Spiral Fiction Note’s diary

ライター&Webサイト編集スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「週刊ポスト」で「予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

『クリーピー 偽りの隣人』


監督:黒沢清
原作:前川裕
脚本:黒沢清池田千尋
出演:西島秀俊(高倉)、竹内結子(康子)、川口春奈(早紀)、東出昌大(野上)、香川照之(西野)、藤野涼子(澪)、戸田昌宏(大川)、馬場徹(松岡)、最所美咲(多恵子)、笹野高史(谷本)他







「岸辺の旅」でカンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞した黒沢清監督が、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した前川裕の小説「クリーピー」を実写映画化したサスペンススリラー。「東南角部屋二階の女」で長編監督デビューした池田千尋と黒沢監督が共同脚本を手がけ、奇妙な隣人に翻弄されるうちに深い闇に引きずり込まれていく夫婦の恐怖を、原作とは異なる映画オリジナルの展開で描き出す。元刑事の犯罪心理学者・高倉は、刑事時代の同僚である野上から、6年前に起きた一家失踪事件の分析を依頼され、唯一の生き残りである長女の記憶を探るが真相にたどり着けずにいた。そんな折、新居に引っ越した高倉と妻の康子は、隣人の西野一家にどこか違和感を抱いていた。ある日、高倉夫妻の家に西野の娘・澪が駆け込んできて、実は西野が父親ではなく全くの他人であるという驚くべき事実を打ち明ける。主人公の犯罪心理学者を西島秀俊、不気味な隣人を香川照之が演じるほか、竹内結子東出昌大ら豪華キャストが集結。(映画.comより)


 新宿ピカデリーで9時の初回を鑑賞。さすがに朝一で平日火曜日なので客は10人ほどか、公開から一ヶ月ほど経っているので仕方ない。黒沢清監督作品はある時期からは映画館で観ているが大好きって感じでもなく嫌いでもない、『アカルイミライ』『ドッペルゲンガー』は好きだ。


早くも年内ベストムービー? ひぐたけが選ぶ2016年上半期ベスト3!
https://cakes.mu/posts/13306
↑樋口さんが絶賛していたのもあって観るか観ないかの狭間にあったのだけど、観ておこうと思ったのと、昨日いつも行くニコラの曽根さんと話をしていて観たいんだよねって話になって、休みだし観に行こうと思った。樋口さんはケイクスの連載で、


「俺さ、黒沢清が大嫌いで大嫌いで。
 もっと言うと、黒沢清の作品が好きなシネフィルの奴らが大嫌いで大嫌いで大嫌いで。
 おまえらアレだろ?
 黒沢清の素晴らしさがわかる自分が好きなんだろ?
 映画を小難しく「批評」することに生き甲斐を感じでいるんだろ?
 さしずめインテリなんだろ?
 おまえらは映画を観る目があるんだろ?
 別にいいよ。俺はないから。」


 って書いてるけどそういうもんだっけ? 黒澤さんってシネフィルに愛されてたのか、僕はシネフィルじゃないし上の世代の映画好きって人の膨大すぎる知識とか聞くといつもすげえなって思うしよく覚えてるなって毎度のこと感心するんだけど僕らぐらいの世代になるとシネフィルって存在してたのかなあ〜って感じもあって。
 だから、黒沢清監督作品って難しく感じるのは批評するのが好きなシネフォルが支持しているからってのが無意識にあるのかなあ、難しいことを難しい言葉で言う批評は届かないからジャーゴンみたいになるからダメだとは思うけどね。『叫』は好きな葉月里緒奈さんが出ているから観に行ったんだけどホラーが大の苦手だったけど、あれってコントとホラーって紙一重だってことを誰かから聞いてその気持ちで見たら驚くところはやっぱり驚くし怖いんだけど所々笑ってしまって、それからホラーも少し観れるようにはなった。
 黒沢清作品って紙一重でコントになっていないシチュエーションとか舞台だったりするよなって思うのは僕だけだろうか、今作は原作小説もあるけど北九州・連続監禁殺人事件とかが物語の元ネタだったりモチーフではあると思う、実際に起きた事件は悲惨で恐ろしいが香川さんのディフォルメされた演技もやりすぎのようでやりすぎには見えなくなっていく、それは違和を感じさせるために必要だったのだと思う。


 黒沢清監督作品って出てくる夫婦が実は修復不可能であるが日常を送ってる。『岸辺の旅』も実はそうだったけど、事件やできごとで炙り出されるってのが裏の主題にあるような、今作でも高倉夫妻には何らかの問題は引越しをする前には起きていて解消されていないことが今回の物語の後半につながっている。不気味な隣人であり人を支配するサイコヤローな香川さんある意味でサイコー。
 そんなサイコ野郎と向かい合えて戦えるのもサイコ野郎だけです。ちなみにそれをホラーでやったのが『貞子vs伽椰子』だけど、あの作品ラストがああなるのは仕方ない。冒頭で刑事時代の高倉がサイコパスに刺される箇所は後半の伏線になっている。サイコパスと向かい合える彼もまたサイコパス寄りの人間であり、故に西野と最終的に戦えるのも彼だけだからだ。ずっとゾォっとする。


 家の配置がコの字型に並んでいること、ドローンで撮ったであろう空撮、世界にはこんなありえないと思える隣人になりすましたサイコパスに支配されている家族はあるのだろう、誰もが逃げ出せばいいじゃんというが当事者になっていればもう抜け出せない。なぜならば彼らは支配はするが自ら手を下さない、支配された者同士に殺人や死体遺棄をさせて罪を被せていくから逃げれなくなっていく悪循環しかなく、彼に従うしかなくなっていく。これは人間という存在の他者との関わり方についてのホラーであり、恐ろしいことにどこでもありえてしまう話だということ。今、僕らが住んでいるこの国の有り様を見てみればわかる。


 『クリーピー 偽りの隣人』の香川さん演じる西野がA首相に見えてくる。自分では手を汚さずにある一家に入り込んで洗脳して崩壊させていくウソつきサイコヤロー。しかも、周りはその飼い犬(洗脳によりすでに手を汚しているから)になっていく。サイコヤローにはサイコヤローぶつけるしかないのかと思ってしまうが、共闘されでもしたらさらにタチが悪い。