Spiral Fiction Note’s diary

ライター&Webサイト編集スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「BOOKSTAND」で「月刊予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

Spiral Fiction Note’s 日記(2021年6月24日〜7月23日)

水道橋博士のメルマ旬報』連載「碇のむきだし」
ずっと日記は上記の連載としてアップしていましたが、2021年5月からは「碇のむきだし」では短編小説(原稿用紙80〜100枚)を書くことにしました。そのため、日記というか一ヶ月で読んだり観たりしたものについてものはこちらのブログで一ヶ月に一度まとめてアップしていきます。

「碇のむきだし」2021年6月掲載 短編小説『東京』(前半)


「碇のむきだし」2021年7月掲載 短編小説『マミラリアデアルバータの白い骨』


先月の日記(5月24日から6月23日分)

6月24日
f:id:likeaswimmingangel:20210722211953j:plain柴田元幸&村上春樹著『本当の翻訳の話をしよう』文庫版出てた。
装丁イラストはニコラの冊子『ニコメ』のデザインもやってる横ちゃんこと横山雄さん。いやあ、これは著者二人の幅広いファンが手に取るだろうから、それがすごいし、大きなことだよね。
日曜から腰がビッグバンを起こし、寝転んだら、生まれたての牛とか羊みたいに立ちあがるまでにめっちゃ時間がかかる。痛みのない左側の腕は昨日ワクチン接種したから、普通に痛くて力が入れにくいというタイミングの悪さ。ビール久しぶりに飲んだ。


6月25日f:id:likeaswimmingangel:20210722212056j:plain寝る前にNetflixで公開された『全裸監督2』を見始めたら、腰も痛いから寝れないし、朝の5時ぐらいまでかけて全話見た。ある場所にカメオ的に水道橋博士さんが出ていたりと、豪華なメンツがカメオ的に出ていたりするのも見ているとたのしい。物語はバブルが崩壊したあとの世界を舞台にしており、金というものに翻弄される村西とおるたちを描いている。そういう意味でディカプリオが主演した『ウルフ・オブ・ウォールストリート』に近いものを感じた。おそらく、参考にはしているはずだ。黒木香をはじめとした登場人物たちの駆け抜けた時代の終焉とその後のリスタートを描いているのですごくおもしろかった。國村隼さんってたいていヤクザの親分であんな終わり方をさせすぎな気もする。

9時前に月曜から通っている徒歩数分の整骨院で昨日に引き続き施術してもらう。最後は電気をあてて、ツボのところに貼るシールを数カ所貼ってもらった。その後、渋谷に出て『閃光のハサウェイ』を観ようと思っていたが、整骨院を出たのが9時33分、映画開始が10時だった。さすがに歩いても20数分でTOHOシネマズ渋谷にはたどり着かない。腰をやってなくても無理だ。どうしようかなと思ったけど、とりあえず、緑道を歩いていて車が通る道に出たらタクシーが来たので乗ってしまった。そのまま、10数分で映画館に着いて、上映時間に近づいていたのでウェブではチケット買えなかったので久しぶりに人がいる窓口で購入し2階へ上がった。
閃光のハサウェイ』の前日譚になる『逆襲のシャア』はなんとなく知っているが、観たことはなかったけど話の展開はわかったし、ガンダムなどのモビルスーツの戦闘よりも人間ドラマがかなりの割合で展開していておもしろかった。これなら三部作らしいので最後まで観に行きたいと思えた。

映画を観終わって立ち上がると腰の痛みが嘘のように消えていた。なんだ? どうして? 90分ちょっとずっと座っていたし、整骨院の先生から借りているゴムのベルトを腰に巻いているけど、その効果なのか? 渋谷から三茶まで歩いて帰ってもほとんど痛みはなkった。のちほど気がついたのだが、ツボがある場所に貼ったシールが効果てきめんということなのではないか。今まで違うのはそれしかない。明日行った時に聞いてみよう。

ハヤカワSFコンテスト一次選考結果発表

歩いて帰っている時にTwitterを見ていたら結果が出ていた。一次は通過していた。応募した『浸透圧』はフル尺バージョン。「小説現代長編新人賞」の応募規定は500枚までだから、そこから160枚ぐらい削って出したが一次通過止まりだった。SFだと思ってないけど、見方によればSFっぽい要素はある、一応この数年書いているサーガの一つだし、天皇小説ではある。
講談社から出てる『暗黒の啓蒙書』とかのニック・ランド と木澤佐登志とリンクするマーク・フィッシャーの本とかダークウェブやヴェイパーウェーブ辺りをあえて書いたから、早川関連のツイート見てたら、そういうのに興味ある社員とかいるのはわかるから、この先の先行で読んでもって引っ掛かるといいのだが。
ハヤカワSFコンテストで二次通過したら、わりとすごい気はする。
とりあえず、このサーガに連なる2つの長編を今年中に書き終えて応募して、今月残りで『ことばと』新人賞用短編書き終える。この間、編集さんからお話がありますって言われて、絶対これ縁起悪い話だと思ったら、案の定そうで、その後に腰がビッグバンして寝転ぶのも起き上がるのも激痛とやばいサイクルに入りかけてたから、こういうお知らせないとやってらんないよね。

自分の名前でエゴサすることがないので、気づいていなかったが、飛浩隆さんのツイートに自分の名前が出ていてめちゃくちゃ驚いた。


「なぜこんな物語を書こうとしているんだろう?|飛浩隆 インタビュー」

以前「monokaki」で『零號琴』発売時にお話を聞かせてもらった(飛さん島根在住なのでインタビューはメールでのやりとりで、その際には編集長の有田さんが「SFマガジン」に連載した『零號琴』も遡って読み込んで対応しているので僕は流し込みしかしてないのだけど)際に、インタビュー前だったか八重洲ブックセンターで『零號琴』発売記念トークイベントを「SFマガジン」の塩澤編集長とされた時に伺って「インタビューよろしくお願いいたします」って依頼した時にご挨拶したぐらいなんだけど、やっぱりこういう時に直で会って挨拶してるのデカイな、あと名字がペンネームっぽいという利点。



6月26日f:id:likeaswimmingangel:20210722212348j:plain阿部和重著『ブラック・チェーンバー・ミュージック』読了。
新聞連載だったものがようやく一冊に。前半の主な舞台が三軒茶屋だったので、身近でしかないが、阿部さんのパートナーの川上未映子さんの『夏物語』の舞台も三茶だった。
北朝鮮の元首が書いたとされる「ヒッチコック」の幻の評論を巡って、初監督作品の公開前に薬物で捕まってしまい落ちぶれた映画監督・横口健二と北朝鮮から「ヒッチコック」の評論を探しにきた女性の密使による物語。途中では新潟とかも出てくるし、中盤以降は三茶とは電車ですぐ行ける距離である神保町も舞台へとなっていく。
先日、野呂邦暢『愛についてのデッサン』を読んばかりだったが、こちらも神保町の古書店が舞台になっていた。
2時間では足りないだろうけど、ネトフリかアマゾンプライムで6話分ぐらいでドラマ化したらけっこうおもしろいんじゃないかな。
阿部和重作品を読んできた人ならきっとたのしめるし好きな作品だと思う。個人的には『ブラック・チェーンバー・ミュージック』は、伊坂幸太郎と共著した『キャプテンサンダーボルト』と「神町」サーガを経て、その最終作『オーガ(ニ)ズム』におけるバディものとしてのエンタメ要素を用いて、『インディヴィジュアル・プロジェクション』を新しく語り直したようにも感じられる。
作家が長く続けていくということは螺旋階段を上る進化だと思うし、一人の作家が語りたいことや書きたいテーマは限られているので、それを中心に階段を上り続けるんだと思う。
過去作をセルフリメイクしただけでは階段は上れないだろうが、続けたことで得た技術であったり、自身のテーマをもっと掘り下げることができていれば、より集大成に向かっていくのだろう。デビュー作とその作家が最後に書くものはたぶん近くなるんだけど、螺旋階段の高さがあまりにも違いすぎて、見える景色がまったく違うということになるのだろう。
『ブラック・チェーンバー・ミュージック』はかつて『インディヴィジュアル・プロジェクション』を読んだことがある人が読むと基本的な構造や登場人物の立ち位置(主人公の職業とか)ににやりとし、かつての都市伝説(今のポスト・トゥルースを巡る虚実入り交じる世界)に似た今のネット世界をやはり阿部和重は描いているのだなと思うんじゃないだろうか。阿部和重はやはりもっと評価されるべき小説家だと思うのだが。
ニッポニア・ニッポン』では日本の象徴について、『クエーサーと13番目の柱』は亡きダイアナ妃のこととアイドルとパパラッチの関係性、「神町サーガ」では日本とアメリカの関係性を描いていた。阿部和重はかつて後藤真希の大ファンだったというのを聞いた気がするのだけど、今回はブラックピンクってことなんだろうか。表紙とかもそっちに寄せてる感じだ。
天皇も日本の「アイドル」だしね、偶像として。だから、阿部和重が「アイドル」的なものを描いてきたのだろう。
花の82年組とかAKBグループをみたいにアイドルの時代が来ると、国家的にアイドルを爆発的に消費しているわけで、そこには「萌え」の要素もあると考えれば、大塚英志著『少女たちの「かわいい」天皇: サブカルチャー天皇論』はまさに時代を読んでいたのだろうと今更わかった。
「令和」は「平成」というアイドル(上皇SMAP安室奈美恵)が引退してしまったことで、押し付けられた元号でもあるので、「萌え」ないと思うんだよね、今上天皇には「かわいい」や「萌え」消費的される部分が時代的にない。そして、すでにアイドルの時代は終わってしまって、あるとしてももはや細分化しすぎてしまっている。そう考えると「天皇」の複数化、分裂が始まっているだけなのかと思ってしまったけど、そういうテーマで誰か書いてそうな、意識的であれ、無意識的であれ。


