祝日の朝に新宿三丁目に。バルト9に行き伊坂幸太郎原作「ゴールデンスランバー」を中村義洋監督が監督した映画「ゴールデンスランバー」を観賞する。この作品にはいろんな想いがあり、映像化は複雑な気持ちだった。
映画館で観る映画は今年四本目、最初に観た「THIS IS IT」は今年公開作品ではないので今年のベストやワーストには入れないが、映画館で見るべき作品だと思うので、マイケルが好きであろうが嫌いであろうが。他の二作は「(500)日のサマー」と「ボーイズ・オン・ザ・ラン」だった。
邦画の二本は原作ものである。二作とも原作が好きだったのと、四月公開「ソラニン」も同じように原作の大ファンなので外せない。本当はオリジナル脚本作品をできるだけ観たいとは思う。
ストーリー/杜の都・仙台。野党初の首相となった金田が、凱旋パレード中にラジコン爆弾により暗殺された。時同じくして、宅配便ドライバーの青柳(堺雅人)は、旧友の森田に何年ぶりかで呼び出されていた。鬼気迫る様子で、首相暗殺事件の予告を口にする森田。すると、警官が突然現れ、青柳に向かって拳銃を構え、森田は死亡してしまった。訳のわからないまま、青柳は殺人犯として無実の罪を被せられ、警察そして日本国中から追われる羽目に。彼を信じる人間は、大学時代の元恋人・晴子(竹内結子)と友人たちだけ。絶体絶命の中、彼は無実の罪を晴らし、逃げ切ることが出来るのか…。
キャスト堺雅人、竹内結子、吉岡秀隆、劇団ひとり、香川照之、柄本明、濱田岳、渋川清彦、ベンガル、大森南朋、貫地谷しほり、相武紗季、伊東四朗、永島敏行、石丸謙二郎、ソニン、でんでん、滝藤賢一、木下隆行、木内みどり、竜雷太etc.
伊坂さんの原作である小説が出てすぐに買って読んだのは07年の12月だった。読み終わった後は拍手してしまったような、すげえと言ったかのどちらかだったけど小説としてすごく楽しめた。
その日は参加している岩井俊二氏主宰のシナリオライター育成のPWの飲み会があって、読み終わった後に爆睡した僕は行かなかった。というか読み終わった後にシナリオよりも小説の方がいいような気がしていたからある種の確信犯でもあった。目が覚めてしまったら行こうと、しかし深夜まで僕は目を覚まさなかった。
結局その翌年の08年はいろんな出会いもあって、TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」関連の人との出会いと名前は知っていたけどほぼ読んでなかった作家・古川日出男氏の作家十周年で刊行される「聖家族」を含め、それまでに刊行されていた小説を全部読んで一気に持って行かれて、物語を書きたかった僕はベクトルがシナリオから小説モードに一気にシフトチェンジした。
そういう流れを作った作品がこの「ゴールデンスランバー」だった。この作品は読み終わって映画化はできないだろうとちょっと思っていた所もあったので映画化は少し驚いていた。
小説にできる表現と映画でできる表現は違うものだから。あるいは小説を書くならば映像化されないように作ることも大事なことだと思う部分もある。
しかしながら、監督の中村義洋さんは伊坂幸太郎作品「アヒルと鴨のコインロッカー」と「フィッシュストーリー」を映画化していて伊坂作品との相性が非常によいことは明らかで、この二作は映画としても非常にいい出来で伊坂風味を殺さずに、きちんと映画用にしている。台詞の扱い方やシチュエーションを変えるにしても問題ないようにしている。
伊坂作品の登場人物の台詞は小説としては違和感を覚えないのだが、実際に存在している人間が発するとどこか違和感が出るものであることが多いのでまんま小説から台詞を抜くとどうもおかしいことになる。
その辺りをうまく抽出して映画の登場人物の台詞にしている所大きい、それは原作というか伊坂幸太郎という作家の良さを理解して自らの映画作品にうまく配合している監督の手腕によるところが大きい。
伊坂作品の中村監督以外が監督した作品は原作ファン、伊坂好きとしてはありかなしかというとなしなものしかない。ただ、観た人が口を揃えて言うのは「重力ピエロ」における渡部篤郎氏の演技の凄さと、存在感がものすごいことになっている。完全な悪たる悪を演じている渡部篤郎さんを観るだけで価値はある。と僕も思う。
