Spiral Fiction Note’s diary

ライター&「monokaki」編集部スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「週刊ポスト」で「予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』

 レディースデイなTOHOシネマズで観賞。まあ五割とかぐらい埋まっていたかなあ、たぶん。『タマフル』でのシネマハスラーでなんとなく聴いて物語論でもあるみたいな話を宇多丸さんがされていて、まあパイがパイがみたいな事も言ってたけど。



監督/アン・リー
出演/スラージ・シャルマ/パイ・パテル(少年)、イルファン・カーン/パイ・パテル(成人)、タブー/ジータ・パテル、レイフ・スポール/カナダ人ライター、ジェラール・ドパルデュー/コック



カナダ人作家のヤン・マーテルが2001年に発表し、ブッカー賞を受賞した世界的ベストセラー小説「パイの物語」を、「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」のアン・リー監督が映画化。乗っていた貨物船が遭難し、一匹のトラとともに救命ボートで漂流することになった少年パイのたどる運命を描く。1960年インド・ポンディシェリに生まれた少年パイは、父親が経営する動物園でさまざまな動物たちと触れ合いながら育つ。パイが16歳になった年、両親はカナダへの移住を決め、一家は動物たちを貨物船に乗せてインドをたつが、洋上で嵐に遭遇し貨物船が沈没。必死で救命ボートにしがみついたパイはひとり一命を取りとめるが、そこには体重200キロを超すベンガルトラがいた。第85回アカデミー賞で全11部門にノミネートされ、アン・リーが自身2度目となる監督賞受賞を果たした。(映画.comより)



本年度アカデミー賞有力作品!あなたの“映画観”“人生観”が変わる1本
少年とトラが漂流227日間──希望と感動の物語!
http://eiga.com/movie/57676/special/


 何度も劇場で予告を観ていた作品。はっきり言うと最初に観たときは虎と漂流ってwというぐらいでまったく観たいとは思えなかった。僕はそんなに動物ものが好きではないからというのもあるだろうしなんかいい話っぽいのもあんまり触手が伸びない。
 実際に観てみると思ってたのと全然違う!!確かにベンガルトラと漂流する少年・パイの話にフォーカスをもろに当てていると思ってたんだけど実際は彼が助かった後に重要さがあり船が沈没する前のパイの物語というか彼がイスラム教やヒンドゥー教キリスト教などに興味を持って神とは宗教とはなんなのだ?という話がこの作品の核だと気付かされる。


 海での漂流シーンやCGで作り上げた(実際は85%?がCGで残り香実物を使って撮影したらしい)ベンガルトラだったり予告でも目を奪う夜の海が仄かに光る海洋生物たちにマッコウクジラ?みたいな巨大なクジラのジャンプやミーアキャットの軍団というか島中にいるミーアキャッツたちとか目を奪うようなシーンは本当に素晴らしくすげええってなるんだが実際の所そのシーンすらも。


 以下思いっきりネタバレを含む。


 最初は船が沈没する所からじゃなくてまずはインドでのパイの話、そしてプールというフランス語の名前をつけられた彼はインドではその名前は立ち小便的な意味があるらしく愛称として自らパイと言い出す。彼はπであることを学校中に認識させるためにπイコール3.14の以下の数字を暗記しそれを披露する。彼の両親はニューインド的なものを信じておりまあ科学じゃないと証明できないこと、宇宙がどうなっているかとか病気を治せるのは西洋医学だとか。でも心の問題はそれで解明されない、パイは宗教、神様について関心を持つようになっていく。


 神様はなぜ自分の子供の罪のないキリストをひどい目にあわすのか?という疑問などを牧師(神父)に聞いたりするようになる。この事は漂流し嵐に会う時にも神様はなんでこんなことをするんだみたいな叫びにもなる。