6月27日

f:id:likeaswimmingangel:20210722212552j:plain岩井俊二著『零の晩夏』をGET。この表紙の女の子ね、写真じゃなくて絵なんですよ、絵なんですよ、これ。三重野慶さんという画家の方によるものらしいけど、実物の本を見てもわかんない、写真にしか見えない。超写実主義ってことなのかな。
岩井俊二さんといえば、「映像作家」なんですが、僕は「小説家」としての岩井俊二さんもすごく好きで、小説のベスト5には『ウォーレスの人魚』絶対いれるし、昔大盛堂書店さんでやらせてもらった選書フェアでも当然『ウォーレスの人魚』は選んだのだが、僕の周りに意外と読んでいる人がいない。
ほかにも『番犬は庭を守る』もすごく好きな作品で、寓話的であるものの世界観が映像作品と同じ用に受けての中にしっかり根付くものになっている。それらの作品は映像化は難しいと思うし、「映像作家」が「小説」を書くときには、映像化できない部分や映像に向かないものが入り込んでいたりもするはずで、なぜならここには予算は関係ないから。
映像化するなら、映像化できない部分や予算でどうにもならないものを改めて処理して脚本にするので、やはり同じものにはならない。どちらもいいし、どちらもそのジャンルだからこそできるものがある。
『零の晩夏』がいつか映像化することはあるかもしれないけど、「小説」としてたのしく読もうと思う。

僕が高一か高二の時(前世紀末)に買って読んだ『マジック・ランチャー 庵野秀明×岩井俊二』のお二人が2020年も現役バリバリで尚且トップランナーであり続けてるのは不思議というか、改めてすごいなあと思う。終わらない「平成」や「世紀末」のひとつだった「エヴァ」が『シン・エヴァンゲリオン』で終幕したのはほんとに救いだったなあ。
どこかの出版社で20年代版『マジック・ランチャー 庵野秀明×岩井俊二』を企画して出せばいいのにね。この20年の日本映画とアニメ映画の歴史、そして日本だけではなく海外で戦うという意味で当事者であるお二人だからこそ話せる部分があるだろうし、そういうのを読んでみたい。そこにはジブリのことも関わってくる。宮崎駿さんと庵野さんはある種の師弟関係だし、高畑勲さんと岩井さんは遠縁の親戚でもあり、影響を受けてと公言されているし、と考えるとこの2人の対談から親世代のジブリのことも含めての話になる気がする。

先週の日曜日に腰がパンクしてしまって、ソックスも履けず靴ヒモも結べず、寝転んだら起き上がるの激痛な状態になり、翌日朝一で整骨院に行き診てもらった。僕は生まれつき股関節が悪く、補助器なんかをつけていたと言われていたが、確かにあぐらがかけないほど硬い。その股関節がさらに硬くなっていき、補う形になっていた腰が爆発してると言われた。股関節をほぐしてもらいながら、一週間で五日通ったことで歩いたりするときに腰の痛みはなくなった。
普段、仕事をするときには床に敷いた座布団に座り、足はまっすぐ投げ出し、背中はベッドに寄りかかるL字の体勢でアクリルの透明なセンターテーブルにノートパソコンをおいて作業をしていた。そのことを話すとそのせいで股関節が硬くなり、腰にもきているから椅子を買って作業しないと治らないし、すぐにまた痛くなると言われた。
二千円程度のトークイベントに行くとある木製の何個も縦に重ねられるものはあったが、座っているとケツが痛くなるのでほとんど使ってこなかった。そんなわけで、ノートパソコンで作業はしないといけないので椅子買わねばと思ってアマゾンで二万もしないゲーミングチェアを注文した。椅子とか買った記憶がほとんどないのだが、ゲーミングチェアってこのくらいの価格帯だと自分で組み立てるんだね。20分ぐらいで作れたけど、腰が完全には治ってないから、わりと重くて一瞬ヤバいと思った。物書きは高くていい椅子を買えとはよく聞くけど、マジで腰は大事。次は高くていい椅子を買えるように、この椅子でたくさん書く。


6月28日f:id:likeaswimmingangel:20210722212731j:plain今日は有給を使ったので、朝一で整骨院に行く。かなり痛みはなくなっており、股関節の可動域もだいぶ広がってきた。そのまま、東京都議会選挙の期日前投票を駅前の太子堂出張所に行って済ませる。
西友で食材を買い終わるとちょうど十時になったのでTSUTAYA三軒茶屋店に行って、発売したばかりのエムカク著『明石家さんまヒストリー2 1982~1985 生きてるだけで丸もうけ』を購入。
僕もようやく産声をあげた年から始まるのだけど、何巻まで出るんだろう。
1巻は青で、2巻はオレンジ、と色相環で向かい合う色だから、3巻は青の隣の青緑か青紫かな。3巻は2022年初春発売らしい。
エムカクさんのさんまさんについての連載は「水道橋博士のメルマ旬報」が誇る人気連載になっているし、お笑い怪獣であり「BIG3」のひとりである明石家さんまという人物をここまで詳細に書き残すことはエムカクさんにしかできない。だからこそ、この本はテレビが全盛だった時代、お笑い芸人が時代を席巻していったひとつの歴史書になる。

f:id:likeaswimmingangel:20210722212821j:plain夕方からニコラに行って、桃のイートン・メスとアイノブレンドをいただく。桃うまっ。


6月29日
「PLANETS」連載中の『ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春』最新回は『いつも美空』を取り上げました。
2000年代に入り、『虹色とうがらし』の精神的な続編にも見える今作は「超能力」ものでした。この「超能力」と一般的になっていくインターネット社会を、連載時期にオンエアされたドラマ『TRICK』や、鈴木光司「リング」シリーズにおける「貞子」≒「リングウイルス」というものと一緒に論じてみました。次回は『KATSU!』です。

 

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散歩がてら歩いていった代官山蔦屋のミュージックフロアで来週から公開のフィッシュマンズの映画のコーナーができていた。
好きな色のTシャツを購入したら、ノベルティフィッシュマンズのカセットテープ(中のテープはないので聴けない)をくれた。
音楽はストリーミングの世界になって、CDも売れなくなっているのにレコードの売上はアメリカで伸びているみたいなのをだいぶ前にネットニュースで読んだ記憶がある。それは非常に示唆的な気はするけど、ノスタルジーを感じさせるカセットテープ、しかしそこに音は刻まれていない、音楽はそこにはない、空っぽのカセットテープ、物質としてのレコードやカセットテープ。
本質というか大事なのはそこに刻まれた音だけど、心身が一つの場所にあることに意味があると思ってしまう。小説だって、装幀を含めたデザインがあるのとないのではまったく違う。書籍はひとつでハードでありソフトであるからそれだけで成り立つのだけど。
音楽のソフトはそれだけでは音は聴こえてこない。だが、そのパッケージを含めて記憶に残る。手の感触や重さだけではなく、誰かに貸したことや借りたことが思い出になるから、手から手へと移動できるかどうか。
空っぽのカセットテープをもらって喜んでいいのかどうなのかわからなかった。
フィッシュマンズ』の映画はすごくたのしみだし、いいスピーカーや音量設備のあるところで観たいので映画館で観る。


