Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

『恋の罪』


監督・園子温
キャスト・水野美紀冨樫真神楽坂恵児嶋一哉二階堂智小林竜樹、五辻真吾、深水元基町田マリー岩松了大方斐紗子津田寛治


あらすじ/「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」の鬼才・園子温監督が、水野美紀冨樫真神楽坂恵を主演に迎え、実在の事件をもとに描く愛の物語。21世紀直前に起こった、東京・渋谷区円山町のラブホテル街で1人の女性が死亡した事件を軸に、過酷な仕事と日常の間でバランスを保つため愛人を作り葛藤する刑事、昼は大学で教え子に、夜は街で体を売る大学助教授、ささいなことから道を踏み外す平凡な主婦の3人の女の生きざまを描く。


 実在の事件を元にインスパイアされた『冷たい熱帯魚』に続く園子温監督の今年公開される二作目。
 『冷たい熱帯魚』が「愛犬家殺人事件」からインスパイアされ監督自身の経験や体験、取材が組み合わされ作られたように今作『恋の罪』も「東電OL殺人事件」からインスパイアされ制作された。


 今作では前作『冷たい熱帯魚』にみられるエディプスコンプレックスという油ぎった部分は薄れ監督自身が男性的ではなく女性の視線になって描いたとインタビューで語られていた。


 いずみ(神楽坂恵)は清楚で献身的に小説家である夫につくす妻であるがモデルは監督のお母さんであり夫の三歩後ろを歩くという日本の古い戒律を背負っていた女性だったそうだ。
 朝決まった時間に家を出て夜決まった時間に帰ってくる小説家の夫、外で小説を書いているためだが妻であるいずみはそれまで家で主婦として過ごしている。
 そんな中スーパーでパートを始めるようになる。ソーセージを焼いて試食してもらう販促の仕事だ。その仕事の最中に彼女に声をかけてくる女性により彼女は貞淑な妻であるところから少しずつ堕ちていく事になる。


 堕ちていくのだが性的な開放からいずみに表情の変化が起き出し、美津子(冨樫真)に出会う事によりさらに深く墜落していくが美津子の教えに習う生徒のようにいずみは事件に巻き込まれていくことになる。
 その事件を追う刑事の和子(水野美紀)は変貌していくいずみやエキセントリックな美津子と比べると普通な感覚の女性の視線として描かれ物語の中で暴れるその二人の輪郭として機能しているように思える。


 和子もまた一人の女性として男を欲しているのに比べるといずみと美津子の売春による行為はそれとは違うものであり、美津子は売春する時にいくらだっていいんだ、きちんと対価として金をもらうこと、身体で稼ぐ事をいずみに教える。愛してる男以外のセックスなら金をきちんと払わせろと。


 岡崎京子さんの「愛と資本主義」が浮かんできたりした。


 田村隆一『帰途』の詩とカフカ『城』が重要なモチーフとして作品の中で出てくる。『帰途』の詩は言葉の身体性が作品の中に沁みこんで濃厚なものとして響きだす。


 観ていて僕が感じたのは園子温監督がかつて作った『奇妙なサーカス』『自殺サークル』『紀子の食卓』のラインにこの作品はあるのでないか、しかし直線上というよりも螺旋階段の上にいるような気がした。


 進化は螺旋階段を昇るトライアンドエラー
 

 『恋の罪』はどこかしら文学寄りな気もする。もっとエキセントリックな幻惑的な方向に突き進んでもいいのかもしれないと思った。
 いずみと美津子のシーンはかなり強烈である。そのシーンが売春である性行為におよんでいるのに性的興奮よりも怖さやこの二人はどこに向かうのかが気になってしまった。


 美津子、園作品にはよく出てくる名前のひとつではあるんだけど彼女の家庭にある壊れたままの感じとかは『奇妙なサーカス』が浮かんだりはした。
 だけども園子温という作家がずっと撮り続けたのは「家族」にまつわるどうしようもなさや壊れたままのものをどうするか再生か破壊かをひたすら描いてきた。