 そしてインドから離れる事になったパイ一家はカナダを目指す。父が経営していた動物園の動物たちも連れていく、それを北米で売って新しい生活の資金にするためだった。そしてその船の中である一悶着がある。
 パイの母親はヒンドゥー教であり船の食堂では肉の入ったスープをコックが出す。彼女がベジタリアンなのと言っても聞く耳もたずにそいつは食べれないなら食べるな的なことを言って父親がコックを殴りかかるというシーンがある。家族が端っこでたぶんライスだけなのかな、食べている。この肉を食べるかどうかという宗教上の件はこの前に家族でご飯を食べている時にも出てくる。父親は普通に子羊うまいとか言って食べているシーンがある。
 で、それを見ていた仏教徒が近づいてきて肉汁は肉が入っているわけじゃないから食べれるだろう、どう?みたいなことを聞いてくるがパイは断る。というシーンがあり、このあと船は大嵐の中で沈没してしまうのでここのことはわりと記憶に残らないのだが実はここがコックとかの件が最終的に大きな意味を持つ。


 まず最初に出てくるのは現在のパイで彼を訪ねてきたカナダ人の小説家と話していて過去を振り返る構成になっている。漂流した話をパイは小説家に聞かせている。のが物語の大きな意味でもある。ボートになんとか乗って助かったパイだったがそこには脚を骨折したシマウマが乗っていてボートに隠れていたハイエナ、大量のバナナの房みたいなのに乗ってボートに近づいてきて合流するオラウータンとパイは漂流する。
 しかしハイエナに寄って骨折しているシマウマは殺され、オラウータンもやられてしまう。パイも危なかったが船のシートの奥にひっそり隠れていたベンガルトラがハイエナを仕留めるが、パイとベンガルトラの気を抜いたら即死亡な危険な漂流が始まるのだった。


 ベンガルトラとパイが心を通わせていくということもなく、そりゃあそうだ。トラだもん、飼いならせれるわけない。その辺りがきちんとしていていいと思う。餌付けしたりするけどね、魚あたえたり、でもそれしないとパイが狙われるからっていう。
 でこのどう考えてもありえない話。魔術的な、そうラテンアメリカ文学でよく見られたマジックリアリズム的な語りによる物語構成は助かった後に大人になったパイが小説家に語るもうひとつの物語がこの物語ともうひとつの物語とという入れ子構造になっていることを観客に伝える。どちらが本当なのか?


 日本の沈没船だったから日本の保険会社の社員が助かったパイに話を聞きにくるが、ベンガルトラと漂流した話をしても作り話だろ?みたいに信じてもらえない。沈没した原因もわからない、少年はトラと過していたという。少年はもうひとつの話を語り出すと日本人の調査員はなにも言わずに帰っていったという。


 それは、コックと仏教徒と母親とパイが救命ボートに乗ったという話だった。コックはハイエナ、仏教徒はシマウマ、母親はオラウータン、パイはベンガルトラですね?と話を聞いていた小説家は問う。そしてパイはどちらの物語が面白いと思う?と。トラが出てくる方ですねと、なら君が面白い方を信じたらいいと彼は言うのだった。


 シネマハスラーでは宇多丸さんがこれに近いのは『エンジェルウォーズ』の物語構造だと言っていた。
 映画でマジックリアリズムをガツンとやっていて、しかもこれは確かに気付けない。この物語の真相を何も知らずに当てられる人はどのくらいいるんだろう。まあ、冒頭での宗教話とかあるんで感のよほどいい人やマジックリアリズム的な作品が好きな人ならもしかしたら沈没した辺りで気付くのかも。


 神とはなんの象徴であるのか、なんの擬人化なのか。人間たちを何かに置き換える事で物語れる物語。しかしそのふたつの話はどちらが本当なのかは語られない、信じたい方を信じればいいのだと。物語論としても物語内物語としても完成度の高い作品になっていると観ながら、最後の方で思った。


 ベンガルトラと漂流した物語って言われるとまったく興味は沸かないのだがそういうことを少しでも知ると俄然観たい作品だし素晴らしい出来だと言うしかない。ただその事を知っているともはやネタバレになってしまうので最後のこの物語に隠された構造の驚きも減ってしまうのだろう。


 何も知らずに観にいってやられた!と思うのが正しい見方なんだろうな。でもフックが弱いのかも動物もの好きとかじゃないとやっぱり。