6月30日
水道橋博士のメルマ旬報』連載「碇のむきだし」が公開されました。
短編小説『東京』(前編)です。タイトルは「踊ってばかりの国」の曲名から。
「ウーバーイーツ」に関しては『アラフォーウーバーイーツ配達員ヘロヘロ日記』を参考してます。


なんとか日付が変わるギリギリで「ことばと新人賞」に作品が応募できた。やっぱり余裕を持ってないとこういうことになる。
f:id:likeaswimmingangel:20210722213149j:plain『逝ってしまった君へ』読了。生きている人はすべて残された側であり、逝ってしまった人の残したものは生きているものが引き受けるか、そのまま流すしかない。カバーを外して出てくる表紙の写真は泣いてデトックス感があって、これを映像化して『余命1ヶ月の花嫁』みたいにしたがる人がこの先現れるんだろうな、と思ってしまった。


7月1日f:id:likeaswimmingangel:20210722213223j:plain『シン・エヴァンゲリオンオールナイトニッポン』を聴いてしまったので、もう一回観たくなって、前回同様TOHOシネマズ新宿でIMAX&映画の日割引で、3回目でした。
ラジオに出演した声優の女性陣は「これでエヴァンゲリオンは終わったんだ」と言うのに、コメントでゲンドウはじめ男性陣は『まだ続きがあるんじゃないか』と期待していて、ユイでありレイの林原めぐみさんがゲンドウのコメントのあとに「もう終わったのよ」って言ったのが印象的だった。それに関しては男女の恋愛観、アルバムにするか上書き保存するかみたいな差が出ているんじゃないかって話があった。
シンジを演じた緒方さんは女性でありながら男性の声を担当していたし、物語の最後を考えれば消化不良というか、一番終われていない立場にも見える。
あとは第一パートの第三村でシンジの苦悩は終わってるから、それ以降はメイン登場人物がそれぞれ片をつけていく話なんだなあ、と改めて。
片をつける、責任を取り引き受ける、ということが見事に形骸化したこの四半世紀で、『シン・エヴァンゲリオン』は賛否はあれ、終わらしたのだから、とてもよいことだった。
最後に流れる林原めぐみさんが歌うユーミンの『VOYAGER~日付のない墓標』を映画館のいい音で聴けてよかった。
『シン・エヴァンゲリオンオールナイトニッポンYouTubeにあるから、聴いたらまた観たくなるのでご注意を。
誰か庵野秀明監督×岩井俊二監督の対談本『マジックランチャー』の2020年代版企画して作ってくれ。

f:id:likeaswimmingangel:20210722213405j:plainTOHOシネマズ新宿で映画観て、次の予定がある吉祥寺シアターまで三時間ぐらい空いたから、二時間二十分くらいかかったけど歩いた。今日だけで20キロ。前々日腰が痛くて起き上がるのも辛かったけど、近所の三宿整骨院の先生の施術のおかげでなんとか回復。

 

f:id:likeaswimmingangel:20210722213319j:plainロロ『いつ高』ファイナル二本立てをで吉祥寺シアターにて鑑賞。
ロロの青春が終わったのだ、と思う。素晴らしき終焉がそれまでの伏線を回収し、確かに彼や彼女たちはそこに居たのだ。青春の青い余韻を観客に残し、届いた余韻は観客の中でハレーションを起こす。ロロの新しいステージを今からたのしみに待ってる。
僕よりもロロ作品を観ているパン生地くんと一緒に観た。コロナ渦になってから会う機会は中でもなかなかなかったけど、少しは話ができた。ビール飲みながら小説とか映画のことをダラダラ話せるようになる時期を待つ。待つしかない。


7月2日f:id:likeaswimmingangel:20210722213554j:plain『クイーンズ・ギャンビット』はネトフリでドラマまだ見ていないけど、小澤さんの訳された原作読んでから見ようと思う。

18時過ぎに友人が翌日のライブのために東京に上京してきたので、駅近くで待ち合わせしてご飯食べに行こうと思ったら、どこにかなり混んでいた。コロナに気をつけて飲食店でお金を使う、これしか自分たちの町や好きな場所の風景をなんとか押し止めることはできない、いろんなジレンマはあるけど、それでも自粛で金も出されないで閉めろと言われているよりはいい。
結局空いている焼肉屋に行ったら、19時前だったけど酒が19時でストップって言われて、先にビールだけ頼んで考えてから肉を頼もうと思ったら、全然酒がこなくて19時になるってときに店員に声かけてビール来てないけど、もう一杯分頼んでってことをして、なんだか微妙な気持ちになった。肉は美味しかったけど、やっぱり酒飲みながら食べたいものですね。


7月3日f:id:likeaswimmingangel:20210722213634j:plainザ・ファブル 殺さない殺し屋』をTOHOシネマズ渋谷にて。
岡田くんのアクションが凄すぎて驚く、それだけでエンタメとして素晴らしい。日本だとカーチェイスとか許可出ないから、派手なアクション難しいけど、団地を巧妙に使うアクションシーンは圧巻。
るろうに剣心 The beginning』に 引き続き、安藤くん出てるのも気になった理由だが、最近の安藤くんは作中で死なないな(笑)。かつては安藤くん出演=死亡フラグだったけど、『闇金ウシジマくん』でかつての事務所の後輩である山田孝之と共演して、ある種の禊が終わった感じがあって、あれ以来より自由になった気もする。
今回の敵というかラスボスは堤真一さんで、岡田くんと堤さんなら金城一紀原作映画『フライ, ダディ, フライ』で共演していた。岡田くんはそのあと金城さんが脚本を書いたドラマ『SP』で主演してからアクション俳優として今に繋がるきっかけになっていたりするから、この作品の源流みたいなとこは金城さんと『フライ、ダディ、フライ』があると思う。
『フライ、ダディ、フライ』を含む「ゾンビーズ」シリーズは映像化すればよかったのにしなかったな。『レボリューションNo.3』はゼロ年代の僕の心のナンバースリーに入る小説だったよ。角川文庫になったときの装丁のイラストが中身とまったく合ってなくて、こうやって届くべき人に作品が届かなくなるんだな、と思った。
金城さんの『GO』の映画化で主演・窪塚洋介&脚本・宮藤官九郎が始まりのホップステップ、続けざまに二人が組んだ『ピンポン』の「アイキャンフライ!」で加速したままジャンプしてゼロ年代の日本映画は、僕らの日本映画が始まった。そのもうひとつの流れが岡田准一金城一紀によるアクションへの流れだったんだろう。

