Spiral Fiction Note’s diary

物書き&Webサイト編集スタッフ。

『本がまくらじゃ冬眠できない』


ロロの三浦直之作・演出のいつ高vol.7「本がまくらじゃ冬眠できない」を鑑賞。
今回は図書館を舞台に小説や詩集を使いながら展開していく。本棚に舞城王太郎最新刊『私はあなたの瞳の林檎』があった。さすが三浦くんと思った。というか並べられている書籍がやっぱり小説とか好きなんだなって思うラインナップだった。作中でも使われた山田詠美著『ぼくは勉強ができない』はやはり偉大だ。
前回のvol.6が僕的にはドツボにハマるぐらいに良すぎたので今回は絶賛って感じではないのだけど、台詞の言い回しとか三浦くんが描く「青春」はキラキラしていて、もはや保護者目線で十代として演じている役者を見ているような気になってしまう。
どこに行った僕のエヴァーグリーン。

『ア・ゴースト・ストーリー』


シネクイントで『ア・ゴースト・ストーリー』初日の上映を観る。
ゴーストは基本的には「過去」であり、そのメタファ。突如交通事故に遭い死んでしまった男はゴーストとして恋人と住んでいた家に帰ってくる。そして、彼女の側にいる。ここまではありふれたゴースト・ストーリー。
大切な人が死んでしまっていなくなった現実を受け入れるまでの期間を喪に伏す時間とも言えるけど、それは実際のところ人それぞれ違う。現在を生きているものはやがてそれを経て違う未来を歩き出す。しかし、この話は喪に伏される側のゴーストの大切だった場所と時間を巡る構造になり、場所や時間すらも越えて、やがて死んでしまった側の彼=ゴーストが知りたかったものを見つけるまでの『ア・ゴースト・ストーリー』になっていた。肉体を失い意識だけが残された者がその意識を失うための。
だから、とてもわかりやすい20世紀的な映像の想像力で作られてもいる。わたしたちが理解しやすい時間と空間を用いて。これに更なる次元を加えて物語るとクリストファー・ノーラン監督『インターステラー』になる。

『ボヘミアン・ラプソディ』『モダンライフ・イズ・ラビッシュ』


 TOHOシネマズ新宿にてドルビーアトモスで『ボヘミアン・ラプソディ』を鑑賞。やはり予告編で観ていた時からこの作品を観るときには大画面でできるだけ音量のいい劇場で観ようと思っていたので、ここで正解だった。
 フレディ・マーキュリーがスターになって大衆を沸かすに沸かす最後のライブエイドまで。彼の人生とバンドメンバー、妻だった彼女、やがて自分のセクシャルに気づき最後を共にすることになるパートナーとの出会い。彼の人生が、鳴らした素晴らしい音楽を、いや、彼らが鳴らした音楽が時代を超えても届くことがわかる。最後の20分のライブエイドでのライブを完全再現したシーンは鳥肌と涙が止まらない。観るなら大画面で大音量で、家やPCやスマホで観る映画なんかじゃない。


 新宿から渋谷で、なんとか30分以内でヒューマントラスト渋谷に。『モダンライフ・イズ・ラビッシュ』鑑賞。こちらも10人とかそのぐらいか。
 ブラーにリバティーンズレディオヘッドにUKロック盛りだくさんで、ニルヴァーナスマパンソニックユースストロークスたちUSロック勢は出てこないっていうロックミュージシャンの物語ではあるけど、ラブストーリーでした。僕の十代、二十代に聴いてた曲、レディオヘッド貶されたら萎えるよっていうね、あれすごくわかる。今日はイギリス舞台にした音楽映画祭りでした。