「俺は気持ちいいだけで、苦しいのは別の人間なんだ。犯罪の快楽は俺にあって、犯罪の被害は、俺の外部にある。ということは、強姦は、悪じゃない」
「俺は、想像力の塊だよ。想像力が服着て歩いているようなものだ。強姦される相手だとか、痛めつけられる相手が、どれくらい苦痛を感じているか、想像することができる」
「俺はさらにその先を考える。その苦痛を受けている被害者は俺ではない、ということを俺は知っているんだ。俺はそこまで想像することができるわけだ。相手の気持ちを想像して、自分の苦しみに感じるなんて、それこそ想像力が足りなんだ。もっと想像力を働かせれば、その苦しんでいるのは自分ではない、ということまで理解できるはずだ。そうだろ」
「ゴールデンスランバー」は2時間19分あるが長さはあまり感じられなかった。テンポがよかったと思う。原作よりもキルオ(濱田岳)が活躍している、彼は無差別連続殺人犯であり、主人公の青柳を随所でフォローするが、彼の敵が警察という部分から警察に、あるいはもっと大きな国家に追われる彼を助ける。
あとは青柳のかつての恋人である晴子(竹内結子)や病院に入院している柄本明や同僚の渋川清彦、花火職人のベンガル等の助けもあり、なんとか警察から逃げて行く、しかし宮城県を出ることはできない。封鎖されているから。
ギャグ的に面白いのは永島敏行演じるヒットマンで、彼の仕草や姿勢は観ていると撃たれそうになったりするシーンでも緊迫感よりも笑いを誘ってしまうので彼のシーンは終始笑ってしまった。
この間観た「ボーイズ・オン・ザ・ラン」に出ていた渋川清彦・でんでんを観るとなんだかおいしい役どころだった。昔はKEEだった渋川さんも再品は映画でよく観るようになってキャラ立ちしている顔だし、僕は好きな役者さん。
伊坂幸太郎作品では「魔王」「ゴールデンスランバー」「モダンタイムス」はある種の管理社会や政治や国家というものに対して、それらが一般人を叩き潰そうとしたりするのに抵抗する物語でもある。
「ゴールデンスランバー」はそういうものから無実の罪を着せられた男が逃亡する物語である。「疑え」と「信じる」という矛盾するような対立するものが主軸になっている。
伊東四朗さん演じる青柳父は息子が犯人じゃないと、生まれた頃から知っているんだ、信じているんじゃない、知っているからこそあいつはやってない、だけども犯人になっている息子に対してマスコミを通じて「ちゃちゃと逃げろ」と言いきってしまう。
青柳に協力する人は彼を信じているからこそ、マスコミやテレビ、国家が総理大臣殺人犯と言っても彼を信じて、大きな力を信じていない。
原作を読んだ当時にmixi日記に書いてたのは懐かしの騒音おばさんのこと。
騒音おばさんっていたよね、リズミカルにとても苛つかせてくれるような顔で布団とかを音にのって叩いていた人。イメージはかなり悪い・・・が、
事件後に週刊誌等が調べた詳細によると、主婦の家では2人の子供が不治の遺伝病(『新潮45』の報道によれば、脊髄小脳変性症(この病気を患った木藤亜也の日記を本にした『1リットルの涙』がロングセラーとなっている。また、同作品は映画化、ドラマ化されている。)とのこと)で亡くなり、夫も寝たきりになっていると言う家庭環境の崩壊が判明した。このことで被害者との間に何らかのトラブルが生じていたという噂もある。
事件が全国的に有名になった2005年4月頃、被害者夫婦が撮影したビデオで主婦と被害者夫婦が言い合っている場面が放送されていたが、数ヶ月後に放送された同場面の映像では被害者夫婦の声のみ消され一方的に主婦が文句を言っているように編集されており、印象操作とも取れるマスコミ報道もあった。
僕が人から聞いたのだと不治の遺伝病で2人の娘が亡くなっていて、その病気は激痛を伴いあまりの痛さで娘が泣き叫び続けていた。
騒音おばさんはそれを近所に知られないために爆音でラジカセで音を流し始めたという感じのことだった。
これが最初に報道されていたらどうなっていただろうか?