f:id:likeaswimmingangel:20210722213753j:plain映画の帰りに大盛堂書店で取り置きをしてもらっていたウィリアム・フォークナー『土にまみれた旗』を購入。プチ禁酒法時代である東京五輪コロナ禍の東京。アメリカの架空の町を描いた「ヨクナパトーファ・サーガ」の舞台でも禁酒法が出てくる。実際にアメリカの禁酒法時代は1920年から1933年まで続いた。「ヨクナパトーファ・サーガ」でも禁酒法について描かれている場面がいくつもある、密造酒とかね。
プチ禁酒法の時代になったので家にあるフォークナー作品を読み返していたら、「ヨクナパトーファ・サーガ」の始まりだった『土にまみれた旗』が出るという。そもそもサーガの最初のこの作品は『サートリス』というタイトルで出ているが、これは編集者がかなりカットしてしまったものであり、今回の翻訳はフォークナーが原稿を保管していた完全版というかオリジナル。
『土にまみれた旗』の装幀は水戸部功クオリティでめちゃくちゃカッコいいのだが、たぶん紙の素材の問題で紙同士がこすれると色が薄くなったり、容易に折れやすいんだよね。そこそこ値段がする書籍は日販とかから送る時点でシュリンクとかしといてほしい。ピンチョンの『ブリーディング・エッジ』も出た頃、書店でカバーが傷んでるものがめちゃくちゃあったのが残念だった。
帯の裏面に『ポータブル・フォークナー』が池澤夏樹小野正嗣&桐山大介&柴田元幸訳で来春刊行とあった。名前だけは聞いたことがあった、「ヨクナパトーファ・サーガ」を時系列に抜粋したある意味でリミックス作品である。古川日出男著『とても短い長い歳月』は「ポータブル・フルカワ」ということで、それをイメージしていたはずだ。
小野正嗣さんのデビュー初期の『にぎやかな湾に背負われた船』とかはガルシア=マルケスの影響下やマジックリアリズムみたいなものをを感じたけど、ガルシア=マルケスだってフォークナーからの影響があったわけで、そういう意味でも小野さんが『ポータブル・フォークナー』の訳者に入ってるのはよくわかる。
戦後の日本文学では大江健三郎さんと中上健次がフォークナーの影響を受けているし、そこに阿部和重さんと古川日出男さんも連なってるから、結局そこに影響受けて好きな僕は先祖返りしていけばガルシア=マルケスウィリアム・フォークナーを読むっていうのは当然の帰結ではある。だとしてもフォークナーは読みにくい。
でも、読んでいるとちょっとずつ読めるようになっていくし、何年かかかって読み返すと前よりも読めるようになっていたりするのもたのしい。数年ぶりに『響きと怒り』読み返したら、前よりは確実に読めるようになっていたけど、それにしても容易でわかりやすいって価値基準が優先されているけど、そうじゃないエンタメってことを諦めたくはない。


7月5日f:id:likeaswimmingangel:20210722213840j:plain今月の「あだち論」はボクシング漫画『KATSU!』に突入するのだが、僕にとってのボクシングというと鬼塚勝也さんと辰吉丈一郎さんが全盛期の時であり、だいたい親父と一緒にテレビで見ていた。
『KATSU!』はあだち充さんの兄・勉さんが連載に亡くなったりしたことで、生死が関わるボクシングを描くこと、そして学生ボクシングの先のプロを描こうとしていたが、それができなくなったと言われている。もちろん、そこは大事な部分なので外せないのだが、じゃあ、なんでボクシングだったんだろう、という問いがある。
この連載前の『H2』と『いつも美空』の担当編集者だった小暮義隆さんがボクシングのプロライセンスを持っていて、実際にプロのリングに上っていたし、彼がボクシング漫画描きませんかと言っていたが、時期ではないと描かれなかった。『いつも美空』が終わってから、小暮さんが担当外れてからこの『KATSU!』は始まった。タイミングの問題だったのだろうが、あだちさんがボクシングを描いたのは彼が戦後の復興に生まれ育ったことも大きいのだろうと思ったりもする。
うちの親父が戦後すぐ生まれの74歳で、あだち充さんは70歳、勉さんは三つ半上だから親父と同学年だったと思う。戦後生まれの彼らの成長と戦後の復興は重なり、そこに野球とボクシングとプロレスというスポーツも時代と共に発展していき、彼らにとっての娯楽だったのは間違いがない。彼らが20歳前後になると「安保闘争」や学生運動が始まる。
70年代に革命は頓挫し、学生運動と共に「劇画」も終焉していく。「劇画」における三大ヒーローは『巨人の星』の星飛雄馬であり、『あしたのジョー』の矢吹丈であり、『タイガーマスク』の伊達直人だったが、彼は物語において「象徴的な死」を迎える。勝つために己の信念を曲げたり、試合に負けるが相手が死んでしまったり、子供を救うために車に轢かれてしまう。学生運動の敗北をトレースするように劇画のヒーローたちは表舞台から退場していった。
あだち充さんはその「劇画」の時代に「少年サンデー」から放逐され。「少女コミック」にいたことで生き残ることができた。彼と同世代の若い漫画家の多くは「劇画」の波に揉まれて漫画の世界から消えていったものも多かった。
『タッチ』における上杉和也星飛雄馬矢吹丈伊達直人の末裔だった。だからこそ、彼は最初から死ぬことを運命づけられていた。彼は70年代の劇画ヒーローたちの亡霊であり、メタファだった。そして、伊達直人同様に子供を助けることで自らは死んでしまった。最初から和也を殺すことだけはあだちさんは決めていたというのが、僕は無意識に上記のことあだちさんの中にあったのではないかと想像している。
和也と彼らのバトンを受け取ったのが80年代的ヒーロー像となる兄・上杉達也だった。ここで「劇画」から「ラブコメ」へとバトンは渡され、達也と和也の双子と共に育ったヒロインの浅倉南は和也の死によって、物語では野球部マネージャーをクビにされ、新体操に打ち込むことになった。和也が亡くなるまでの南は70年代的「劇画」における見守るヒロイン像の要素が強かったが、和也の死と彼の意志を引き継いだ達也が本格的に野球を始めることで、自らも表舞台に立ち成長していく主体性を持ったヒロインへと進化していく。
『タッチ』とは70年代的な「劇画」の敗れ去っていったヒーローやヒロインたちから受け取ったバトンを引き継ぎ、新しい時代を生きていくヒーローとヒロインを描いた「ラブコメ」だった。ということを「ユートピアの終焉――あだち充と戦後社会の青春」に書いている。
達也は野球部に入部しようとした際に、先に南がマネージャーになってしまったために入部届を出せずにいたところを原田に強引にボクシング部に入部させられた。また、『スローステップ』では主人公の中里美夏に好意を寄せる三人の男たちはボクサーであり、美夏の父親はプロレスラーだった。あだち充作品はちょこちょこプロレスラーや元プロレスラーは登場する。
戦後生まれのあだち充にとっては野球を描くのもボクシングを描くのも違和感はないはずだ。それを見て育ったのだから。高校三年の夏過ぎまでの青春の終わりをずっと描いているあだち充からしてみれば、プロレスは描きにくいが、野球とボクシングは部活動としては描ける。終わらない青春ではなく、終わっていく青春を描き続け、大人になる手前の季節で物語を終わらす「少年漫画家」があだち充だから。
参考文献で沢木耕太郎さんのボクシングに関連するもの、寺山修司の『あゝ、荒野』、実際にボクシングもしている角田光代さんの小説、近年ボクシングを題材にした小説で芥川賞を受賞した町屋さんの小説も読んでおこうと思った。
寺山修司の『あゝ、荒野』はずっと家にあるけど読んでなかったけど、「モダン・ジャズの手法で書いてみようと思った」と彼はこの小説のことを言っていて、あだち充の漫画の描き方はフリージャズ的なものだと連載でも書いているので、近いものは感じると思う。
寺山は競馬も好きだったので、彼の競馬エッセイも借りて読んだことがあるのだけど、ニコラの曽根さんも競馬好きでいろいろ教えてくれたことがあって、昔、地方競馬だと思うけど、隻眼の馬がいて、病気や事故で片目が見えない人とか、戦争とか事故で四肢のどこかを欠損したり、障害を持っている人がその馬に思いを託して馬券を買っていたって話をしてもらったことがあった。
今だとそういう馬は出走すらできないと思うけど、そうやって、隻眼の馬だったり、拳一つで成り上がろうとするボクサーに思いを託すという「浪漫」がかつてはあったんだと思う。そういう時代がかつてはあったはずだ。
競馬だったらほとんどディープインパクトの血筋じゃんとか、ある程度近代化して整理されていってスポーツになっていくと所謂エリートしか戦うことができなくなっていく。そこでの戦いにもドラマはもちろんあるんだけど、そうなれなかった者たちの思いを引き受ける対象はどうしても減っていく。そういうことも考えていくと、結局自分の問題になっていくんだろう。
エリートでもなくたまたまサブカル周辺にいて運良くセーフティネットに引っかかる形で、二十代後半からやってこれただけで、いつだって堕落はするギリギリのところにはいる。