 『AERA』の「現代の肖像」で速水由紀子さんが園さんをインタビューした記事を読んでもらえばなぜ園さんが「家族」をずっと描くのかに合点がいくだろう。


 絶賛されそれまでカルト的なアングラ的な映画監督であった園子温監督の名前が今やヤフーのトップ記事に出るようになったのは『愛のむきだし』以降だろう。
 もはやメインストリームな映画監督として認知され始めた園さんにとって『愛のむきだし』は第一期の終わりで第二期が『冷たい熱帯魚』『恋の罪』から始まっている。


 『恋の罪』で印象的だったのは夫以外の男性と性行為を重ねて行く度に表情が増えて自信を持ち出すいずみが売るソーセージの大きさが変わる小ネタと最後の方で彼女が小学生の前でする行為と美津子の普段は白髪まじりの髪が売春の時は艶やかに黒々としている事だった。


 小学生の前でする行為はそれに似たような光景を大学生の時に東大阪の路上で見かけた事がある。そういうものはなぜか無意識化に紛れ込むのにふいに思い出されたりする不思議なもので僕にとってあれはリアルなものだった。


 園子温監督は変わり続けているようにも見えるしずっと同じ場所にいるようにも思える。ひとつだけ言えるのは園子温監督が作り出すものは映画としかいいようのないものだ。映画でしかできないものだ。だから映画館で観るべき作品だ。


 園子温監督作の中で名の知られているのはもちろん『愛のむきだし』だしこの作品の初見で号泣&嗚咽してるわけだが、『紀子の食卓』の凄さというか園子温最高傑作と言われるためには『紀子の食卓』のさらに上を超えていかないといけない。


 僕個人の感想では『恋の罪』よりも『冷たい熱帯魚』の方が好きです。僕もエディプスコンプレックスを描いた作品の方がシンクロしやすいからかもしれないけど。『恋の罪』の前に来年一月公開の『ヒミズ』を夏に観てしまったのも多少影響があるとは思う。
 『ヒミズ』に関しては『紀子の食卓』を超えてると僕は思っているので。最新作がそのクリエイターの最高傑作であることを作り手は言うべきだと思う。あとは受け手の好き嫌いがあるだけだろう。
 

 『恋の罪』はやっぱり冨樫真神楽坂恵の二人の身体性を持った演技を観るだけでも正直他の映画を余裕で超えてしまっている。水野美紀は作品の背骨としてゆっくりと抑える感じなので対照的だ。僕はエンディングのあのシーンでやっぱり笑ってしまった。園さんらしいなって。
 

 ただ、夏に観た『ヒミズ』の事がずっと頭から離れないままでどうしようもない。今年観た映画でっていうか人生の中でもトップクラスですよ、でも公開来年だし。でも来年の映画なんて1月に『ヒミズ』やるんだよ、来年公開の映画は『ヒミズ』と比べられるんだよ、きついだろう。勝負できる作品がどんだけ出てくるか。


 ある種のラインを見ることでひょいと飛び越せてしまう、させられてしまった後に見える光景はもはや以前のものと違うから仕方ない。
 『紀子の食卓』はやっぱりとんでもない作品で、でも僕の内面的に響くのは『ハザード』『愛のむきだし』『気球クラブ、その後』『ヒミズ』みたいに観終わった後に咆哮して彷徨したくなってしまうような衝動が産み出されるものではあるんだけど客観的に観ると『紀子の食卓』はすげえなって思うんだよね。
 『冷たい熱帯魚』は『紀子の食卓』に肉薄してると思うしほぼ差がなくて、好き嫌いだと『冷たい熱帯魚』の方が好き。


 実在の事件からインスパイアされた作品って三部作ってどこかで聞いたけどもう一作って『ロードオブカオス』なのかな。園さんの新作を観るためにこれからも映画館に行くのです。


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