正直おばさんを可哀相だと思う人が圧倒的に多いと思う。でもご近所に迷惑をかけているのは事実だけどさ。
あの騒音おばさんの家で「1リットルの涙」の主人公のような症状の娘が2人も亡くなり、旦那はその病気で寝たきりだったと最初に報道があればまったくテレビを見ていた人のイメージは違っただろう。
と。でも『新潮45』もメディアだから真実なのかどうかは知らないけど。テレビが一番影響力を持つマスメディアであることは未だに変わらない、そこが作り上げるイメージの印象はそう簡単には拭えない。同情を誘うことも悪意を持たせることも。
伊坂作品の特徴の一つは前出の青柳父のように、主人公達の両親は子供完全に信じている、信頼しているところにあり、それが主人公達に及ぼしている影響は作品のアクセントになっている。よい家庭があり、父母ともにユーモアのある人たちであることが多い。その辺りが伊坂作品の面白さや人間らしさになっている。
ゴダールなどの映画や今回のビートルズの「ゴールデンスランバー」などがモチーフや台詞になっているが、それは伊坂さんの趣味であるような、伊坂さんよりも上の世代の方が受け入れやすいモチーフで若い世代には新鮮なものかもしれない。
小説に一番出てくるミュージシャンはビートルズだろう、もはや王道すぎる素晴らしい先人だが、もっと他の若い近年のアーティストも使ってほしいが、まあ、無理っぽい。
音楽とエンディングは伊坂さんが専業作家になろうと思ったきっかけである斉藤和義さん。ビートルズに斉藤さんと伊坂ワールドに合う音楽が映画を盛り上げる。僕だったらDragon AshとSmashing Pumpkinsだな、とか思った。
「ゴールデンスランバー」は原作を非常にうまくまとめていて観やすいし、面白かった。原作でもそうだったが、誰が青柳をハメたのかとかそういう部分に関しては言及しないというかそれが問題ではなく、青柳がいかに権力から逃げるかということに尽きる物語。
だから、観終わったあとに相武紗季の役回りの女の子って、竜雷太がポツリと言った一言とか気になるんだが、この物語はそこが大事ではないのであんまり気にしなくていい感じ。
冒頭のエレベーターのシーンの意味がわかる時には映画的な魅せ方というか巧いなあと思う。なんだかんだ言っても晴子が一番スゲエじゃねえかって思わされるんだけども、非常にまとまった終わり方で微笑んでしまう。
「ゴールデンスランバー」以後の「モダンタイムス」「あるキング」「SOSの猿」は伊坂作品の中でも違うベクトルを目指しているように読んでいて感じる。これらが映像化されるかどうかは知らないが間違いなく映像化権はすでに買われているだろう。
中村監督が「SOSの猿」をしたら観に行きたいかなとか思う。
観終わった後に紀伊国屋書店本店でハヤカワ文庫の伊藤計劃「虐殺器官」と円城塔「Self-Reference ENGINE」と、ハヤカワ文庫の海外のとこを見ているとフィリップ・K・ディック「高い城の男」があったので三冊購入。ハヤカワ尽くしだ。
「Self-Reference ENGINE」の解説は佐々木敦さん、なんと二十ページを越えている! 円城塔氏と伊藤計劃氏は共にデビュー作が小松左京賞最終候補となったのち、ハヤカワJコレクションから刊行している。
「虐殺器官」はゼロ年代SFでもベスト1だったりとかなりの影響を与えた作品みたいなので、著者の「ハーモニー」よりもこちらを先に読んでから「ハーモニー」を読んだ方がよさそう。
作者の伊藤計劃氏は実質作家としては三年足らずだったみたいなのだが、07年に「虐殺器官」でデビューし、09年に肺がんのために34歳で死去している。
「ハーモニー」は第30回日本SF大賞を死後受賞した。「特別賞」枠を除き、故人が同賞を受賞するのは初めてであったらしい。
残した作品が後世の人や同時代の人に与えた影響は計り知れないようだ、解説の大森望さんの文章を読むと。
友人の結婚式で帰郷する新幹線の中で読もうと思う。
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