7月4日f:id:likeaswimmingangel:20210722213959j:plainテレビ東京の佐久間宣行さんの著者『普通のサラリーマン、ラジオパーソナリティになる』を読み終わった。コロナになってリモートワークが始まってからの一番の変化はradiko でラジオを聴きながら作業をするようになったことだと思う。
オールナイトニッポンとJUNK系とプラス気になる芸人さんのラジオが生活の一部にはなってきている。ラジオパーソナリティの好き嫌いってネタとかその人が何を話すかってこともあるけど、自分が好きな声かどうかみたいな、声の波長が合う合わないっていうのもけっこうあるんだと思う。
佐久間さん脱サラしてもうサラリーマンではないけど、視聴しているリスナーの幅が広そうだし、もし、喫茶店や飲み屋でこの手の話をしたら店内にリスナーけっこういる可能性が高そうだなって思う。本にも出てきた予約の取りにくい寿司屋の大将がラジオのヘビーリスナーでそこのお客さんもラジオ好きって店はおもしろそう。熱を帯びて話す大将にすし握れよ!ってツッコミたくなるってどんだけだよって。


7月6日f:id:likeaswimmingangel:20210722214042j:plainゴジラVSコング』は小栗旬の顔真似をおばたのお兄さんにしてほしいが、ネタバレ感もあり、『ゴジラS.P:〈シンギュラポイント〉』のあのラストからの続き感もなくはないという。
とりあえず頭空っぽでとくに深く考えることもなくたのしめるポップコーンムービーでした。
ドラマ『アトランタ』のペーパー・ボーイ役のブライアン・タイリー・ヘンリーが出ていたのはうれしかった。『ジョーカー』にも出てたけど、『アトランタ』はシーズン3と4の撮影がコロナで延期されてたのが始まってるみたいだから見れるのは来年以降かな。

f:id:likeaswimmingangel:20210722214130j:plainf:id:likeaswimmingangel:20210722214145j:plainf:id:likeaswimmingangel:20210722214201j:plain代官山蔦屋で菅原敏さんの新しい詩集『季節を脱いで ふたりは潜る』出版記念フェアが始まったみたいなので見に来た。
秘密のサイダーは次に来たときに飲もうかな。このエリアは発売されたサザンの桑田さん監督『稲村ジェーン』の映像が流れていたり、『映画 フィッシュマンズ』やフライング・ロータスとサンダーキャットが組んで音楽をやってる『YASUKE』の特設展示が常設中。
日が沈んだ夜もかなりよい雰囲気になりそう。


7月7日
f:id:likeaswimmingangel:20210722214315j:plain去年、古川日出男さんが国道6号線を踏破するのに同行する前に津波被害にあった場所を歩くから書家の田川悟郎さんが書かれてデザインした「波」のポスターをBASEを通じて購入した。お守りとして。
悟郎さんは親友のイゴっちの師匠みたいな人で僕も数度恵比寿でお会いしたことがあった。それで僕のことを覚えていてくださっていて、購入完了のメールに一言書いてあっておまけを入れて送ってくれた。
「波」と一緒にその時におまけで送ってもらったのがこのボブ・マーリーの名言を書いた「Love the life you live.Live the life you love.」のポスター。今年になってから飾ってる。


7月8日f:id:likeaswimmingangel:20210722214356j:plain朝起きて三宿整骨院に行って施術をしてもらって、15時に下北沢の喫茶店「トロワ・シャンブル」で仲俣暁生さんと一年ぶり?ぐらいかお茶しながら小説のことなんかを3時間近くしゃべってた。もちろんマスクはしているが。「トロワ・シャンブル」はタバコも吸えるのだが、ほぼ満席で20代ぐらいの女性が多く、タバコを吸っている人も多かった。そういえば、今の20代のほうがタバコを吸っているがたいてい紙タバコで電子タバコはあまり見かけない。今泉力哉監督『街の上で』は下北沢を舞台にしていたが、その作品に出ている女優さんが友達と来ていたみたいで彼女たちがお会計をしているときに気づいた。『少女邂逅』の時から気になっていた女優さんだが、『大豆田とわ子と三人の元夫』にも出ていたがどんどんブレイクしていってる感じ。
帰りに茶沢通り歩いていて、ゴリラビルのゴリラってなんで作ったんだろうと思った。最初に見たらみんなそう思うのだが、見慣れすぎていてそう思わなくなっていた。

f:id:likeaswimmingangel:20210722214426j:plain木爾チレン著『みんな蛍を殺したかった』を読み始めた。チレンちゃんはコンスタントに作品を出し続けていてほんとにすごい(依頼が途切れてないということだから)。今回はミステリ作品みたいだけど、まだ蛍と部活のみんなが仲良くなり始めた辺りで約1/3ぐらいを過ぎたぐらい、これからどうなるか予想がつかないな。


7月9日f:id:likeaswimmingangel:20210722214521j:plainf:id:likeaswimmingangel:20210722214536j:plain『映画:フィッシュマンズ』をシネクイントで鑑賞。手嶋悠貴監督とフィッシュマンズのメンバーである茂木欣一さんの舞台挨拶。それからの上映だったが、フィッシュマンズ結成からデビュー、レコーディング、アルバム発売、ライブと流れを丁寧に見せながらメンバーや関係者のインタビューと当時の映像とライブ映像で時系列に展開していく。
バブルの余波が残り、バンドブームがあるなど時代的な要因は大きい。だからこそ、同世代のウルフルズスピッツが爆発的に売れて、比べればまったく売れていなかったフィッシュマンズはレーベルからクビを切られず、移籍もしながらも活動が続けられたのはかなりデカい。
アマゾンミュージックで聴けるドミューンのラジオ一発目のフィッシュマンズ特集で、90年代後期のあのやな感じをもっとも表していたのがコーネリアスFANTASMA』とフィッシュマンズ『空中キャンプ』だったという話が出ていた。当時の僕はリアルタイムでは彼らの音楽には触れていないが納得できる部分があるように思える。
90年代後期の1995年という敗戦から50年、終戦じゃなく敗戦だ。政治家や軍人だけじゃなく国民も判断を間違えた。戦時中の非日常は人々の判断を狂わせ、非日常である種のお祭り気分トランスになっていた部分もある。
太宰治が戦時下で書いた作品を読めばいい、彼の代表作のほとんどは十五年戦争の時期に書かれた。だから非日常の戦争が終わればつまらない日常に耐えきれずに甘美な死に、誰かを道ずれにして死ぬしかなくなる。と考えることもできる。佐藤さんは自死などではなく、『男達の別れ』の時期からかなり調子が悪かったという話があるので、急な体調の変化で亡くなったのだろう。僕も一人暮らしで年々わかるが、急に倒れたら最悪見つかる時は死んでいる可能性が高いだろうなと思うし、このところその恐怖はましている。
今はおそらく十五年戦争に近いかもしれないが、「失われた20年」はいつしか30年になり、「平成」の期間がほぼ失われた時代となった。だから、90年代後期のやな感じがずっと続いて1995年から四半世紀が過ぎた2020年、敗戦から75年後にコロナ渦になり東京オリンピックが中止ではなく、一年延期されたことで、そのやな感じはさらに増している。そこに鳴り響くフィッシュマンズの音楽はたぶん90年代後期より切実に僕らに響いている。
パンフレットはレコードジャケットサイズでかなり充実した内容だったので購入。


7月10日f:id:likeaswimmingangel:20210722214644j:plain二日続けてシネクイント。昨日も今日も『ブラック・ウィドウ』を観終わった客と入れ違いになるのでフロアが大混雑。昨日は『映画:フィッシュマンズ』を、今日は「ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021」の一環で上映の『ミステリー・トレイン』を鑑賞。作品の名前とか知ってるけどなぜか観てなかった作品を観るマイシリーズ的な感じもある。
八割方客席は埋まってたかな、客層もわりと若かった。
映画の中の永瀬さんくそ若いし、工藤夕貴はとてもチャーミング。オムニバスで三つのチャプターでわけたことでとても観やすい。こういう話だったんなって思ったけど、今書いている作品も大きな章を二つにしようと思ってたけど、三つぐらいにしてオムニバスみたいな感じにしたほうがいいかなと思い出した。これは迷うな。
思春期の頃に映画少しずつ観始めて、ミニシアター系映画の二大ヒーローは永瀬正敏さんと浅野忠信さんだった。その後に安藤政信さんと窪塚洋介さんたちの時代がやってきて、彼らが出ている作品を追いかけるようになった。


