも難しくなってくる。だから、県庁所在地など大きな街に出ていくしかなくなってくる。
明らかにこれは国の制度設計のミスだし、出生率の減少においても手を打つなら世紀末ぐらいにしておかなければいけなかったが、基本的には長らく政権与党だった自民党は悪化する方法はとっても子供を産んで育てやすい制度を作ってこなかった。
たとえば緊急避妊薬の認可も遅すぎてようやく去年から試験的に始まった。女性が望まない性行為によっての妊娠を防ぐために必要なものですら、ようやく始まったということを考えるだけでも、女性の体がその人自身のものであるという発想がない、わかっていない証左になっている。そういうことすら遅れに遅れていたら、出産や育児についての法制度を整えたり、どういう日本社会にしたいという考えが国家になかったと言われても反論はできない。
基本的には考えていないのは統一教会自民党の関係性を見ればわかるし、日本会議も含めて、家父長制を持続させたいという考えで票をもらっている老人の男性がまともな国家の制度設計を考えて、実際に子育てをする人の意見を聞いて活かそうとするわけがないのだけど。
東日本大震災の時には自分たちが誘致した原子力関連の問題も民主党に押し付けたし、今後政権が変わっても彼らは責任を取らないだろう、だから、変えるしかないし責任を追及する政党が与党になるしかないが、まあ難しいだろうなとは思う。そのぐらいにもうみんな考えたくなくなっている、考えさせないようにはちゃんと彼らはずっとやってきている。
東京都知事選は東京に住み始めてから毎回投票しているが、僕が投票した候補者が都知事になったことは一度もない。石原慎太郎猪瀬直樹舛添要一小池百合子誰一人として支持していない。今回は蓮舫さんが出馬するので彼女に投票はするが、小池都知事が出ればたぶん現職が勝つだろう。アホみたいな予算が出ている都庁のプロジェクトマッピングをやっている電通や神宮や日比谷公園の再開発もろもろの天下り問題など小池が勝たないと困る連中がたくさんいて、すでに蓮舫さんへのネガキャンが始まっている。大阪維新と同じでメディアが自分たちの利権も含めてそちらの肩をもち、相手を叩いていればな何にも知らない人はそれが正しいのだと勘違いしてメディアと関係性を持っている方に部がある。
結局、資本や金の問題になっていく。東京に普通に住んでいれば、明治神宮外苑や日比谷公園の木を切ってほしいとは思わないが、再開発することで利権がまわり金が入ってくる企業は壊したくして仕方ないらしい。もちろんその企業は現職の都知事や政権与党と仲良しで彼らが認可をしている。
人間なんてたかが百年も生きないのに。明治神宮に植樹された木々はそれを越えて咲き誇っていくのに、あまりにも愚かすぎる。亜熱帯化しているヒートアイランドの東京で一番必要なのは高層マンションではなく木々や森だとわかっているのに、たかだか金のために自分の一生よりも長く生き続ける木々を切る。いろんなチェーン店がAEON傘下になっていくのと根っこは繋がっている。

リモート終了後には『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』最新回とか聴きながら、朝読んでいたものを最後まで読んで編集さんにメールをして、もう一つのライティング関係の原稿を読み始めたが、やっぱり最後まではいけなかった。
最初に読んでいた原稿がGoogleドライブで共有していて、そこに修正されたものが入っているんだけど、元々縦書きのワードで提出してるけど横書きになっていてそれを読んでいると目が滑るから余計に疲れる。縦書きで僕が構成したものは数字は漢数字、英語は全角英語にしていたけど、修正したのを見たら数字やアルファベットが半角数字や半角アルファベットになっている。わかるんだけど、この文章みたいに横書きならそれでいいし、読みやすいけど、結局縦書きに戻すから修正しないといけないなって思いながら読んでしまう。
『トム・ブラウンのニッポン放送圧縮計画』で二人がめっちゃ叫びながらやりやっていた。二人とも声はデカいけど、なんだろうな、高すぎないし低くもないからか嫌な音にはならない。いや、聴き慣れたからなのか。大声出すと嫌な聴こえ方する人はいるけど、そうだったらこのラジオ聴けないか。
明日から六月突入なので、自分の作品の執筆に集中したい。そのために昼休憩の時に郵便局に行ってレターパックを買っておいた。すぐに送り先の住所も書いたので送れないと使いようがなくなるように。

今回はこの曲でおわかれです。
Billie Eilish - BIRDS OF A FEATHER (Official Lyric Video)