Spiral Fiction Note’s diary

ライター&「monokaki」編集部スタッフ。「水道橋博士のメルマ旬報」で「碇のむきだし」、「週刊ポスト」で「予告編妄想かわら版」、「PLANETS」で「ユートピアの終焉ーーあだち充と戦後日本の青春」を連載中です。

『パーティで女の子に話しかけるには』


 『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』のジョン・キャメロン・ミッチェル監督の最新作『パーティで女の子に話しかけるには』の初日、ヒューマントラスト渋谷にて鑑賞。予告編を観ている時からジョン・キャメロン・ミッチェル監督だし、パンクロックの時代の音楽についてのボーイ・ミーツ・ガールものだってのはわかっていたので期待大だった。
 実際観た感じは、異星人であるエル・ファニング演じるゼンとパンクロックのライブハウスとか時代背景がうまく溶け込んでいなくて、どこか乖離したまま、それが意図的なのかそうなってしまったのか。そのせいで絵的にはすごくいいのに物語自体としてはそんなにボーイ・ミーツ・ガールもので恋愛ものなのに、彼らに憧れたり感情移入できないでいる。ちょっとニューウェーブ的な感じというか二人が性行為をしなくても結びつきあうイメージみたいな映像とかちょっとノレない。
 なんだか消化不良というか、二人が一緒に歌うパンクロックもカッコよくないし、あれで本当にライブハウスでノレるだろうか、あの頃ならそうなのかもしれない。だけど、現在公開するような作品ならばそういう部分も少しは磨いた方が良かったような、パンクロックは練習しないとかうまいとかじゃなくて衝動とか感情を吐露させるものだとしても、あの二人のシャウトは響かなかった。

『彼女がその名を知らない鳥たち』


 基本的にみんなズルいし(人間らしい欲望として)感情移入できないけど、なぜだかわからないが現実や日常はそうなってしまっている、そうなってみんな日々を過ごしていて、その裏側にあるものに目を背けている。
 彼(阿部サダヲ)の行動や想いを愛というのかどうかは僕にはわからないし、僕は彼のように行動したりするのかしないのかはわからないけど、ただそこにある感情は否定できないと思った。