7月11日f:id:likeaswimmingangel:20210722214717j:plain『ゼロエフ』を再読した。読み終わると日付が変わっていて古川さんの誕生日になっていた。
同行した国道6号線阿武隈川を歩いたのは去年のことで、コロナ渦だった。歩き続けていたからか、コロナだったことがどうも僕の中では印象が薄くなってる。
コロナ渦と東京五輪、大雨による河川の氾濫による被害、それらに対する政治や責任や対応、さまざまな事柄を考えるときに『ゼロエフ』で小説家・古川日出男が歩考(歩行&思考)したことはきっと前よりも響き届くものになっている。もし、僕の知り合いで読んでいない人がいたら本当に読んでほしい。

f:id:likeaswimmingangel:20210722214755j:plain小説版『リング』『らせん』『ループ』と読んでいくと物語のほんとうの意味での主人公は「高山竜司」であることがわかるし、「リング」シリーズは『リング』『らせん』『ループ』『バースデイ』『エス』『タイド』の六作品であり、『ループ』以降の世界についてはホラーというよりはSF的な世界観の物語になっている。
映画版のヒットと「山村貞子」というキャラクターが一気に伝染し拡大していったことで、「父性」の物語だったことは忘却されていく。また、「山村貞子」の過去を描いた『リング0 バースデイ』が公開される。貞子の母である「山村志津子」は小説ではある出来事から「超能力」を得たのだが、それが娘にも受け継がれているため、母と娘の物語にもなっていった。
小説版『リング』で「山村志津子」について読んでいくとある種の既視感がある。超能力者である母と娘という関係性はドラマ『TRICK』にも通じている。
00年に公開された『リング0 バースデイ』で主役の山村貞子に抜擢されたのは『ラブ&ポップ』のラストシーンの渋谷川をルーズソックスで明らかに嫌な顔をしてじゃぶじゃぶと歩き続けていた仲間由紀恵であり、この映画を見た堤幸彦は同年の10月から始めるドラマ『TRICK』の主人公のひとりである「山田奈緒子」に仲間を抜擢した。
「山村貞子」と「山田奈緒子」という超能力者を演じることで仲間由紀恵は一気にブレイクし、『ごくせん』でも国民的に知られる女優となる。『TRICK』『ごくせん』は共に何度も連続ドラマのシリーズが作られ、スペシャル版や劇場版が作られるなど作品が派生して広まっていった。
ゼロ年代初頭におけるインターネット的なものと「超能力」の関係性、それを描いてしまっていた作品において「超能力者」を演じることになった女優が花開いたのは偶然ではないかもしれない。「山村貞子」は伊豆大島から上京し女優を夢見たひとりの若い女性だったのだから。
「リング」シリーズってゼロ年代におけるインターネット的なものを描いている部分は間違いなくあって、都市伝説とか陰謀論的なものも含みながらそれらが感染していくということも予見的でもある。僕がこの作品に惹かれてしまうのはたぶん『ループ』の構造によって前二作をひっくり返すのも好きなんだけど、たぶん「リング」シリーズはフィリップ・K・ディックが最後に書いていた「ヴァリス」シリーズ(『ヴァリス』『聖なる侵入』『ティモシー・アーチャーの転生』)に構造とかが似ているんだと思う。


7月12日
窪美澄原作×今泉力哉監督『かそけきサンカヨウ』の試写状がきた。二、三年前に渋谷の書店で今泉さんとばったり会ったときに窪さんの作品の映像化に向けて脚本を書いていると言われていたのがこれなんだと思う。

朝から晩までリモートワークをしていた。少しだけ徳島で「アアルトコーヒー」をされている庄野さんから教えてもらった榎本憲男著『巡査長 真行寺弘道』を読み始めたらめちゃくちゃ面白くて最初の一章を一気に読み終えてしまった。53歳で「巡査長」でまったく出世していない刑事の真行寺が秋葉原で出会ったオーディオマニアのハッカーの若者と知り合い、彼の助言を得ながら暴走した介護ロボットが起こした事件を解決するというものだが、その二人のバディ感や物語のテンポ感が素晴らしかった。


7月13日f:id:likeaswimmingangel:20210722214949j:plainA24製作『 ライトハウス』をホワイトシネクイントで鑑賞。予告編を見る限りはダークコメディな気がしていた。だって巨大なあれが出てきてたし。孤島の灯台守としてやってきた老いた男と若い男。補給船も来なくなり大しけで島から出ることができなくなった二人は酒をひたすら飲み、狂気の世界に陥っていくというもの。若い男は『TENET』でも好演していたロバート・パティンソンだが、狂っていく様がとても画になっていた。また、人魚や巨大なタコなども出てくるが、男が狂ってしまい見てしまった幻覚なのか、島に隠された秘密なのか、虚実が入り混じっていくのだが、それらの表現の感じがやはり「A24」製作だと感じさせる。『ミッドサマー』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』が好きな人は好きな映画だと思う。だから僕はとても好き。

f:id:likeaswimmingangel:20210722215015j:plainライトハウス』を観終わって、帰ってる途中で池尻大橋のドコモショップ前を通った時に「そう言えば家ではWi-Fi使ってるから20ギガいらないしプラン変更しよう」と思ってお店に入った。プランはすぐに変更した。
最近使っているスマホがよく操作中に固まってしまうので機種変をしようかなと思って、使用年月を聞いたら1年11ヶ月で2年の支払いにしていたのでそのまま機種変更をしてもらった。下取りできるというのでスタッフさんに渡して見てもらった。
約二年前に買った初日に落として画面の真ん中が割れてしまったと思い込んでいたが、表面の強化ガラスフィルムを剥したら割れてるのは強化ガラスフィルムだけでスマホの画面はまったく割れてなかったことが判明。おかげで下取りの価格も今回買う金額の半分近くの査定だった。
アプリなど移行して数日後に持っていけばその査定分はdポイントで戻ってくるらしい。dポイントでも書籍は買えるから、その分本を買うのもありだなあって思った。
すぐ新しい機種の強化ガラスフィルムをAmazonで注文した。データ移行の時に前回同様に間違えてラインのデータが消えたが、PCで見たら前までのやりとりは見えるからいいっか。
すげえディズニープラスを進められたが、断ったけどアマゾンプライムの一年間無料のやつはもらった。間違いなく強化ガラスフィルムマジ大事。


7月14日f:id:likeaswimmingangel:20210722215109j:plain『貝に続く場所にて』は買っているが読めてないけど、芥川賞取りそうな前評判。「群像新人文学賞」デビュー一発目で取れば諏訪哲史『アサッテの人』以来か。これで直木賞が佐藤究さんの『テスカトリポカ』なら、佐藤さん「群像新人文学賞」デビューだから、芥川賞直木賞どちらも「群像」出身になる。
と午前中にツイートしていたら、18時前には直木賞芥川賞が発表された。

直木賞は佐藤究さんの『テスカトリポカ』と澤田瞳子さんの『星落ちて、なお』に決まり、芥川賞は石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』と李琴峰さんの『彼岸花が咲く島』に決まった。
李琴峰さんも「群像新人文学賞」優秀作デビューだから、今回の直木賞芥川賞の四人中三人は「群像」出身ってことだ。


7月15日f:id:likeaswimmingangel:20210722215156j:plain仕事が終わってからニコラに行って一服。バリー・ユアグロー『旅のなごり』サンドイッチ(3回目)とアルヴァーブレンドを一緒に。

 

f:id:likeaswimmingangel:20210722215236j:plainニコラにあった花? なんだかこれを見て昔ミスチルのライブツアー「POPSAURUS 2001」を思い出した。
あれって花(植物)によって恐竜が滅んでいったみたいなコンセプトでセットの巨大な骨組みが最後は花開いていく感じだったはず。広島公演にたぶん行ったんだよな。一番好きなアルバムが『深海』だから印象に残ってるのかもしれないけど。

POPSAURUS 2001『シーラカンス



7月16日
朝起きてから三宿整骨院に行ってから、スマホの機種変更したので前の機種を下取りに出しにドコモショップ池尻大橋に行く。対応してくれたスタッフさんが研修中の方だったがとても親切で好感の持てる対応をしてくれた。PCが固まってしまって、申し訳ないですと言われていたが、そういうのはスタッフさんのせいではないので気にしてないいいけど、立場上はそう言わないといけないから大変だなと思った。
下取りされた金額はdポイントになったので、それを使って本を買おうとそのまま渋谷のジュンク堂書店に行って7000円ほど書籍を購入。
汗ダラダラになりながら家に帰ってから、〆切が前日までだった「あだち充論」の続きを書き始める。結局18時までに送りますと連絡していたが、20時近くになってしまった。
今回からはボクシング漫画『KATSU!』を取り上げるのだが、この作品は打ち切りではないが、担当編集者が変わって、終らせて新連載をしてくださいと言ったことで、「プロ編」には進まずに最終巻の16巻分の連載を描いて終わっていることなどがあり、批評するのがわりと難しい。同時に2回か3回分に分けて書くのでそれぞれのテーマをどうするのかを考えるとどうしても時間がかかってしまっていた。

寝る前にこんな動画を発見。この吉田さんって古川さん書かれた『ゼロエフ』の「おおきな鯉の話」で書かれていた古川さんのご近所の幼馴染の方か。はじめてお顔を拝見した。全3回。
小説家 古川日出男 × スピークス 吉田博文 特別対談 Part1「復興五輪を前に福島県郡山市出身の2人が語る。「東日本大震災と家」そして家...」



7月17日
f:id:likeaswimmingangel:20210722215442j:plain細田守監督『竜とそばかすの姫』をTOHOシネマズ渋谷にて鑑賞。主人公のすずであり、仮想世界「U」におけるすずにAs「ベル」を中村佳穂さんが演じて歌うというので劇場で観とくかと思って。
エンドロールでメルマ旬報チームのスタイリストの伊賀大介さんの名前を見て、ああ、細田監督作品はアニメだけど、伊賀さん毎回「衣装」で参加してたわ、と思いだした。
毎回おんなじ事を違う角度からやるしかないわけで、その先が見たいんだけど描いてくれない、描けないのかもしれないと今回も思った。詰め込んでいるものが多いからワンクールぐらいのスパンでやったほうがいろいろ消化できた気もする。
まあ、中村佳穂の無駄遣い感もするけど、これをきっかけにもっと幅広く彼女の歌が聞かれるようになると思うから、それでいっかなあと思った。
主人公のすずの友人のネットを使いこなす毒舌メガネ女子の弘香って「YOASOBI」のボーカルのikuraこと幾田りらだったのか。毎週「オールナイトニッポンクロス」聞いてるけど全然わかんなかった。あとすずの母親の友達で合唱隊のおばさんたち五人も声優のキャスティング見たら驚くほどのネームバリュー。
日テレとかが中心で製作委員会方式で作っている以上は絶対にヒットさせるしかないわけだけど、声優のキャスティングとかもそうだけどなんだかなあ。
なんというか新海誠監督も『君の名は。』以降は持ち味の変態性とか固執するものがオブラートになって薄まったから大ヒットしたとは思うんだけど、細田監督はそれがもっとひどくてどんどん作家性が薄まってる気がするのは、たぶん、わかりやすく同じテーマを繰り返しているから余計にそう感じやすいのかもしれない。
ヒットしたり売れたら「やりたいことをしたらいい」って言うけど、資本が外部から入ってきたらそんなことできないんだよな。そのバランスも含めてセルフマネジメントが一番必要になってくるのは実写とアニメを作る映画監督なのかもなあ。

音楽ライターの柴那典さんがインタビュー&テキストの『中村佳穂が語る『竜とそばかすの姫』 シェアされ伝播する歌の姿』

 f:id:likeaswimmingangel:20210722215556j:plain柳澤健著『1974年のサマークリスマス 林美雄パックインミュージックの時代』文庫版。単行本が出た時に読んでとてもおもしろかったので、文庫版も購入。
コロナ禍になってリモートが増えてからはradikoでラジオをよく聴くようになったので、改めて読むと違う気持ちになったりするのかもしれない。


7月18日
佐藤究さんのインタビューめちゃくちゃいいな。

人間は群れの中から特別なものを選び出して熱狂することで、一時的に情念を昇華したがる。ルネ・ジラールも言ってますけど、賞で選びだされることも生贄なんですよ。たまたま今回は僕が会見したり正賞や副賞をいただく形でよかったですが(笑)。生贄とは共同体の外に出た人間で、外に出て崇められるか、外に出ることで文字通り追放されるかどっちかなんです。

f:id:likeaswimmingangel:20210722215746j:plain隅田川沿いから見える選手村(真ん中あたりにあるマンション群)。

f:id:likeaswimmingangel:20210722215802j:plain先月はザゼンボーイズ、今日はナンバーガールと二ヶ月続けて豊洲ピット。前回同様に席ありでNOTスタンディング。ザゼンボーイズを一緒にいった青木もチケットをゲットしていたので、席は離れていた。前回は一人2枚までだったけど、今回は一人1枚だったため。
座ったままで腰から下では足でドラムに合わせてリズムを取り、上半身ではベースやギターのリフに反応するような形で、座ったままでもかなり揺れていた。ああ、ビール飲みながら立ってゆれてゆれて、聴きたいなって改めて思った。
アンコールの最後は『透明少女』で、この日二回目となったが、やっぱり最後はこの曲だなって思う。帰りに古川日出男さんの映像を撮ったりしている映像作家の河合さんもライブに来ていたらしく、久しぶりに会ったというのもあって豊洲駅前でちょっと話し込んでいたら一時間ぐらい経っていた。


7月19日
藤本タツキ『ルックバック』



朝起きてFBを開くと数人の知り合いがこの作品について投稿していたので、寝起きすぐで一気に読んだ。確かにこれは『インターステラー』的な要素がある。終わらない日常、からのその繰り返しとフローチャート的なトゥルーエンド探し、あるかもしれなかった現在とは違う可能世界、そういう想像力は当たり前になったというかわかるという所に来たのかな。
叙述トリックじゃないけど、この辺りの表現は映像か絵とかの描写がいちばん強くインパクトがあって、受け手にダイレクトに届いて響くんだろう。ただ、京アニややまゆり事件などを彷彿させるし、このことを指摘している人もいた。その辺りは編集部の判断だろうが、うーむ。

今日聴き返してる人も、始めて聞く人もたくさんいそうだな。




7月20日

f:id:likeaswimmingangel:20210723191051j:plain古川日出男著『ゼロエフ』が「Yahoo!ニュース|本屋大賞 2021年ノンフィクション本大賞」にノミネートされました。うれしい、めでたい。読んでなかった方もこの機会にぜひ読んでみてください。

この件に関しては6日頃に古川さんからノミネートされたということをお伝えしてもらっていた。だから、早くこのこと言いたかった! ほんとうにこの夏に読むのにピッタリだと思う。東日本大震災から10年が経ち、復興五輪と言っていた話も、コロナ禍の現在のこともここには書かれています。


7月21日f:id:likeaswimmingangel:20210722220334j:plain2回目のワクチンdone。つうかワクチン打つためだけにしか出社していないという。

f:id:likeaswimmingangel:20210722220405j:plainヴィンランド・サガ』25巻。かつて父を殺した相手のもとで戦士となり殺すことしかで生きられなかったトルフィン。彼は仇でありもうひとりの父を失い、やがて奴隷になった。奴隷から抜け出したトルフィンは争いのない、かつての自分のような戦士が必要のない国を作るために仲間たちと海を越えて、新天地で新しい国作りを始めた。その場所の先住民たちがトルフィンの前に現れる。

f:id:likeaswimmingangel:20210722220431j:plain小澤匡行著『1995年のエアマックス』という新書が出ていたので気になって買ってみた。まだ、読んでいない。
90年代後半の「エアマックス95」を代表する「ハイテクスニーカーブーム」は十代ど真ん中だったし、未だにナイキのハイテクスニーカーは好きだし履きつぶしては新しいのを買っている。
個人的にはあの当時の『BOON』や『COOL』といったファッション雑誌を読んでいた世代からしてみると「ハイテクスニーカーブーム」は大人たちが失敗したバブルの子供版だったように思っている。
菊地成孔さんの『CDは株券ではない』で書かれていたことはのちの「AKB商法」(投票するようにCDを何枚も買う)を彷彿させるものがあった。
CDはもはやCDそのものに価値はなく、それを何枚買うと何回投票できたり握手ができたり、チェキを撮ったりするための株券になってしまったのだから、彼がその書籍で書いたことは当たっているように読めるわけだが。
90年代に十代や二十代前半で「ハイテクスニーカーブーム」や「G-SHOCKブーム」を体験していれば、そのアイテムが欲しいのではなく、そこにプレミアムな価値が出るかもしれないということを含めてそれらを買うようになっていった。だからこそ、値段はつり上がっていった。ヤフーオークションなども出始めたから個人でも売買が容易になってきたのも大きかったと思う。
大人たちの土地転がしバブルが崩壊した後に、十代の若者はハイテクスニーカーやG-SHOCKを自分が好きか嫌いかよりも今後価値が付くかどうかの観点で見始めてしまった。おそらく団塊ジュニアよりも下のロスジェネ後期がそこだったんだと思う。
僕が自分と同世代の主人公を書く際にあえてスニーカーの話とかを出したくなるのは、そういう価値観を思春期に身につけた世代という意味もあったりする。


7月22日
みんな大好き「貞子」を生み出した小説版『リング』についてネタバレマックスで書きました。
単行本が出て30年、失われた30年の間にはインターネットが当たり前のものとなり、人類には、というか日本人には早すぎたSNSのメタファのようのも見える「リングウイルス」の増殖と感染。コロナ禍における現代において『リング』で描かれたウイルスの感染も重なるので今こそ読み直す一冊としてはベストなのでは。
f:id:likeaswimmingangel:20210722220517j:plain2回目ワクチン接種の翌日、起きてから熱が出て体がだるい感じ。熱は38度行くか行かないか程度、コロナ禍になってから扁桃腺2回腫れた時は40度越えたから、あれに比べたら平熱より少し高めだなあ、ぐらい。いつもより体調が良くないときに『戦時の愛』読んでるからか、微妙なバッドトリップ感がある。


7月23日f:id:likeaswimmingangel:20210723185245j:plainf:id:likeaswimmingangel:20210723185301j:plain東京芸術芸術劇場のシアターイーストで芸劇eyes番外編 vol.3「『もしもし、こちら弱いい派─かそけき声を聴くために─』弱さを肯定する社会へ、演劇からの応答」を友人のパン生地くんと鑑賞。
いいへんじ(作・演出:中島梓織)、ウンゲツィーファ(作・演出:本橋龍)、コトリ会議(作・演出:山本正典)の三団体のショーケースタイプの上映で合わせて2時間ぐらい。
いいへんじ『薬をもらいにいく薬(序章)』はバイト先でパニックに陥ってから家に引きこもって仕事を一ヶ月ぐらい休んでいる主人公を軸にした話。彼女が家から出ていくまでの話であり、まさにタイトル通り「序章」と言えるような内容。なにかがこの先、部屋の外側で起きるかもしれない、それまでの話であるが、誰もが家を出ていくまでの時間や日常は他の人には見られていなかったりする、特に一人暮らしだと。主人公は同棲しているものの彼氏がずっと出張みたいな感じで不在。その彼氏役の人も彼女がいる中心部以外の四方を自転車乗って移動したり、様々な状況を演じている。また、彼女が務めていたバイト先の人がふたりいて、その二人の女性もそこの店員以外にいろんな役柄を演じるが四方で彼氏役の人とやりとりをする感じ。バイト先でパニックを起こした時に助けてくれた渡辺くんは家が近いという理由で店長から来月のシフト記入表を女性宅に持ってくる。中心での彼女の部屋で彼女と渡辺くんのやりとりがあり、四方で彼氏役と残りの二人が時間軸を越えて物語が展開しているという舞台。物語の始まりであるが、とても人間味あふれていた。舞台的な動線を役者さんが動くので、舞台をしっかりしている感じもした。
ウンゲツィーファ『Uber Boyz』は世界が球体ではなく平面になって、何層にもなっている最下層のほうで「Uber」的な配達員をしている主人公と彼を導くホログラムを中心に、主人公が配達することになったアイテムを狙う四人組とのやりとりと冒険を描いたような作品でバカバカしいし、好きなもの詰め込みまくってる感じでたのしい。大声出して状況説明とかするけど、もう振り切ってるから見ていてたのしい。自転車やキックボードだけではなく、ミニセグウェイに乗った『ワンピース』のルフィの格好をしたホログラム役の人もアイデア勝ちじゃんって思ったけど、最後の辺りでミニセグウェイを使う下りがあるのだが、爆笑してしまった。あれがやりたかったのもあるんじゃないだろうか。『シン・エヴァ』とかいろんなオマージュとかネタにしたりしてやりきってるのが心地よかった。
コトリ会議『おみかんの明かり』は何処かの山の奥にやってきた女性、目の前には川が流れているが、彼女は泳げない。その向こう側には死んだ彼女の恋人(たぶん)が現れる。しかし、顔が見えないので、彼女は少しでも近づこうと川に入ろうとする。するとホイッスルの高い警告音が鳴り響いて彼女の側に頭にアンテナのようなものがある宇宙人の女性が現れる。生きた人間はこの川を渡ってはいけないし、入ってはいけないと宇宙で決まっていると警告する。地球人の女性と宇宙人の女性のやりとりがあり、二転三転し、地球人の女性が銃を奪い、彼の元になんとか進んでいく。死んだものと生きているものが触れ合ってしまえば、地球がちょっと削れるぐらいの爆発が起きると宇宙人の女性は警告するが、二人はなんとか触れないようにしてどこかに消えてしまう。すると、川の向こうに宇宙人の男性が現れるのだが、その男性は宇宙人の女性の最愛の人だった。しかし、彼もまた同様に死者だった。ここから地球人の女性と同じような葛藤が始まるのだが。という内容で最後は冒頭に戻るような演出となっているため、繰り返される環の中に彼女や彼らたちは抜け出せないのか?と思わせて物語は終わる。ひとつ前の『Uber Boyz』もこちらの最後の終わり方もどこか『シン・エヴァ』的な繰り返されてしまった世界や日常みたいなものと近しいものを感じた。そういう感覚はいつぐらいからだろう、ゼロ年代初頭の「繰り返される日常」が東日本大震災で終わりを告げたと思ったら、そうではなくて、誰もが「TRUE END」を目指してひたすら繰り返しているのにどうしても「BAD END」にしかならないようにしか見えない現在の日本の状況は嫌でも影響している気がしてしまう。そこから抜け出すために、動いて叫んで、違う可能性や世界にジャンプして飛びつくしかないのかもしれない。

f:id:likeaswimmingangel:20210723185401j:plain夕方前にニコラによってネクタリンとマスカルポーネのタルトとアアルオトコーヒーをいただく。

f:id:likeaswimmingangel:20210723185429j:plain「復興五輪」も消えて、「コロナに打ち勝った五輪」に置き換えられたけど、それすらも嘘だった。『ゼロエフ』が「本屋大賞 2021年ノンフィクション本大賞」にノミネートされました。ほんとうにこの夏読むのにもっとも適した、運命的な一冊になるはずです。
僕は招致の時点から反対だったので、テレビがないので見なくて済むのだけれど、この期間中は黙祷したい。五輪開催中にほんとうに友人知人の皆さん『ゼロエフ』を読んでみてください。

古川日出男のむかしとミライ』古川日出男の現在地が更新されていた。
「ちょっと怒ってみたりする」

去年のこの日はどうだったか? 去年のこの日は、福島に入ったのだった。栃木県の那須町から北上して、福島県の白河へ。それが私の、『ゼロエフ』という本のふたつめの核となる行動の、スタートだった。いま私が思うのは「ああ、去年の行動(歩行、取材、思考)でよかったな」ということだ。あれから1年を経て、東京五輪はなんとも無惨で、もしも私が今年歩いていたら(つまり1年延期していたら)、私は思索の種というのをずいぶん拾いそこねた気がする。


今月はこの曲でおわかれです。
ASIAN KUNG-FU GENERATION 『エンパシー』Music Video



ASIAN KUNG-FU GENERATION - ソラニン / THE FIRST TAKE